86―エイティシックス―

第一章 戦死者ゼロの戦場 その2

   †


〈レギオン〉の赤のブリップが東──彼らの支配域の方向へとてつ退たいしていくのを確認して、レーナは少しきんちようゆるめる。

 一方第三戦隊のそんもうすうは七機で、苦いものが胸中にこみ上げる。七機の〈ジャガーノート〉全てが、その中のプロセッサーごとばくさんした。生存者はいなかった。

〈ジャガーノート〉──インテリ気取りの開発者が、古い神話から取ったほうの神の異名。

 救済を求めて集うあまの人々を、その戦車チャリオットの車輪にかけてころすという。

「……ハンドラー・ワンよりプレアデス。敵部隊のてつ退たいを確認しました」

 一つ息をついて、〈プレアデス〉のプロセッサーに──自分と家族の市民権復活を見返りに五年の従軍に応じたエイティシックスのそうじゆうに、知覚同調パラレイドかいして言った。

 ちようかくを同調してたがいの声や聞いた音を伝え合う知覚同調パラレイドは、きよや天候や地形のえいきようを受けやすく阻電攪乱型アインタークスフリーゲ電磁妨害ジャミングにもがいされやすい無線通信を過去のものとした、画期的な通信手段である。

 理論上、五感のどれでも同調できるが、基本的にはちようかくが利用され、それは視覚では情報量がぼうだいぎて使用者へのが大きいためだ。その点、ちようかくなら最小限の情報量でじようきようあくできる。体感的には無線や電話と大差ない分、混乱も少ない。

 ただ、それだけではないのだろうとレーナは思う。

 視覚を同調しなければ、見なくてすむ。眼前にせまりくる敵のようを。すぐとなりの仲間が機体ごと吹き飛ばされるさんを。かれた自分の体からこぼれる、自らの血とないの色を。

けいかい任務は第四戦隊にぎます。第三戦隊は帰投してください」

『プレアデス了解。……今日も遠眼鏡でぶたかんご苦労様です、ハンドラー・ワン』

 皮肉なひびきは終始消えないプレアデスの応答に、目をせた。

 きらわれるのは自分がで──はくがいしやの一員である以上仕方ないとわかっているし、ハンドラーの役目の一つがエイティシックス達のかんであるのも、本当のことだけれど。

「おつかさまです、プレアデス。隊のみなも、くなった七人も。……本当に、残念です」

『……』

 ちんもくの向こうに、ぴり、とやいばのような冷ややかさが混じった。知覚同調パラレイドちようかくの共有だが、同調に際したがいの意識を経由している以上、顔を合わせて話している程度の感情は伝わる。

『……いつもいつもおやさしいお言葉ありがとうございます、ハンドラー・ワン』

 それはどこか冷たいけんべつのようで、はくがいしやには向けて当然のいかりやぞうともまた異なるそのれいたんに、レーナはまどう。


   †


 翌朝のニュースは、またしても敵の損害多数、共和国の損害けい、人的がいゼロ、共和国の人道的かつ先進的なうんぬんで敵軍のとうは近いことでしょう、で、実は同じ放送の録画なんじゃないかと時々疑ってしまう。国営放送の、けんくだけたあしかせのロゴ。支配のとうよくあつの打破を意味する、革命の聖女マグノリアの表徴アトリビュート

『……なお、二年後の終戦に向け、政府は軍事予算のぜん縮小を決定しました。そのさきけとして、南部戦線第一八戦区をはい、配備部隊の解散を──』

 南部一八戦区はしつかんしたらしい、とレーナは小さくため息をついた。

 つくろっていい内容ではない。それに国土の一部を失っていながら、だつかんもしないどころか軍備縮小とは。

 接収したエイティシックスの資産はとうに使い切り、ぼうだいな軍事予算がふくや公共事業のそれをあつぱくする中、軍備縮小を求める市民の声を政府は無視できないのだろうけれど。

 向かいに座る時代がかったドレス姿の母親が、かんぺきべにを引いたくちびるやわらかに言う。

「……どうしたの、レーナ。難しい顔をしていないでお食べなさいな」

 食堂のテーブルには朝食が並んで、そのほとんどが生産プラント製の合成ばいようひんだ。

 半分以下に減った国土に、エイティシックスを除いてなお総人口の八割に上る人数をんで、さらにその全員を養うだけの農地を作るじようは八五区のどこにもない。諸外国は〈レギオン〉の軍勢と電磁妨害ジャミングへだてられ、貿易や国交はおろかさえわからないまま。おぼろおくのそれとは風味の異なる紅茶をふくんで、それらしい見た目と味を再現した小麦たんぱくせいの合成肉を切り分ける。

