クイズです♪ クイズです♪
ギリシャ神話のヘラクレスは十二の難行を
果たしたことで有名ですが、ではそもそも
なぜ難行への挑戦を決めたのでしょうか?
A☆子供を亡くしたから。
B☆嫌われ者だったから。
C☆神様を恨んでたから。
Ⅰ
「さ──ぁ♪ 答えはどれだと思いますかしら♪ 乙さん、雛さん?」
少女Aの呼びかけ──通りに面したカフェ。
同席=少女B+C──反応なし。
「はー……超良い天気。超ばっくれてー」
少女B=乙──鮮烈な蒼い眼/鋭角的ツインテール/すらりとした脚/青いスカート/ニーソックス/エナメル靴。行儀悪く足を組み、春の青空を仰ぐ〝理由無き反抗〟態勢。
その可憐な唇に、棒付き球体菓子=ロリポップをワイルドにくわえ、ガリガリ齧る。
「…………」
少女C=雛──淡い琥珀の目/金色のショートヘア/黄のリボンタイ/細い脚/芥子色のスカート/ストッキング/エナメル靴。小さな肩をすくめて自己閉鎖中──ヘッドホン&腰に旧式アイポッド=リヒャルト・シュトラウス作曲『悪ふざけ野郎』=大音量。
《あ・な・た・た・ち》
少女A=地声から無線通信へ──半眼/手が腰に。
ゴトリと音を立て、九ミリ拳銃がテーブル上に出現。
《脳ミソぶちまけたいですかしら?》
「Bっす」「Cです」
乙+雛──即答/宙を漂っていた目が回れ右して少女Aへ。
「よろしい」
少女Aの微笑=優しげ/拳銃は魔法のように一瞬で腰ポシェットに収納。
「……なんか鳳のやつマジでスイッチ入れてね?」乙──呆れ顔/雛にひそひそと。
「警察呼んだ方が良いかもぉ」雛──真顔/ヘッドホンを外さず読唇術で会話。
「お二人とも。今日は特別な日なのですわ。しゃんとなさい」
少女A=鳳──気品に満ちた深紫の瞳=左目にザックリ走った海賊傷。
艶めくロングヘア×ウェーブ/ふんわり袖のシャツ/紫のリボンベルト/紫のピンストライプのタイ/長い脚/上品なタイツ/黒靴=全て小隊の制服。
「お待たせいたしました」
若いウェイター──運んできた飲み物をテーブルへ。
鳳=アールグレイ。「タバスコを頂けますかしら?」
乙=ホットココア。「オレ、砂糖足んない。砂糖もっとちょーだい」
雛=レモンソーダ。「ボク、レモン欲しい。十個くらい欲しい」
気圧されて応じるウェイター=各調味料を運搬──三人の手が素早く伸びる。
「ちょっと乙さんたら、入れすぎですわ」
鳳──紅茶に降り注がれるタバスコ。
「鳳にだきゃぁ言われたくねーっす」
乙──シュガースティック6g×8=同時投入。
「……………」
雛──ミニカップ入りレモン汁×12を開封/投入/開封/投入。
たじろぐウェイターを完全無視──傍若無人にカップを持つ三人。
鳳=極辛党。赤い油が浮いた凶悪な液体を上品に一口/可憐に微笑。
「ああ、体が温まりますこと」
乙=極甘党。ココア:砂糖=ほぼ1:1/ゲル化現象/生コンクリートそっくり。ロリポップをくわえたまま、ココア味のするドロドロの砂糖をシャーベットのように摂取。
雛=酸味党。几帳面に唇中央にくわえたストロー/歯が溶けて無くなってしまいそうな炭酸風味のレモン汁を、吸入/嚥下/吸入/嚥下=無表情──忘我の境地。
「うぷっ」よろめくウェイター──退散。
「てか、クイズの答えはどれよ?」
乙──ロリポップを齧りながら。
「あら、気になりますの?」
鳳──やたらと嬉しそうな顔。
「気にしないもん」雛──レモン汁の空容器でピラミッド建設完了。「だってCだから」
「そ・れ・は♪」
ぱちりとケースの蓋を閉める鳳。
《妖精たちへ》
ふいに副官からの声なき無線通信。
