86―エイティシックス―

第二章 白骨戦線異状なし その5

 ほうらくした建築物とれきかげうすやみを、首のないがいこつのパーソナルマークを負う〈ジャガーノート〉──〈アンダーテイカー〉がける。

 敵機の射線にはすんごうも身をさらさず、けれど己の照準からは決してがすことはない。斥候型アーマイゼを、近接猟兵型グラウヴォルフを、時には戦車型レーヴェさえたくみに死角に回り込んで仕留め、りようほうげきいきしてせんめつさせる。

 敵部隊のれんけいみだすため、あえて単機でとつしゆつてきじん深くむのが、先頭で敵とわた前衛ポイントマンの中でもきんきよせんとうに特化したシンの役目であり、同時に最も得意とする戦い方だ。

 一時も消えることのない接近警報の赤色光が映り込む血赤のそうぼうは、敵性ユニットのブリップでくされたレーダースクリーンなどはや見てもいない。異名そのまま、戦死者の順を定める死神のれいてつほふるべき敵機を選定する冷えたまなしが、ふと、かすかながいたんらぐ。

 、自分からは出てこない、か。

 無意味な思考はつか、自らが引いたトリガのもたらすばくえんまれて消える。次の敵機に視線と意識は移り、しやげきの合間に市中に散らばったりように最も効率の良いさつりくの指示を飛ばす。

「──第三小隊。交戦中の小隊をゆういんして南西に後退。第五小隊は現在地で待機。しやげきゾーンに敵小隊が進入したらせいしやで仕留めろ」

ダイヤブラックドッグ了解。……アンジュスノウウィッチ、今のうちにリロードしとけよ』

セオラフィングフォックスも同じく。こっちをたないでよブラックドッグ!』

ハルトファルケ。方位二七〇、きよ四〇〇。ビルを超えてくるぞ、顔を出したところをたたけ」

『りょーかい。キノファーヴニル、手伝って』

 遠く、連続するほうせいはいきよれきふるわせる。

 ビルのへきめんを垂直にのぼきようてきな機動で上方からのしゆうをかけるはずだった近接猟兵型グラウヴォルフの群が、飛び降りたしゆんかんかんほうそうしやらって空中でずたずたにかれる。

 次の標的を定めようと視線をめぐらせかけ、の動きに気づいてシンはちらと視線を向ける。

「全機こうげき中止。散開」

 とつぜんの指示に、しかし全機がそくおうした。どうした、などというけなことはだれも問わない。前線が苦戦していれば〈レギオン〉が投入してくる、敵兵種はあと一つ──。

 ぃぃぃいいいいん、と、接近するかんだかごうおん

 戦場のそこかしこにはる彼方かなたから飛来したほうだんさり、さくれつけた黒土があわふくらむように吹き上がる。

 後方に展開された一五五ミリそうほうがた〈レギオン〉、ほうえんだ。

 えんコンピュータがだんどうを逆算、発射位置を東北東三〇キロ付近と特定するが、そんなえんきよこうげきできる兵装がこちらにない以上な情報。ちようきよほうげきには不可欠な、だんちやく確認の前進観測機のせんぷく位置を、地形と敵機の展開じようきようから推定し──。

『ハンドラー・ワンより戦隊各位。前進観測機の推定位置を送信します。候補は三か所、確認と制圧を』

 ちらっとシンは目を上げた。デジタルマップ上に三つの光点がともるのをいちべつし、あくしている敵機の位置と照らし合わせて、後方のビル群にひそ狙撃手マークスマンのクレナに標的を指示する。

