プロローグ 秘めた想い

 ……小さな体と、小刻みにふるえるかた

 ふわりと後ろへなびく花のようなハニーピンクのかみは、かのじよの存在を主張する。水色のひとみはかなげにれて、よくてた。

 今日は、王立ラピスラズリ学園の卒業パーティー。

 卒業生を祝福し、幸せな未来を願いながら送り出すこの良き日。しかし、それとは正反対の出来事がアクアスティードのがんぜんひろげられようとしていた。


 ちゆういつめられているかのじよ本人が、本来の意味を知るもよおし。

 ──悪役れいじようの、断罪イベント。


     ◆◆◆◆◆◆◆


 王立ラピスラズリ学園。

 ここは十二さいから十六歳の王族、貴族、りよくを持った一部の平民が通う学び場だ。

 暖色の落ち着いた色合いの校舎は、ステンドグラスの窓が大きく正面に設置されている。

 陽の光に反射しながらきらきらかがやくその様は、生徒の気持ちをこうようさせる。

 学業と社交を学び、卒業後は一年間、それぞれが進む道の見習いとなる。になる者、じよになる者、それぞれがせんぱいに教えをい一人前に成長していく。

 とつぐことが決まっている令嬢は、こんへ通いはなよめしゆぎようをする。


 しかし今、その伝統あるまなの卒業パーティーは、アクアスティードをひどく不快な気分にさせた。

 この国の第一王子ハルトナイツと、かれしたっているアカリという生徒が、一人の少女にばつあたえようとしているのだ。

 ハニーピンクのわいらしい花の名前は、ティアラローズ。こうしやくの令嬢であり、罰しようとしているハルトナイツ本人のこんやくしやでもある。

 彼女は今、ハルトナイツが大切にしている女性をいじめたとして、断罪されようとしているのだ。

 そんなことはありえないと、パーティー会場にいるだれもが思ったであろう。しかし、ハルトナイツはこの国の王太子でもある。口をはさめる者は、そういない。

 ましてや、この場には国王がらいひんとして来ているのだ。その判断がないままに、誰も動こうとはしないだろう。

 しかし、その中でゆいいつ動きを見せたのがアクアスティードだ。


 アクアスティード・マリンフォレスト。

 大国であるりんごくマリンフォレストの王太子であり、国民からの支持も厚い。もちろん数多くの令嬢からも慕われており、こっそりとファンクラブが出来ているほど。

 この学園には一年間の留学として来ているため、本日の主役の一人でもある。


 目の前で繰り広げられているいざこざは正直に不快であるが、アクアスティードにとってはまたとない好機でもあった。どうしようかと思考をめぐらせ、すぐに結論付ける。

 静かに移動し、来賓として卒業パーティーに参加している国王のもとへと足を運ぶ。

 この催しを自分に任せてしいと、進言するために──。


 会場の一番おく、上座に国王はすわっていた。ごうには金細工がほどこされており、国王の着ているしつこくの礼服をきわたせる。

 まさかこのようなことを、自分の息子むすこがしでかすとは思ってもいなかったのだろう。今にもりそうな形相で、ハルトナイツをにらんでいる。

 しかし、国王はすぐにアクアスティードの存在に気付く。真っ先に口から出たのは、パーティーに似合わない催しへの謝罪。

「アクアスティード王子か、すまないな。祝いの席だというのに、そくめいわくをかけてしまっているようだ」

「いいえ。むしろ、私にとってはぎようこうです」

「……?」

 にこりと微笑ほほえんで見せたアクアスティードに、国王はいぶかしそうな視線を向ける。しかし、アクアスティードはそれを気にかけることもなく続ける。

「ティアラローズじようへ、この場できゆうこんすることをお許しいただきたい」

「アクアスティード王子!? 何を言っているか、理解しているのか?」

 あまりにもとうとつな告白に、国王は目を見開いた。他国の王太子であるアクアスティードが、自国の王太子の婚約者に求婚するなどぜんだいもんだ。

 しかし、自分の息子でもあるハルトナイツが婚約者を断罪しようとしていることも事実である。

 彼女はれいに厳しく、そして誰にも平等でやさしい令嬢だ。誰が見ても、非はハルトナイツにあるのはいちもくりようぜん

 それを理解しているがために、国王もアクアスティードを強く制止することが出来ない。

 国王が口をつぐんでいると、代わりにといわんばかりに横にいた人物から言葉が発せられる。