 ゆいいつ紅茶にえたコンポートだけが庭のいちごを使った本物だが、こんなものさえ庭どころかうえばち一つのゆうもない今の共和国の平均的な住宅事情からすれば、とんでもない貴重品だ。

 母親が微笑ほほえむ。

「レーナ。そろそろ軍などやめて、相応ふさわしいいえがらのご子息と結婚なさい」

 レーナは内心ため息をついた。ニュースのせんきよう報道は毎日同じで、母親のこれも毎日だ。

 いえがら。格式。身分。血統。優良な血。

 かつてミリーゼ家が貴族だったころに建てられたこのしようしやぜいたくていたくにはよく似合う、けれど一歩外に出ればだいおくれの、すそを引きずる絹のドレス。

 幸福な時代のまま時の止まったような。

 小さなせまあまい夢に閉じこもって、外の世界など見ていないような。

「〈レギオン〉やエイティシックスの相手など、本来ならえあるミリーゼ家のれいじようがすることではありません。くなったお父様は確かに、軍人であらせられたけれど。今はもう、戦争などという時代ではないのですよ」

 時代でないも何も、今はまさに〈レギオン〉との戦争の真っ最中なのだが。戦場ははるか遠く、前線に行く者も帰って来る者もいなくなり、市民にとってこの戦争は、映画の中の出来事のような、現実味も当事者意識もうすいものとなって久しい。

「祖国を守るのは共和国市民の義務でありほこりです、お母様。それから、エイティシックスではありません。彼らもわたし達と同じ、れっきとした共和国市民です」

 母親は品の良いほそおもてはなづらに思い切りしわを寄せる。

きたならしい色つきの、何が共和国市民ですか。まったく、えさがなければ働かないのがちくとはいえ、政府もあんなけだものどもに再び共和国の地をむのを許すなんて」

 従軍したエイティシックスとその家族には、共和国の市民権が再交付される。過激な差別主義者さえのさばる八五区の中、彼らの身の安全のためその居所は一切非公開だが、開戦からもう九年。かつての自宅にもどり、暮らしている者は決して少なくないはずだ。

 それは彼らの文字通りのけんしんに対し与えられてしかるべき当然のほうしゆうであるのだが、あいにくほうを受ける側はそうは思わないという典型例が目の前でなげかわしげに首をっている。

「ああけがらわしいけがらわしい。あんな人間もどきどもがつい十年前までリベルテ・エト・エガリテを我が物顔でばつしていたなんて、そして再びもどってこようとしているなんて、ああ。共和国の自由と平等が、一体どれだけけがされていることかしら」

「……自由と平等をけがしているのは、お母様の今のお言葉だと思いますけれど」

「どういうこと?」

 きょとんとなる母親に、今度こそレーナはため息をついた。

 わからないのだ。本当に。

 母に限ったことではない。今でも共和国市民は自国の共和制を、五色旗のしようちようする自由と平等、博愛と正義と高潔の精神をほこっている。かつての王政や独裁制の国家の所業を歴史に学んではその圧政をにくみ、さくしゆいきどおり、差別をさげすんで、虐殺ジェノサイドあくの所業と目をおおう。

 けれど、同じことを今まさに共和国が行っているのだと、彼らは理解できない。てきすればあわれみの目さえ向けて問い返してくる。

 君は人間とぶたの区別もつかないのかね、と。

 レーナはほのかな桜色に染まるくちびるむ。

 言葉は、便利だ。

 やすく本質をつぶしてしまえる。名札一つえただけで、人間をぶたに変えてしまえる。

 母親は困ったようにまゆを寄せて、やがて何かに思い至った様子でああ、と笑った。

「お父様はあんなちくどもにもぶかかただったから、同じようにあつかってやろうというのね」

「……いえ、それは」

 エイティシックスの強制収容に強く反対し、最後までそのてつぱいを求め続けた父のことは、確かに深く尊敬している。けれど、同じようにふるいたいというのは少しちがう。

 今でも覚えている。


 ほのおかびがる、四つ足ののシルエット。

 そうこうえがかれた首のないがいこつもんしよう

 助け出してくれた手。生まれながらに身にまとう、あざやかなしんしつこく

 おれ達は。この国で生まれてこの国で育った、共和国市民だから。


 追想を母親のえんりよな声が破る。

「でもね、レーナ。ちくにはちくなりのあつかいをするべきなの。ばんどんなエイティシックスに、人間の理想やこうしようさを理解させるなんてできないわ。おりに入れて、私達が管理してやるのが正しいの」

 レーナは無言で朝食を食べきって、ナプキンで口をいて席を立った。

「行ってまいります、お母様」

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