書き下ろし特別編 類友。


「ローズ様、そろそろ出発なさいませんと…………」

 パレス領は馬車を使っても数時間はかかる。

 それなのに、ローズ様はゆうに紅茶を楽しんでいた。

 見かねたしつおそる恐る声をかけるが、一向に動く気配はない。

 王からひまを出され、ローズ様はご実家であるバレリー領で好き放題に暮らしていた。

 せめてままは領内でとどめてほしい……父親であるバレリー領主の願いもむなしく、最近のローズ様は身分をかくしてお茶会に参加し、まどしゆさいしやや招待客を見て楽しむ、あくしゆなお茶会テロをかんこうしていた。

 王都からはなれたこの地で、王族を見ることのできる者など限られている。

 心の準備もないままに現れたそくと真っ黒なかみの王子、ひめむかえるなどおそれ多く、ごくでしかない。

 楽しい、楽しいとうつろな目で笑うローズ様。

 側妃付きメイドのメグには苦しい、苦しいと助けを求めているように見えた。

「あのような笑い方をするかたではなかったのに…………」

 ローズ様が幼少のころからバレリー家に仕えている執事は、悲しそうにもどかしそうに、ため息をく。

 王家にとつぐとは、ここまで苦しむことなのだろうか。

 十数人いる側妃付きメイドの中でも新顔のメグは、王都からローズに付き従い、せんぱいメイド数人といつしよにバレリー領へ来ることになった。

 メグ自身はしやく家のむすめとして学園に通い、けつこんしたがえんされ、実家にも居場所はなく、運よく王城のメイドの職を得て今に至る。

「ローズ様……」

 美しいあるじが本当はで努力家で、やさしい人だとメグは知っている。

 冬の寒い時期、メグのガサガサの手を見たローズ様は恐ろしく高いであろう美容クリームを下さった。

「そんなガサガサの手でれられたら、はだが傷ついてしまうわ」

 キツい一言と取る者もいるかもしれない。

 でも、頂いたクリームのおかげで、なめらかになったメグの手を見たローズ様がいつしゆんうれしそうにふふっと笑ったのをメグはのがさなかった。

 もしかしたら、王家に嫁ぐ前はあのようなやわらかい、優しい笑い方をされていたのかもしれない。


 たかだか、メイドごときではあの方を守れない。

 たかだか、メイドごときではあの方を救えない。


 願わくは、だれかあの方を助けて下さい。

 どうか、どうか、ローズ様を助けて下さいと、メグはいのることしかできないのだった。


◆ ◆ ◆


 神様は本当にいるのかもしれない。

 その日、お茶会から帰って来たローズ様のふんうそみたいにやわらいでいた。

「スチュワートはくしやくは、お金持ちだし良い男らしいから、火遊びでもしてきたんじゃない?」

 一緒に王都からバレリー領へローズ様に付いて来た先輩メイドたちが心ないうわさばなしをしている。

 火遊び…………? そんなもので、ローズ様が救われるだろうか?



