俺がこの高校に入って、初めての夏がやってきた。「いつからが夏だ?」などという論争が毎年あったりするのだが、そんなことはどうでもいい。「暑ければ夏」それでいいじゃないか。
梅雨もすぎた快晴の空を見上げ、俺はとてもためになる教師の言説を聞き流し、授業のダルさを満喫していた。
ああ、退屈だ。素晴らしいまでに退屈だ。退屈こそが、至高の贅沢だと俺は思う。
ぐったりと机の上に倒れ込む。今は数学の授業中なのだが、そんなことは知ったこっちゃない。仕方ないだろ? 俺は日差しが嫌いなんだから。
窓際がこれほど嫌だと思うことはない。窓際の後ろから二番目と言えば、かなりの好ポジションだ。
全く、せっかくの退屈な時間に水を差……日を差しやがって。
夜間学校だったら、こんなには困らないだろう。暑さがどうとかじゃない。
日差しが嫌なんだよ。日差しが。
ここでうだうだ言っていても仕方がない。カーテンを発明した人間に感謝しよう。お肌にも悪いという日差しをカットするために、俺は椅子を傾け、後ろで寝ている男をシャーペンで突っついた。
「カーテン、閉めてくれね?」
その男は、すーすーと寝息を立てているだけで、全く起きる気配がない。そのまま永眠させてやろうか。食うぞ貴様。
いかん、頭がぼーっとしてきた。目を細めて、その忌まわしき日差しを睨み付ける。
おのれ、太陽の光さえなければ、怖いものなど何もないのに。
さて、起きていると脳みそがカキ氷のようにあっけなく溶けてしまいそうなので、さらりとぶっちゃけます。
俺、ゾンビっす。
あ、あと、魔装少女っす。
はい。一世一代のカミングアウトでした。よし、寝るぞ。寝させて下さい。
──あと、誰かカーテンを。
十九時十二分ぐらいだったと記憶している。
その日も俺は、学校で太陽が去り行くまでのんびりと過ごし、夜を待って校門を出た。なんで夜まで待ったのかと疑問に思われるかもしれないが、仕方ないだろ? 日差しの中を歩こうものなら、すぐさま地面に倒れてしまうだろう。
こう見えてゾンビなんだぞ? 俺は。
学校から家までは、歩いて五分の場所にある。もちろんこんな時間に一緒に帰る好き者もおらず、一人で寂しく帰宅だ。
五分で帰れるはずだが、その日は寄り道をして帰る気分だった。
俺の家の近くに墓場がある。かなり大きな墓場で、ごくありふれたゾンビである俺は、当然その場所が大好きなんだ。
六月下旬の暑い気温に逆らおうとしているのか、ここに吹く風は涼しいものだ。星の見えない暗い空には、月明かりだけが輝いている。
シャリシャリと気持ちのいい足音を鳴らして中ほどまで進み、俺は不謹慎にも墓石の上に腰を下ろした。この石の冷たさが堪らなく気持ちいい。
月見気分で、買ってきたばかりのおにぎりを頰張る。至福の瞬間だ。ゾンビとなってからは、やけに腹が減るようになった。
寂しく見えるかもしれないが、一人でいられるってのは平和である証拠だと思う。
一人でのんびりと無駄な時間を使う。これこそが、俺にとって理想の人生だ。
まあ、そんな至福のとき。
テンションが上がっていたのだと思う。俺は、飲み干した緑茶のペットボトルを思いっきり空へ放り投げた。ペットボトルは粉粒に見えるほど天高く上っていく。
いつ落ちてくるのかを楽しみに夜空を見上げていると、何か別のものがキラリと光る。
鳥? いやいや、それにしてはでかい。しかも二つだ。どう見てもペットボトルには見えなかった。
俺はその場から逃げ出した。といっても、慌てることと急ぐことは違う。冷静に軌道を見極め、安全地帯を割り出し、そこに移動する。
ドゴーン! と大げさなくらいの音がして、先ほどまでいた場所に穴が開きました。
砂利だらけの地面を盛大に巻き上げ、砂塵と小石が墓石に降り注ぐ。なるほど、これが土砂降りという奴か。
俺は、二度とポイ捨てをしないことを神に誓いつつ、よせばいいのに、出来たばかりのクレーターへ戻って来た。だって気になるだろう普通。ゾンビだから、とか関係なくさ。
「いたたたたたたた~」
同人誌即売会ぐらいでしかお目にかかれないコスプレをした女の子が腰を押さえていた。身長は目測で百四十五と言ったところか。
その少女の下では、学ランを着たツキノワグマがぐったりとしている。ついでに、俺の立っている横には、なぜかチェーンソウが置いてあった。
そのチェーンソウを手に取ると、思ったよりも断然軽い。俺がゾンビだから軽いと感じるのかもしれないが。──って、そんなことよりも。
「おーい」と、腰を押さえている少女に声を掛けてみた。栗のような色をした、触り心地の良さそうな肩までの髪を振り乱し、少女はこっちを睨み付けてくる。
猫のようにとても大きくて印象的な瞳だった。その愛らしい眼を慈しむように見つめていたいと思った訳だが、どうしても目線はその上へいってしまう。
なぜなら、頭のてっぺんからピョコンと伸びる髪の毛は、俗に『アホ毛』と呼ばれる絶品の代物だからだ。
「大丈夫か?」
「あ──っ!」
口を大きく開けた少女が、何やら俺の方を指差している。何を見つけたんだ? もしかして、俺がゾンビだってバレたのか?
