86―エイティシックス―

第一章 戦死者ゼロの戦場 その1

 その戦場に、死者はいない。



『──それでは、本日のせんきようをお知らせします』

『第一七戦区にしんにゆうしたていこくぐん無人機、〈レギオン〉こう部隊は、我がサンマグノリア共和国のほこ自律無人戦闘機械ドローン〈ジャガーノート〉のげいげきによりかいめつてき損害を受け、てつ退たい。我が方の損害はけい、人的損害は本日もかいであり──』


 サンマグノリア共和国第一区、共和国首都リベルテ・エト・エガリテのメインストリートは、九年にもわたる戦時下とは思えぬ平和さで美しさだ。

 ちようこくかざられたはくのファサードがそうれいな、石造りの高層建築ビルデイング群。街路樹の緑とアンティークなちゆうてつの黒い街灯が春の陽光と青い空に絵画のようなコントラストを成し、街角のカフェには生来のぎんぱつきらめかせて学生やこいびと達が笑いさざめく。

 市庁舎の青屋根でほこらしくひるがえるのは革命の聖女マグノリアのしようぞうと共和国国旗の五色旗で、それは自由と平等、博愛と正義と高潔を表す。綿密な都市計画にもとづいて広々とまっすぐな、せいいしだたみのメインストリート。

 月の銀色のひとみかがやかせた幼い男の子が、両親と手をつないで楽しげな高い笑い声で行き過ぎる。

 おめかしして、お出かけだろうか。微笑ほほえましく親子連れの背を見送ったレーナは、白銀色のそうぼうからしようを消すとホロスクリーンの街頭テレビに目をもどした。

 こんじようつめえりの共和国軍女性士官軍服。十六歳の少女らしい白雪のぼう硝子ガラス細工のせんさいさで、良家の出をによじつに語るゆうな身ごなし。ゆるく巻いた、しゆかがやきの白銀のかみと長いまつにけぶる同じ色の大きなひとみは、共和国の誕生以前よりこの地に住まうの一つにしてかつての貴種、の血を純血でぐそのあかしだ。

『有能なるの管制のもと、高性能の無人機ドローンせんとうを行わせることで、危険な最前線に人員を投入することなく国防を可能とした共和国の人道的かつ先進的なせんとうシステムの有用性は、このように疑いようがありません。亡国の悪しき遺物を共和国の正義の機構が打ち破る日は、二年後の〈レギオン〉全停止を待たずして訪れることでしょう。サンマグノリア共和国ばんざい。五色旗に栄光あれ』

 雪白のかみと目をした雪花種アラバスタの女性キャスターのほこらしげなしように、レーナは顔をくもらせた。

 楽観的というより非現実的なせんきよう報道は開戦直後からかえされたいつものことで、多くの市民はそれを疑うこともない。開戦からわずか半月で国土の半分以上をほうするまでにまれた戦線を、九年経った今でも共和国はかえせていないというのに。

 それに。

 一見いつぷくの絵画のような、春の光の大通りをかえった。

 女性キャスター。カフェの学生や恋人たち。通りを行きかうたくさんの人々。すれちがった親子連れや、もちろんレーナ自身さえ。

 世界初の近代民主制国家であるサンマグノリア共和国は、そのけんでんとして他国からの移民をしようれいし、積極的に受け入れてきた。共和国は古くからの暮らす地で、他国には別の色をした民族が住む。夜をまと黒系種アクィラ、光の金色の金系種アウラータあかしきさいはなやかなに青いひとみすずやかな青系種カエルレア。様々なしきさい有色種コロラータの、その全てを平等にむかれて。

 けれど今、その首都のメインストリートを行き交うだれにも、それどころか首都全体、八五ある共和国行政区のどこにも、ぎんぱつぎんとう以外の色を持つ者はいない。

 そう。今、戦場には公式に人間とあつかわれる兵士も、戦死者と数えられる死者もいない。

 けれど。


「……だれも死んでいないわけじゃないのに」



 王政時代のきゆうていであるブランネージュきゆう殿でんの一角、けんらんれいな後期王政様式の国軍本部がレーナの行き先で、このきゆう殿でんか、行政区全体を囲むだいようさいへきぐん〈グラン・ミュール〉が、共和国軍人全員の配属先だ。

