86―エイティシックス―

第一章 戦死者ゼロの戦場 その3

「担当部隊のへんこう……ですか?」

 にぶい金とえんしまかべがみじゆうこうな師団長のオフィス。アンティークのデスクについた師団長のカールシュタールじゆんしようから告げられた辞令に、レーナは白銀色のそうぼうまたたかせた。

 部隊の再編にともなうハンドラーへんこうは、実のところよくある話だ。激戦の続く前線では損害はしばしば部隊をできない域に達し、ほとんど日常的に部隊の統合や再編、はいと新設が行われている。レーナは経験したことはないしするつもりもないが、担当する部隊のぜんめつさえ、よくある話だ。

 それほど、〈レギオン〉は強い。

 軍事大国であり技術大国であったギアーデていこくどうもうさと技術力をしみなくつぎ込んで開発されたそれらは破格の兵装ときようてきな運動性能、同時代の産物とはとても信じられぬ高度な自律判断能力を有し、また真実無人機であるがゆえつかれず、いとわず、おそれない。こわしてもこわしても、これも完全自動せいぎよの生産・修復工場が〈レギオン〉支配域のおくふかくに点在するらしく、黒雲のくように新たな大軍がせてくる。

 市民のにんしきとは裏腹に性能においておとる〈ジャガーノート〉では、とてもではないが損害けいなどありえない。実際にはしゆつげきの度に大量の損害を出して、その都度同じ数をじゆうして戦線をしているだけだ。

 けれど、今レーナが担当している隊にそこまでの損害は出ていない。

 カールシュタールはきずあとの残るほおゆるめる。おだやかなげんにじませるあごひげ。長身に広いかた

「君の担当する部隊が再編・統合されるというのではないよ。実は、ある部隊のハンドラーが退役することになってね。きゆうきよ別の隊のハンドラーから代わりの者を選出した、というわけだ」

「重要きよてんの防衛部隊なのですか?」

 後任決定まで待機させておくことができない部隊、ということは。

「ああ。東部戦線第一戦区第一防衛戦隊、つうしようスピアヘッド戦隊。東部方面軍全体から古参兵ベテランを集めた、……まぁ、いわゆるせいえい部隊だよ」

 レーナはいよいよげんにそのれんまゆを寄せる。

 第一戦区は重要も重要、〈レギオン〉のしんこうが最も激しい最重要の防衛きよてんだ。そして第一戦隊はその戦区における作戦行動を一手に引き受ける主要部隊。夜間けいかい任務とえん任務、第一戦隊が出動できない場合の代行しゆつげきを担当する第二から第四戦隊とは課せられた責務の重さが全く異なる。

「新米少佐のわたしなどに、務められる大任とは思えませんが……」

 カールシュタールはしようする。

「九一期生最年少にして最初に少佐しようしんを果たしたさいえんがそれを言うのかね? けんそんも過ぎるといらぬ反感を買うぞ、レーナ」

「すみません、ジェローム様」

 レーナ、とファーストネームで呼んだカールシュタールに、レーナも部下としてではなく頭を下げた。カールシュタールはくなったレーナの父の親友で、共に九年前にかいめつした共和国正規軍のごくわずかな生き残りだ。小さい頃は家に来た彼に遊んでもらったこともあるし、父の死後もそうの手配から今に至るまで、何くれとなく世話を焼いてくれている。

「実を言うと、……成り手がいないのだよ、スピアヘッド戦隊のハンドラーの」

せいえい部隊、なのでしょう? その指揮を任されるは共和国軍人として、またとないめいなのではありませんか?」

 ハンドラーとて真面目に職務を果たす者ばかりではなく、管制室でテレビを見たりビデオゲームをしたり、そもそも管制室にいなかったり、ひどい者では指示も情報も与えずプロセッサー達が死んでいく様をげきてきな映画のように楽しんだり、自隊のぜんめつまでの日数をどうりようと競ったりしている者もいるのは知っているが。というか真面目に指揮などっている方が少数派というありさまなのだが、それはそれとして。

「うむ、部隊についてはまあそうなのだがね……」

 カールシュタールはしばし、よどんだ。

「……スピアヘッド戦隊隊長機、パーソナルネーム〈アンダーテイカー〉には、ちょっとしたいわくがあってね」

 葬儀屋アンダーテイカーみような名前だ。

「それを知るハンドラーからは〝死神〟と呼ばれておそれられているのだが、……担当するハンドラーを、こわしてしまうのだそうだ」

「え?」

 思わずレーナは聞き返してしまった。逆ならともかく。

 プロセッサーが、ハンドラーをこわす?