「お紅茶、とってもいいかおり。クッキーもすごくおいしいです。ありがとうございます」

 スチュワート三兄弟がバレリー領へ遊びに来るようになってから、さらにローズ様の表情は柔らかくなった。

 紅茶のおかわりをげば、メイドであるメグにすらがおで礼を言う三兄弟。

 最初はおどろいたが、あまりにも自然に当たり前に出る言葉は、そのようなづかいは不要と断ってもなくなることはなかった。

 スチュワート伯爵家の三兄弟のために、どのような遊びにも対応するべく、初めは宝石商を呼んだりもしていたが、かれらの遊びは今までの貴族の遊びとはかけ離れていた。


 ヤドヴィガ様に合わせたかくれんぼやおにごっこ、ままごと等、文字通りの遊び。

 ローズ様も巻きんで三兄弟はほんで楽しんでいるように見えた。

 王都では見ることのなかったお二方のリラックスした表情は、バレリー家全体をも明るくしていった。

 あの三兄弟がほう使つかいだと言われてもバレリーの使用人は驚かないだろう。

 それくらい、せきが起きていた。

「今日も、おれいです。ローズ様」

 髪を整えたあと、いつもの言葉を口にする。

「ふふふ、ありがとう」

 あふれるようなローズ様の笑顔が返ってくる。

 ほんの数週間前までは、ふんっと鼻で笑うだけだったことを思うと噓のような変わりようだ。

 ローズ様が幸せそうなのに、か逆に王都から一緒に来た先輩メイド達は日に日にげんが悪くなっていった。

「ローズ様? 宝石商か、仕立屋か、そろそろお呼びになりませんか?」

 その中の一人が、もうまんできない! と言ったかと思うと、ローズの元へ行き言葉をかける。

 もともと、宝石もドレスも王都からいくつか持って来てあり、バレリー家のしきにも久しぶりに帰って来た娘に不自由させないようにと、領主が用意していたので、足りない事はないのだ。

 三兄弟と会う前ならば、ローズ様のイライラを少しでも解消するために呼ぶこともあったが、最近のおだやかな表情を見れば必要ないと分かるだろうに。

「宝石商? 仕立屋? まだ、お父様が用意して下さったもので足りるからだいじようよ?」

 きょとんとローズ様が首をかしげる。

 ここで話は終わりのはずなのに、その先輩メイドはめずらしく食い下がる。

「しかし、いつもならもっとひんぱんに呼んでいたではありませんか?」

「そう……だったかしら? ……ふふふ、そういえば、この前エマちゃんがね? ローズ様には宝石は必要ないとか言うのよ」

「はぁ……」

「ローズ様自体が、宝石よりかがやいているからですって! 可愛かわいいでしょう? エマちゃん」

「はぁ……」

 せっかくローズ様が楽しそうにお話をしているのに、先輩メイドは気のけた返事しかせず、失礼にもほどがある。

 バレリーの屋敷の執事もメグと同じことを思ったのだろう、せきばらいをしてたしなめるようににらんでいるのが見えた。

 一体何なのだろう?

 王都ではローズ様は気難しいと有名で、専属メイドになりたがる者は少ない。

 そのお陰で、メグのような離縁された身でも職にけたのだが、一緒に付いて来た先輩メイド達は、そんなローズ様に長年仕えてきた者達だ。

 それなのに何故か、王都とは別人のようなほがらかなローズ様に不満があるように見えるのだ。


「そうだ! メグ、明日もエマちゃん達が来るの!」

 メイドの失礼な態度など気にもせずに、ローズ様がとしてこちらを見る。

「はい、存じております。おやつの準備は、お任せ下さい。明日は何を用意しましょうか?」

「そうね、クッキーも良いけどチョコレートも良いわよね。ゲオルグ君はフィナンシェが好きって言っていたかしら?」

「全部、ご用意しますね。みなさま、たくさんし上がりますから」

「ふふふ、エマちゃん達、きっと喜ぶわね」

 柔らかいみ。きっと明日も楽しい一日になる。

 この時は、あんなことになるとは思ってもみなかったのだ。


◆ ◆ ◆


「ローズ様! 今日はピクニックなんてどうでしょう? 屋敷の裏のおかの上は景色が良いし、広くひらけていますので走り回るのには十分ですよ!」

「それは良い考えね。ローズ様? そういたしましょう!」

 翌朝、メイド達がこぞってローズ様にピクニックを提案している。

 昨日、失礼な態度を取っていたメイドも加わり、ピクニックのらしさのプレゼンを始めている。

「でも、少し寒くないかしら?」

 いつもとちがう様子のメイド達に首を傾げながらも、ローズ様が答える。

「で、ですから、しきものひざけをたくさん持っていくのです! がらを合わせておしやな感じに……あ、あと温かいスープやココアなんかも持っていきましょう!」

「あそこには小さな四阿あずまやもありますから、かぜけに布を張るのも良いかもしれません」

「でも、もう少しでエマちゃん達が来てしまう時間になるわ。準備、間に合うかしら?」

「……スチュワート様方には、こちらで少しお待ち頂いて、急いで用意致しましょう! ローズ様もお手伝い頂けますか? やはり、敷物の配置などはローズ様のセンスがたよりでございますから」