「あたしの魔装錬器! 返せっ! 早く! 急げ! すぐさま刹那の内に早々に早々と即行で瞬く間に束の間に瞬時に一瞬でたちまち今すぐさっさとすぐさま返せっ!」
ずしずしと力強く砂利の地面を踏みながら、どんどん近づいてくる。
「待て。待て待て。魔装錬器ってなんだ?」
すごい剣幕で砂利の地面を踏みしめるたびにてっぺんの『アホ毛』が揺れる。それにしてもなんて格好だ。その見るからに恥ずかしいコスプレ衣装が、すーっと消えていき、見る見る白い肌が露わ……は、裸っ?
「あんたが持ってるそれだ! それがないとあたし、攻撃魔法が使えないんだからな!」
彼女は、自分の服が消えてしまっていることにも気づかないほど怒っているようだ。
それにしても、なんとも小ぶりで可愛い乳だろう。最高っす。母さん俺、今生きていることを実感したよ。……死んでるけど。
「これか?」
手に持っているチェーンソウを差し出すと、それを奪い取ろうとする。
少女がチェーンソウに触れるとバチっと静電気のような火花を放ち、その白い手はチェーンソウに触れなかった。
「痛っ! なんで!」
何度も何度もチャレンジするが、俺が持つチェーンソウに触れない。火花が飛び散るだけだった。強引につかみ取ろうとすると、すごい電撃に変わる。
「そんなことより、着替えとかないのか?」
「ほえ?」
俺の言葉を頭の中で反復しているのだろうか。二秒ほどの間を置いたあと、頰や耳どころか顔全体、そして全身が赤く染まっていく。
「こっち見んなっ! こんの変態っ! エロスペシャルがっ!」
「エロスペシャルて……ウォーズマンの必殺技みたいに言うなよ」
「うっさいっ!」
問答無用で俺の顔面を思いっきり足蹴にすると、近くの墓石の陰に隠れてしまった。
そんな少女の下にいこうかと脳内で模索している暇は、俺には与えられなかった。
三メートルを超える大きさの学ランを着たクマがぐっと両膝を曲げ、砂利を巻き上げながら跳び上がったんだ。あの少女と共に落ちてきたもう一つの物体だ。そりゃあゾンビでもビビるだろう? いきなりだからな。
空高く舞い上がったクマが俺に飛び蹴りをかますまで、わずか一秒もなかったと記憶している。見事な早業であった。
感心している場合ではない。頰を肉球のついた足で思いっきり蹴り飛ばされ、墓石に頭をぶつけた。
──いやはや、ゾンビで良かった。痛みも全くないね。たとえどっかの角に足の小指を強打しようが痛くない体なんだ。何せ、死んでるんだから。
起き上がり、クマと対峙する。チェーンソウは今の一撃で手から離してしまい、近くに落ちていた。それを裸の少女が恐る恐る触ろうとすると、やっぱりバチっと火花が飛び、拒絶された。
「一つだけ聞くが、このクマは何だ?」
そんな少女を横目で見ていた俺は、クマに目を戻す。クマはどこで覚えたのか、中国拳法のような構えをとっていた。
「そいつは凶悪女子高生クマッチだ! 早く逃げろっ! じゃないと、あんたなんかすぐに殺されちゃうんだからなっ!」
驚きの事実。なんとこのクマは女子高生……なのか? 学ラン着てるんだけど。……まあ、学生ではあるか。そこは七百歩ほど譲るとして、
「凶悪そうには見えんが?」
目の前にいるクマは、ぬいぐるみのそれと同じく、つぶらな瞳をしている。毛並みも綺麗だし、可愛いぞ? 動かなかったら、高級なぬいぐるみと変わらないぐらいに。