クレナガンスリンガー。方位〇三〇、きよ一二〇〇のビル屋上に四機」

『了解。任せて』

「ハンドラー・ワン。指向レーザーによるデータ伝送は、こちらの位置が特定されるおそれがあります。作戦中の指示は口頭のみにしてください」

『っ……すみません』

「次の観測機が出てきます。引き続き位置の特定をお願いします」

 ぱっ、とうれしそうな笑みの気配が知覚同調パラレイドの向こうでいた。

『はい!』

 声をはずませるハンドラーの少女にかすかにまゆひそめ、──点灯した接近警報とひびわたきようかんに、シンは意識を戦場にもどす。



 自軍の損害もお構いなしに──真実無人機同士だからできる戦術だ──まれるほうだんあらしが耳をろうする戦場を、ライデンは次のものを探してまわる。

 飛び交う火線は、まだ敵機のそれの方がはるかに多い。ばらかれるじゆうかんじゆうだんの一発がめいしようせんしやほうなどらえばひとたまりもなくこつじんだ。

 しやへいぶつを伝って移動したはいきよかげに、先客がいた。〈アンダーテイカー〉。だんやくちきったらしく、〈スカベンジャー〉──やはりというか、ファイドだった──からじゆうを受けている。

「ちっと多いな」

『カモちなんだろ。楽しめばいい』

 セオとのやりとりを聞いていたらしい。皮肉を言ってきやがる。

『……確かに思ったより戦車型レーヴェが多い。補給ついでに合流したかな』

 小雨が降ってきたからかさをさそうか、程度のこわだった。というか、シンがどうようしたところなどライデンは見たこともない。多分死ぬ時も、死んでさえもこいつはこのままなのだろう。

しやへいが限られる分やつかいだ。そのうちこちらの移動パターンもかいせきされる。その前にけずっておいた方がいいだろうな』

 ファイドのクレーンアームがだんそうコンテナ全てをこうかんし、じゆう完了。〈アンダーテイカー〉が立ち上がる。

戦車型レーヴェは受け持つ。その他の相手と、えんの指揮は任せた』

「了解だ、アンダーテイカー。……またアルドレヒトのジジイにどやされるな」

 かすかに笑う気配。〈アンダーテイカー〉がはいきよから飛び出す。

〈ジャガーノート〉の最大速度でしやへいかんたくみに伝い、戦車型レーヴェの四機小隊に接近。ぼうなどという言葉ではとうてい足りない、はたには自殺こうそのもののとつこうに、ハンドラーの少女が悲鳴のような声をあげる。

『アンダーテイカー! 一体何を……!?』

 戦車型レーヴェいちりようほうとうの向きを変え、ほうげき。寸前で〈アンダーテイカー〉は機体を軽く横にってかいに成功する。さらほうげき。また外す。

 ほうげきほうげきほうげきほうげき──人間も兵器も等しくかいじんに変える一二〇ミリほうだんれんげきを、〈アンダーテイカー〉はことごとくかいして前進する。ほうしんの向きを見て間に合う機動ではない。経験でつちかったかんだけがたよりの、首のない白骨がいずる様によく似た悪夢のようなマニューバ。

 ごうやしたように、戦車型レーヴェが機体ごと向きなおる。ばくはつじみた速度でびだし、それ自体きようのようなはちきやくで地面をりつけてもうしん、接近する敵機をこうからむかつ。

 はがねの総身のしやくない重量をばくしんさせながら足音はかい、静止状態からいつしゆんで最高速度に達し、またたに〈アンダーテイカー〉の眼前にせまる。強力なショックアブソーバーと高性能のリニアアクチュエータがもたらす、じんなまでの運動性能。

 はちきやくめ、ちようやくした。みつぶす気だ。今──

 しゆんかん、〈アンダーテイカー〉がんだ。

 戦車型レーヴェとつげきよこびにかいし、空中で向きを変えると着地と同時にさいちようやく戦車型レーヴェに取り付くやきやく関節を足場にまたたほうとう上面にのぼり、まえあしを広げたきよくたんぜんけい姿勢でガンマウントアームのしゆほうはがねいろそうこうける。

