悪魔の囁き



 ゲッツはどうようするぼうけんしやらをなだめ、しきもどった。折り悪く降ってきた雨が、かれの複雑な内心をさらに重くする。冒険者らには一つ、まだ告げていない──いつ告げるか迷っている「悪い知らせ」があった。

 それは移動きゆうてい中のアデーレからの手紙に書かれていた。夫フリードリヒの戦死にともない、ちやくのマクシミリアンが次代のノルデン選定こうとなるが、アデーレは幼少のマクシミリアンに代わってせつしようになると。そこまでは順当な手続きである、しかし問題は、そのついでとばかりに書かれていた一文だ。

『冒険者ギルドをはいします。あなたのけつえんめんじて夫のそうむすそくしきへの出席は認めますが、それらが終わりだいやからを率いてそうきゆうに市を去るように』

 当然ゲッツはげつこうし、そくこうの手紙を送りつけた。しかし摂政とはいえ君主の権限は強い。ゲッツに出来るのは抗議だけで、本気でし通されたらあらがうことは難しい。

 一応ゲッツも侯位けいしようけんは持っている──マクシミリアンよりは下だが──ため、アデーレにとっておん因子であることは理解出来る。冒険者ギルドは新入りをふくめても四〇人程度の戦力でしかないが、アデーレをきゆうしゆうするには十分な戦力だ。そんな戦力が継承権保持者といつしよほんきよたるブラウエブルク市内部に住んでいるのだから、気が気でないのだろう。

 わかる、それはわかる。しかし自分が育て上げた冒険者ギルドを無宿者にしろと言われて、はいそうですか、とうなずけるわけも無い。ともに戦い、苦楽をともにした仲間。そして実際に運営指揮してきたのはゲッツ本人なのだ。愛着もあるし、ほとんど自分のろうとうのように感じていた。そしてゲッツが冒険者ギルドの団員に強権をるえるのは、いざという時に彼らをすることを期待されているからだ。いや、義務と言っても良い。郎党とはそういうものだ。ゲッツは今、郎党への義務をこうしなければならなかった。団員の生活を守らねばならない。

 だが、どうやって?

 自分は選定侯の弟ではあるが、いちでしかないのも事実だ。動かせるものがあまりにも少ない。しかしそれらを使い、どうにかして冒険者ギルドの権利を守らねばならないが──その具体的な方法が思いつかない。そういったけんぼうじゆつすうからはきよを置いた人生を歩んで来たからだ。……ならば、その道にくわしいアドバイザーをたよるしかない。


 ゲッツは屋敷の二階に上がり、カエサルの部屋をおとずれた。かん任務にいていた団員をはらい、カエサルに一対一で事情を話した。

「──なるほど、それは一大事だな」

ごとじゃねェぞ、ここを出たらお前をかくまい切れるかもわからん」

「わかっているとも。…………それで?」

 カエサルはちようせん的な目を向けて来た。タダで知識をあたえる気は無いということか。

「……冒険者ギルドの存続がかなったら、お前を正式団員としてむかえ入れてやる。つまりはブラウエブルク市の市民権が与えられ、ある程度の自由が認められる。もちろんお前はリッチだ、そこはかくし続ける必要はあるがな」

「なるほどな、ではもちろん監視は無くなるのだな?」

「それは……」

「実際この一ヶ月、私は何も問題は起こさなかっただろう? はっきり言おう、私が魔法を使えないのは本当だ。殺しても死なないリッチの身体からだを持っているとしてもな、一人で街をどうにかする力は無い」

 確かに彼はこの一ヶ月、監視に文句を垂れつつもけいやくを履行した。冒険者ギルドの新人たちの訓練もつつがなく行った──それどころか、たった一ヶ月で最低限戦えるように仕立て上げた。

 しかし、それでもリッチなのだ。魔法で街一つほろぼしかねない化け物の中の化け物。彼が言うように仮に魔法が使えないとしても、不死というだけで教会からねらわれる存在。ゲッツにとって彼を匿うことは教会、ひいては全市民に対して弱点をかかえているのと同義だ。兄の軍勢が帰ってきたら、兄にわけを話してとうばつしてしまおうとも考えていた。

 しかし兄は死に、軍勢を動かせるのは次期選定侯マクシミリアンと、その摂政アデーレだけになった。かのじよにこのことを知られたら、カエサルのついでに自分まで始末されかねない。つまりはカエサルを活用しようがしまいが、彼の存在がバレた時点でゲッツとギルドはお先真っ暗なのだ。であれば活用していたほうがまだマシと言えた。

「わかった、お前を信じる。監視はナシだ」

「感謝するよ、ゲッツ殿どの

 悪魔との契約だなこれは。ゲッツは自分のきようぐうのろった。どこでちがえたら、こんな地上とごくはざでリッチと契約しなければならないじようきようおちいるのだ。……一通り内心で毒づいてから、彼はカエサルにうた。

「で、実際この状況を打開するにはどうすれば良いと思う?」

「選定侯とその代理たる摂政の権限が強いとはいえ、配下のしよこうどもの意見をまるきり無視するわけにもいくまい? きようの意見を聞き、支持してくれる諸侯は居ないのかね」