三人の顎骨に移植された通信器=誰にも聞こえない電子のささやき。
《第二態勢へ移行。先取攻勢による要撃準備!》
《了解、ニナさん。ただちに要撃準備を整えますわ》
鳳の応答──起立/二人を見る/浮き浮きと。
「と・いうわけで♪ お仕事が終わりましたら、お教えいたしますわね♪」
「だりー」「Cだもん」
乙+雛──起立。
「さ、お二人とも、いらっしゃい。あたくしが、おまじないをして差し上げますわ」
ミリオポリス第二十三区──通りを挟んだカフェの向かい。
真新しい教会=アウグスティヌス派参事会──その一階、司祭室。
「無理な相談だ、ニナ」
初老の男──司祭服/見事な白髪/灰色の目/深い皺/厳冬に佇つ老オークの樹の風情=揺るぎなく/動じない。
「知っての通り、この街には十八の宗教、四十二の宗派が混在している。互いの無理解が争いを呼ばぬよう、代表者を招き、会合を開く。それを我がカトリック教会が主催するときに限って中止するわけにはいかない」
「平和的な対話それ自体を憎む者がいるのも事実です、トマス・バロウ神父様。そうした者たちがカトリック教会の主催日を狙って襲撃を計画した情報があるということも」
女──純白のスーツ/短い黒髪/漆黒の眸=酷寒の夜のように硬質/冴え冴えとした肌/凜とした美貌──トルコ系。
「会合の全員が見えぬ恐怖と戦っている。退けない理由を数えればきりがない」
「しかし敵が赦す理由にはなりません。特に、かつて兵器開発局の技術顧問だった、あなたを赦す理由には……バロウ神父様」
「私は一介の神父に過ぎないよ、ニナ。心配せずとも警察が二十人規模で警備にあたってくれている。それとも君の狙いは、私にMSSの出動を要請させることかね?」
「そのような事態に陥らぬよう、ここの警官が本来の役目を全うすることを祈ります」
「皮肉はよしたまえ。君も彼らも治安を守る者同士だ」
バロウ神父──窓辺へ/向かいのカフェを見る──溜め息。
「彼女たちを配置するとは……。君の上官であるヘルガは危機を好機に変える名人だ」
ニナ──無言/氷像のように直立不動。
バロウ神父は戸口へ──呼び鈴。「冬真」
黒い学童服の少年が入ってくる──柔らかな金髪/白い頰/碧い睛/まだ立ち上がったばかりの子鹿の風情。
「お呼びでしょうか?」
「あのカフェにいる三人のお嬢さん方と、こちらのニナを、客間に招いて、カフェを振る舞って欲しい」
「はい、神父様」少年の退出──小走り。
ニナが一歩前へ──氷のように凜として。
「我々MSSの情報が信じられませんか?」
「いいや。君たちは情報のエキスパートだ。そして私はこの会合を、君たち公安局の政治的踏み台にさせるわけにはいかない。重要な情報は警察に。私は会合に出ねばならない」
「私も同席させて頂けますか?」
「それは困る。みな君に心を奪われ、誰も私の話を聞かなくなってしまうからね」
バロウ神父の微笑──やんわりと。
無表情のニナ──冷たい剣のように美しい面立ち。
「冬真の淹れるカフェは美味い。君も味わってから帰るといい」
廊下を歩み去るバロウ神父──物腰柔らか/態度は大らか/それでいて説得に倒れない根深い何か。
見送るニナ──黒ダイヤのような眸=硬質な意志──その手に携帯電話。
「この国の宗教者は、もはや政治家以上に政治的です……神父様」
低い呟きとともに電話の緊急回線をオンに──指令=切るような鋭さ。
「妖精たちへ。第二態勢へ移行。先取攻勢による要撃準備!」
「いない」少年──冬真=困った顔。
通りの向こうのカフェ──無人のテーブル。
