エピローグ ハッピーエンドの悪役令嬢

 ラピスラズリ王国には、とても大きく、れいな湖がある。

 そのはんには白いとうが建っていて、周りは色とりどりの花で囲まれている、つうしようお姫様の塔。塔の周りには花をかたどったレリーフがまれているのだが、それがどうだということは国家機密とされている。

 ここは魔力をふうじなければならないと判断された、重要な人物が暮らす場所。

 それを知るのは、国の権力者でもごく一部のみ……。

「……何で私が、こんなところに住まないといけないのよ!」

 黒いかみをなびかせながら、アカリは塔の最上階にいた。窓から外をながめていると、風がその髪をでていく。

 今までは王宮のゲストルームで軟禁されていたのだが、魔法を使い、ティアラローズに危害を加えようとしたことからこの白き塔へと住まいを移されたのだ。

 本来であれば、厳しいばつそくを科さなければならない。

 しかし、聖なる祈りを持つ者ということ。ティアラローズが重いばつを望まなかったことから、罰はこの塔での生活ということになった。

 ティアラローズにとっては、ゆいいつの日本人という同情心。それと、続編のヒロインの名前を偶然に教えてもらえたことの感謝としてそのように取りはからってもらった。

 幸いたいしたもなかったことと、アクアスティードがティアラローズの言葉にうなずいたことも大きい。

 しかし何より、国として聖なる祈りを持つアカリを失いたくなかったのだ。

「アクア様にはきよぜつされるし……。ハルトナイツ様も、あまりかまってくれないし。私がヒロインだったのに、どうして? このままどこか遠くに、魔法で転移が出来たらいいのに」

 ぽつりぽつりとアカリの口かられるのは、自分の人生への絶望。

 ぼうだいな魔力を使い、転移をする──。本来ならば、容易だったそれも、この塔にいる間はほんの少しの魔法しか使うことが出来ない。

 塔のがいへきをくるりと囲んでいる花のレリーフは、魔力封じの魔導具なのだ。見た目はお洒落しやれな飾りだが、密に計算されたとくしゆなものだった。

「出来ることは、魔法でライトの代わりに照らすこと。水を出すことに、クーラー代わりの温度調節くらいかぁ。ほかにも出来ることはあるだろうけど、よくわからないや」

 しかし絶対的にわかることは、この塔から自分では出られないということ。

 入り口には特殊なかぎがかけられ、塔の内部と外には見張りのがいるのだ。暴れようとしても、すぐに騎士が飛んでくるだろう。

乙女おとめゲームだったら、王子様が助けに来てくれるのに。って、これも乙女ゲームだった!」

 アカリを助けてくれる人は、だれもいない。

 塔から出られるタイミングもあるだろうが、その際は厳重な管理下に置かれ自由には出来ないだろう。せめてハルトナイツがいればいいのにと、そう思った。

「……え? ハルトナイツ様だ!!」

 祈りが通じたのか、塔に姿を現したのはハルトナイツだった。

 とたんに顔をかがやかせて、アカリはハルトナイツを迎え入れた。ソファに座るようにうながして、お気に入りの紅茶とクッキーを用意する。

「そんなに長居はしないから、気にするな」

「私がしたいんです。……ここはひまで仕方がないです」

「アカリ……」

 ──だって、私を連れ出してはくれないのでしょう?

