1 天空の孤島領から後宮へ

その1

「喜べ、フェリア! お前は王様のおきさきさまに選ばれたぞ」

 くまおとこはバターンと家のげんかんとびらを開くと同時に声をひびかせた。おくまった台所でいもかわきをしていたフェリアにまで聞こえるほどの大声で。

 フェリアはいつたん手を止め、おけにたっぷりの水を入れると玄関まで急いだ。

「兄さん、また飲んでいるのね」

 バッシャーン

 勢いよく桶の水をかけられた熊男は、ブルンと体をふるわせてすいてきらす。

「やめてよ、兄さん!」

 水滴のがいにあったフェリアは、着けていたエプロンを取り顔をぬぐう。

「酒は飲んでねえぞ。お前は王様のお妃様になれるんだ!」

「うんうん、わかったから。まず、熱いお茶でも飲んで頭を覚まそうね。ほんと、手間のかかるおおにいさんだわ」

 やれやれとも言わんばかりに、フェリアは台所にもどっていく。

 それを追うように大兄ことリカッロはついていった。

「でな、フェリア、お前は王様のお妃様になれるんだ!」

 台所でも、リカッロは大声を響かせる。

 フェリアはまゆを寄せた。確かに酒くさくはないが、言っていることがまともではない。

「リカッロ兄さん、王様のお妃様はしやくを持ったお貴族様のれいじようや、他国のおひめさまがなるものよ。こんなへんな薬草領主妹の田舎いなかむすめがなれるものでもないし、お声だってかからないわ」

 ドカッとすわったリカッロにいお茶を出し、フェリアは新しいエプロンをつけて芋の皮剝きを再開した。

 今夜は月に一度のいも会である。たくさんの芋を煮て、領民にう日なのだ。薬草畑を主とするここカロディア領は、ダナン王国のへき中の僻地である。険しいぜつぺきの上にある深い森に囲まれた小さな領地で、東側は海、それ以外は大河にはさまれたさんかくのような形をしている。容易に近づける地ではない。ゆえに、ダナン国の東端にあるこの領地を、『天空の孤島領』とする者もいる。

 フェリアの兄リカッロは、カロディア領主である。三年前に事故でくなった両親に代わり領主になったばかりの新米だ。

「ふふぁあ、リカッロ兄さん……声が大きいって」

 台所に現れた背が高い男は、水が入った桶にボサボサの頭をみ、そのまま勢いよく頭を上げる。これまた、辺りはボサボサ頭から振りまかれた水滴でみずびたしだ。

「やめてよ、ガロン兄さん!」

 フェリアはまたもさけぶしかない。二枚目のエプロンも被害にあった。

 水滴が頭に残るガロンは、深夜の薬草畑守りを昨晩こなしていた。そのため昼間にていたのだが、リカッロの大声で起きてしまったのだ。

 カロディア領の深い森には、薬草畑をらす大型じゆうんでいる。魔獣は夜行性であり、深夜の薬草守りは当番制だ。男衆は二人組、女衆は三人組で当番にあたる。カロディア領でくには、女であっても武器を持ち魔獣と戦う強さが必要だ。もちろん、フェリアも例外ではない。

 そんなカロディア領で、いくら何でも王様のお妃様のしんなど現実味がない。

「リカッロ兄さん、会合で何かあったんだろ?」

 ブツブツ言いながらお茶をれるフェリアのことなどおかまいなしに、ガロンはリカッロに問うた。

「ああ、フェリアを31番目のお妃様にととなりの領主にたのまれたんだ」

 とたん、フェリアとガロンは飲みかけたお茶を、リカッロの顔めがけてした。

「なんだよ! 二人ともきたないぞ」

「マジな話だったのかよ」

 隣のけんじつな領主からの話となれば、っぱらいの戯言たわごとでないことは明らかだ。

 ガロンはからズルズルと体をすべらし、てんじようを見上げている。

 フェリアは見開いた目がかたまり、一種のホラー顔になっている。

「ああ、ほら……31番目のお妃様ってなかなか決まらねえだろ。31番目は最下位のお妃様だからって、お貴族様らは娘を出さねえ。一番下っぱだんしやくの娘ですらな。全国におれを出しても手を上げねえらしいんだよ。んで、単なる領主やら地方もりやら、だいごうやらに声をかけたがだーれもうなずかん。それで、最後の手段とばかりに家に話が回ってきた」

 シーンと静まる台所。

 確かに二十二を過ぎたフェリアはとつおくれてはいるが、だれが王様とのえんだんを持ってくると思おうか。

 フェリアはゴツンとテーブルに頭をぶつけした。

「まあ、一年のお勤めだ。楽しんできたらいい」

 リカッロは能天気に発した。

「ああ、まあそうだよなあ。どうせ王様は上位の妃しか相手にしねえだろうし、夜のおわたりのお役目一年無しで帰ってこれんだろ。それに、確かおし三カ月めで妃自身の意向が通るんだっけ?」

 ガロンはちゃんと椅子に座り直し、隣で突っ伏しているフェリアの頭をでながら言った。ふふぁあとまたあくびをして、ごとのようである。

「お前、昔さ、『王子様がむかえにきてお姫様になるのお』って言ってただろ?」

 ガロンとは対照的にらんらんひとみかがやかせ、リカッロはニコニコながおで言った。

「いつの話をしてるのよ!」

 フェリアはガバリと起き上がり、能天気なリカッロを指さした。幼女のころの戯言を持ち出すリカッロのバカさ加減に、フェリアはあきおこるしかない。

「ここの男どもには、ぜーんぶ断られたんだ。王都に行けばお前をめる男が居るかもしれんだろ?」

 リカッロのその言葉が、フェリアのいかりに油を注ぐ。

「王様のお妃様になるのに、男あさりなんかできるわけないでしょぉぉぉぉ」

 リカッロの耳をむんずとつかんだフェリアは、大声で叫んだのだった。


 31番目のお妃フェリアは、こうして召し上げられることとなったのだ。

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