ゴミの山=空のタバスコ瓶・砂糖袋・レモン汁の容器──入れ違い。
「どういうお客様なんだろう」
首を傾げながら教会へ戻る──玄関の横手に三人の警官たち。
大声で談笑──全員の手に煙草。
そちらへ歩み寄る冬真。
「ここは禁煙です。喫煙所以外でのお煙草はお控え下さい」
警官たちの沈黙──にわかに爆笑。
「そいつはどこの宗教用語ですかね、教会のお使いさんよ」「聞いた感じじゃ日本語のようだぜ」「オーストリア流のドイツ語じゃないのは確かだな」
たじろぐ冬真──かっと頰が紅潮する/なけなしの怒りを込めて。
「宗派によっては喫煙を禁じている方もおりますので」
「宗旨替えするよう言ってやんな」
警官の一人が冬真に顔を近づけ、いきなり煙を吹きかけた。
目・鼻に強烈な刺激──驚きと屈辱に思わず後ずさる。
「な、何をするんですか……!」
さらに迫ってくる警官──据わった目/睥睨/ドスの利いた尋問口調──暴力の風圧。
「おい、お前らが誰に守ってもらってるか言ってみろ」
冬真──絶句/立ちすくむ。
「俺たちだ。ここは俺たちの管轄だ。坊さんの見習いになめた説教をされる筋合いがどこにあるってんだ?」
「一本めぐんでやるから帰んな、稚児さん」
別の警官が火のついた吸い殻を指で弾く──冬真の胸元に当たって火花が舞った。
慌てて顔を背けた途端、容赦のない笑い声が起こった。
棍棒のように心を叩き折る響き──落ちた吸い殻を見つめたまま動けなくなる冬真。
ふいに小さな黒靴が現れ、吸い殻を踏んで火を消した。
「下品で醜悪な臭いですこと」
笑いが急停止──反射的に目を上げる冬真。
腕を組んで立つ、一人の少女。
深紫の瞳──左目の海賊傷=異様な迫力──微笑み=芯から上品に。
「ダイオキシンなど二百種類以上の有害物質をふくむ煙草の煙は、喫煙しない第三者に最も強く被害を及ぼします。すなわち副流煙による受動喫煙」
ぽかんとなる冬真+警官たち。
少女が続ける──完璧なオーストリア流ドイツ語発音。
「煙草はあらゆる癌、肺気腫、気管支炎、ぜんそく、胃潰瘍、心筋梗塞、脳卒中、脳出血、糖尿病、口臭、難産、カリエスなど多くの病疫をもたらし、また七百度にもなるその火は全世界の火事の原因のトップ。万一この文化施設で火災を起こせば、被害額はあなたの一生が十回あっても足りませんわ」
一拍の間──少女が警官たちを見渡す。
「ドイツ語は通じますかしら。薄汚い警察用語を使わなければなりませんの?」
冬真に迫っていた警官──怒気を込めて少女に近づく。
「それくらいにしておきな」
半歩下がる少女──鼻に手を当てながら。
「なんて口臭。もう少し離れて下さいませんこと?」
目を剝く警官──意に介さぬ少女=冬真へ微笑みかける。
「あなた、もしかしてカフェで、あたくしたちを探していらっしゃった?」
「あの、僕……」
返答につまる冬真──身を乗り出す警官。
「このガキ──」
そのとき、けたたましい音が二人の声を搔き消した。
車のブレーキ音──タイヤの擦過音=複数。
ふいに少女の身が沈んだ。
翻るスカート──長い脚が突風のように警官の膝を蹴った。
ものの見事に転倒する警官──ぎょっとなる冬真。
通りに急停止した三台のバン=その窓から突き出される、幾つもの自動小銃。
閃光/轟音──立て続け。
弾丸の飛来──警官の上半身があった空間──教会の壁に、横殴りの弾痕×6。
粉塵/火花/鉄が焦げる猛烈な異臭──辺りが明るむ/目がくらむ/空気が震える。
ほんの一瞬の間に、世界の全てが塗り替えられる。
「なにが──」
起こったか分からぬ冬真の胸ぐらを、少女の手がつかんだ。
