86―エイティシックス―

第一章 戦死者ゼロの戦場 その4

「……で、受けちゃったの? レーナってばどんだけ物好きなのよ」

 さて、担当部隊がへんこうになるということはそれにともなって色々なものがへんこうになるということで、知覚同調パラレイドの接続対象の設定もその一つだ。

 知覚同調パラレイド開発チームの主任はアネットで、だからレーナの設定へんこうや調整のらいは全て彼女がやってくれる。ついでに検査もしてきなよとすすめられて、受けて軍服にえる、その合間。

 検査用のしよくのガウンをていねいにハンガーにかけ、ブラウスのボタンをめて、レーナは検査室とは強化硝子ガラスかべで仕切られた観察室のアネットに応じる。

 王政時代はきゆうであったけんきゆうとうは、外観はしようしやな中期王政様式だが内部は少々しゆばしった未来的な作りで、金属と硝子ガラスを多用した無機質さがいかにも。一面の硝子ガラスへきに展開しては流れていく、熱帯魚やさんしようの映像ウィンドウ。

「だって、どうせ作り話でしょう、アネット。仕事をしない口実の」

 両のストッキングをめながら、レーナはくちびるほころばせる。知覚同調パラレイド使用に関する定期検査はきちんと受けているのに、心配性なんだから。

「自殺したやつがいるってとこはほんと」

 硝子ガラスへきとホロスクリーンの向こうで、へんこうの設定値をレイドデバイスに入力していたアネットはマグカップのコーヒー……というかすぎてどろみずてきな何か……をすすってから言う。

りようがどうとかはひまなおっさんのだと思うけど。さんだんじゆうで自分の頭吹っ飛ばしたって」

 スカートを着け、上着をり、えりもとめてかえる。身をかがめた時にかたからすべちたぎんぱつを片手で背にはらった。

「……本当に?」

知覚同調パラレイドの不具合じゃないかって、調査らいがうちにも来たから。めてく分にはともかく、流石さすがに自殺ってなると世間的にもね」

「どうだったの?」

 アネットはひようぜんかたをすくめた。

「さあ」

「さあ、って……」

「本人死んでんだからしようさいなんか調査しようがないわよ。レイドデバイスには異常なし、それで終了。どうしてもってんなら、〈アンダーテイカー〉だっけ? そのプロセッサー連れてきてって言ったんだけど、輸送部のバカどもが『当フライトにはぶたの席はありませんー』って」

 ふんぜんうでを組んで背もたれにもたれて鼻から息をく。せつかくボーイッシュな美人なのに、そういう態度をしょっちゅう取るものだからあんまり女性らしくない。

「連れてきさえすれば頭でも何でもバラして調べてやったのに。まったく」

 あくてきに過ぎる言い草に、レーナはまゆを寄せた。もちろん本気でないのは分かっているが、流石さすがに聞き苦しい。

「……その、プロセッサーのかたの話は、」

「あたしじゃなくて憲兵部のやつが、ね。報告書はもらったけど、本当に形式程度よ。心当たりはありませんとか言われておしまい。ほんとはどうだかわかりゃしないけど」

 言って、アネットは皮肉気に口のげた。

「ハンドラーが死んだって伝えたら、たった一言、そうですか、って。だからどうしたってくちりだったって。ま、エイティシックスだもん。仮にも上官が死んだっていうのに、その程度なのよね」

「……」

 ちんもくするレーナに、ふと、アネットは笑みを消した。

「……ねえ。レーナもやっぱり、研究部に来なよ」

「?」

 きょとんとまばたいたレーナに、ねこのようにったそうぼうが向く。思いの外にしんな、白銀のひとみ

「今の軍なんて、かんぺきただの失業対策じゃない。研究部ウチはまだしも、他の部署なんて仕事にあぶれた高番号区のバカばっかりで」

 共和国の現行政区は第一区を中央に、中心つき四角数の形で付番される。番号が高くなるごとに居住かんきようと治安、教育水準は悪くなり、失業率も高い。

「二年後に〈レギオン〉がいなくなって、その後どうすんのよ。平時に『元軍人』のかたきなんて、つぶかないよ」

 レーナはしようする。

〈レギオン〉は全機が二年後に停止する。

 かくした何機もの〈レギオン〉を調査して判明した事実だ。彼らのちゆうすう処理系にはへんこう不可の寿じゆみようが設定されていて、バージョンごとに五万時間、およそ六年弱。万一の暴走時の保険だったのだろう。

