書き下ろし特別編:天才錬金術師の逃走



 ルビーの暴走こうは半刻にも満たなかったが、ただただおろかで、人間というよりもじゆうに近かった。

 クローゼットやだなの中身をゆかにぶちまけたり、れんきんがまえんの言葉と共につえで打ちたたくその姿は、王都の市民たちを大いにおどろかせた。かれらは全員、ルビーのさけび声に引き寄せられた者達であるが、あくひようしたとしか思えないような行動を見せたので、それをもくげきしてきようを覚えなかった者は一人もいなかったとされている。

 さて、ルビーはうまの事などいつさい気に留めなかった。

 平民のいやしいたわごとなど女王陛下は信じないし、そもそも伝わらないと高をくくっていたのだ。

 2階のしんしつもどると、ベッドの真横に置いてあるフィールドワーク用のリュックを引っ張り出した。そして、これまでにかせいだ金貨をすべてんでいく。リュックの中身は金貨があふれそうになるほどふくれ上がり、ルビーが歩き出すと入りきらなかった金貨が次々と床にこぼれ落ちるほどである。

 しかし、ルビーはそれを気にすることなく走り出して、周囲の野次馬を声をあららげて手でしのけながらアトリエを飛び出した。

 権力と富、ようすぎるプライドが、天才錬金術師だったかのじよをただの愚かな人間へとへんぼうさせた。これが若き天才錬金術師と期待された少女のなれの果てである。

 もはや彼女は我々の知っている心やさしい錬金術師ではない。彼女を知る者達はみな同じくそう考えて、走り去っていくルビーを無言で見送った。

「そういえば、あのロイドという専属魔導士はどこに行ったんだろう」

 一人の市民がふとそうつぶやいた。するとそれに呼応するように他の人々も口々にロイドの事を話し始めた。

 あんな無能はどこかでのたれ死んでいるだろうとつばく者もいれば、最近べつぴんさんと楽しそうに王都の町を歩いていたと話す者もいた。きようあくな国際指名手配犯をつかまえてだんに引きわたしたというにわかには信じがたい内容を話す者まで現れ始めた。

 しんぴようせいのないうわさが多すぎてどれが真実なのかもはやだれにもわからない。だが、ロイドがいなくなってから4ヶ月間、ルビーがらいを一つも達成できていないのは、王都の人々なら誰しも知っている周知の事実だった。

 ロイドがゆうしゆうかどうかはともかく、二人のあいしようはあまり悪くなかったのかもしれないと市民達はいまさらながらこうかいするのであった。


 ルビーは真っ先に駅舎におもむくと、馬車に乗って大陸行きの船がある港町の《メルポート》を指定した。

 ルビーを乗せた馬車はゆっくりと速度を上げていき、はなやかな中心街からだいはなれていく。人や建物が少なくなっていき、正門をけると広大な草原が広がっていた。草原にかれているかいどうに沿って馬車は順調に進んでいく。

 神経質に窓の外をにらんでいたルビーも、息苦しい王都を離れるにつれて、持ち前ののんさを取り戻し、好きな歌をいい声で歌い出した。

 アトリエに関してはかんぺきそうした。あのアトリエのさんじようは誰がどう見てもごうとうらしたと推理するだろう。

 そうなれば全部こっちのものだ。

 陛下のご依頼もにできるし、王都を離れる理由も「強盗から自分の身を守るため」と完璧な言い訳が立つ。なにも気がかりはないはずだ。

 今後の錬金術師としての活動においても、新しい専属魔導士を見つければ何の問題もない。

 それが成功したあかつきには、だいなる錬金術師としての地位と名声がい戻ってくるだろう。

 くちびるを三日月の形にゆがめながらしゆうあくな表情で笑い出した。

「今度は、他人の功績を横取りしただけの無能クロウリーじゃなくて、ある程度まともな専属魔導士をやとわないとね」

 ロイドのようなあしかせがあってもここまで成り上がる事ができた、錬金術師としての実力に、ルビーは自信があった。


 ロイドよりも優秀な魔導士は星の数より多くいる。私はその中から一人を選んであげればいいだけなのだ。


 今のルビーのくちぐせはこれである。ルビーはロイドという魔導士の価値に何も気づいていなかったのだ。


 3日後、ルビーを乗せた馬車は港町の《メルポート》にとうちやくした。

 潮風のかおりが鼻をくすぐって海が近くにあることをはだで感じさせた。

 大陸とのつながりがあるメルポートも、王都に並ぶほど発展しているので町の入り口には門があり、そこでは警備兵による入門しんが待っている。

 ルビーは苦々しく唇を歪めた。

 現在は逃走中の身なのであまり自分の身元を明かしたくないが、下手に身分をいつわるとさらにめんどうなことになる。

 これはルビーにとってじゆうせんたくとなった。最終的にルビーは警備兵に対して正直に身分を明かした。

 ルビーが偉大な錬金術師であるとわかると警備兵はルビーを絶えずたたえた。

 頭のかたすみにあった王都をげ出した不安すらもれいさっぱりと消えせて、ルビーは大変げんを良くした。

 そうだ、私はもともとも偉大な人間なのだ。先代からしゆうしただけのメルゼリア女王に、何をおそれる必要がある。むしろ女王が私に対して頭を下げるべきではないだろうか? 私は平民から一代で貴族になった天才錬金術師だぞ。

