86―エイティシックス―

第二章 白骨戦線異状なし その6

 しゆうや夜間しゆつげき任務が無ければ、夕食の後片づけからしゆうしんまでの数時間は自由時間だ。

 後片付けの終わったちゆうぼうで全員分のコーヒーをれてアンジュがもどると、基地の全員が集まったままの格納庫前の広場は射的大会で大いに盛り上がっていた。

「ほい、クマ王様に一発ウサギ二発。ハルト君の合計点数は七点であります!」

「あちゃー、二発外したか。やっぱりハンドガンっていまいち苦手なんだよなー」

「おーっと、ファイドからとつぜんちようせんです! 横に置く! 対するキノ選手の実力やに!」

「マジかよ……だー! 全っ然じゃねえか! 次! 次のやつ早く!」

「私か。えーと、……カイエ・タニヤ、して参る!」

「ハイ二てーん」

「うおっ、五発全部命中。流石さすがだなライデン」

「へっ、わけねえよこんなん」

「きゃー生意気言いやがって。クレナ行け! 本物のかみわざってやつを見せてやれ!」

「おっけー見ててよ! ファイド、それ並べないで投げて!」

「「「うおぉぉおすげぇえええええ!」」」

「……って、なんか今日はファイドがサドいぞ。タワー型とかまた難易度上げてきた」

「シンー、お前の番」

「ん」

「……うわぁぁああ一発クリアかよ相変わらずかっわいくねえ……」

 今日の調理で出た大量のあきかんを的にして、それぞれけいこうけんじゆうを用いて。点数代わりの可愛かわいい動物のイラストをマジックでセオがさらさら書きつけ、各人のしやげきの合間にとされたかんを拾ってはファイドがタワーやらピラミッドやらに並べ直している。

 そうぞうしいその様子に、アンジュはくすりと微笑ほほえむ。

 ごうせいな夕食だった。さばいてごうかいあぶいたいのししにくに森で鹿みたいに採れるスグリのソース、裏の畑の野菜サラダとかんづめのミルクとキノコのクリームスープ。食堂で食べる料理じゃないよなとテーブルを外に持ち出して、当番だけでは手が足りずに結局基地要員総がかりで調理して。

 楽しかった。それはみないつしよだったと、こうして目の当たりにしてそれがとてもうれしい。

 自分がたおしたあきかんががらがらくずれるのは見もせず、けんそうから少しはなれて一人書物のページをっているシンの前に、コーヒーのマグカップを置いた。

「おつかれさま」

 ちらりと視線が返るのが返事の代わりだ。気づいて寄ってきたダイヤにコーヒーまんさいのトレイを預けて、アンジュは向かいのを引いて座る。

 もくもくと読み進めている分厚い書物に、目をめて問うた。隊舎で飼っているしろくつしたの黒いねこが、ページにじゃれようとふんとうしているのがみよう微笑ほほえましい。

「面白い?」

「別に」

 言ってから、自分でもあんまりな答えだと思ったのだろう。少し考える間をおいて続けた。

「他のことを考えてる間は、意識しないでいられるから」

「……そう、」

 あわく苦笑して、もう一度アンジュは言った。は彼女達でも、代わってやることも分かち合うこともできないから。

「おつかれさま。いつも」

 じん、とレイドデバイスが熱を帯びた。

『戦隊各位。今、よろしいですか?』

 ハンドラーの少女の声がひびく。着任から一週間、初日から欠かさずかえされている夕食後のひとときの交流の時間だ。

「問題ありません、ハンドラー・ワン。今日はおつかれさまでした」

 代表してシンが応じる。器用なことに目線は本に落としたまま、ページをろうとするのをぺちっとねこじやされて本を持ち上げていなす。

 盛り上がっていた隊員達が、そそくさとけんじゆうからしよだんいてホルスターにもどした。反乱防止のため、エイティシックスがしようを持つのは禁じられているのだ。別に検査もされないので、どの戦隊もほうされた近在の軍せつから持ち出して使っているが。

『ええ、貴方あなた達もおつかれさまです、アンダーテイカー。……何か、ゲームでもしていましたか? じやをしてしまったならすみません、続けてください』

「ただの時間つぶしです。お気になさる必要はありません」

 話したくなければ、同調は切ってもらって構わない。初日にそう言われているのをいいことにさつそく同調を切った仲間達が図太く投げナイフ大会を始めるのを見ながらシンは言う。ライデンやセオ、カイエといった何人かは丁度来たコーヒーを楽しむ気になったのか、それぞれマグカップを手に手近のやテーブルにこしを下ろした。

『そうですか? 何だかとても、楽しそうですよ。……ところで』

 ふと、ハンドラーは居ずまいを正したようだった。まっすぐに向けられる、そうな眼差しの気配。

『アンダーテイカー。今日は少し、お小言があります』

 上官のしつせきというより優等生の学級委員長の注意といった口調の言葉に、シンは気にせずコーヒーに口をつけた。かべの向こうのハンドラーの言うことなど、一々に受けても仕方ない。

