9-3 カップルは贈り合う「……死にたい……」

 少しばかりれいに飾られただけの小さな箱を、互いに受け渡し合う。たったそれだけの、きっと何でもないことのはずなのに、まるで厳かな儀式のようだった。

 僕の箱が綾井に渡り、代わりに綾井の箱が僕の手の中に収まる。

 箱の表を見て、裏を見て、また表を見て、辛抱できなくなった。

「開けてもいいか?」

「えっ? ……こ、ここで?」

「僕のも開けていいから」

「……ん。それなら……」

 僕らは同時に、赤いリボンをしゅるりとほどく。

 今までプレゼントをしたことがないってわけじゃない。でも、今まで僕らが贈り合ったものは、どれも実用的なものばかりだった。拒絶される心配がまず存在しない安全なプレゼントばかりだった。

 だけど、今日のプレゼントは違った。

 ともすれば扱いに困るような、非実用的な、リスクのある……恋人でもなければ渡す勇気の出ない贈り物。

「……あ……」

 箱を開けた綾井が、小さく声をあげた。

「これ……ペンダント?」

 小さな箱の中に収まっているのは、透明なガラス玉の中にピンク色の花が封じられたペンダントだった。

 言っても中学生の小遣いで買ったものだから高いものじゃあない。それも、普段アクセサリーなんて縁のない生活を送る僕が、ないセンスを絞って考え、ネット中を放浪して探したものだから、可愛かわいいとか綺麗とかも実のところよくわからない。だけど──

 綾井はペンダントを目の前に持ち上げた。

「すごい……。ガラスの中に花が入ってる。……これ、なんていう花?」

「……かすみ草。花言葉が気に入ったんだ」

「花言葉……」

 聞くが早いか、綾井はスマホを取り出して調べ始めた。僕は慌てる。

「ばっ……! ちょっ! それは恥ずかしいって……!」

「えー? いいでしょー?」

 綾井は意地悪く笑いながら背中を丸めてスマホを守り、「えーっと」と検索結果を読み上げた。

「『夢見心地』『清らかな心』『魅力』『無邪気』……」

「……実は、それ」

 僕は観念して白状する。

「…………結婚式のブーケによく使われてるやつ」

「……え」

 綾井はもう一度ペンダントを見下ろして、夜でもわかるくらい顔を赤くした。

 ……なんだこれ。プロポーズかよ……!

 僕も今更のように顔が熱くなってくる。もうちょっと無難なのにすればよかった!

