プロローグ 優しさとは呪いである


 優しさとは呪いである。不幸のすべては優しさからはじまる。

 他者へのほうむくわれることはなく、優しい人間ほど不幸になる。そうした不条理をおれは人生を通して学び、そして自分の人生を呪って死んでしまったのだ。

 前世での仕事はこう管理をしていた。いわゆる工事現場のかんとくである。生ぬるい現場ではなかった。言葉を選ばずに形容するならクソみたいな職場だった。

 毎朝6時50分にしようして工事現場へ向かう。監督である俺は職人さんたちに作業の段取りを指示し、トラブルがあれば対応する。そうして9時間ほど方々、現場をけずり回り、18時に職人さんたちを現場から帰らせる。そこから図面作製、翌日の作業の段取りかくにんをする。これをしないと翌日の作業がはじめられない。帰宅して時計が23時を示していたら幸運である。

 上司からは現場作業のえんられ、現場の職人さんたちからは上司のれんらくミスによる作業の不都合を怒鳴られる。ギスギスした現場でいたばさみ状態。毎日え続け、頭を下げ続ける。それが現場監督の仕事である。

 工事現場には想定外が日常はんだ。まだ進めちゃいけない工程を職人さんが進めてしまったり、そのせいでほかの工程がおくれたり、資材のはんにゆうが遅れたり。材料が届かないのは俺のせいじゃないのに、作業が進まないのは他人のミスなのに、みんなの不満を一身に浴びせられる。現場監督はそうしたやつかいごとのけ口なのだ。だんから職人さんたちに差し入れをしたり、ぜにわたしてコーヒーをおごってあげたりして関係を作っておく。そうやって普段から人間関係に気を使って、気を使って、気を使って……そうして、はじめて成立する仕事なのだ。

 つらいのはみんな同じなのだ。だからそういう時こそ、優しさでもっておたがいに助け合おう。俺は自分に暗示するように言い続け、そう思って、いつだって優しくしてきたんだ。

 ある時、こわれてしまった。7年目のことだ。ヒステリックになって職人とけんになった。

 それで死んだ。俺が死んだ。一方的に資材で殴られて、加害者は生き続け、俺だけが死んだんだ。笑いがでる。あつない幕切れ。終わりはいつしゆんだ。

 俺が気を使って、優しく接して身を粉にしたことには意味があるのだと、そう思ったから最後までがんった。他人のたのみを断れず、おこることができず、主張をせず、調和のなかに生き、ちつじよにいつだってこうけんして、良い人であり続け、善き市民であり続けた。これだけに生きて、不和を起こさず、問題も起こさずにやってるんだから、いつか報われる、いつかは必ず、俺のまんにも意味があたえられる。そう思っていたんだ。

 でも、俺の待ち望んだ『いつか』は永遠にやってこなかった。

 無意味。徒労。絶望。それが人生の結末と答え合わせだったんだ。

 真面目なほどに鹿を見る。くやしかった。悲しかった。だけど、俺は救われたと思った。ようやく苦しみから解放されたのだと、頭からどくどく血が流れるのを感じながら喜んだ。

 これでやっと終われると感謝すらした。……ご存じの通り、終わらなかったのだが。

 確実な死。頭を割られて、命の温かさが全部こぼれて、そうしてむかえたはずの暗黒と意識の終わりの先には、なんと続きがあったのである。

 意識がれ、次に俺の意識がつながった時、俺は別の世界にやってきていたのだ。

 そう。異世界転生。うわさに伝え聞く、現実をちようえつした事象に俺は出会ったのである。

 いかなる論理、いかなるせつ、いかなる宇宙法則が働いた?

 どんな諸神秘の作用がこの結末を用意した?

 異世界転生して1カ月がった今でも俺には理解できないでいる。とはいえ、悪いものであるはずがない。むしろ良い。ずっと良い。はるかに良い。なぜなら前世の知識と教訓を焼きつけた状態で、二度目の人生をはじめることができるのだから。強くてニューゲームというやつだ。

 俺にとって異世界転生は望外の幸福であった。こうかいばかりの前世だった。何度やり直したいと考えたことか。

 俺の親は昔から他人に優しくしろと言って、俺を厳しく育てた。俺は「優しさ」のらしさを唱え、親の言葉をじゆんすいに受け止め、それが正しいのだと思いこんでいた。

 実際はちがった。親は間違えていた。世の中のはんも違っていた。

 世界はもっとこんとんとしているのである。優しさはあつかいやすい人間を作り出すための呪いなのである。支配者が支配者へささやいたあまく、おそろしい呪いなのだ。

 優しい人間は素晴らしい。助け合いこそかんようだ。間違ってない。だが、間違ってる。

 優しければモテるはうそだし、優しい人間は他人にたくさんたよられるし、そのせいで勝手に仕事が増えるし、勝手にへいするし、精神はもうする。でも、外側からではだれもそのことに気づいてくれない。優しいからつらくてもいつも笑顔を崩さず、自分の仕事以外をまわされても断れない。

 優しい人間は扱いやすい。俺はどうしてあんなにおろかだったのだろうとなげきたくなる。

 だが、もう違う。俺は人生を通して学んだのだ。優しさは呪いだ。

 不幸のすべては優しさからはじまった──とな。

 かくして、学びを得た俺の第二の人生はスタートした。

ドラゴンノベルス5周年記念フェア

関連書籍

  • 俺だけが魔法使い族の異世界 御伽の英雄と囚われのエルフ

    俺だけが魔法使い族の異世界 御伽の英雄と囚われのエルフ

    ムサシノ・F・エナガ/azuタロウ

    BookWalkerで購入する
Close