 どうやって?

かいだんの類ではないのですか?」

「勤務中に部下を呼びつけてばなしをするほどひまではないよ。……事実として、アンダーテイカーの所属部隊のハンドラーには担当部隊へんこうや退役のしんせいをする者が異常に多い。最初のしゆつげきの直後に部隊へんこうしんせいした者もいるし、因果関係は不明だが退役後自殺した者までいる」

「……自殺、ですか?」

「信じがたい話だがね。……『りようの声』とやらに、退役してなお付きまとわれたのだそうだ」

「……」

 それはやはり、まるきりかいだんの類に聞こえるのだけれど。

 ちんもくするレーナを何と思ったか、カールシュタールはづかわしげに首をかしげる。

「君もいやならそう言って構わんよ、レーナ。今の部隊に残りたければそれでいいし、スピアヘッド戦隊は先刻も言ったが古参兵ベテランの集まりだ。話を聞く分ではしゆつげきに同調するのがいけないらしいから、最低限のかんだけ行って、指揮は現場に任せても何の問題も……」

 きっとレーナはくちびるを引き結ぶ。

「やります。スピアヘッド戦隊の管理も、指揮管制も、ぜんれいもつて」

 祖国を守るは共和国市民の義務でありほこり。そのさいせんぽうの部隊を任されるならこれ以上のことはないし、投げ出すなんてもってのほかだ。

 カールシュタールは目を細める。まったく。本当に、この子は。

「最低限、でいいのだよ。必要以上のことはしなくていいんだ。……指揮下のプロセッサー達と交流など持とうとするのも、もうひかえなさい」

「部下について知るのは、指揮官の務めです。こばまれない限り交流を持つのは当然のことです」

「まったく……」

 やわらかな苦笑でたんそくした。デスクの引き出しから書類束を取り出して、おどけた様子でひらひらとる。

「お小言ついでにもう一つ言うがね。いい加減、報告書に戦死者数をさいするのはやめたまえ。公的に前線に人間はいないことになっている以上、存在しないこうもくさいした書類など受理できないし、……こんなこうをしても、気にする者はもういないのだよ」

「だからと言って。もくにんはできません。……そもそも有色種コロラータの強制収容には、もうこんきよも無いというのに」

〈レギオン〉という強大な軍事力をもつまたたく間に大陸をせつけんしたギアーデていこくは、しかし、どうやら四年ほど前にほろんでしまったらしいのだ。

 阻電攪乱型アインタークスフリーゲきようれつ電磁妨害ジャミングの合間にわずかにぼうじゆできていたていこくの管制無線がその頃にぷっつりえて、それきり二度とそくできない。〈レギオン〉の暴走かその他の理由か、とにかく、ほろびたことだけは確実だろう。

『敵国のけい』であることを建前としたエイティシックスの強制収容は、だから、その敵国が無くなった以上続けるこんきよも正当性ももう存在しない。

 それなのに、一度手にした差別というらくを市民達は手放そうとしない。みつけている間は己のゆうえつさつかくできて、しいたげている間は自らを勝者と思いこめる。ていこくとその兵器に閉じ込められ続けている現状と敗北感を打破するのではなくまんするための、その手軽な快楽を。

「誤ちをもくにんするのは、それに加担することです。こんなことは本来、ゆるされることでは……」

「レーナ」

 おだやかに呼ばれてレーナは口をつぐむ。

「君は少し、理想を求めすぎる。他人にも、自分にも。理想というのはね、から理想というのだよ」

「……ですが」

 カールシュタールの白銀のそうぼうなつかしくそしてほろ苦くゆるむ。

「君は本当にヴァーツラフに似たな。……では、ヴラディレーナ・ミリーゼ少佐を、本日付で第一戦区第一防衛戦隊付に任命する。がんりたまえ」

「ありがとうございます」

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