「なんでしょうか」

しようかいせんとうの報告書。伝送ミスじゃなかったんですね。……読もうとしたら全部同じでした』

 シンはわずかに目を上げた。

「まさか、全て目を通したのですか?」

『あなたがスピアヘッド戦隊に配属されてからのものは』

「……お前、まだあれやってたのか」

 あきれをかくしもせずにライデンが言うのはとりあえず無視する。

「前線の様子など、そちらが知ってどうするのですか。なことをしますね」

『〈レギオン〉の戦術や編成けいこうぶんせきは、わたしたちハンドラーの職務の一つです』

 つんと言ってから、ハンドラーは少し語調をやわらげた。

『読まれないから送らなかったのだということはわかりますし、それはこちらが悪いのですからおこりませんが、これからはきちんと作成してください。わたしは読みますから』

 めんどうな。

 思ってシンは口を開く。

「読み書きは苦手なんです」

「お前さんほんといい根性してんのな」

 ダイヤがぼそっとつぶやいたのはやっぱり無視して、分厚いてつがくしよのページをめくる。

 もちろんハンドラーはこの場にいないからそんなことは分からない。幼少期に強制収容所に入れられた今のプロセッサーは、まともに初等教育も受けていないことに思い至ったのか、気まずげに口ごもる。

『あ……ごめんなさい。でも、それならなおさら、訓練だと思って書いてみてください。いつか必ず、役に立ちますから』

「どうだか」

『……』

 ハンドラーはあからさまにしょげかえった。別に字くらい読めるけどね、とばかりに鼻を鳴らしたセオがナイフを的に投げて、可愛かわいらしい子ブタのおひめ様が台の下に転げ落ちる。

 マグカップを両手で包んで持って、カイエが小首をかしげる。

「いや、役には立ってるだろう、アンダーテイカー。何しろしゆは読書なわけだし……今だって、それはてつがくしよか? ずいぶん小難しそうじゃないか」

 同調の向こうで、何やらものすさまじいちんもくが降りた。

 ハンドラーが言う。これまでどおりやわらかなひびきの、おそらくしようさえかべているだろうに、か異様なはくりよくを帯びた声で。

『アンダーテイカー?』

「……………………わかりました」

『これまでのものも送ってくださいね? せんとう報告書も。全部』

「……ミッションレコーダーのデータファイルでいいですか」

です。書いてください』

 ついシンは舌打ちし、おずおずと様子をうかがっていたカイエがびくっとポニーテールをらした。ぱちんと両手を合わせて勢いよく頭を下げるのに、お前にじゃないと片手をる。

 まったく……、とため息をついて、ふとハンドラーはそもそもの未送信の原因を思い出したらしい。腹立ちを収めた、ひたすらにしんこわで続ける。

ぶんせきができれば、対策が取れます。せいえい貴方あなたがたのせんとう記録ならなおさらに。全戦線のそんもうりつが下げられますし、それは貴方あなたがたにもそうなのですから、どうか協力してください』

「……」

 シンは応えず、ハンドラーの少女はものがなしげにちんもくする。プロセッサーがハンドラーを信用しない原因が、全てハンドラー側にあることを自覚しているのだろう。

 それからまりなふんを打開しようと思ったか、務めて明るい声を出した。

『そういえば、文書の日付がずいぶん前のものでしたが、どなたかからいだのですか? それとも、もしかしてその頃から?』

「あァ。こいつのこれは最初っからだぜ、ハンドラー・ワン。おれが会う前からずっとやってる」

 からかう口調に、ライデンが乗ってやった。ハンドラーがきょとんとまばたく気配。

『ヴェアヴォルフは、アンダーテイカーとは以前からのお知り合いなのですか?』

 カイエがかたをすくめる。

「というか大半がそうかな。例えばダイヤブラックドッグアンジュスノウウィッチは入隊以来同じ隊だし、私はハルトファルケと一年いつしよだ。セオラフィングフォックスクレナガンスリンガーは一昨年からシンアンダーテイカーライデンヴェアヴォルフの隊にいて、……たしか二人も、会ってからは二年くらいになるんだったか?」

「三年だ」

 ライデンが答え、ハンドラーがひとときちんもくした。

『……従軍してもう、どれくらいになるのですか……?』

「みんな四年目、というところかな。ああ、アンダーテイカーは一番長くて、今年五年目だ」

 ハンドラーの声がはずむ。

『では、アンダーテイカーは任期満了まであと少しですね。……退役したら、何かやりたいことはありますか? 行きたいところや、見たいものとか』

 全員の視線がシンに集まった。やはり本から目も上げないまま、身もふたもなくシンは答える。

「さあ。考えたこともありませんね」

『そう、ですか……。……でも、今から考えておいてもいいかと思いますよ。何か思いつくかもしれませんし、きっと、楽しいと思います』

 ふっとシンはかすかに笑った。うとうとしていたねこが、ぴょこんと両耳を立ててあおいだ。

「そうかもしれませんね」

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