4 外堀

その4


 ミミズ箱から三日がった。

 妃選びの最初の段階も後一週間ほどである時に、王マクロンからの木箱がビンズによってフェリア邸に運ばれる。木箱にはマクロンがりすぐった生地が入っている。

「それは何ですか?」

 ケイトがビンズに問うた。

 ビンズはハハッとかわいた笑いをし、その質問をスルーした。そして、フェリアに木箱を差し出す。

「フェリア様、こちらをどうぞ。門扉に置かれておりました」

「まあ、この前より大きな箱ね」

 フェリアはふふふと楽しげに笑った。臨戦態勢ばっちりである。

「私が開けましょう。もしも危険なものが入っていたら大変ですから」

 ケイトが箱に手をかけた。

 ビンズは思う。確かに中身は危険だ。マクロンからのものである。心情的危険物と言っていいだろうと。

「まあ、これは生地ね」

 フェリアは中を覗き込んで呟く。その生地の上に手紙を見つけフェリアは手をばした。

 ケイトがそれを阻み、代わりに手紙を手に取り、ものなどが入っていないかと確かめた後にフェリアに渡した。

 フェリアは中の手紙を開く。

『私の服を作ってほしい。私がお忍びで城下町に行く際の平民服を。できうれば、私と共に城下町でお忍びデートをしよう。クルクルスティックパンを一緒に食べようではないか』

 フェリアの目がパチパチと瞬かれ、次第に頰が色づいていく。ケイトがしんに思い、手紙を確認しようとするが、フェリアは素早く手紙を胸に押し当てた。

 それから、フェリアはビンズにそのれた顔を向ける。睨んでいるにもかかわらず、それはそれは美味しそうな……マクロンが望んだ小さな芽吹きのような表情だ。

 ビンズはホッとした。心の土台はあったようだと。

「お、お返事を……」

 フェリアの口から出た言葉にビンズは晴れやかに笑みながら頷いたのだった。


「ビンズ、ここで待っていて」

 邸宅の入口でビンズを待たせ、フェリアは中に入った。邸宅の中で再度手紙を開く。読みながら、フェリアは落ち着かないようでうろうろしている。

『フェリア様、お返事の紙はありますでしょうか?』

 外から声がかけられ、ハッとしたフェリアは荷物の中を探して紙を取った。

「あ、ありがとう。紙、ありますので、ちょっと待ってください!」

 フェリアはテーブルに紙を置き、ペンを取った。しかし、ペンは動かない。フェリアはあせった。焦るあまり一言、本当に一言だけを書いた。

『頑張ります』

 たったそれだけで、一日働いた後のような疲労感である。フェリアはその一言と、マクロンの文を並べた。気づいてしまえば、悪戯心に火がついた。

 文には差出人の署名がない。ないが、それはマクロンだとわかる。

 ビンズが持ってきた木箱であること、何より、クルクルスティックパンの記述である。あの朝出したパンだからだ。

 フェリアは荷物箱の中から、リボンを選ぶ。宝飾品はないが、髪をかざるリボンはたくさん持ってきた。それだけがフェリアを飾る物なのだ。服作りで余った布にレースをつけたりしたったリボンである。

 そのうちの緑の一本を手にし、文に巻く。ふうろうと印章のないフェリアにとっての、ゆいいつフェリア自身からだとわかるものだ。あの朝、髪を飾っていたリボンであるから。

 フェリアは扉の前で一呼吸して開けた。

「これをマクロン様にお願いします。それと、マクロン様専任の針子さんから採寸表をもらってきてくれませんか」

 フェリアの口調は幾分早口で、少し愉しげだ。

 ビンズはマクロンと同じフェリアの愉しげな表情に、クスリと笑みが漏れりようしようする。

 フェリアがその笑みに反応して、何か言いたげに小さく口を開けたが、出てくる言葉はなかったようで『もうっ』と言っただけであった。

「すぐに手配します。……後、一週間でお妃様の意向を伺うことになります。よろしくお願い致します」

 フェリアは、ビンズのその発言に体がねた。あしだった心がスーッと引いていく。

「王様のお気持ちは、木箱につまっております。真心のお返事をお願い致します」

 コクンと頷いたフェリアの顔はりんとしていた。


 ビンズが邸から去った後、フェリアはしような薬草の種を蒔いた畑をしゃがんでながめていた。蒔いてまだ一週間しか経っていない種が発芽することはない。

 しかし、フェリアは眺めている。そこにある薬草への希望と……これがこの王城に留まる理由になることを、フェリアはのどがつまったかのように感じていた。

『違う……それを理由にしてはいけないわ。会いたい……また、会いたいのだもの』

 思い出すのはマクロンからの手紙である。ビンズの言葉である。

 真心の返事をどう返していいのかと、フェリアはほんのり頰を色づかせ、芽吹いていない薬草畑を眺めながら思うのであった。


 マクロンはリボンを手に遊ぶ。思い浮かぶのは、それが飾られた髪。まだ触れたことのないそれが、どんなざわりなのだろうかと思う。その思いは、触れたいという欲求だということに気づき、『まいったな』と小さく呟いた。

「え? 何かお困りですか」

 その呟きをビンズに拾われたマクロンは、何でもないと切り返そうとしたが、ふと思い至った事をビンズに問うた。

「次の三十一日は三カ月後になるのだな?」

「そう……なりますね。31番目のお妃様がお残りになる意向であるならば」

 マクロンはドクンとしようげきを受けた。常に感情を面に出さないマクロンが、けんにしわを寄せている。感情をあえて出し、周囲をあつすることはあるが、心のを出すことはそうそうないマクロンがである。

 ビンズの言葉の衝撃がマクロンを動揺させた。マクロンの権力を以てして、留まらせることはできるだろうが、それではであるのだ。心がそれを望んでいないのだから。

 マクロンはリボンを見つめる。

『会いたいものだ』

 ポロンとマクロンの心がその声を落とした。

 フェリアとマクロン、あまりに短い交流が互いの心を惹きつけたのだった。


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試し読みは以上です。


続きは好評発売中『31番目のお妃様』でお楽しみください!

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