「私のセンスが……頼り?」

 ぴくんっとローズ様が反応する。

「はい。やはりローズ様でなければ、お洒落には仕上がりません。私どもではどんなに良い敷物でもったくなってしまいますから」

「そ、そんなことないわよ! でも、そうね、少し寒いから敷物は暖かみのある色でそろえましょうか?」

流石さすがです! ローズ様、さつそく準備に向かいましょう! ほら、メグも行くわよ!」

 いつもならスチュワート三兄弟が来る日は機嫌の悪い先輩メイド達が、今日はとてもよく働く。

 良いことなのに、何故か悪い予感がする。

 それでもメグは、嬉しそうに敷物を選んだローズ様と屋敷裏の丘の上に向かうことにする。

「私が、屋敷でスチュワート様方をお迎え致しますわ。丘の上の準備ができたら知らせに来てね」

 送り出してくれる先輩メイドの笑顔も何だかこわく感じるのは考えすぎだろうか。

「メグ、行きましょう。エマちゃん達がびっくりするくらいてきに仕上げましょうね」

 後ろがみを引かれながらもローズ様の後を追う。

「あら、お客様かしら? でも、エマちゃん達の馬車ではないわよね?」

 屋敷に一台の馬車がまった様子を、丘へ登るちゆうでローズ様が見つける。

 遠目にもいつもスチュワート三兄弟が乗って来ているものとは別だと分かるな馬車だった。

「今日は、バレリーこうしやく様もお出かけになられていますし……急用でしょうか?」

 ざわざわといやな予感がメグをさいなむ。

「私、様子を見に行って……」

「大丈夫よ、メグ。屋敷に誰もいないわけではないし、お留守番の子達に任せておきましょう。私達の方が大変よ? これから、ローズ様のお洒落なピクニック殿てんを作るのだから」

 立ち止まったメグを、先輩メイドがかす。

 あの馬車のもんしよう……どこかで、見たような……。遠いのでしっかりかくにんできたわけではないが、どこかで、どこかで……。

「メグー、行きましょう。エマちゃんにぐに来てもらえるように急がなくちゃ」

 ローズ様とヤドヴィガ様が手をつないで楽しそうに丘へ登って行く。

 こんな、王都どころか数日前まで、見ることのなかったお二人に水を差すようなことは言えず、メグは気になる馬車を頭から消すように首をり、丘を目指した。


◆ ◆ ◆


「お待ちしておりました。カルネ様」

 屋敷に残った先輩メイドが、一人の派手な服を着た青年を迎える。

 バレリー領には、定期的にローズの様子をうかがうために王の使いがおとずれていた。

 使いは王からの私的な手紙を持って来るが、その手紙がローズにわたることはない。

 ローズは王かられいぐうされるほどに、ドレスや宝石をさ晴らしにと買いあさる。

 そのかげで先輩メイド達は、自らのドレスや宝石をこっそりと中にまぎれ込ませ、注文していたのだ。

 ローズの買い物が多いほど、自分達の物が紛れやすくなるのでバレリー行きが決まってもそつせんして付いて来たというのに……。

 スチュワート家のお茶会後、ローズの買い物はパタリとんだ。

 ドレスや宝石のように値の張るものだけでなく、リボンやハンカチ、ポーチ等の小物雑貨ですら新しく買うことがなくなってしまった。

 こんな、王都から離れた田舎いなかまで何のために付いて来たのか、先輩メイド達のイライラは最高潮に達していた。

 そんな時に来た、王家からの手紙。

 今回の王の使いはロンバートこうしやく家の次男、カルネ・ロンバート。

 この知らせに一人のメイドがニヤリと悪いことを思い付く。


 カルネ・ロンバート。

 この春に学園をゆうしゆうな成績で卒業した二十三さい

 家をがない彼は、せまき門であった王城の職にいたエリートだった。

 貴族の中では評判の良い優秀な男とにんしきされているようだが、下働きのメイドや使用人には全く逆の評価を受けている。

 うわみではく隠してある正体も、王城のすべての部屋をそうする下働きの使用人や貴族の前では取りつくろっているが、その後の化けの皮ががれた様子まで見る機会の多いメイドには彼の全てがバレていた。

