86―エイティシックス―

第二章 白骨戦線異状なし その3

 人はパンのみにて生くるにあらず。

 何千年も前のいけ好かない救世主気取りの言葉だが、至言だと思う。人生にはとかコーヒーとか、もっと言えば音楽とかゲームとか、そういう、うるおいというものが必要だ。このごくに彼らをたたきこんでくれやがった共和国の白ブタどもは、最低限のえさ以外をちくにくれてやる必要を欠片かけらたりとも感じていないようだが。

 また裏を返せば、人間にはまず第一に、日々の食事が重要だということでもある。

「さてファイド。ここで問題だ」

 長期保存の食料や勝手にしげっている家庭菜園の野菜、して野生化したちくるいほうされたらくの品を調達に、定期的にたんさくしている都市のはいきよ

 れきもれた広場で、戦隊副長のライデンは基地付属の生産プラントの合成食料と、市庁舎の災害用ちく倉庫から持ち出したかんづめのパンをコンクリートに並べる。せいかんな長身にくずした野戦服。黒鉄種アイゼン純血の鉄色のかみは短くられ、野性味の強いえいな顔立ち。

 向かいにはじみの〈スカベンジャー〉……せんとうちゆうの〈ジャガーノート〉にずいはんしてだんやくやエナジーパックの補給を行う、角張った本体に短い四本の足を生やしたかつこう無人機ドローンがうずくまっていて、レンズ状の光学センサで眼前の物体をしげしげとながめている。

「どっちがゴミだ?」

「ぴ」

 果たしてファイドはそくにクレーンアームをばして、合成食をぽいっと投げ捨てた。

 飛んでいく白いかたまりを見送りつつ、ライデンは残ったパンをかじる。無人機ドローンにもわかるゴミ具合。それを平然とと言い切る白ブタどもの味覚は一体どうなっていやがるのか。

 必要な物品は全て現場で生産できるよう、各強制収容所と基地には生産プラントと自動工場が付属している。

 生産調整と動力供給も地下ケーブルをかいしてかべの向こうからの、に高度な自動きゆうシステムだが、何しろこちらをぶたと言ってはばからない白ブタどもが用意したしろものだ。生産される物品は本当に必要最低限、食料の名目で毎日合成される物体はか全てプラスチックばくやくに似ていて、当然というべきかアホみたいにい。

 よって、少しでもマシなものがいたければ、こうして九年前にほうされたきりのはいきよに調達に来ることになる。幸いしようかいの必要が無いこの隊では、その分の時間もエナジーパックも余るから、たんさくに時間も割けるし〈ジャガーノート〉を足代わりに持ち出せる。

「つーわけで、ファイド。今日の調達目標はこっちのゴミじゃない方だ。他の食料品もふくめて、積めるだけ持ち出すぞ」

「ぴっ」

 ヤンキー座りから立ち上がるライデンに、がしゃがしゃとやかましい足音をたててファイドもならう。機体のざんがいからほうだんへんまであらゆる再利用可能な無機物を拾い集め、コンテナにまんさいして持ち帰るのも、彼ら〈スカベンジャー〉に設定された任務の一つだ。ライデンの命令はちょっと変則だが。

 ちなみに〈スカベンジャー〉はあだで、何しろせんとうちゆうに自身のストックが不足すればげきされた〈ジャガーノート〉や同じ〈スカベンジャー〉のざんがいからそれらをり、せんとうが無い時も拾えるへんを探して戦場あとまわるその行状が行状だ。なのでプロセッサーのだれもが制式名ではなく、身もふたもなく〈死肉漁りスカベンジャー〉と呼んでいる。だんやくれやエネルギー切れのねんふつしよくしてくれるたのもしい戦友にして、同類のがいどんよくむさぼる機械けの死肉漁りスカベンジャー

 ファイドはもう五年近くも、シンにつき従っている〈スカベンジャー〉だ。

 なんでもシンが昔所属していた部隊が彼を除いてぜんめつした際、ゆいいつ全損はまぬかれたが動けなくなっていたファイドをけんいんして連れ帰ってやってからのえんだという。