「……ん、と」

 後悔にさいなまれていると、綾井がそっとペンダントの留め具を外して、髪をのけながら自分の首に回した。

「んしょっ……できた。…………どう、かな?」

 僕が買って、僕が贈ったペンダントが、綾井の胸に下がっている。

 ……ああ。あー、あー──なんだろ、これ。

 うれしいというか、むずがゆいというか──達成感めいた気持ちがこんこんと湧いてくる。

「こういうの、あんまり着けたことないから、似合ってるかとかわからないんだけど……」

「いや、似合ってる」

 思わず直球で言ってしまった。

「似合ってる。マジで。ほんとに。…………かわいい」

「えっ? ……う、うん……あり、がと」

 綾井は恥ずかしそうに目をらして、寒さで赤らんだ頰をほのかに緩ませる。

 プレゼントを考え、探すのに使った時間のすべてが、報われて余りある表情だった。

「……それじゃ、僕のほうもそろそろ開けないとな」

「あっ……う、うん!」

 緊張の面持ちで見守る綾井の前で、僕もプレゼントの箱を開ける。

 中に入っていたのは──

「──……あ」

「えへ……気が合うね」

 ……ネックレスだ。

 持ち上げてみると、羽根を模したデザインの飾りがぶら下がっている。

「別に、伊理戸くんのみたいな素敵な理由はないんだけどね……羽根っていうか、羽根ペンのイメージなの」

「羽根ペン?」

「えと、その……」

 綾井はしばらく目を泳がせて躊躇ためらったのち、意を決したように語った。

「…………伊理戸くんが、テスト勉強とかで、ノートにカリカリ書いてるのを見るのが好きだから」

「…………………………」

 僕は何秒か沈黙して、彼女の言葉を解釈した。

「…………そういうフェチもあるのか?」

「あうぅっ……!! え、えーと、フェチっていうか、なんとなく好きってだけで……!!」

 それをフェチと言うんじゃないのか。

 綾井はうつむいてしゅんとする。

「うう……ごめんね、気持ち悪いこと言って……」

「君はすぐ謝るな」

 と言いながら、僕はもらったネックレスを着けてみせた。

「ほら」

 プレゼントを着けた僕を見て、暗かった綾井の表情がぐんぐん変わっていく。

 くすぐったいのを我慢しているようなその顔を見て、僕はにやりと笑ってみせた。

「なんかすごいだろ。クリスマスプレゼントって」

「うん、うんっ……! なんか……なんかすごい!」

 具体性に欠けまくる感想を共有して、僕たちはまたくすくすと笑い合う。

 これで、綾井にも少しは自信がつけばいい。心の裏で、僕はひそかにそう思った──

 それから僕らは、寒空の下で数十分、取り留めのない話をして過ごした。

 イルミネーションがあるわけでもない。

 ロマンチックな雪が降ったわけでもない。

 街灯と民家の光だけにうら寂しく照らされた、マンションの前の植え込みだ。

 それでも、つかでしかなかったその時間は、僕の心の中に深く刻まれた。

「……じゃあ、また、ね」

「……ああ。また」

 マンションのエントランスの前で別れを告げて、僕たちは小さく手を振り合う。

 どこか密やかなのは、口に出さないだけで、本当は名残惜しいからで。

 ──それがわかったから、僕は綾井の手首を握った。

「えっ? 伊理戸くっ──」

 僕は綾井に詰め寄って、少しだけ身をかがめる。

 お互い、強制的に無言になった。

 背筋を戻すと、綾井は寒さとは別の理由で顔を上気させて、驚いたように目を瞬いた。

「……まあ、クリスマスだから」

 と、僕は言い訳するように言う。

 綾井はくすっと笑みをこぼした。

「そう、だね。……クリスマスだから」

 今度は綾井が、少しだけ背伸びをした。

 彼女がかかとを地面に戻すと、僕たちは淡い笑みを向け合って、ようやく身を離す。

 僕たちの関係を、今はまだ誰も知らない。

 きっと、いつかは父さんにも話すときが来るんだろう。まさか彼女を家族に紹介するなんてイベントが僕の人生に発生するとは、半年前には露ほども思わなかったが。

 一人きりで就いた家路、胸の中でネックレスが揺れていた。

 一年後のクリスマス、僕らは堂々と会えているだろうか。

 どちらかの家に集まって、同じテーブルを囲んでいたりするんだろうか。

 今度はどんなプレゼントを渡すんだろうか。

「……今のうちから、考えとかないとな」

 今日からちょうど、365日。

 今からその日が楽しみだった。


  ◆


 まあ、その一年後には連絡すら取らなくなってたんだけどな。

「諸行無常だなあ……」

 机の中にってあった例のネックレスを久しぶりに取り出して、高校一年生の僕は世界の摂理に感じ入った。

 あれからしばらくは、互いの首に互いのプレゼントを見つけては、ふふっと意味ありげに笑う遊びがあいつとの間でったものだ。そのために、あえて襟やマフラーの中に隠して、着けてることを地味に気付きにくくしたりして。何が楽しいんだそれ。

 今は素で気付かれないだろうな。それどころか、僕があげたペンダント、引っ越しのときに捨ててるんじゃないか、あの女。

「……久しぶりにやってみるか?」

 気付かれなければ推測の正しさが証明される。もし気付きやがれば、それはそれで面白い反応が引き出せそうだ。

 興が乗ってきたので、ネックレスを首に通し、羽根デザインの飾りを服の中に隠して、部屋の外に出た。

 風呂に入るときにでも会うだろう──と思っていたが、

「あ」

「あ」

 ドアを開けた直後、二階の廊下でいきなり遭遇した。

 背が伸び、髪も伸びた高校一年生の伊理戸結女。

 その姿を見るなり、僕はすぐに気付いてしまう。

 黒い髪に紛れるようにして輝く、見覚えのあるペンダントの鎖──

「……へえ」

「……ふうーん」

 お互いに、それだけだった。

 そのまま何も言わずに、順番に階段を降りた。

 リビングに入ると、夕飯のときにやっていたドラマは終わっていた。ダイニングのテーブルに父さんが座っていて、台所で由仁さんが食器を乾燥機に入れている。

「おお、水斗。風呂か?」

「そろそろ沸くと思うから、先に入りたいなら水斗くんとジャンケンしてね、結女ー!」

 二人とも、僕たちの微細な変化にはさっぱり気付かない。

 僕たちはそれぞれの親に適当な返事をすると、テレビの前のソファーに一人分の隙間を空けて座り、部屋から持ってきた本を無言で開いた。

「……ふふっ」

 結女が急に笑みをこぼす。

「どうした?」

 と、僕が本に視線を落としたままくと、

「気が合わないなって」

 と、結女もやはり本から視線を離さないまま答えた。

「……そうだな」

 と、僕が答えて、それっきり読書に戻る。

 僕の本は『クリスマス・キャロル』で、結女の本は『ポアロのクリスマス』だった。

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