[その一]フりフラれトライアングル その5

 一瞬、クラスが静まり返る。まるで時がとまったかのようだ。

 俺は全身から血の気が引いていくのを感じていた。

 ここで言うのかよ! と叫びたかったが、そんなこと言えば非難ごうごうだろう。もちろん俺には俺なりの理由があったが、下手な言い訳はしないほうがいいだろう。

 つまりは、だ。

 みんなが驚いている間に逃げよう。そうしよう。

 そう思ってこっそりカバンを手にかけて廊下へ移動しようとしたところ、

「はぁぁ~ん、こんなオモシロ──いや、重大事件なのにどこに行くんだよ~、なぁ、すえはる~」

 てつひこが肩に手を回して動きを封じてきた。

「いや~、まあ~、ほら、トイレに……」

「い・か・せ・ね・え・よ?」

「ふ・ざ・け・ん・な。死・ね」

 逃げようとする俺を羽交い締めにして拘束するてつひこ。力はきつこうし、教室内で醜い攻防をする羽目となった。

「てめえええええ! てつひこおおおお! 離せえええええ!」

「ケケケ──っ! みんながお待ちだぜええええ!」

 こ、こいつ、興奮して本性を現してやがる……。

 てつひこはイケメンですぐに彼女ができるが、長くはたない。理由はカスだからだが、そのカスな本性をあまり隠すつもりがないところも影響しているだろう。

 てつひこの簡単に馬脚を現す部分が嫌いではなかったが、状況がやばすぎた。今、俺には殺意が込められた視線が集まっている。

 何度も言おう。くろはモテるのだ。特にロリ系を好む男から絶大な支持がある。小悪魔ロリ姉属性を好むやつからは崇拝されているレベルだ。

 そんな男たちからの嫉妬が燃え上がり、俺を焼き尽くそうとしていた。

「ふぅ~、ふぅ~」

 もはやクラスメートの男子どもは獲物を前にしたおおかみだ。怒りは怒髪天を突き、俺に当たり散らそうと隙を狙っている。

「落ち着け、お前ら……これには理由が……」

「……あぁ? ざけんなよ? 理由って何だよ?」

「あー……いやー……」

 ちらりとしろくさの様子をうかがった。しろくさは彼女が唯一仲のいクラスメート──みねと自席付近でひそひそ話をしていた。

(……どうすれば切り抜けられる)

 俺は脳をフル回転させてシミュレートした。

『好きな子がいるからクロを振ったんだよ!』

 この辺りがしろくさへの好意を隠しつつ、うそもついていない落としどころかもしれない。

 だがしかしもしこんなセリフを吐いたとすれば、

『誰だよその好きな子とやらは! 言わねぇと許さねぇぞ~! ケケケ──っ!』

 とてつひこが満面の笑みで火に油を注ぐに決まっている。

 今、この教室はまさにサバト。悪魔とされた者に抵抗は許されていない。

 ダミーとして別の誰かに告白……駄目だ、にせの告白を受け入れ、冗談で済ませてくれるのはくろ以外思いつかない。

 じゃあくろの告白を今すぐ受け入れる振りをすればいいじゃないかとも思うが、それは最悪の選択の一つだ。なぜなら、くろに失礼だからだ。

 俺はくろを誰よりも信頼している。人間として好意を持ち、尊敬もしている。だからうそをつきたくないし、なるべく嫌な思いをさせたくない。

 となるとしろくさの名前が出るまで許されず、結局は告白することになってしまう。

 だがそれは最低の告白と言っていいだろう。この状況でしろくさが告白を受け入れる可能性は限りなくゼロに近い。

 考えてみろ。このタイミングで俺の告白を受ければ、しろくさまで悪者になる。『さんを泣かせて自分たちだけ幸せになろうってのかよ』──なんてしろくさは言われるだろう。そのためしろくさが俺に好意を持っていても『なぜこんな状況で告白するのよ……』と思いつつ、断ることになるだろう。

(くっ、俺はどうすればいい! どうすれば切り抜けられる!)

 俺はくろの様子をうかがった。

 こんな状況にした張本人はくろだが、おそらく悪気があったわけじゃない。くろは天然なところがあり、それが悪いほうに作用しただけなのだ。

 ということは、俺がピンチということさえ伝われば味方になってくれる可能性がある。

「クロ……」

 視線で俺は訴えた。こいつらをどうにか押さえてくれ、と。

 振った女の子に守ってもらうのはさすがに心が痛い。だからなるべくくろを傷つけないよう心がけつつ合図を送った。

「ハル、後悔してる?」

「してるしてる!」

「してるってことは、やっぱりあたしと付き合いたいってこと?」

「いや、そうじゃなく──」

 そこまで言って、かつな言葉だったとすぐに理解した。

 おかげでギャラリーから矢のような罵倒が降りかかる。

「はぁ!? !?」

「てめぇ、何様のつもりだ!」

「ちょちょちょちょ! 落ち着けって! ホント、ちょっと待って!」

「待ってどうにかなんのか!? はぁあぁぁぁぁん!?」

「オウ! 誰か! バール持ってこいや! バール!」

「あ、ごめんなさい許してください」

 俺は高速で完璧な土下座をかました。

すえはる、土下座はやっ!」

 てつひこが突っ込むが、俺の心は傷つかない。プライドなどとっくの昔にドブに捨てている。

てつひこ……バールめんなっっ! めっちゃ痛いんだぞっっ!」

「引くわー。バールの痛み知ってるお前にオレ、ドン引きだわー」

「もーっ、ハルってピンチになると土下座でごまかせばいいって思ってるところあるよね?」

「女の子の涙が武器になるように、俺にとって土下座が最大の武器なんだよ!」

「うん、ハル、それ土下座しながら言ってても、カッコよくないから☆」

 その間にもいきり立つ過激派がにじり寄ってくる。

 攻撃されていないのはくろがいるからだ。くろが離れれば俺は四方から襲い掛かられ、無残に打ち捨てられるだろう。

さんっっ!」

「っっ! どいてくださいっ! このバカにてつついをっ!」

「……あのね、みんな」

 ニコニコと可愛かわいらしい笑顔を浮かべたまま、くろは闇のオーラを発した。

「あたし、ハルと話してるんだけど──邪魔しないでくれる?」

 しろくさは不機嫌さを露骨に出すが、くろは逆だ。張り付いたような笑顔こそ怒りのしるしだ。

 温かみの消えた笑顔はしろくさとは違う独特の恐ろしさがある。そのため過激派は、

「あ──はい。すいませんでした……」

 とつぶやいて急速に大人しくなり、離れていった。

 俺は危機が去ったことで、ようやく一息つくことができた。

「はぁ……助かったぜ、クロ……」

「──続き」

「ん?」

「続きを、言って」

 決意を感じさせる口調だった。だから俺も自然と身が引き締まった。

「……わかった」

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