「ばか! ほんとばか! あんた相手の力量も測れないのか? これだから、この世界の人間は!」
少女は「全く」と呆れた声で続けていた。お前は俺の力量を測れてねえよ。
強そうには見えないぬいぐるみのような可愛らしい顔をしたクマが口を開く。そして、牙を剝き出し月に向かって吠えた。──野獣の叫び。
大気を震わせるその咆哮に、俺も少女もビクリと体を強張らせた。クマの口からは障気のような紫色の吐息が煙のように揚がっている。可愛いなんて言葉は失礼だったな。
俺は拳を軽く握り、目を細めた。
クマは大きく息を吸いながら腰を落とし、先ほどと同じく紫色の障気を一息で吐き出すと共に大地を蹴り、高速で距離を詰めてきた。
裏拳。それを俺は裏拳で受ける。ずっしりと体重を乗せた素晴らしい一撃だ。続いて回し蹴り、下段からだんだん上がってくる三段蹴り、肩からぶつかるような体当たり。を流れるように繰り出す。──かわせねえよ、そんなの。無理無理。
あっけなく吹き飛ばされた俺は、少女が隠れていた墓石に当たり、墓石が粉々になる。
「うわあ!」と声を上げたのは少女だ。俺に痛みはないからな。
「なんであたしんとこにくるんだ! うっ! 見るなって言ってるだろっ! このエロロ軍曹っ! 死んじゃえっ!」
赤く染まった顔をさらに赤くしてぽかぽかと殴ってくる。こういう態度は新鮮だ。
「学ランでいいか?」
「知るかっ! は? 何言ってんの?」
小首を傾げている。丸い大きな目が二回ほど瞬いた。
「お前の着替え」
それだけ言うと、俺は体を起こし、砂利だらけの地面を蹴った。
俺は首めがけて手を伸ばす。交差する瞬間、体毛に覆われた肉球付きの手が俺の手に巻き付く。
と次の瞬間、足を払われ砂利に背中を打ちつけていた。
このクマは指もないのに投げ技を使うんだな。ついでに、倒れ込むようにして俺の顔面へ肘打ち。これがまたすごい威力で、鉄球でもぶつけられたような、すごい音がした。地面に頭の形をした穴が空くんじゃないかって思ったね。
拳を打ちつけてやろうとしたら、瞬時に飛び退いて、またどこぞやの中国拳法のように手を水平に伸ばす構えで俺を待つ。
俺はゆっくりと立ち上がって砂利を払い、再度拳を構える。
「わかっただろっ! あんたなんかにメガロは倒せない! 早く逃げろよなっ!」
墓石の陰から野次が飛ぶ。──まあ、黙って見とけ。
墓場を見守るようにそびえる巨大な一本の木が風に揺れ、ざわざわと空気を震わせている。俺にはそれが、歓声のように聞こえた。
もう一度、俺は距離を詰める。真正面から、顔面を鷲づかみにしてやるつもりだ。
再びゾンビの腕にクマの手が絡みつく。だが、今度は止まらない。逆に学ランの袖を摑んで引き寄せ、もう一方の手で、巨大な鼻をつかむ。
月夜に咆哮するクマの頭を両手で持ち、首を回す。ゴキャっという効果音がよく似合うだろう。クマの首は涎を夜空に飛ばしながら、数回転して止まる。そのあと、その三メートルほどの大きな体は、ズシンと音を立てて倒れ込んだ。
人間は力を一○○%使えないっていう話を聞いたことがないだろうか?
一○○%の力を出してしまうと体が耐えられなくなるので、脳が勝手に力をセーブするんだと。ほんとの危機が迫ったときに、たまにその力を使うことがあるらしい。火事場のなんとかだ。
で、俺だが、体が耐えられたりする。勝手に力をセーブして欲しいくらいだ。一○○%どころか一二○くらい出せるぜ? てか、出てるぜ? もっと出せるぜ?