 それならば、「せめて楽しいお茶の時間をください」と。アカリは力なく笑う。

「……おれとアカリは結婚をし、第二王子であるシリウスの補佐をすることになる。これは決定であって、アカリに拒否権はない」

「……わかりました」

「ずい分なおに、頷くのだな。アクアスティード王子を慕っているのだと、そう聞いたが」

 ずうずうしい計画を立てたアカリとはいえ、好きだったアクアスティードにあそこまで拒絶をされて強気でいられるわけではない。

 それに、ハルトナイツは誤解していると、そう、アカリは思う。本当に図々しいと言われても、そうなのだから仕方がない。

 アカリはアクアスティードが好き。

 誰もがそう思っている。

 もちろん、それは事実なのだけれども──。

「──……でも、私はハルトナイツ様のことだって大好き」

 ぽつりと、しかし真っすぐにハルトナイツのひとみを見つめてアカリが告げた。

 それに驚いたのは、もちろんハルトナイツだ。アカリの心は完全にアクアスティードへ向いていて、自分にはないものだと思っていたのだから。

「……アカリ」

「ハルトナイツ様?」

 何か変なことでも言いましたか? そう思っているアカリは、ハルトナイツの驚き様にきょとんとしている。

 アカリにとって当たり前のことは、しかしほかの人にとって当たり前ではないのだ。

 乙女ゲームであるこの世界が、アカリは大好きだ。

 そこに存在する攻略対象者のことを、嫌いなわけがない。みんなみんな、大好きなのだ。純粋なその思いは、すとんと、ハルトナイツの心に落ちた。

「…………」

 ハルトナイツはじわりとがしらが熱くなるのを感じる。

 アカリの気持ちを、今更なのに、けれどうれしいとそう思ってしまった……。自分勝手に、好き勝手をしたアカリ。アクアスティードも好きなアカリ。

 だが、ハルトナイツにだってプライドというものはある。すぐにすべてを認めることなんて、とうてい出来ないと心が告げる。

「……今日は帰る」

「えっ!? でも、ハルトナイツ様、来たばかりじゃないですか……」

 ハルトナイツはすぐに塔から降りて、足早に帰路につくことにした。

 このままこの場所にいれば、とんでもないことを口にしてしまいそうだと思ったからだ。

 それはアカリがヒロインで、ハルトナイツが攻略対象者だったからだろうか。それとも、もっと別に理由があったのだろうか……。


     ◆◆◆◆◆◆◆


「ティアラローズ、元気にね。何かあったら、すぐに手紙をちょうだいね」

「そうだ。何かあったら、すぐに連絡するのだぞ」

「……はい。お母様、お父様。ですが、心配は無用です。わたくし、とても幸せですから」


 マリンフォレストへの旅立ちの日。

 柔らかな風がき、馬車につながれた馬はヒヒンと鼻を鳴らす。さわさわと音を立ててれる草木は、元気でねと言っているようだ。

 屋敷の前で、ティアラローズはアクアスティードと並び両親への別れをしむ。一年後に一度帰国しておしきをするが、基本的にその間は帰ってこない。

 そして正式にとつげばきさきとなる。そう簡単に、国をけて実家へ帰ることも難しくなる。

 もちろん、アクアスティードははいりよをしてくれるだろうが、あまりわがままを言うわけにもいかないと考えるのがティアラローズだ。

「アクアスティード殿下、娘をよろしく頼みます」

 父親がアクアスティードに頭を下げれば、「やめてください」と微笑ほほえむ。

「もちろん大切にしますし、必ず幸せにします。私がもう、こんなにも幸せなんですから」

「アクア様……。わたくしだって、もう幸せですよ?」

「はは、これはやられたな。だが、ティアラが幸せなのは嬉しいよ」

 両親の前だというのに気付けば甘いふんになっていて、はっとする。無意識だったとはいえ、ずかしいことをしてしまった。

 顔を赤くしてうつむけば、横でアクアスティードが嬉しそうにくすくすと笑った。

「一年後、楽しい話をたくさん聞かせてくれ」

「はい。お父様も、お元気でいてくださいね」