 グラン・ミュールの外、ようさいぐんからさらに百キロ以上もはなれた前線に配属される軍人はいない。前線で戦うのは無人機ドローン──〈ジャガーノート〉だけで、その指揮は国軍本部の管制室から。総勢十万余の〈ジャガーノート〉とその後方の対人・対戦車らいげん、自律式地対地げいげきほうで構成される防衛線は一度として破られたことはなく、当然グラン・ミュール配備の部隊も一度のせんとうも行ったことがない。その他の職務もへいたんに輸送、ぶんせきに作戦立案の書類仕事の類だから、今の共和国軍人に真の意味でのせんとうしよくは一人もいない。

 すれちがった士官達の、こつさけくささにまゆひそめた──また、司令室の大スクリーンでスポーツ観戦でもしていたのだろう。ついとがめる目を向けて、見下ろすしようの目にぶつかる。

「諸君、お人形好きのおひめ様がにらんでるぜ」

「おー、こわ。……お部屋にこもって大事な無人機ドローンのお世話でもしてろっての」

 思わずかえった。

貴方あなたたち──」

「おはよ、レーナ」

 横から声をかけられて、かえると同期のアネットだ。

 研究部所属の技術たいで、中等学校以来の付き合いで、飛び級を重ねた今はたがいにたった一人の同い年の友人の。

「……おはよう、アネット。いつもはぼうなのに、ずいぶん早いのね」

「帰るとこよ。昨日てつで。……さっきのバカ連中といつしよにしないでよ、あたしは仕事。この天才、アンリエッタ・ペンローズ技術たいにしか解けない難問が持ち上がってね」

 ふわあぁとアネットはねこのように欠伸あくびをする。ショートカットにしたの白銀のかみ、同じ色での大きなそうぼう

 あいさつの間に遠ざかったさけくさい一団をいちべつして、アネットはかたをすくめた。鹿しつなおしなんか時間の。そうゆうべんに語る白銀のひとみに、止めてくれたと察してレーナは顔を赤らめる。

「ああそれと、あんたの情報たんまつついてたわよ。管制してやれば」

「いけない。……ごめんね。ありがとう、アネット」

「いーえ。でも、あんまり無人機ドローンなんかに入れ込むもんじゃないわよ」

 む、とかえりかけて、結局一つ頭をってレーナは自分に割り当てられた管制室に向かう。



 管制室は無機質なコンソールで半ばまるような小さな部屋で、うすぐらくひやりと冷たい。待機状態のホログラムのメインスクリーンのあわい光にぼんやりと照らされる、銀色の床とかべ

 アームチェアにきちんと足をそろえてけ、きやしやなチョーカー状のぎんかん──レイドデバイスを長いぎんぱつをかきあげて首にめて、レーナはりんと視線を上げる。

 戦線は遠く、グラン・ミュールのはるか外に固定された今、このちっぽけな部屋が共和国八五区内に残された、ゆいいつの戦場だ。

「認証開始。ヴラディレーナ・ミリーゼ少佐。東部方面軍第九戦区、第三防衛戦隊指揮管制官」

 せいもんもうまくパターンの認証を経て、管制システムがスタート。

 ホログラムのスクリーンが次々にかびがり、はるか前線に設置された各種観測機器のぼうだいなデータを表示、メインスクリーンがデジタルマップとの機動兵器を示す輝点ブリップを映し出す。

 友軍機ジャガーノートを示す青のブリップは七〇。レーナ指揮下の第三戦隊が二四に、第二、第四戦隊がそれぞれ二三。の赤のブリップは、はや数も知れぬほど。

知覚同調パラレイド起動アクティベート。同調対象、〈プレアデス〉中枢情報処理ユニットプロセッサー

 レイドデバイスのうなじ部分にめこまれた青いけつしようたいが、じん、とわずかに熱を帯びる。物理的な熱ではない。知覚同調パラレイドで活性化した神経系が感じる、まぼろしの熱だ。

 れいした神経けつしようが情報演算を開始。構築した仮想神経を通じて、脳の特定部位──人類が次の進化のために取り置いた、あるいは進化の過程のはるかな太古に忘れ去った、未使用領域ナイトヘッドおくそこの一機能を活性化させる。

 レーナ個人のけんざい意識とせんざい意識の、そのさらおく。本来意識的にはアクセスできない、人間全てが共有する『人類種族のせんざい意識』──集合無意識に『道』が通る。その『道』は集合無意識の海を経由し、第三戦隊隊長機、パーソナルネーム〈プレアデス〉のプロセッサーの意識に接続。