「少し早く来いだなんて、ローズ様も困ったものだ」

 メイド達は、王の使いには毎回勝手に都合の良い返事を代筆していた。

 万が一、ローズと使いが会わないように上手く調整していたのだ。

 もちろんみつに、相手にはローズの言葉としようして。

「申し訳ございません。ローズ様は外出しておりまして。もう少しでスチュワート家のお子様方が遊びに来ると言いますのに、私どもも困っております」

 本当は、すぐそこの丘の上にいるのに、メイドはすらすらと噓を並べる。

 スチュワート家のお子様方。この言葉に、カルネが反応する。

「スチュワート家? 確か長男は十五歳、その下が、十一歳、九歳だったか?」

 何故、全くかかわりのない伯爵家の子供のねんれいまで知っているのか、目の前の男のうわさをよく知っている先輩メイドはだまって聞き流す。

 フヒヒっと貴族の前では見せないた笑いを隠さずに嬉しそうにカルネはメイドに告げる。

「下の二人は私がめんどうを見てやろう。とうちやくしたら連れて来なさい」


◆ ◆ ◆


 メグが丘の上で敷物をいていると、ゲオルグが歩いて来るのが見えた。

 今日は、ゲオルグ様だけの訪問? いや、そもそもまだ準備の途中だ。

 先輩メイド達は何をしているのか……と考えをめぐらせたところで強めの風がく。

 ぶわぁっと敷物がめくれ、勢いによろめくメグをゲオルグがガシッと支える。

「大丈夫ですか?」

 十五歳の少年とは思えない力強いうでにメグの心臓がうっかりときめく。

「ありがとうございます! あのっ、ゲオルグ様はどうしてこちらに?」

「メイドさんに、男手が少ないので手伝いをと言われました。エマとウィリアムは屋敷に待機させています。もちろん、このピクニックのことはないしよにしてありますよ。色々としゆこうらしたもてなし、感謝します」

 ペコリとゲオルグがメグに頭を下げる。

 相変わらず、このスチュワート家の子供達は貴族らしくない。

「あら! ゲオルグ君来ちゃったの!?」

「ゲオルグしゃまだーー」

 ローズとヤドヴィガがゲオルグに気づく。

「ローズ様、たびたびのお招きありがとうございます。エマとウィリアムは屋敷で待たせて頂いておりますが、力仕事はおれに任せて下さい。……そういえば、見覚えのない紋章の馬車があったのですが、今日はほかにも来客がいるのですか?」

「……そんな予定は聞いてないのだけど、多分大丈夫よ。屋敷にも人は残してあるから、私に用があれば呼びに来るでしょう。こんなに近くにいるんだから」

 それより、こっちを手伝って……とローズがゲオルグを手招きし、メグの心配をよそに、ローズもヤドヴィガも現在進行形で屋敷で事件が起きようとしているとは知らずに、仲良く準備を再開する。


◆ ◆ ◆


 屋敷には、エマとウィリアム。

 二人は、カルネ・ロンバートの待つ客間へ通されていた。

 バレリー屋敷のいくつかある客間の中でゆいいつ窓のないその部屋には、ローズだけでなくヤドヴィガの姿もなく、派手な格好をした男が一人すわっている。

 何故、自分とウィリアムはわざわざゲオルグと別れてこちらに案内されたのか不思議に思っていると、男が立ち上がり、ニタニタと嫌らしい笑顔で話しかけてきた。

「やあ! ぼくはカルネ・ロンバート。エマちゃんも、ウィリアム君もすごく可愛いね? ローズ様が来るまでぼっ僕と一緒に、フヒヒっ遊ぼうか?」

 やや興奮気味に、カルネがウィリアムのほおでる。

 頰から、かた、二の腕……ねっとりとしたさわり方で下へと手が下りていくが、ウィリアムはどうだにしない。

「ロンバート家はね、王都でとても重要な仕事を任されている侯爵家なんだよ。僕と仲良くなれば良い思いがいっぱいできるんだよ。フヒヒっ」

 ウィリアムを撫で回していたカルネの手がエマへと向かう……が。

 パンッ!

