86―エイティシックス―

第二章 白骨戦線異状なし その4

 ライデン達が基地にもどると他の一八機はすでにしゆつげき準備を終えていて、格納庫の入口に最も近い位置にある自機の前でセオがこんじようわるねこみたいににやーっ、と笑う。

「おっそいよ、ライデン。らいでもんだんじゃないかって心配してた」

おそくねぇよ。それから、まだじようだんらいはやめろ」

「あ。ごめん」

 自走らいで吹っ飛んだクジョー。この戦隊を編成して二月、クジョーは三人目の戦死者だ。

 プロセッサーのそんもうりつは非常に高い。毎年十万人以上が入隊して、一年後まで生き残るのはそのうちの千人に満たない。それでも生身でにくはくこうげきをかける以外に手がなかった彼らの両親達に比べればずいぶんましだ。旧式のロケットランチャーかばくやくいて〈レギオン〉にむのがゆいいつの戦術だった当時のそんもうりつは、日に五割を超えることさえあったという。

 それらに比べればこの隊のそんもうりつの低さはきようてきだが、しよせん、ここも最前線で激戦地だ。

 損害のない戦いなどない。

 死だけはいつも、だれにでも平等で、とうとつだ。

そろったな。けいちゆう

 静かなくせによく通る声がかけられて、全員が姿勢を正す。

 第一戦区の地図の上からとうめいなカバーを一枚かけて必要な情報を書き込んだ作戦図の前に、ひそやかに降る月光の気配のように、いつの間にかシンが立っている。

 はくせきようぼうに、けれどすっかりみきったばくめいさいの野戦服、戦隊長を示すたいの階級章。こんな時でも外さない空色のスカーフが、そのきつな二つ名の由来の一つだ。

 ああしてかくしているだけで、あの死神は首なんかとっくに無くしているんじゃないか。

じようきようを説明する」

〝死神〟の異名を持つ戦隊長の、冷えてれいてつあかそうぼうが隊員達を映す。



 敵総数から進路、対応する作戦まで、簡潔だが異常に明確なブリーフィングを終え、プロセッサー達は各自の〈ジャガーノート〉にとうじようする。いずれも十代半ばから後半の、まだ顔立ちや体型に幼さの残る少年兵ばかり。

 足りない最後のパーツをキャノピのおくに組み込んで、二一機のこう兵器がつかのまどろみから目を覚ます。

 有人とうじようしき自律無人きやくこう兵器、M1A4〈ジャガーノート〉。

 節足状の細く長い四本のきやくさなぎじみた有機的なフォルムの小さなどう。古びた骨の色をした白茶のそうこうで身をよろい、かくとうようサブアームのじゆうかんじゆうちようとワイヤーアンカー一対、背部ガンマウントアームの五七ミリかつこうほう

 全体のシルエットははいかいせい、一対のかくとうアームとりかざしたしゆしんさそりはさみと尾のような、彼らエイティシックスの相棒にしてさいどこだ。

 ふくげきまいふく地点として選んだはいくずてた教会のかげひそませた〈ジャガーノート〉のせまくるしいコクピットで、シンはめいもくしていたあかそうぼうを開ける。

 メインストリートにキルゾーンを設定し、その周囲に戦隊の各小隊を射線が重ならないようずらして配した、ほうもうの一角。前衛担当の第三小隊セオ隊と火力こうそくやく第二ライデンがそれぞれ前衛・火力こうそくで組んでメインストリートの左右に、りゆうだん装備のげきはんがストリートのしゆうたんに、各自の〈ジャガーノート〉をせさせている。

 おまつな解像度の光学スクリーンに見るともなしに目をめたまま、感知した敵機の数と隊形に目を細めた。

〈ジャガーノート〉のコクピットはせんとうのそれとそうし、多数のスイッチ類の配された左右の操縦桿スティックと各種液晶表示式計器ゆいいつちがいはぼうだん硝子ガラスの風防ではなくそうこうばんのキャノピにとざされるために機体外を全くにんできないことで、三面の光学スクリーンと情報表示用のホロウィンドウがその代わりを務めるものの、くらやみへいそくかんかんするには至らない。かんおけ、とはよく言ったものだ。

 敵部隊の隊形は教則通り、そして想定通りのひしがた隊形──ちよくえいを従えたていさつたいの後方に、四個部隊がそれぞれひしがたの頂点を成して進軍するこう部隊の典型的なしんげき隊形だ。兵数・性能においてこちらをはるかにりようする〈レギオン〉はさくの類を用いることはなく、その戦術はかくてき読みやすい。