そのまま引き倒される──信じがたい握力・腕力。
すぐそばを空気を裂いて何かが通り過ぎる──恐怖が後から来る。
少女とともに教会の玄関へ滑り込まされる──機敏な退避。
「あっ……」
吸い殻を放った警官──呆然──被弾=胸・腹・脚。
血煙が舞い、衣服が弾丸の熱で燃え、声もなく倒れた。
「こちらへ、早く!」
少女の叫び──もう一人の警官が玄関へ転がり込む。
少女に蹴られた警官が必死に地面を這う──絶叫/金切り声。
「テ、テ、テロだぁ──っ!」
Ⅱ
ミリオポリス第二十二区──未来的建築物の群〈UNO-CITY〉=国連都市。
その中核たる国連ビル──十階フロア。
パーティ──二千五年にノーベル平和賞を受賞した国際原子力機関の懇親会。
二千十六年現在の主眼。「核の平和利用、核兵器の拡散阻止、石油使用と二酸化炭素増加=ハリケーン発生=全地球規模の災害」
どれも石油輸出国機構には目の上のこぶ。
「相変わらずウィーン州は社会党の牙城だ。次の選挙では何としても切り崩さねばならんぞ、エゴン局長」
男──巨漢/閣僚のバッジ/三白眼/むくんだ頰/分厚い手にグラス=蜂蜜色のブランデー──人相の悪いヒグマの威圧感。
「閣下の国民党とともにドイツ系住民の票を狙えば可能かと。ゴットフリート内務大臣」
男──瘦軀/黒ずくめのスーツ/細長い指にグラス=血のような赤ワイン。眼鏡の奥で光る神経過敏気味の目=獰猛な知性・静かな凶暴性──人間大の黒いカマキリの雰囲気。
「特に、こと治安に関しては、この街がまだウィーンと呼ばれていた頃から我が未来党に実績がありますからな」
「あら、それはどのような実績ですのエゴン局長どの?」
歩み来る女性──優雅な足取り/愛くるしい小顔/アップにした金髪/ぱっちりとした目=藍色の虹彩/小柄だがバラの花のような存在感。
襟ぐり深く、背中が大きく開いた朱色のドレス/肩に羽織ったストールで肌を隠す──ほっそりした手にグラス=宝石のようなピンクのシェリー酒。
向き直るエゴン局長=きびきびと。
「我が〈憲法擁護テロ対策局〉の定評ある最適部隊配置によって、多数の無駄な警官をリストラした実績だよ、MSS長官ヘルガくん」
女性=ヘルガ──愛嬌をふくんだ憂愁の目。
「リストラという名の人種差別で優秀な人材を多数失いましたわ。トルコ系やスロヴェニア系であるというだけで職場を追われた彼らは、なおも誇りを失わず、多くが特殊部隊に再雇用され、治安に貢献しています」
「いやいやいや、決して人種差別ではない。警備費用の削減は首相も賛同している」
ゴットフリート内務大臣──巨体をそわそわさせて周囲を見る。
パーティには各国の大使が多数列席=人種差別的発言は即座に世界的ニュースと化す。
エゴン局長──しかし周囲を意に介さず。
「やつらは最適な部隊に適合しない連中だった。それ以外に理由はない」
ヘルガ=慎ましげな花のように。
「ドイツ系住民が集中する地域ばかり警備を強化し、他民族系の地域には暴動鎮圧部隊や情報機関を配置……まるで外国人は全て、暴動やテロを起こす可能性があるとでも言うようですのね」
「その可能性は否定できない」
あっさり断言するエゴン局長──ぎょっとなるゴットフリート。
「あら、未来党のドイツ民族至上主義を、国連ビルでおおやけに発言なさるの?」
「自国の治安は自国人によってのみ行われるべきだ。外国人の警官などぞっとする」
「外国人は排斥すべきとおっしゃる?」
愛らしく首を傾げるヘルガ──声高に。周囲の客が眉をひそめて振り返る。