 ていこくが四年前にほろびたと推定される以上、二年後には全〈レギオン〉はちゆうすう処理系がほうかいしてどうを停止する。実際前線で観測される〈レギオン〉の数は、ここ数年減り続けている。最後の更新アップデートを受けられなかった機体がこわはじめているものらしい。

「ありがとう。でも、戦時だもの」

「だからって別に、あんたがやらなくたっていいじゃない」

 アネットもゆずらない。入力を終えたホロスクリーンを手をって消して、身を乗り出す。

 どこかいまいましげにてた。

しんはどうでも、そういうまともじゃないプロセッサーが相手よ。何があるかわかったもんじゃないわよ。……知覚同調パラレイドにしたって、本当に安全かどうかなんてわかりゃしないんだから」

 レーナはちょっと、目をみはった。

「……知覚同調パラレイドは、安全性がかんぺきに証明されていると、」

 口がすべったらしい。アネットはしまったという顔をして、声をひそめて続けた。

「だって、レーナ。? 表向きはそうでも、そんなのとりあえずの、ってだけで」

 優良種をしようする共和国は、自国の技術にいかなるも許さない。実際にはあっても、認めない。知覚同調パラレイドしかり、……〈ジャガーノート〉しかり。

「実際はそういう、超能力? がある人達を観察して、脳のこの部分が活性化すると知覚同調パラレイドが使える、ってことがわかってるだけなの。……これもそう」

 片手でレイドデバイスをつついた。青いけつしようたいと、きやしやな銀の本体。けつしようたいには今は情報たんまつからびるコードがいくほんも接続されて、内部の情報をえている。

「その元々の『能力者』が親兄弟間で同調できたから、ハンドラー側とプロセッサー側のデバイス両方に二親等相当の遺伝子情報組み込んでるってだけで。何でそれで同調対象になるのかは、よくわからないのよ」

「でも……元はお父様の研究なのでしょう?」

「共同研究だもん。理論っていうか仮説は全部研究相手の構築で、父さんはかんきようの準備と、しゆうしたけんしやで現象再現するのが担当だったから」

「なら、研究相手のかたかくにんすれば」

 アネットはその時、ひどく冷えた目をした。

「無理。……エイティシックスだったから」

 人間ではないエイティシックスは名前が記録されず、ただ収容時にられた番号でのみ管理される。どの強制収容所にかくされたのかも、今となってはもう知る術はない。

「今のレイドデバイスは安全装置があるからそんなことは起きないけど、例えば視覚を複数対象と同調したら脳がで焼き切れちゃうし、同調率最大で長時間同調してるとほうかいしちゃう。活性しすぎても『帰って』これなくなるし……知ってるでしょ、父さんの事故は」

「……」

 アネットの父親であるヨーゼフ・フォン・ペンローズ博士は、知覚同調パラレイド理論とレイドデバイスの完成直後、実験中の事故できようした。

 レイドデバイスの神経活性率が、誤って理論上の最大値に設定されていたのだという。集合無意識のさらに下の『か』、人類を『個』とした場合の『全体』──世界そのものの集合無意識にまで、もぐってしまったのではないかとも。

「長期使用でどういうえいきようが出るかもわからないんだから。……エイティシックスはすぐ死ぬから別にいいけど、あんたは何かあったら、困るでしょ」

 む、とレーナは反射的に顔をしかめた。アネットはじゆんすいに、心配してくれているだけとわかっているけれど。

「それは、でも、……きようなことだわ」

 果たしてアネットはきたと言いたげにぞんざいに片手をった。

「はいはい。あんたもほんと、物好きよね」

 いつしゆん気まずいちんもく硝子ガラスへきの両側に満ちる。

 かき消すように、不意にアネットはにやりと笑った。

「物好きついでに、レーナ。シフォンケーキ食べてかない? 新作。卵本物」

「えっ」

 たんにぴょこんと見えないねこみみを立てたレーナに、アネットは笑いをころした顔になった。

 レーナだって女の子だ。あまいものには無条件で心かれるし、大量のらんぱくを使用するシフォンケーキは、ようけいじようを作るゆうもろくに無い今の共和国では大変なぜいたくひんだ。やはりかつての貴族階級で、だいていたくの広い庭でにわとりを飼えるペンローズ家のごれいじようだからできるしゆである。