だって俺、ゾンビですから。
筋肉が悲鳴を上げようが、痛みなんか感じない。しかもかなり頑丈な体になっている上に、すぐに治っちまう。まあ、力を出しすぎると反動で腕とかが吹き飛んでしまうが。
とか言っている間に凶悪女子高生とやらの巨大な学ランを脱がすことに成功し、それを少女に手渡した。
少女はその大きな黒い服を奪うように取ると、
「こっち見るなっ!」
憤怒の表情で一言言い放ち、俺はそれに従った。くるりと振り返り、もぞもぞと着替えの音を聞きながら、
「で、あのクマは何なんだ?」
「さっき言ったじゃんかっ! 凶悪悪魔男爵クマッチだっ!」
かわっとるがな。
「それにしても、B級メガロのクマッチを一撃で倒すなんて──」
「一撃も何も、普通首が一回転したら死ぬだろ? あれで死なない奴は、今のところ一人しか知らないね」
もちろん、それは俺自身だ。と心の中で付け加える。
着替えが終わったようで、シャツがついついっと引っ張られた。
振り向くとそこには、袖を何回も折りたたみ、地面を引きずるほどブカブカの学ランに身を包んだ美少女が立っていた。
大きな目は睨み付けるような感じで、口もむすっとしている。あと、アホ毛は何かの電波でも受信しているのか、やけにピコピコと揺れていた。
「あたしの魔装錬器、取って」
すぐ側にあるのだが、恐らくまだ触れないのだろう。指示に従い拾ってやる。俺が触っても電撃はなかった。
「全く。なんでこのあたしが、こいつに拒絶されなきゃなんない訳?」
と、俺に聞かれても「さあ?」と首を捻るしかないだろ。
「よし、……ちょっとあんたん家連れてけ。電話しなきゃ」
「電話? 電話なら……ここにあるぞ?」
ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。さっき墓石に思いっきりぶつかったが、どうやら壊れていないようだ。
「何よその魔道具……」
黒い携帯電話を前に、一歩あとずさり、体を抱くような仕草を見せた。携帯電話を知らないらしい。突き出すように前に出すと、避けるような動きを見せる。ちょっと面白い。
「ただの電話なんだがな」
「ほんとにか? あたしを騙したら、そこのクマッチみたくなるからな」
倒れているクマを指差す。クマはキラキラと白い粒子のようなものに変わり、風に乗って粉々になりながら消えていった。──こうはなりたくないね。
俺は「わかったわかった」と軽くあしらい、電話の使い方を説明すると、「ふんふん」と意外にも素直に頷いて聞いてくれた。
そして使い方がわかるや否や、百人一首の名人のような機敏さで電話を奪い、どこかに掛ける。
プップップップップ……プルルルル、プルルルル、プ──
「あ、大先生ですか? あたしです。リフレイン年ライジング組のハルナです!」
どうやら繫がったようだ。
さっき「この世界の人間は」などと言っていたため、相手は恐らく別世界。電波って、世界を超えるんだな。それにしても『リフレイン年ライジング組』はそこはかとなく語呂が悪い。
「え? あ、まだ見つかってません……すみません。それよりですね。実はミストルティンがあたしを拒絶するんです」
どうやら、あのチェーンソウはミストルティンという大層な名前が付いているようだ。
「え、はい。こう、ばちばちっと。あ、はい。魔力枯渇ですか。なるほど──まさか! こんな世界の人間がそんな魔力持っている訳ないじゃないですか!」
お? 何やら驚いている。そこらをウロウロとうろつきながらアゴに手をやり、考えている様子だ。
「なるほど。確かに、それしかないですね。わかりました。とりあえずこの世界で出来ることを先にやります。帰る手段は、また──はい。すみません。お忙しいところを──はい。ではまた」
といった感じに話は進んだようで、まあ、よくわからんのだが、終わったのならケイタイを返せ。手を差し出すと、ばしっと乱暴に携帯電話を手渡された。
「あんた、あたしの魔力奪っただろ」
じっと上目遣いで見つめられる。なぜ俺は睨み付けられているんだろう。
「なんのことだかさっぱりだ。残念だが」
「あんた何者? この天才美少女悪魔男爵ハルナちゃんの魔力を根こそぎ持っていくなんて、ありえないくらいの魔力がないと出来ないって大先生が言ってた!」
お前も悪魔男爵なのかよ。この子はよっぽど悪魔男爵が好きなんだな。
魔力がどうとかは俺にはわからん。だが、それに詳しい人物を一人知っている。そいつは恐らく今、俺の家でのんびりとお笑い番組でも見ているだろう。
さて、どうする? 俺がゾンビだなんてことを知ってるのは、俺と俺をゾンビにした奴だけだ。ま、この『天才美少女悪魔男爵ハルナちゃん』になら、言ってもいいかもしれないね。
「さっさと言え! あんた何者? まさか、この世界の魔法使い! あ、あたしを滅多刺しにするつもりだな!」
お前の中の魔法使いは、どんだけ残虐なんだよ。
「俺は、ゾンビだ」
「ほえ?」
「ただの生きる屍。死人だ」
「不死者! 不死悪魔だん「悪魔男爵ではない。間違いなく」」
途中から台詞を被せた。何でもかんでも悪魔男爵にするな。
「そう。……なるほど。死人なら剣で刺されても──」
なぜそんなに剣で刺したがるのだろうか。ん? 待てよ。こいつ、もしかして俺が刺殺されたことを知ってるのか?
