[その一]フりフラれトライアングル その7

 俺は帰りたいと思った。だが家に帰りたかったわけじゃない。

 家には誰もいなかった。母は死に、父は日本全国を回る仕事をしているためだ。誰もいない家に一人でいると、寂しさに耐えられそうになかった。


 ──あてはない。でもどこかに帰りたい。


 そうして気がついたときには堤防で独り川を見ていた。

 夕日が涙が出そうなほどれいだった。だからちょっとだけ泣けた。

「なーにやってるんだろうな、俺……」

 初恋は呪いだと誰かが言った。たぶんそれは当たっていると思う。

 ダメだとわかったのに、まだ好きな気持ちが残っている。今から告白すれば、付き合えるんじゃないかって思ってる。まだ全然諦めきれない。

 初恋の結末のほとんどは、こんなものなのかもしれない。このままずるずる引きずって、結局報われないのだ。

って、父親が俳優で、自分も最近俳優デビューした、あいつだろ? オレ、ああいう七光りって大嫌いだけどよ、まあ人気あるし、の相手としては妥当なとこだな』

 頭をよぎる言葉。

「何だよ、やっぱりイケメンの人気者が全部持っていくのかよ……」

 なんだかやっぱり、泣けてきた。

「あれ……」

 頭がくらくらする。怒りたいのか泣きたいのか、自分の心がわからない。

 予想以上にダメージがでかい。

 本当にみんなこんな気持ちを乗り越えてきたんだろうか? みんな本気の恋をしたことがないんじゃないだろうか? いやだって、これ、つらすぎるだろ………………。

「うっ、うぅ……くっ……うぅ……」

 目頭が熱くなった。膝に顔をうずめ、周囲から見られないようにすると、今度は感情があふれて耐えられなくなってきた。

「くそっ……くそぉ……」

 しろくさが憎らしい。

 俺はこんなに苦しい思いをしている。でもしろくさは彼氏とうまくやっている。

 幸せいっぱいなしろくさと、みじめな俺。

 何なんだ、この差は。ちょっとひどすぎやしないか?

 イケメンや美人はいいよな? こんな苦しみを知らずに生きていけるんだろ?

 なんて世の中は不平等なんだ。おかしい。間違ってる。俺が間違ってるんじゃない。世界が間違っているんだ。俺に力があれば世界を変えたいくらいだ。


「──可哀かわいそうなハル」


 頭上から、そんなきらめくような言葉が降り注いだ。

 ふわりと春の花のような甘いにおいがこうをくすぐる。聞き慣れた優しい声が傷口に入り、しみるけれどもいたわってくれる。

「……クロか」

 俺は涙にれた顔を見せられないため、膝に顔をうずめたまま告げた。

「そうだよ。優しくて可愛かわいいハルのお姉ちゃんだよ?」

 ツッコミを期待したおどけた口調。しかし今の俺はそのノリに付き合う気力がなかった。

「……どっか行ってくれ」

 こんな場面、誰にも見られたくない。特にくろには見せられない。

 うそだったとはいえくろは俺に振られている。そんなくろが今の俺を見て、どう思うだろうか。

 バカにして笑ってくれたらまだマシなほうだ。

 もしざまあみろと言われたら──立ち直れる気がしない。

 優しくされたら──

「ハル……振られちゃったんだ」

「振られちゃいねぇよ!」

 正確に言えば振られてはいないはずだ。……失恋したのは間違いないだろうけど。

「ふ~ん、そうなんだ」

 てつひこ相手なら俺の強がりによって口論になるところだが、さすが幼なじみ。怒ることもなくけなすこともなく、くろは足元にカバンを置いた。そして俺の背後に腰を下ろすと、背中を合わせてもたれかかってきた。

「お、おい、クロ」

 張り付いた背中が温かい。すがりついてしまいそうなぬくもりだった。

 だからお尻をずらして逃れようとしたが、くろは逃さないよと言わんばかりに密着させたまま追いかけてきた。

「何? 文句あるの? それならちゃんとあたしの顔を見て文句言いなよ。だって振られてないんでしょ?」

「ぐっ……」

 ダメだ。くろには全部バレている。

 俺がしろくさのことが好きで、さっきのしろくさたちの会話で失恋したこと。すべてを理解した上で、くろはこうしてくれているのだ。

 だがその好意を俺は素直に受け取るわけにはいかなかった。

『うっそーっ!』

 そう言ってくろは自分の告白を否定した。

 でも違う。否定したことこそが、きっとうそだ。


『ハル……あたしと付き合おうよ』


 おおよそ一ヶ月前、一学期の終業式の日、くろから告白された。

 そのときの表情、言い方──思い出してみればわかる。あれは本気だった。

 さっきはうそと言われてつい信じてしまったが、改めて思い出してみれば、うそと言った言葉のほうがうそだと今は確信できる。くろは俺を守るため、そして俺の心を軽くするために告白はうそだったとみんなの前で言ってくれたに違いない。

「ダメだ、クロ。俺に構うな」

「何で?」

「今、お前と話してると、俺、甘えそうになる。でもお前、おそらく俺をまだ──」

 くろはいいやつなのだ。俺にはもったいないほど優しくて、可愛かわいくて、気のいいやつなのだ。

 だからこそこれ以上傷つけたくなかった。

 するとくろは俺の首に後頭部をくっつけ、ぐっと体重を預けてきた。

「クロ……?」

「もし、だけどね」

「ん?」

「もし、あたしとハルの関係を一ヶ月前に戻してあげるって言ったらどうする?」

「関係? ……それってつまり、お前が告白する前に……あ、いや、違うか……」

 くろは何も言わない。

 告白する前、ではないのだ。つまり──

「告白した直後に戻るってことか? 要するに、もう一度回答する権利を俺にくれるってことなのか?」

 一ヶ月前の俺は、しろくさが好きだった。だからくろを振った。

 でも今の俺はしろくさに振られた。なら──別の選択をしてもおかしくない。

 くろはそうだよと言わんばかりに、背中を預けたまま頭をこつんと俺にぶつけた。

「あたし、。行くよ、五……」

 もしこのカウントが終わった後に告白すれば、必ずくろは受けてくれる。

 それはたまらなく魅力的な提案だった。

「四……」

 正直、くろを恋愛対象として見たことがなかった。姉弟同然の関係が十年以上も続いていたのだから当たり前かもしれない。

「三……」

 だからといって女性としての魅力がないとは思っていない。くろのくりくりとした目は愛らしく、小柄な身体からだで背伸びしてお姉ちゃんやってるところを見るたびに保護欲というか、守ってやりたいと感じていた。

「二……」

 きっとくろと付き合ったら楽しい。今までだって隠し事もないほど近い関係だったから、付き合った後に幻滅することもない。別れるリスクはあるかもしれないが、そんなのけんした後にでも考えればいいことだ。

 くろと付き合えば、きっと幸せな未来が待っている。それは間違いない。

「一……」

 でもこれは──

「──止めてくれ、クロ」

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