「誰とも契約していない特異者が見つかったですって」
リサラ・レストールは、ガラス張りの一脚テーブルに音もなくティーカップを置いた。それから顔をゆっくりと上げると、正面に座っている小柄な少女を見つめて言い放つ。
「冗談でしょう」
「あら、これって人間界のルイボス茶ですわね。ふふ、美味しいわ」
何処吹く風で、少女はお茶を口にする。
「キュール、私は真面目に話をしているつもりなんだけど」
リサラが鋭く見据えるが、当の本人は悪びれることなく微笑む。
「あら、ごめんなさい。あんまり美味しいお茶だったんですもの、つい」
キュールと呼ばれた小柄な少女は、咲き誇る花のように微笑んだ。死神界の名門中の名門であるレストール家の縁戚で、これまた名門のゼリア家のお嬢様らしく、手の込んだ刺繍があしらわれたドレスを嫌みなく着こなし、まるでお人形のように可愛らしい。
レストール家の跡取りであるリサラにとって、キュールは年下の従姉妹だが、それ以上に可愛い妹のような存在だ。おかげでリサラの視線もすぐに緩んで苦笑に変わってしまう。
「でもね、レストール中枢が把握していない特異者なんて、本当とは思えないんだけど」
「本当かどうかなんて分かりませんわ。だってキュールは、まだ死神の資格を取っていないんですもの。ただ、お父様達の会話を聞いてしまっただけですわ」
ウェーブの掛かった栗色の前髪を指先でいじり、キュールはちょっと拗ねてみせた。
「だから、お姉様の方がキュールより詳しいと思いましたの。だってお姉様は、一級死神試験次席卒業なんですもの」
「そんなの関係ないわよ。私だって人間界にはまだ派遣されてないんだし」
「お姉様は仕方ありませんわ。そこらの凡人ではなく、レストール家の跡取りに相応しい、しっかりとした人間と契約を結ぶ必要がありますもの」
「なるほど。それで相応しい相手として、私に特異者の噂を持ってきたわけね」
リサラは、軽く苦笑してティーカップに唇をつけた。
「ありがとうキュール。ゼリアの家とは昔は色々あったけど、貴方の友情は嬉しいわ」
「いやですわ、友情なんて。リサラお姉様のこと、キュールは本当のお姉様みたいに思ってますのよ?」
「ふふ、それは私も同じよキュール」
その言葉にキュールが嬉しいと声を弾ませる。そんな妹のようなキュールを見つつ、リサラは頬杖を突いた。
「ゼリア家か……確かにゼリアの叔父様なら情報を知り得る立場ね。出来るものなら絶対に契約したいところだけど。でもその話、私に来るかどうか」
「あら、レストール家次期当主たるお姉様以外に、どこの誰が担当するんですか」
「キュール、貴方は知らないのでしょうけど、私の立場はそれほど確かなものじゃないわ。次期当主なんて言われたって、まだ確定した話じゃないし。それに反対者も多いのよ」
「そうなんですか……」
キュールはうつむき、スプーンでゆっくりとルイボス茶をかき回した。リサラからは見えないが、きっとその愛らしい顔に悲しみを浮かべてしまっているのだろう。
「そう気にしなくていいわよ、キュール。ちょっとやそっとの妨害、このリサラ・レストールが弾き返してみせるんだから。だから心配しないで、ねっ」
「リサラお姉様……あっ」
スプーンを行儀悪くティーカップに入れたまま、キュールが嬉しそうに顔を上げた。
「抜け駆けしてしまいましょう、お姉様!」