 すっかり強気になったルビーは、きゆうていでも認められた錬金術をここでじつせんしてやろうと警備兵にごうした。

「この素材を持ってきたまえ」

 マスター級回復薬である《万能薬エリクシル》の材料となるレシピを書いて警備兵に渡した。

「あひゃあ!? 要求素材に《ブラックドラゴンのつばさ》!? こんな難しい素材を集めてくるなんて絶対無理ですよ」

「すげー! まぼろしの花とされる《フルールド・エインセル》まで存在するぞ!」

 警備兵は驚いてこしを抜かした。

「ははは、王都ではこのような難しい素材ばかりを使って私は調合するんだよ」

 女王陛下にしたわれている自分はすごいのだと何度も主張した。

「こういう素材ばかりを相手にしてるとね。簡単すぎる調合が久しぶりすぎて逆にできなくなっちゃうんだ。本当に困っちゃうよ」

「「あははははは」」

 ルビーのぜいたくなやみに一同は大ばくしようした。

「ところで、アルケミアきようはなぜ大陸に行きたいのですか?」

 ルビーが王都で活動していた事を知っている警備兵は不思議そうにそうたずねた。

「私が専属魔導士を失った事は、すでにご存じだと思いますが、それが今回の主な理由となります。新しい専属魔導士をむかえるために、礼節を持って私自らが迎えに行こうと考えているのです」

「なるほど、それはらしいお考えですね。その専属魔導士もきっとお喜びになられるでしょう」

 ルビーの言葉に警備兵は深く感動の言葉を述べた。

 もつとも、これは全部ルビーがその場しのぎについた大うそである。専属魔導士を大切に思う気持ちなど、ルビーにはこれっぽっちも存在しない。ルビーはていさいを取りつくろうのだけは昔からとても上手かったのだ。

 警備兵が感動する様子を見て、ルビーは内心ほくそんでいた。こんな噓にも気づかないなんて、こいつらはなんて鹿なのだろうとさえ考えていた。

 たしかに錬金術師としては優秀かもしれないが、ロイドが評したように彼女の人間性は底辺であった。本能の赴くままに行動するゴブリンの方がまだ可愛かわいげがあるだろう。

 最終的にルビーは、警備兵から最高のたいぐうを受けてメルポートに足をみ入れた。

 ルビーがその場からいなくなって数分後、一人の警備兵が呟いた。

「あれ……?」

「どうした?」

「アルケミア卿が先ほどおつしやっていたあの素材さ。いったい誰が集めてくるんだ?」

「誰って、そりゃあ専属魔導士だろ」

 どうりようのトンチンカンな発言にあきれながら返事をする。

「でもよ、アルケミア卿の専属魔導士って、あの無能で有名なロイドだろ? 仮にロイドじゃなかったとしても、あのレシピに書かれている素材を、すべて集めることができるような専属魔導士なんて、この世にいるのか?」

 同僚の疑問に、今度は返事をすることができなかった。

 言われてみればそうだ。ルビーが指定した素材の難易度と、噂のロイドの実力がまったくかみ合わない。

 特に《フルールド・エインセル》に至っては《未開領域エリアゼロ》にあるとされる幻の花。

 王国軍を動かしても採取できるかどうかわからないほどだ。

 だが、アルケミア卿はあのレシピを元に万能薬を作っている。

 それはつまり、専属魔導士がすべての素材を集めてきたという事に他ならないのだ。

「きっとアルケミア卿なりのジョークなんだよ」

「そ、そうだよな。あのロイドが集められるわけないよな」

 今は仕事中であったため、とりあえずそのように結論付けたが、やはり疑問は深まるばかりであった。


 町の中心にはふんすいがあり、道にはゴミ一つ落ちていない。商店街は活気に満ち溢れており、旅慣れた大人がどうを行き来している。

 ルビーは客船がていはくしている港へと向かった。

 港で作業をしている船乗りに「次の出航はいつになるか」と尋ねたところ、信じられないような言葉が返ってきた。

「はあ? あらしが収まるまで船が出港できない?」

「はい、どうやら『ウンディーネ様』がおいかりのようで、海上にて大たつまきを発生させているのです」

 船乗りが言っているウンディーネとは水の大せいれいの事である。

 ウンディーネの性格はとてもおだやかで、人間にも海のめぐみをさずける人格者とされているが、時々、何のまえれもなくふんして、海上に大竜巻を発生させることがある。

 そして、この大竜巻が発生している間は船の運航は中止となる。

とつぜん憤怒するって、それ全然おんこうじゃないじゃん」

 ルビーの言っている事は尤もであり、船乗り達も内心同じように思っているが、誰もウンディーネの怒りを買いたくないので口に出さないようにしている。

「まあそうなんですが、相手がウンディーネ様なのでこちらも何も申し上げできませんね」

おこっている原因はわかっているの?」

「申し訳ありません。それは私達にもわかりません」

 船乗りは頭を下げて謝罪する。

「はあ!? わからない!? ふざけないでよ!」

 ルビーは声を荒らげながら目の前の船乗りをののしる。対照的に船乗りは慣れている様子で対応する。

「まあまあ、怒らないで下さい、あかがみのおじようさん。これまでのけいこうから察するに、彼女の怒りは1週間程度で静まります。1週間後に来て下されば問題なく出港できるでしょう」

 1週間という言葉に絶句した。

「ウンディーネ死ね!」

 ルビーは力の限りそう叫んだ。

 ルビーのかかげる偉大なる第一歩は、大精霊ウンディーネのかんしやくによって早くもくるい始めたのだ。

 そして。

 この大竜巻は、1週間どころか何週間経ってもえる事なく海上に残り続け、ルビーの逃走をし続けた。

 ルビーの苦難は始まったばかりなのだ。

ドラゴンノベルス5周年記念フェア

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