〈プレアデス〉の知覚とレーナのそれが、共有される。

「同調完了。──ハンドラー・ワンよりプレアデス。今日もよろしくお願いしますね」

 おだやかに呼びかける。ややあって、一つ二つ年上と思われる青年の『声』が返った。

『プレアデスよりハンドラー・ワン。同調良好』

 どこか皮肉なひびきを帯びた『声』だ。管制室にはレーナ一人しかいないから、ここにいる別のだれかの声ではない。知覚同調パラレイドで同調したちようかくを通じ聞こえたように感じている、〈プレアデス〉のプロセッサーの声だ。

 声。

 戦時急造の兵器である〈ジャガーノート〉に、音声会話機能などない。感情や意識と呼べるような高度な思考能力もない。

 の集合無意識を経由した、知覚同調パラレイド

 敵こうへいぐんに対して設営された防衛線の、地雷原。

 無人機ドローン同士が殺し合う最前線、戦死者ゼロの激戦のそこにいるのは、本当は。

『人間もどきのエイティシックスに毎度のごていねいなごあいさつ、ご苦労なことですね、白系種人間


 エイティシックス。

 それは〈レギオン〉にせつけんされた大陸で、共和国市民人類に残された最後の楽園である八五の行政区の外、せいそくする人型のぶた

 共和国市民として生まれながらその共和国によって人間以下のれつとう生物と定められた、グラン・ミュールの外の強制収容所と最前線で生きる有色種コロラータを指すべつしようである。


   †


 九年前、きようれき三五八年。せいれき二一三九年。

 共和国の東のりんごくにして大陸北部の大国ギアーデていこくは、周辺諸国全てに宣戦を布告。世界初となる完全自律無人せんとう機械〈レギオン〉部隊によるしんこうを開始した。

 軍事大国ギアーデのあつとうてき武力の前に、共和国正規軍はわずか半月でかいめつ

 残存兵力をかき集めた軍人達が絶望的なたい戦術で時間をかせぐ間に、共和国政府は二つの決断を下す。

 一つは八五行政区内への、全共和国市民のなん

 もう一つが、大統領令第六六〇九号。戦時特別あんほう

 共和国内に居住する有色種コロラータていこくくみする敵性市民と認定。市民権をはくだつし、かん対象者として八五区外の強制収容所にかくする法律である。

 無論、共和国のほこる憲法にも五色旗の精神にも明確に反する法だ。またていこく出身者でもは対象外、かつていこく出身有色種コロラータも収容対象という、こつな人種差別政策でもあった。

 有色種コロラータていこうもちろんあった。だが政府は武力をもつてこれをふうじた。

 反対するもわずかながらいた。けれど、大半のは容認した。全市民を受け入れるには八五区はあまりにせまく、全員にわたらせるには物資も土地も仕事もとうてい足りなかった。

 有色種コロラータのスパイこうが敗戦をもたらしたのだというデマは、自国のれつという認めがたい現実を直視するよりはるかに受け入れやすかった。

 何より、敵軍レギオンに完全包囲されひつそくしたじようきようで、だれもが不満の捌け口スケープゴートを必要としていた。

 正当化する優生思想がまたたに流布した。近代民主主義という先進的で人道的な、最高の政体を世界で初めて樹立したこそが最も優良な人種であり、前時代的で非道なていこく主義の有色種コロラータはその全てがれつとうしゆばんどんな人間もどき、進化に失敗した人型のぶたにすぎないのだと。

 かくて全ての有色種コロラータは強制収容所に送られ、兵役とグラン・ミュール建造の労役を課された。それら費用には接収された彼らの資産がじゆうとうされ、市民達は兵役と労役と戦時増税をかいしてのけた政府を高くしようさんした。

 有色種コロラータ劣等生物エイティシックスべつするの差別意識は、二年後、生身の兵士──その全員がエイティシックスだった──の代わりに投入された無人機ドローンという形で具現化する。

 共和国の全技術を結集してなお、共和国製無人機ドローンは実戦にえるレベルに達しなかった。

 けれどれつとうたるていこくに造り得た無人機ドローンを、優良種たるが造れぬことなどあってはならなかった。


 


 共和国工廠RMI自律式無人戦闘機械ドローン〈ジャガーノート〉。

 人的損害を完全にゼロにする先進的かつ人道的な兵器として、市民の絶賛とともに投入された。

 エイティシックスのそうじゆうと定義してとうさいした、の無人機である。


 きようれき三六七年。

 戦死者のいない激戦場で、戦死者にカウントされない部品パーツあつかいの兵士達が、今日もひたすらに死に続けている。

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