「私が許可をしよう」

「お前、何を勝手に!」

「何をおつしゃいますか、へい。ティアラは私のむすめですから、父親である私が許可を出すのに問題などありません」

 さいしようとして、国王のとなりにいた男性が口を開く。その言葉通り、彼はクラメンティール侯爵であり、ティアラローズの実父だ。

 主従関係である二人だが、幼いころから行動を共にし、この国を盛り上げてきた立役者である。そのため、自身の意見を述べることにえんりよというものがない。

 厳しい口調で言うクラメンティール侯爵は、重度の親バカであった。先ほどから繰り広げられている断罪のやりとりを、心の底からいかりをもって見ているのだ。

 だからこそ、アクアスティードの求婚をしたいという申し出に対してすぐ許可をした。早くあの場から、断罪されようとしている娘を助けてきてくれと。

「お許しいただき、ありがとうございます。彼女からいい返事をもらえたあかつきには、改めてごあいさつうかがいます」

「マリンフォレストの王太子であるアクアスティード殿でんにそう言っていただけるとは、娘もきっと喜ぶでしょう。ただ──私は娘の望まないけつこんにはりようしよう出来かねますが」

「わかりました、覚えておきましょう」

 侯爵はアクアスティードに感謝の言葉を伝えるが、それと同時にとつがせるわけではないとくぎをさす。

 しかし、彼にとってはそれだけで十分。彼女をないがしろにするハルトナイツの下に、これ以上ティアラローズをいさせたくはなかった。

 国王と侯爵に、「では、この場は私が預からせていただきます」と告げて──アクアスティードは会場の中央へと歩みを進めていく。

 思い返すのは、彼と彼女の出会い。


     ◆◆◆◆◆◆◆


 しん、と。静かな図書館に、くすりと笑う低い声がひびく。

 数多あまたの蔵書を収めるこの場所には、知識を得るために貴族たちが多く通っている。てんじようまで届く機能的なほんだなに、内容ごとに分類された書籍。

 てんじようからはさんを加工したシャンデリアがあわく室内を照らし、読書の手助けをする。

「アクアスティード様、また見てるんですか?」

「……ああ。くるくる表情が変わるから、見ていてきない」

 あきれたような声をかけられた男は、マリンフォレストの王太子。

 声をかけた男は、アクアスティードがもっともしんらいしている側近のエリオット。

 図書館の一番奥の席が、彼らの特等席だ。一年間の留学中という彼は、様々な知識を得るために図書館へと毎日のように通っている。

 しかしいつしか、その目的は本を読むことではなく、図書館の窓からそっと見ることの出来るれいな花のためになっていた。

 アクアスティードの視線の先にあるのは、綺麗なハニーピンクの花。

 可愛らしく表情を変えて、それは楽しそうに本を読んでいる。大きな木に背中を預け、紅茶とおを楽しみながら読書をする。

 貴族の令嬢であれば、本を借りて自分のしきで読むのが通常だろう。けれど彼女はそれをよしとせず、図書館の裏庭でゆっくりと過ごしているのだ。

 まさか隣国の王太子に観察されているとは、つゆほどにも思っていない。

 アクアスティードが見ているハニーピンクの花は、このラピスラズリ王国の令嬢だ。そして──王太子であるハルトナイツの婚約者でもある。

 かなわぬこいだということは、一番にアクアスティードがわかっている。夜会に行けば直接言葉をわし、ダンスをすることも出来るだろう。

 しかし、そんなことをしてしまえばはなしたくなくなってしまう。このうでの中にめてしまえたのならば、どんなにいいか。

 そんな想いを胸にかかえながら、今日も楽しそうに本を読む令嬢へと視線を向ける。

 本当は話しかけたい。隣で本を読みたい。いつしよにお菓子を食べたい。しかし、アクアスティードはどれも実行しようとはしない。


 ──淡いはつこいは叶わぬものだと、昔から決まっている。

 しかしその想いは、打ち破られようと動きだす。


     ◆◆◆◆◆◆◆


 しんと、静まり返った会場に、低くあまい──アクアスティードの声が響く。

 断罪されようとされている、彼女のために。


「そこまでですよ、ハルトナイツ王子。彼女よりも、貴方あなたの言葉の方がよほどひどいではありませんか。──ねぇ、ティアラローズ嬢?」

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