 予測されたからどうということもないから、相手を上回る大戦力の投入が、いにしえより変わらぬ戦術の定石であるわけなのだが。

 倍、などという生易しい比率ではかぬ、〈軍団レギオン〉の名そのままの大群は、けれどそれもいつものこと──まともな軍隊ならぼう、絶望的と作戦立案段階でかいさくさくされる、へいによるあつとうてき多数とのとうが〈ジャガーノート〉の、彼らエイティシックスのせんとうだ。

 ふと、昔だれかが読んでくれた聖典の一節が、おくおくそこからかびがった。

 だれか。

 もう顔も声も上手く思い出せない。

 最後に見た姿とさいの声に、つぶされてわからない。

 言葉だけを覚えている。

 ──主、しきれいに問うていわく。



 知覚同調パラレイドの向こうで、ごくかすかな雑音にすらまぎれるようにシンが何ごとかつぶやくのが聞こえて、ライデンは両足を投げ出した姿勢から身を起こす。れきひそむ今はメインスクリーンはコンクリートの灰色にまり、に設定したままのレーダースクリーン。

 母国語である共和国語ではないから、何と言ったのかはわからなかった。ディキト・エイ・レギオ・ノーメン・ミヒ──それ以上は聞き取れなかった。うんざりとセオが言う。

『シン、今読んでるのってひょっとして聖書? しゆ悪いなあ。しかもそこ引用って最悪だよしゆ悪い!』

「なんつったんだ?」

あくだかぼうれいだかが救世主サマに名前聞かれて、数が多いから〝軍団レギオン〟ですって』

 ライデンはだまった。なるほど、あくしゆだ。

 新たな同調対象が知覚同調パラレイドに加わる。

『ハンドラー・ワンより戦隊各位。──すみません、おそくなりました』

 ぎんれいるようなれんな声が、同調したちようかくを通じて耳に届く。〝死神〟におびえてめた前任者の代わりに配属された新しいハンドラーだ。声からして、おそらくは同年代の少女の。

『敵部隊が接近中です。ポイント二○八にてげいげきを、』

『アンダーテイカーよりハンドラー・ワン。にんしきしています。ポイント三○四に展開済みです』

 たんたんとシンが応じ、同調の向こうで息をむ気配がする。

『早い。……流石さすがですね、アンダーテイカー』

 本気でかんたんしているらしいハンドラーに、当たり前だ、とライデンは胸中につぶやく。シンやこの隊のプロセッサー達の持つパーソナルネームとは、歴戦を示す一種のしようごうだ。

 大多数のプロセッサーは、小隊名と数字を組み合わせた識別符号コールサインを作戦中使用する。それに当てはまらない名を使うのは、年間生存率○・一パーセント未満の戦場でその絶死の一年を生き延びた古参兵だけだ。死んでいった大多数にはなかった才能と素質、何よりそれをみがげる悪運にめぐまれた、あくか死神に気に入られた化物達。

 そういう連中は、今度はそれからもなかなか死なない。あっけないほど簡単に死んでいくいくせんの仲間をしりに、数えきれない死線をかいくぐってせいかんする。そんな古参兵にいつぱんのプロセッサーがたてまつった敬意としようごうがパーソナルネームだ。自分達では達し得ない高みに達した彼らのえいゆうに、そして敵と仲間の死を積み上げてたたかつづけるせんに対する、せめてもの。

 スピアヘッド戦隊のプロセッサーは全員がこの〝号持ち〟、それも戦歴四年から五年におよぶ最古参ばかりだ。城のおくのおひめ様の指揮など、無くても別に困らない。

 同時に少し、感心した。

 ポイント二○八は、現時点で〈レギオン〉のしゆうげきを検知した場合の最良のげいげき地点だ。着任からわずか一週間、ただ善良なだけのおじようさんではないらしい。

 警告音。

 あしさきしんどうセンサに感。ホロウィンドウがポップアップし、ズームオン。

 前方、ビルのざんがいを左右にはべらせるメインストリートのゆるやかなこうばいの、陽光を負う頂点にぽつりとこくえい、次のしゆんかんりようせん全体が鉄色に染まる。

 来た。

 レーダースクリーンが、またたに敵性ユニットのブリップでまる。

 機械けのものの軍勢が、しんしよくするかげのようにはいきよの灰色をつぶして歩み来る。

 たがいに五〇から一〇〇メートルほどのかんかくを置いた、整然たるたい。最軽量の斥候型アーマイゼでさえ一〇トンを超えるとはとても思えぬ、骨のれるようなささやかなどうおんとほぼ無音の足音が、数えきれないほど折り重なってれのようにざあっ……と広がった。