 エマは触れられる直前で、その手をはらう。

「痛っ。フヒヒっエマちゃん、暴力は良くないよ? 僕にこんなことしたって知られたら、お父様が困ったことになるよ?」

 エマが払った手を撫でながら、王家の使者であることを示すわんしようをエマの目の前にかかげ、分かるでしょう? と言い聞かせるように再び手をばす。

 パンッ!

 カルネの忠告など意にかいさずエマはまた、その手を払う。

「ロリコンマジキモすぎほろびろ」

 ぼそっとエマがつぶやく。

「ん? 何か言ったかい? エマちゃんは悪い子だね。お兄さんおこっちゃうよ?」

 カルネがエマをにやにやしながら見る。

 美少女だという噂は正しかったが、スチュワート家のれいじようは、全くおびえるりもなくカルネを見つめて(睨んで)いる。

 これでは、少しつまらない。


 一方、まごうことなく美少年のスチュワート家の次男は、ぷるぷると小刻みにふるえている。

 おとなしい子供の方が断然タイプのカルネは、もう一度ウィリアムに向き直る。

「ウィリアム君は、おとなしくて可愛いね。フヒヒっお兄さんと良いことしない?」

 はっきり言ってこんなせんざいいちぐうのチャンスをのがすことはできない。

 カルネはずっとこんなシチュエーションを夢見ていた。

 その反面、自分のせいへきとくしゆだと気付いてからは、この持て余す思いをどう消化すべきなのかなやんでもいた。

 友人たちが美しいと話す令嬢には、全く心が動かない。

 張り付いたような令嬢の笑顔はただただ恐ろしく、自己主張の強いかのじよ達を相手にするのはへいするだけだった。

 もっと、なおけがれのないたましいを求めるあまり、気付けば小さな子供に夢中になっていた。

 王都は貴族だらけで自由に子供をでるにはリスクが大きい。

 だが、この辺境の地ならば、多少の問題もにぎつぶせるだろう。

 何せ今日の自分は【王の使者】なのだ。

 王のけんを背負い、都合よくメイドの協力まである。

 そして、目の前のウィリアム君はまさに、理想的な可愛さだ。

 おとなしく、従順、何より幼い。

 女の子ではないのは残念きわまりないが、男の子でもイケる気がしてきた。


 あの可愛い顔、なら………………ん?


 ぷるぷると震えているウィリアム君の表情にかんを覚える。

 これは……怯えた表情……? ではない? ……なんというのか……久しぶりに会った友人を見つめるような……?

 いや、違う、これは……れんびんまなし……?

 姉のエマちゃんはけんかん丸出しのごみグズでも見るような視線。

 逆に弟のウィリアム君は優しさすら感じる憐憫の眼差し。

 今まで接した子供達は、ほとんど怯えるような目で見るのが大半だったが……。

 このきようだいは何かおかしい…………?

「…………っ同志よ…………」

 ウィリアムがしぼり出すように呟く。

 ひとみうるんでいる。

「え? ど、同志?」

 とつぜんのウィリアムの言葉に聞きちがいかとカルネがげんな表情をする。

「こんなところで同志にえるなんて! カルネ様、いけませんよ! 一線をみ外してはロリコンの名に傷が付きます!!!」

「え? ウィリアム君? え?」

 目線を合わせるためにこしを落としていたカルネの肩にそっと手を置き、ウィリアムが首をゆっくりと左右に振っている。

「三次元に手を出してはいけません。三次元はしんりよういき。子供は、幼女は、清く、正しく、美しい。神聖なものなのです。自らの手で汚すなんて言語道断!」

 よく分からないが、ウィリアム君の目はだった。

「さっさんじ……げん??」

「気持ちは分かります。気持ちは、本当に痛いほど分かります! 幼女は愛らしくじゆんすい無垢。たとえ、アフロのぎたないおっさんであろうが優しく、清らかな心で受け入れてくれる……何といっても、あの未発達なからっっふべっっっっ!!!」