最近、この町で連続猟奇殺人事件が起きているんだ。俺もそれに巻き込まれて死んでしまい、まあ、今こうやってゾンビをしている訳だが、俺はその犯人に剣で刺し殺されたんだ。事件のことを知っていたとしても、凶器が剣だとわかるだろうか?
もしや俺を殺したのはこいつでは……ないか。態度がおかしすぎる。
こいつは一体、何をどこまで知ってるんだ。
「おい、お前殺人事件と関係があるのか?」
「──あんた、責任とって貰うからなっ!」
パーフェクトにスルーされた。まあ、いいや。あとで聞こう。
「責任、とは?」
「あたしの任務は、この腐った世界でアーティファクトを探し出すこと。それと、魔装少女としてこの世界に現れるメガロを倒すこと」
「あー、『魔法少女』ねー。そうじゃないかと思ってたんだ」
「はあっ? あたしは『魔装少女』だ! そんな陳腐なもんと一緒にすんな!」
「違いがわからん。で、メガロってのは、あのクマのことだな?」
「そう。さっきの恐ろしい奴だ」
「なんであんなのと戦ってるんだ?」
ゾンビでも骨が折れる相手だ。こんなクソ生意気な美少女じゃあ命にかかわるだろ。
「メガロってのはね、あたしの世界を壊そうとする害虫だ。一匹残らず駆逐しないと、あたしら魔装少女に未来はない。つまり、あたしは戦士な訳。すごいっしょ!」
「なるほど、天敵って奴だな。お前の世界を壊したいんなら、なんでわざわざこんな世界に現れるんだ?」
「じゃあ聞くけど、あんたは自分の家で戦争がしたいのか?」
だからって他人の家の庭でやるなよ。まあ、人間にとっても脅威なモンスターを倒してくれるなら、ありがたいけど。
「とにかく、あたしは戦えなくなったから、あんたがやれ!」
「は?」
「あんたは今、現時点をもって魔装少女だっ! 光栄だろっ!」
びしっと細い人差し指をさされた。これは決定事項なのだろうか?
「待て待て。その、まほ、魔装少女──だっけ? 俺は少女どころか男だぞ? やめたほうがいいって」
「知るかっ! やれって言ってるだろっ!」
えー、聞く耳は無しかよ。今『親の顔が見てみたい』という言葉を思い出した。
「考え直せって。重要なことなんだろ? そんな簡単に──」
「その間……超スーパー究極ウルトラ不本意だけど、あんたん家に居させて貰うからな」
悔しそうな表情で、視線を逸らしながら呟く。
──勘弁してくれ。こんな騒がしいのが家に来たら俺の孤独で退屈な日々はどうなる? 考えただけで恐ろしい。
「……あんた、名前は?」
「歩だ。相川、歩……ていうか、やっぱり、もう少し考えて──」
「……アユム。そう、アユムだな」
聞く耳がないにも程があるだろ。『馬の耳に念仏』って言葉を作った奴の気持ちがわかった気がする。「来んな」と言っても、都合の悪い言葉は耳に届かないんだろうな。
そもそも、今回は俺のせい……?
──まあ、いい。俺のせいなんだから、泊めてやるくらいはしてやらないとな。そうだ。人生、諦めこそが肝心。そう割り切ろう。
「わかった。その……魔装少女とやらは、やってやる」
俺の譲歩を待っていたのだろう。ピョコンとアホ毛を弾ませ、したり顔で頷いた。
「そうと決まれば、早速魔装少女になる練習だ!」
拳を天に突き上げ、小躍りしそうなステップで歩み出す小さな女の子の姿に、俺は頭を抱えた。
「ただし、一つ条件がある」
「何? 変なことなら、蹴るからな」
「俺のことはお兄ちゃんと呼んでくれ」
いやはや、思いっきり蹴られた。ミルコ・クロコップばりのハイキックだったよ。
とまあ、こういう訳で、どうにも魔装少女とやらにされてしまった。
男なのにな。ていうか、
ゾンビなんだけど?