 その、異様とよう

 三対のあしをせわしく動かし、どうたい下部の複合センサユニットとかたうえの七・六二ミリ対人じゆうを細かく左右にりながら先頭を進む、ひとくいうおのようにえいかくてきなフォルムの斥候型アーマイゼ

 七六ミリ多連装対戦車ロケットランチャーを背負い、一対目のあしさきに高周波ブレードのえいにびいろきらめかせる、六足のさめじみたどうもうな姿の近接猟兵型グラウヴォルフ

 五〇トン級の戦車の車体にひとかかえもあるはちきやくの節足を生やし、あつてきな一二〇ミリかつこうほうごうぜんと進行方向をえる戦車型レーヴェ

 上空に展開する阻電攪乱型アインタークスフリーゲの大群が陽光をさえぎってくもりの暗さが辺りを包み、〈レギオン〉の血でありしんけいもうである流体マイクロマシンの代謝されたざんがいが銀のりんぷんか粉雪のように降る。

 斥候型アーマイゼていさつたいがキルゾーンの内にむ。まいふくした第一小隊の前にさしかかり、気づかずに過ぎる。本隊を先導しながら各隊の前も行き過ぎ、さいこう戦車型レーヴェが今、包囲の中に──

 達した。おりに入った。

て』

 シンの号令と同時、あらかじめ担当のしよに照準を定めていた全機がトリガを引いた。

 しよげきは先頭集団に第四小隊がいつせいしや、ついで最後尾に第一小隊が背後からほうげきぜいじやく斥候型アーマイゼそうこううすい後部をかれた戦車型レーヴェくずおれ、そくせんとう態勢を取った〈レギオン〉の隊列に、残りの全機が放ったほうだんさる。

 さくれつごうおん。引きちぎられたきんぞくへんとマイクロマシンの銀色の血が黒炎を背景に飛散する。

 同時に二一機の〈ジャガーノート〉がしやげき位置をだつ

 あるものはしやへいから出てさらほうげき、あるものはしやへいぶつ辿たどって移動、先にしやげきしたりようねらう〈レギオン〉に側面や後方からほうげきを浴びせかける。その頃には最初の〈ジャガーノート〉はえんぺいに飛び込み、別の敵機の側面に回り込むべく移動を開始している。

〈ジャガーノート〉は、どうしようもないさくだ。

 じゆうかんじゆうだんにもぶちぬかれるうすっぺらなアルミ合金そうこうに、たいしき戦車よりはマシという程度の機動性能、戦車型レーヴェとやりあうにはあまりに火力不足なひんじやくしゆほう

 きやしやな四本足は歩行せいぎよプログラム開発の時間か技術が足りなかったか(きやくの歩行せいぎよあしの数に比例して複雑性が増す)、ともあれそのせいで機体重量の割に接地圧が高く、東部戦線に多い湿しつたいのようななんじやくばんでは足を取られる。シネマやアニメのせんとうロボットのように、んだりねたり目の回るような高速でけまわったり、あまつさえ飛んだりなど夢のまた夢。思わず笑い出したくなるほどの走るかんおけ具合なのである。

 そういうぜいじやくな〈ジャガーノート〉は、しよう装備の斥候型アーマイゼはともかく近接猟兵型グラウヴォルフ戦車型レーヴェとは正面からやり合っても勝てない。複数機でれんけいし、低い機動力を地形やしやへいでカバーしながら、そうこううすい側面や後方に回り込んでねらうのが常道だ。この地で散ったエイティシックスのせんだつおびただしいせいはらいながら編み出し、ぎ、みがげてまた後進たちにいで、そうやって七年にわたり伝えられてきた戦術だ。

 それを元に数年をたたかいたスピアヘッド戦隊のプロセッサー達は、だからだれよりもこの戦い方に慣れている。基本的にはれんけいを組む小隊内で指示もれんらくも不要、たがいがたがいの意志を一つなくみとった協調をもつて作戦行動を行える。

 それに。

 ふ、と知らず、どうもうな笑みが口のかすめた。

 こっちには、〝死神〟の加護がある。

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