「ややや、むろん我が国もEUに従い二重国籍を認めているとも」
ゴットフリートが慌ててフォロー/エゴンを睨む。
しぶしぶ論旨を変更するエゴン。
「君が主張する全域警備思想など夢のまた夢だ。都市の全てを守れるだけの予算を要求すれば、他局を圧迫し、軍国主義的だという批判にあう」
ヘルガ──その言葉を待っていたかのような微笑。
「予算は今のままで十分ですわ。我々の信条は要撃──すなわち待ち伏せ。優れた情報収集力で敵の攻撃ポイントを事前につかみ、人員を配置。相手が銃火を上げると同時に、圧倒的火力と機動力で制圧。それが都市治安における最善の戦略です」
エゴン=不快そうに。
「だが憲兵や特殊部隊がいる。なぜ君ら〈公安高機動隊〉なのだ」
ヘルガ=残念そうに。
「彼らは全域警備思想に追随できません。〈猟兵〉は紛争地帯に派遣、〈特殊憲兵部隊〉は空港や国連ビルの警備、また〈ミリオポリス憲兵大隊〉は日々増加する凶悪犯罪の対処で手一杯……」
「だが問題がある。……聞けば、君の部隊の副官はトルコ系だそうだな」
ぎくっとなるゴットフリート。「エ、エゴン局長……!」
ヘルガ──平然と。
「それが何か?」
「人種を問わない部隊編成など爆弾と同じだ。治安は純粋な組織によって保つべきだ」
「純粋な組織? それは過去に巨大な災いをもたらした、あの集団のようにかしら?」
エゴン──握り拳を敢然と振り上げて。
「我ら未来党はナチスを否定しない。ヒトラーは歴史上ただ一人、ドイツとオーストリアの統一をなしとげた」
ゴットフリート──戦慄/痙攣する顔。
「ややや、やめんか局長! ユユ、ユダヤ系の資本家も多数列席しているのだぞ! 国際問題を起こす気か!」
向き直るエゴン──にわかに恫喝口調になって。
「この国の多数のドイツ民族は、我が未来党の支持者なのですぞ、内務大臣閣下。だからこそ、あなたがた国民党は、我々と連立し、政権を獲得した──」
にわかに着信音──エゴンの声を遮る。
ヘルガが携帯電話を取り出す。「失礼」
黙るエゴン──ほっとするゴットフリート。「パーティ中に無粋だな、ヘルガくん。マナーモードにしておきたまえ」
「御言葉ですが、治安を司る者が、万一にも連絡に支障をきたすことは避けるべきかと、ゴットフリート内務大臣閣下」
携帯電話を耳に当てるヘルガ。
「私よ、ニナ……ええ、情報通りね」
新たな着信音──BVT局長エゴンの懐。
さらに着信音──内務大臣ゴットフリート。
フロア中で着信音──警察本部長/国連ビル治安担当/各党党員/各国大使。
土砂降りのような音──不吉な音響/ざわつくフロア。
みな啞然と顔を見合わせ、示し合わせたように、一斉に慌てて電話に出た。
ゴットフリート──電話に出るなり顔面蒼白に/巨体が弾けんばかりの狼狽。
「し、し、宗教連絡会議に襲撃だと⁉」
ヘルガ──突然の連絡に慌てふためく国家公務員たちを悠然と見渡しながら。
「MSSがつかんでいた情報通りですわ。もしこれだけの列席者がいる最中に、宗教的要人が被害を受けたとなれば、国際問題にもなりかねません」
「た……たたた、ただちに〈特殊憲兵部隊〉に守らせろエゴン局長!」
ゴットフリートが口の端に泡を吹きながら指令。だが、携帯電話を耳に当てたまま歯を軋らせるエゴン──ヘルガを睨みながら、かぶりを振る。
「間に合いません……」
呆然となるゴットフリート──ヘルガ=ささやき。
「警備担当は暴動鎮圧用の装備しかない警官たち。しかも現場は憲兵大隊の本部から最も遠い地区。ですが……MSSの人員でしたら既に配置済みですわ」
「そ、そ、その者たちに、大至急、要人保護を命じろ!」