「もちろんだとも」

 マリンフォレストへは、余裕をもって馬車で二十日の日程が組まれている。

 無理をせず、こまめに街で休みながら向かうのだ。加えて、ティアラローズとゆっくりしたいというアクアスティードの希望もまれている。

 別れを惜しんで挨拶をしていると、出発の準備がかんりようしたとエリオットが告げる。

 それを聞き、さびしそうにするのは父親であるクラメンティール侯爵だ。「もう行ってしまうのか、寂しいな」と漏らす。

 しかし、これ以上出発を遅らせると宿しゆくはく予定の街へ着くのが夕方を過ぎて、夜になってしまう。それをわかっている父親は、頷きながらティアラローズを送り出す。

「元気にするのだぞ、ティアラ」

「あまり無茶をしてはいけませんよ」

「はい。お父様もお母様もお元気で。一年後には、たくさんのお土産みやげを期待していてくださいね」

「はは、それは楽しみだ」

 ぎゅっと両親に抱きしめられて、ティアラローズは涙ぐんでしまう。もう会えないというわけではないのに、こんなにも寂しいと思うなんて。

 思わずもらい泣きしてしまったクラメンティール侯爵は「早く出なさい」とティアラローズをせかす。娘に涙を見せてしまったことが、とても恥ずかしいのだ。

「お父様の涙を見たのは、初めてですね」

鹿なことを言っていないで、早く。街へのとうちやくが遅れるのはよくない。夜が危険なのは、ティアラもわかるだろう?」

「はい。ありがとうございます」

 照れた姿を隠すように早口で言う父親には、侯爵としての威厳などなかった。普通の、一人の父親としての姿がそこにある。

 それを嬉しく思うティアラローズは、それも幸せなのだと微笑んだ。

「フィリーネも、元気でやりなさい」

「はい。ティアラローズ様は、わたくしがしっかりとサポートいたします」

「ああ。頼んだぞ」

 フィリーネも挨拶をし、いざ出発となった。

 ティアラローズとアクアスティードが同じ馬車に乗り、フィリーネは後続の馬車へと乗り込む。エリオットは護衛をねているので、じようして進む。


 ──どきどき、する。

 今まで何度も感じたどきどきだが、今日の高鳴りは、ティアラローズにとって普段とは別格だった。


     ◆◆◆◆◆◆◆


 ごとごと……。と、馬車がかろやかな音色をかなでて進んで行く。

 向かう先は、アクアスティードの祖国のマリンフォレスト。ティアラローズが嫁ぎ、おうとなる大国だ。

 今は二人きりで馬車に乗り、しかし何を話せばいいのかときんちようしてしまう。

 そんな様子を見てアクアスティードがほおゆるめているのを、もちろんティアラローズは気付いていない。

「マリンフォレストとの国境がある街に着くのは、六日後だよ。そうしたら、景色もがらりと変わる。今はたくさん、外を見ておくといい」

「はい。マリンフォレストには行ったことがないのですが、ようせいがいるのですよね?」

「あぁ。ティアラなら、きっと祝福されるだろう」

 アクアスティードに言われた通り窓の外を見つつ、妖精がいるのだと思い出す。

 ラピスラズリ王国に、妖精はほとんど存在しない。それは他国に関しても同様だ。妖精はマリンフォレストにのみ好んで住み着いている。

 祝福を受ければ、新しい魔法を覚えられるなどの恩恵を受けることが出来る。

 ゲームをプレイするどころか、アクアスティードの情報が出ただけという段階で死んでしまった前世のティアラローズ。

 あるのは、ティアラローズとして生きた間に得た知識だけ。

 妖精が住み、豊かな海と森に囲まれた美しい国ということ。それと、自然の宝石のようなさん。女の子が一度は行きたい国だと、ティアラローズはいろいろな人に聞いていた。

「……妖精とえるのが楽しみです」

 えへへとはにかむように笑い、外を見る。屋敷のある方向へ視線を向けて、かんがいにひたる。

 これから新しいかんきようで生きるのだと思うと、とたんになつかしく思ってしまうのだ。

「……お父様、お母様。わたくしは、とても幸せです」