 目の前で熱く語っていたはずのウィリアム君が、ぶっ飛んだ。

 愛らしく、清く、正しく、美しい、純粋無垢なはずの美少女エマちゃんが思いっきりたおしていた。

「ロリコン……滅びろ」

 ううううううと蹴られた首をさえ、ウィリアム君が起きる。

「こっこのように、痛ててててっ三次元の女の子は、純粋でも、無垢でも、清らかでもない場合がまれに…………ぶべっっっ!」

 せっかく起きたウィリアム君がまた、ぶっ飛ぶ。

「えっエマちゃんっ? 死んじゃうから! ウィリアム君っ死んじゃうからぁー!」

 ピクピクとけいれんするウィリアムを助け起こし、夢に見た女の子のイメージと目の前の女の子とのギャップにおののく。

 こんなのは、私の知っている……女の子じゃ……ない。

「っこの犯罪者予備軍がっ」

「ひっひいいいいいいいいいいいい!」

 くさったものを見るような目でき捨てるようにつむがれた言葉は、およそ純粋無垢な少女のものとは思えない。

 違う。自分の求めている女の子は、もっと従順でけなでおとなしくて、それで……それで……。

 こんなさげすんだ目で僕を見ない。

 少女が、こんな、怖いなんて……。

「全ての女の子が、か弱く愛らしい訳ではない……それをの当たりにするには、我々ロリコンの精神はぜいじやく過ぎるのです。とうていえられない! 姉の暴挙はまだまだ、こんなものではないのです!!」

 まんしんそうのウィリアムがよろよろと立ち上がり、熱弁する。

 弟のエマのあつかいがひどい。エマの弟の扱いも酷い。

「ウィ、ウィリアム君、それなら私達はどうすればいいんだい?」

 エマの冷たい視線からげるようにカルネがウィリアムにすがる。

 方言なのか意味の分からない単語はあるものの、ウィリアムの言葉は長年カルネを悩ませている問題そのものだった。

 いまだかつて、彼ほど僕の性癖を僕以上に理解してくれる人間はいなかった。

 貴族社会でけんすれば、生きてはいけないのだから。

 無理に無理を重ね周りに合わせ、ひた隠して来た人生だった。

 そこまでしているのに、女の子が、女の子の方が僕を裏切るというのか?

 そうなれば、それはもう、絶望しかない。

 僕は、誰も愛せない。

 女の子が彼の言う通りなら僕は、僕は、こわれてしまう。

「カルネ様、想像のつばさを広げるのです」

 あふれんばかりのいつくしみの表情で、ウィリアムが答える。

「赤毛の○ンかよ!」

 エマのっ込みは無視して、意味が分からないとなげくカルネにウィリアムがゴソゴソとポケットをあさり、一枚の紙を差し出す。

「これは、僕の宝物なのですが……カルネ様に差し上げましょう。我々を救うゆいいつの聖遺物です」

 せっ聖遺物? わらをもつかむ思いで震える手でウィリアムから一枚の紙を受け取る。

 四つ折りにされたそれを開いたしゆんかん、理解する。

 自分が求めていたのはこれだったのだと、心が、体が、魂が喜びに打ち震える。

「こっこれは!?」

「カー○キャ○ターさ○らたんです」

「かっれんだ……」

 紙にえがかれていたのはピンク色の、この世界では見たことのないしようまとった少女。

 はにかんだ笑顔で、一心に僕を見つめる大きな瞳。

 純度百パーセントの無垢な少女は、現実も夢も理想も軽くえてしまう程に完成された……もはや神だった。

ちなみに、くちぐせは、ほえーです」

「ほ、ほえー!?」

「はい。ほえーです」

 ゴクリ、となまつばを飲み込む。

 何だ……それは……女の子が……ほえー……だ……と……? 最っ高ではないか!

 なんだこれは!? なんなんだこれは!? 紙に、見たことのない特殊なタッチで描かれた少女の絵、それだけの事なのに何故、こうも胸が熱くなるのか。

 しかも、ほえーっだって!?