「ブラウエブルク市きんりんの対モンスター治安おれたちが引き受けているからな、周辺の領主騎士や代官は動いてくれるかもしれん。だがノルデン選定侯領は広い、ブラウエブルク市周辺以外となると……」

「エサが必要か。まあこれは後々考えるとして、まずはばん固めだ。ブラウエブルク市参事会はどうだね? 流石さすがに選定侯妃もおひざもとさわがれては動きづらかろう」

「俺と参事会の仲は悪いが、冒険者ギルドの必要性は理解してると思う。実際市民兵に代わって血を流して治安を守ってるンだからな。ただこれもエサが必要だな」

「ふむ。では神官ども……ああ、この世界では教会か。教会はどうだね」

ひんみんを保護するのが至上命題と考えてるやつらだ、冒険者の必要性も理解しているはずだ」

「大変結構……で、貴卿の所感としてはどうだね。ここまで出た要素だけで、アデーレの心を変えられそうかね?」

「そうだったらお前に相談してねェ」

「であろうな。だが今言った要素には手を打っておくのだな、もろくとも地盤は必要だ。……問題はその地盤の上で何をするかだ。何かアデーレに弱みは無いのかね?」

「あいつは南方出身の……旧教徒だ。だから新教の『平民やヒト種ヒユーム以外の権利も認めるべし』ッつー教えにも否定的だし、教会からの支持はうすいな」

「ああ、新教は『ふるき神が地よりで、外なる神が天より降りた時、人にせんはあったのか』と考えるのだったな?」

だれから聞いた?」

しやべり好きは居るものだ、どこにでもな。ともあれ使ってやろうではないか、その教えを。新教側が戦争に勝った今、宗教的熱意は最高潮であろうよ」

「なるほどな。だがよ、逆に言えば旧教の教えは貴族の権利にやさしいンだ。いくらアデーレががんでも『旧教にくらえしろ』なんてバカなことは言わんだろうが、『新教に沿った改革を一時停止する』とほのめかすだけで、ヤツになびく貴族は少なく無いと思うぞ」

「貴族はな。だが平民はどうなのだね」

「平民は……ふんがいするだろうな」

「であればせんどうすべきだ」

「おいおい、そいつはやり過ぎだ。俺は冒険者ギルドの権利が守られりゃそれで良いんだ。平民まるごと煽動したら最悪、おさまりがつかなくなった平民と貴族とで内戦に──」

 カエサルはニヤリと笑い、口の前で手を台形に組み、熱を帯びた目でゲッツをえた。

「貴卿は内戦するがいも無しに、この話を持ちかけたのかね?」

「なッ──」

そつちよくに言おう。貴族勢力の意見を曲げるにはな、平民を巻きんで内戦するしかないのだよ。私はそうした」

 ゲッツの背中に寒いものが走った。こいつは。

「痛快だったよ。伝統を守ると言いながら貴族の利権にしがみつく共和派どもを、平民とともに踏みつぶすのはな。そうして奴らを始末したあと、終身独裁官の座に私が就いたのは、まあ必然の流れと言えよう」

「お前は」

「その結果、私は共和派残党に暗殺されたがな。今思えばめがあまかったし、けんきよさも足りなかったのだろう。この一ヶ月間、じっくりと反省したよ」

「お前は……!」

「だから次はくやってみせよう、もっとも主役は私ではなく──」

「俺に、クーデターを起こせッてのか!?」

しかり!」

 カエサルは立ち上がり、ゲッツの後ろに回りかたに手を置いた。そこからリッチのれいが走り、ゲッツのはだあわった。激しい雨が窓からき込み、遠くでいなずまが光る。

「やれ、ゲッツ殿。冒険者ギルドの権利を、貴卿の権利を守るにはそれしかないぞ」

「俺が……」

「味方を作るにはエサが必要なのだろう? 手に入るぞ、貴卿が立てば。奴らからうばえと、敵を指差すだけで良い」

 ゲッツはつばを飲んだ。カエサルがつむぐ言葉は、あまりにもかんで。

「俺が、選定侯になれば……」

「然り。エサを配分する権利は貴卿のものとなる。それが勝者の権利というものだ。手に入れろ、ゲッツ殿」

 あまりにも抗い難かった。生まれた順番がおそかった、ただそれだけでこの手からすべり落ちたものが、目の前にぶら下がっている。

「……とはいえ、いきなり選定侯になるのは諸侯やこうていだまっておるまい。まずはアデーレよろしく摂政あたりから始めよう……そのかいらいとなる次期選定侯閣下は今どこに居るのだ?」

「……城だ。葬儀と即位式が終わるまでは動かんだろうよ」

らしい。貴卿は神に愛されているのだろうな、ゲッツ殿。必要な道具がすべて、その手の届くはんに用意されているとは。では道具の振るい方を検討しようではないか……」

 ゲッツは、自分が匿った者が何なのか改めてにんしきした。魔法が使えなくともこいつは立派なモンスターだ。冒険者として討伐せねばならないはずの存在。……だがゲッツは今このしゆんかんから、冒険者であることをやめた。

 らいめいとどろく中、二人は深夜まで計画を詰めた。

ドラゴンノベルス5周年記念フェア

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