 ぽつりとつぶやいたその言葉は、馬車内のためアクアスティードの耳にも入る。

 安心させるようにティアラローズを抱き寄せて、そっと口づける。「大丈夫」と、アクアスティードがティアラローズを包み込む。

「……はい」

 不意にされた口づけに頰を染めて、しかし勇気を出してアクアスティードのかたに寄りかかる。甘えてみよう! と、ティアラローズは思ったのだ。

 もちろん、持てる限りの勇気をしぼって。

「あぁもう、やっぱりティアラはわいい」

 甘えてくるティアラローズの肩を抱き、その髪に顔をうずめる。

 もう一度口づけを。アクアスティードがそう考えて行動しようとした瞬間に──馬車の中、中央に小さな光が輝いた。

「えっ……!?」

「……手紙、か?」

 きらきらと光に包まれたそれは、一通のふうしよだった。

 アクアスティードが手をばしてそれを見れば、表面には『ティアラローズ様へ』と書かれていて、誰あてなのかがはっきりした。

 可愛らしい丸文字は、女性が書いたものだということがすぐにわかる。しかし、このようなことをしてくる友人なんて、ティアラローズにはいない。

 それに、これは特殊な魔法だ。魔力や、才能も必要になるのではないだろうか。そう考えている間に、アクアスティードが封を切った。

「あ……」

「ティアラへの手紙らしいけれど、あやしすぎるからね。すまないが、私が確認する」

「いえ、それは別にいいのですが……。もし危険物で、アクアスティード様にがいおよんでしまう恐れもあります。そんなにすぐ、開けないでください」

 突然ばくはつして、アクアスティードがぶなんてことが起きてはたまらない。

 勝手に手紙を開けたことがいやだったと思ったアクアスティードは、自分を心配しての言葉だったと知り嬉しくなる。「大丈夫だよ」と絶対の自信を持ち、安心させるようにティアラローズを撫でた。

「特に悪意はないからね。……アカリ嬢からの手紙みたいだ」

「アカリ様の?」

 ──いったいどういうつもりだろうか。やっぱり、アクア様をあきらめきれない……?

 ティアラローズへ攻撃をけたアカリ。それはアクアスティードへの想いからだったのだから、その彼女からの手紙は──いい気分ではない。

 何が書かれているのだろうと思えば、アクアスティードが読み上げた。

「……『ティアラ様へ。この手紙は、私が白き塔で使うことの出来る最大限の魔法です。手紙を書くことしか出来ない、魔法です。私は、ハルトナイツ様と幸せになれるよう頑張ろうと思います。だから、ティアラ様も幸せになってくださいね。』…………これはまた、都合のよすぎる内容だな」

 そう書かれた文字を見て、ティアラローズは苦笑するしかない。なんという内容の手紙をよこすのだと、文句さえ言いたい。

「まぁ。──……っ!!」

 が、ティアラローズは気付いてしまった。──便びんせんの最後の行にある、日本語で書かれた一文を。

『続編のヒロインなんかに負けたら、許さないからっ!!』

「ふ、ふふ……っ!」

「ティアラ?」

 それを読んで、思わず笑ってしまう。

 いぶかしむようにまゆをひそめるアクアスティードに、「何でもないです」と伝えてその手紙を手に取った。すんなりとティアラローズの手に渡ったそれを、もう一度封筒に戻す。

 ──これは、彼女なりのエールなのだろうか。

「アクア様、この手紙……もらってもいいですか?」

「……それはもちろんかまわないが、ティアラにひどいことをしたアカリ嬢の手紙だ。嫌ではないのか?」

「いいんです。くじけそうな時にこれを見て、はげみにします」

「…………?」

 どうしてそれが励みになるのか。

 最後の一文が読めないアクアスティードには、まったくもって理解出来なかった。

 が、ティアラローズがそう言うのであればと、好きにさせる。


 まだ見ぬ続編のヒロインには、負けない。

 ティアラローズは、そう心にちかった──。




END.

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