 見えている中では最もそうこううすい、ほうとう後部上面に。

 げきはつ

 信管の最低起爆距離設定ミニマムレンジした高速てつこうりゆうだんそうこうかんつう、秒速八〇〇〇メートルにもおよぶ高性能ばくやくかいてきばくごうを機体内部にらす。

 こくえんいてくずおれる戦車型レーヴェから飛び降りた時には、〈アンダーテイカー〉は二機目の戦車型レーヴェねらいを定めている。だんまくを小刻みに左右にちようやくすることでかいくぐって近接し、きやくざんげき──かくとうアームのせんたく兵装だがシン以外に装備しているやつを見たことのない、強力だが非常に間合のせまい高周波ブレードのいつせん

 かたむいた二機目の上面にほうげきらわせ、ちんもくしたそいつをたてに三機目のほうげきを防ぐ。ばくえん戦車型レーヴェひんじやくなセンサをつぶしたすきに手近のこうにワイヤーアンカーをちこんで高速じようしよう、敵機を見失ってほうこう彷徨さまよわせる三機目のほうとうに飛び降りてゼロきよしやげきたたきこむ。

『っ……』

 ハンドラーが絶句しているのが、同調の向こうに感じ取れた。

 このアルミのかんおけの開発者が見ればこしかすかあわ吹いて失神するだろう、かみわざそのものの機動にライデンは目を細める。

〈ジャガーノート〉は本来、こんなせんとうを行う想定で作られていない。火力もそうこうも機動力も足りないままとつかん作業で作られた、てればいいだけの自殺兵器だ。たった一機で戦車型レーヴェを、それも続けざまに何機もげきしていくなどありえない。

 無論、だいしようも大きい。

 ただでさえぜいじやくな〈ジャガーノート〉の足回りは限界以上のを強いられてせんとうが終わるころにはがたがたにこわれてしまうし、主力である戦車型レーヴェまもろうとする他の〈レギオン〉の集中こうげきの的にもなる。その分ライデン達が戦車型レーヴェ以外をげきするのも楽になるから結果的に早くせんとうも終わるとはいえ、正直、何だってシンがまだ戦死してないのかは不思議で仕方ない。死なないどころかもう五年も、こんなやり方で生き残っている化物なわけなのだが。

 もったいねぇ、といつも思う。

 三年、共に戦った。三年間ライデンはシンの副長で、つまりは三年ずっと二番手だった。同じ〝号持ち〟のライデンにも同じはできない。けんできたことなど一度だってない──あの首のない死神こそは、なしのせんとうの天才だ。ただ生き残る悪運にめぐまれただけではない、しかるべき時間と装備をついやせばあるいはこの戦場から全ての〈レギオン〉をちくするかなめとなったかもしれない、そういう、せいしゆつえいゆうの器量だ。

 ただ、シンは生まれるべきいくさの時代をとことんちがえた。はるか昔のの時代なら後世にかたがれるくんの主人公ともなったろうし、最後に人間同士が殺し合った大戦の頃なら、えいゆうとしてかがやかしい名を永遠に戦史に刻んだろう。

 この鹿げた戦場では、そんなものは望むべくもない。

 人の尊厳も権利もなく、死んで入る墓もなければ刻む名前もめいもない、使い捨ての兵器として死ぬまで使つかつぶされた果てに、戦場のかたすみで人知れず散るのが彼らのさだめ。この戦場に果てたいくひやくまんどうほうと同様に、ちてかえる己の白骨の他に遺すものなど何もなく。

 阻電攪乱型アインタークスフリーゲきりが晴れて陽光がもどる。生き残った〈レギオン〉が、えんを受けつつてつ退たいを始めた。れいてつな自動兵器達は仲間がどれだけこわされようとふくしゆうにははやらない。損害数が一定に達し、目標を達し得ないと判断すればあっさりとほこを収めて退くだけだ。

 かたむいた太陽の光線が、戦車型レーヴェざんがいの中に立つ〈アンダーテイカー〉のりんかくに散っている。

 りかざした古刀の切先にひらめく月光のような、それはうつくしさだった。

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