「我々を救うのは、はや、二次元しかありません。この絵をいてもらうのに僕がどれだけ苦労したか…………」

 なみだなくしては、語れない。

 この世界で初めて会った同志のためにと、ウィリアムは宝物を、身を切る思いでカルネにゆずることを決意した。

「…………何、はだはなさず持ってるのよ、ぺぇ太…………」

 うわぁっとエマはドン引きしている。

 ウィリアムの宝物、唯一無二の聖遺物、実はエマが描いたものだった。

 エマの幼い頃からつちかった虫の模写技術と、みなとの昔のおくがあって奇跡的に完成したイラスト。

 それは、ぺぇ太ことウィリアムが理論上は可能なはずなのだと、泣いて姉にたのみに頼んで描いてもらった、さ○らたんの絵なのだった。

「できれば、できることなら、プリ○ュアも、プリ○ュアもしかった!」

 ガクッと膝をつくウィリアムからただよう絶望は、先程のカルネの何倍も悲痛なおもいをかかえていた。

「だから、プリ○ュアは、知らないって何回言わせるの!?」

 世代的に厳しい。

 港世代でプリ○ュアをくわしく知っているのは、子供がいるか、大きいおともだちかどっちかだ。

 港は、どちらでもない。

「……これを描けるのは、この世界で姉だけなのです。僕の頭の中にはさ○らたん以外にもたくさんの女の子(主にプリ○ュア)がいるのですが、貴方あなたしようかいできないのが……くやしい……」

「こっ、この絵を…………君が描いたの……かい? エマちゃん……」

 どくんどくんと心臓が脈打つ。

 描かれた女の子は、純粋無垢そのもの。

 思い描いて来た理想以上に素晴らしく、ばくぜんと追い求めていた正解がそこにあった。

 そんな、たった一枚しかない宝物をウィリアム君は譲ってくれる……だと?

「えっエマちゃん、もう一枚、描いてくれないか? このさ○らたんを!? 同志から聖遺物をうばう訳にはいかない!」

 一度、手にしたらもう離せない。

 しかし、こんなつらい思い、幼いウィリアム君に課すのは申し訳ない。

 彼は、この世界で唯一の同志であり、僕の唯一無二の理解者なのだから。

 彼の気持ちだって、僕には痛いほどよく分かるのだ。

「姉様! お願いします! もう一枚、描いて下さい」

「た、頼むよエマちゃん!」

 ウィリアムとカルネが、エマに土下座までして頼み込む。

 エマのゴミくずを見るような視線を後頭部に感じながら、それでも何としても、聖遺物をもう一枚…………必死だった。


◆ ◆ ◆


 丘の上では、ゲオルグの手伝いもあってピクニックの準備が完成しつつあった。

 暖色の敷物に、毛皮、四阿あずまやには風避けに布が張り巡らされ、ローズもヤドヴィガも満足気にうなずいている。

「メグー? エマ様と、ウィリアム様、迎えに行って来てくれる?」

 にやにやと変な笑いをふくんだ先輩メイドに頼まれ、メグは屋敷へ向かった。

 屋敷の前に停められた派手な馬車のもんしようを今度ははっきりと見て、サーッと一気に血の気が引く。

 あの紋章は、ロンバート侯爵家のものだ……何故、王都近くに領地を持っているロンバート家の馬車がここに?

 ロンバート侯爵も、あとぎである長男も王都を長く離れるのは難しい要職に就いている……では、あの馬車の主人は……次男の、カルネ様!!

 カルネ様は、貴族の中では優秀な青年と認識されているようだが、メイドのメグは知っていた。

 カルネの小さな子供を見つめる目が異常であることを。

 彼の部屋に、子供を入れてはならない。

 彼に、十五歳未満の子供を会わせてはならない。

 ほんしようを見る機会のある下働きの使用人からメイドへ、噂はじよじよにだが確実な情報として伝わっていた。

 エマ様とウィリアム様が危ない。

 ローズ様を救ってくれた小さな子供達が、カルネのどくにかかろうとしている。

 …………馬車が来てからどれくらいった?

 ゲオルグ様が来てからどれくらい経った?

 あの、先輩メイドの表情からして、意図的にエマ様とウィリアム様(美少女と美少年)をカルネに差し出していたとしたら?

 嫌な予感は当たるのだ。なんて酷いことを!

 お願い!! どうか!! お二人ともご無事で!!!