 最低限の学習機能はあるとはいえ、恩義を感じるなどという高等思考がゴミ拾い機ごときにあるとも思えないが、それ以来シンを最優先の補給対象とにんしきしているらしく、何度部隊が変わってもついてくるししゆつげきには必ずすぐそばひかえている。全くゆうずうのきかない他の〈スカベンジャー〉からはちょっと考えられない忠義っぷりだ。型番からして戦争じよばんに投入された初期型の生き残りで、ごちよう寿じゆな分、学習量も多かったのだろうが。

 そしてそこまでけなくされていながら、シンがくれてやった名前がファイド。犬につける名前だ。ポチとかシロとかそんな感じの。……やっぱりあの鹿は頭がおかしい。

「ぴ、」

「ん?」

 従うファイドが不意にあしを止めるのに、ライデンはかえった。

 光学センサが向けられている先を見やると、れきかげだんの大樹の根元に、すっかり変色してくずれた白骨死体がうずくまっていた。

「……ああ」

 呼んだのはそれでか、とライデンは白骨に歩み寄る。ぼろぼろの野戦服。くずった手がそれでもあかびたアサルトライフルをかかえ、首の骨ににんしきひようのチェーンがかかっているからエイティシックスではない。おそらくは九年前、たてとなって果てた共和国正規軍将兵の一人か。

 一歩おくれて従うファイドが、ぴ、とまた電子音を鳴らす。何か持ち帰るか、と聞いているのだ。シンがつけたくせのせいで、ファイドはせんとう以外の時間は戦死者の遺品を──死体そのものは白ブタがわざわざ禁則こうに設定していて拾えない──優先して拾うけいこうがある。

 しばし考えて、ライデンは首をった。

「いらねえよ。……こいつのとむらいはこのままでいい」

 このは知っている。桜。大陸極東部原産の、春の始めにあふれるように花をつけるだ。今年の花の時分にカイエの提案でここのどおりの桜並木を基地の全員で見に来たが、やみにじむようにかびがるうすくれないの花のむれは、満月の光の中ほとんどがんのものの美しさだった。

 あの花を見上げて花のしとねねむる兵士を、いまさら暗い土の中に閉じこめることもないだろう。

 あるいはこの白骨はかもしれないけれど、たたかいた果てに死んだ者のがいだ。ブタあつかいは相応ふさわしくない。

 短くもくとうささげ、顔を上げたところで、イヤーカフがまぼろしの熱を帯びた。

『──散歩組各位。聞こえる?』

「セオか。どうした?」

 すぐとなりにいるかのようなめいりような声。同調先ははいきよにいる全員で、代表してライデンは応じる。

『予報が変わった。一雨来るよ』

 ライデンは険しく目をすがめた。見れば東の空、〈レギオン〉支配域上空に、目の良い彼がぎようしなければわからない程度ののうたんで、さいな銀のきらめきの群が広がり始めている。

 電波及び可視光を吸収しくつせつかくらんする、ちようの姿と大きさの飛行型〈レギオン〉、阻電攪乱型アインタークスフリーゲしゆうげきに際しせんぺいとして展開しレーダーをまん、ほぼかんぺきに本隊をかくしきる〈レギオン〉どものきゆうしゆうかなめだ。

だ」

ってさ。って。多分補給。終わりだい来るよ』

 直近とはいえとうていにんなど不可能、レーダーもすでにまんされている彼方かなたじようきようを、の当たりにしているかのようにセオは……その伝える言葉の主は語る。

「了解、すぐもどる。──チセ、クロト。聞いてたな。ルート一二入口に集合」

『了解』

『今回も〈羊飼い〉はいないらしいから、単純なちからしで来るだろうね。相手の進路にもよるだろうけど、ポイント三○四付近でせ、いちもうじん、ってとこかな』

 たんさくぐみに指示を飛ばし、自身も少しはなれたところにめた自機に向かうライデンに、笑みをふくんだ声でセオは言う。ライデンもどうもうに口のげた。

「〈羊〉だけか。──カモちだな」

 決して口にしたほど楽な戦いではないが、単純な戦術しかとらない〈羊〉との交戦は〈羊飼い〉が率いるそれより何倍もましだ。やつかいな敵がいないとあらかじめわかっている分、気が楽でもある。

 まったく、本当に死神様々──そこまで考えて、ふと、ライデンは顔をしかめた。

 当の本人にとってはどうなのだろう。

 あの、無くした首を探して戦野を彷徨さまよう、赤いひとみの死神には。

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