 ただし。

「ええと……それは入っていないチーズの味がするとか、黒いけむりきそうとか、見た目がその……カエルに似てるとか……そういうことはないわよね……?」

 ちなみに以前アネットがシュークリームを作った時の試食者の感想である。

 最後のは正確には、『ぶくぶくにふとったヒキガエルのれきたい』と言っていた。形状はともかくか色までそっくりだったのだとか。

「今あるのはだいじようよ。昨日見合い相手が来やがってそいつで実験済みだから」

 試作五号あたりであわ吹いてげきちんしたが。

「ならいいけど……いくら気に入らなくても、そのかたにもまともな新作も分けてあげてね」

「もちろん。わざわざ可愛かわいくラッピングまでしてあげたわよ。ピンクの包み紙でリボンで、キスマーク付きのメッセージカードに『いとしのテオバルトへ』って書いて、愛人とどうせいしてるアパルトマンのポストに」

「……」

 気の毒に、と思うべきなのかどうか、レーナは迷った。



 ケーキと紅茶とアネットとのおしゃべりを楽しむ間にデータえの完了したレイドデバイスを、帰宅したしきの自室でレーナは首にめる。

 好みのせんさいそうしよくもんようほどこされた、見た目にはしようしやなチョーカーのような優美な銀の。演算用の神経けつしようかざりのつぶけつしようたいが取りまいてきらめく様は、ヘッドセットや咽頭スロートマイクと同じ軍用の通信機器とは思えない。

 ふと、昼間の話を思い出した。

 死神。自殺者さえ出している。人の死をどうとも思わない、──エイティシックスの。

 どんな、人だろうか。

 わたし達を、──やはり、きらっているのだろうか。

 一つ首をり、ふ、と短く息をついた。

 よし。

「──アクティベート」

 知覚同調パラレイドを起動。きよや天候や地形のえいきようを受けない、起動の場所も時間も選ばない画期的なそう通信手段。

 接続完了。問題なし。さわさわと、この部屋の音ではないごくかすかな雑音。

「ハンドラー・ワンより、スピアヘッド戦隊各位。──初めまして。本日より、貴方あなたがたの指揮管制を担当いたします」

 まどうような、間が空いた。

 それをレーナはかなしく感じる。

 担当した戦隊のだれもが、着任に際しこうしてあいさつすると、一様にまどう。

 本来なら同じ人間同士、当たり前のことのはずなのに。

 こんわくの気配はいつしゆん、同調したちようかくの向こうで、静かな、ごく年若い声が応じた。

『初めまして、ハンドラー・ワン。こちらはスピアヘッド戦隊戦隊長、パーソナルネーム〈アンダーテイカー〉です』

 きつな異名やうわさとは裏腹、耳に心地ここちよい正確な発音と発声の、深い森の湖水のようにせいおんな声だった。元は中流以上の家の出ではないかと思わせる、おそらくは同年代の少年の声。

『ハンドラー交代の通達はうけたまわっています。本日よりよろしくお願いいたします』

 もくな性情を容易に想像させるたんたんとしたこわに、レーナは微笑ほほえんだ。

 そう、こうして直接会話をすればすぐにわかる。すことなど絶対にできない。

 彼らは、人間だ。

 エイティシックスなどという、人間以下の何かではない。

「こちらこそ。よろしくお願いしますね、アンダーテイカー」

このエピソードをシェアする

  • ツイートする
  • シェアする
  • 友達に教える

関連書籍

  • 86-エイティシックス-

    86-エイティシックス-

    安里 アサト/しらび/I-IV

  • 86-エイティシックス- Ep.2

    86-エイティシックス- Ep.2

    安里 アサト/しらび/I-IV

  • 86-エイティシックス- Ep.9

    86-エイティシックス- Ep.9

    安里 アサト/しらび/I-IV

Close