 はやる心に足がもつれる。

 ようやく客間のとびらを開いたと同時に、エマの声が聞こえてきた。


「もう一度、心しておくように。女の子は?」

 目の前に信じられない光景が広がっていた。

 にゆったりと座るエマ、その前に直立で立っているカルネとウィリアム。

「「お、女の子は、遠きにありて思ふもの! そして悲しくうたふもの! 絶対に、見ない、触れない、話しかけない!!」」

 の訓練でさえ、ここまでとうそつのとれた動きはないだろうと思うほど、カルネとウィリアムの動きはピッタリとくるいなく重なっていた。

 見ない、で目をてのひらおおい、触れない、で大きく両腕でバツをつくり、話しかけない、で掌で口を覆う。

 それ以外は、ぴしっと直立で立っている。

「このちかいを破ったら、これを破ります」

 ひらひらと一枚の紙をエマが掲げる。

「「そ、それだけは! ごかんべんを!!」」

 押し頂くようにその紙をウィリアムが受け取り、こうごうしさでまぶしいのかと思うほどにカルネと二人で拝んでいる。

「ま、まさか、再び制服バージョンのさ○らたんを見ることができるとは……」

「ピンクの服も素晴らしいですが、こちらもなんと見事な……」

 よく見ると、ウィリアムもカルネも泣いている。

 この短時間で一体何が?

 メグの心配していた事態にはなっていないようだったが、何が起こったのかは理解できなかった。

「あ、あの…………準備が整いましたので……そろそろ……」

 メグの恐る恐るの言葉に、エマが立ち上がる。

「お迎えありがとうございます! やっとローズ様に会えるのね。嬉しい!」

 振り向いたエマは、メグの知っているいつものじやな少女であった。

「こほん、では私は、帰ることにしましょうか……」

 カルネがいそいそと部屋を出る。

 その後ろから、エマが念を押すように声をかける。

「カルネ様、誓いを忘れてはなりませんよ?」

「エマじよう、神に誓って」

 ぐっと頷き、カルネは休んでいたぎよしやたたき起こすとバレリー領を離れた。

 渡すはずの手紙も王の言葉も伝えることなく、すっかり忘れて。


 後に、王都をしんかんさせる連続幼女殺人事件の犯人となるはずだったカルネ・ロンバートは、この小さな出会いによって全く別の人生を歩むことになる。

 何人もの絵描きのパトロンとなり、仕事で得た収入をしみなく彼らにあたえ、王国の芸術文化の立役者として後世に名を残すのであった。


◆ ◆ ◆


 王都のクーデターとバレリー領の局地的結界ハザードの後始末も落ち着いた頃、王が側妃ローズにたずねる。

「ローズ、手紙で書いたことなのだけど……」

「陛下? 手紙とはどの手紙のことでしょうか?」

「君がバレリーにいる間に送った手紙に決まっているではないか」

「……そのような手紙、受け取っておりませんが?」

「やはり、怒っているのか? 何も事情を話さずにバレリーへ行かせたことを」

「いえ、陛下。私と子供達の安全を思っての事。怒ってなどいません。ですが、バレリーにいる間、陛下から私的な手紙が送られてきたという話は聞いておりませんが……」

「……どういうことだ? 王の手紙が届かないだと?」

 国王が送った手紙は一枚や二枚どころではなく、その全てがローズに届いていないなど有り得なかった。使者は、そばに仕えていた者は、何をしていたのか……。

「陛下、怖い顔なさってどうしたのですか?」

「いや……」

 ここで何も知らない様子のローズにしようさいを話せば、悲しませる可能性があると思い、国王は言葉をにごす。

「陛下、そのお手紙には何とお書きになったのですか?」

「愛してる……」

「え?」

「ローズを、愛していると書いた」

「……陛下……♥」


 その後、王命にて秘密裏に調べられ、先輩メイド達の悪事は全てあばかれることとなる。

 ローズが傷つかないように彼女たちはひっそりとしよばつされ、ローズにけんしんてきに仕えていたメグは異例の若さで側妃付メイド長に出世したのだった。

ドラゴンノベルス5周年記念フェア

関連書籍

  • 田中家、転生する。

    田中家、転生する。

    猪口/kaworu

    BookWalkerで購入する
  • 田中家、転生する。 2

    田中家、転生する。 2

    猪口/kaworu

    BookWalkerで購入する
  • 田中家、転生する。 5

    田中家、転生する。 5

    猪口/kaworu

    BookWalkerで購入する
Close