「内務大臣! BVTの管轄ですぞ!」怒りで青くなるエゴン。
「死者が出れば私の首が飛ぶ‼」
ゴットフリートの絶叫──怯えたヒグマの吠え声。
エゴンの絶句──振り上げた腕の下ろしどころを失くしたカマキリの怒り。
「情報だけを持ち、それを上層部へ報告するすべも、独自に対抗するすべもなく、籠の中の鳥のようだった私どもMSSの苦しみが御理解頂けましたかしら、エゴン局長?」
ヘルガの微笑──気品に溢れて/携帯電話へゴーサイン。
「ニナ、許可が出たわ」
応答──鋭く。《では要撃を開始します》
「暖気運転中といったところね。通話は継続して。本当の要撃はこれからよ、ニナ」
Ⅲ
銃撃──嵐のごとく。
教会玄関口──石畳・教会の壁に火の雨/通行人たちの悲鳴──広がるパニック。
車両から降りて散開する者たち=完全武装+スキーマスク。
「ひっ、ひいっ」
警官二名──玄関の壁際に縮こまり、手だけ突き出し発砲=でたらめ。
「それじゃ当たりませんわ、おどきになって」
少女が前へ──手に九ミリ拳銃/膝立ち/素早く壁から半身を出す。
撃つ・撃つ・撃つ──精確無比な二点連射×3。
三台のバンで悲鳴/銃撃停止──啞然となる冬真+警官たち。
「あの方を助けます!」
撃たれて倒れている警官──己の血の池の中で弱々しく身じろいでいる/絶望的な姿。
冬真が思わず口に出す。「あんなやつ──」
「負傷者にあんなやつは存在しません!」
少女──果断/言うそばから飛び出す。
「援護を!」
低く低く身を低め疾走──敵が銃撃を再開/少女が走り抜ける火線の下・飛び交う銃弾の狭間──心臓が凍りつきそうな光景/見守ることさえ恐ろしい賭け。
慌てて撃ちまくる警官たち──一瞬で命を奪う火の応酬のさなか、少女が負傷者の元に辿り着く=その足下で火花。
少女が倒れた警官の襟をつかむ/引きずる/後ろ向きに戻ってくる。
石畳に警官の血の跡が伸びる──もはや機敏に逃げることさえ出来ぬ状況下──その小柄な身からは信じがたい腕力・勇気・偉大な背。
一方の手に拳銃──精確な応射/危機の中を帰ってくる/一歩・また一歩。
ただ呆然と見守ることしか出来ない冬真の心臓をわしづかみにする恐怖──そして得体の知れない昂揚。
そして帰還=生還。
少女の手で玄関に引っ張り込まれた負傷者──か細い息/生存/警官たちの歓声。
美しく引き締まった少女のおもて──息を吞んで見つめる冬真。
「応急処置を!」
少女の声に従う警官たち。はっとなる冬真=やっと体が動く──思わず手伝う。
傷口を押さえる/縛る/手に温かな血──命。
戸口で身構える少女──銃の弾倉を交換する、血に濡れた手。
冬真の心を打つ、ひどく貴い姿。
「君は、いったい……」冬真=おずおずと。
にこっと微笑する少女。
「〈公安高機動隊〉要撃小隊所属──鳳・エウリディーチェ・アウスト」
可憐──深紫の瞳の奥で踊る、激しい光。
その脳裏で無線通信=ニナの号令。
《妖精たちへ! 〈紫火〉、〈青火〉、〈黄火〉、総員、要撃開始! 敵勢力の規模に留意し、必要に応じて現地警備陣と連携しろ!》
《了解!》
鳳=素早く銃を構えて。
《さ──ぁ、乙さん、雛さん! お仕事ですわよ!》
教会裏手──礼拝堂。
同じく三台のバンが殺到──銃撃=警官たちの負傷・逃走・絶叫。
バンから降りる武装犯たち──自動小銃を構えて裏口へ。
その頭上から、にわかに高らかな笑い声。
「あっはは! ドキドキするぅーっ!」
ひさしから飛び降りる少女=乙──ワイルドに口にくわえたロリポップ。
全体重をかけた蹴りが、先頭の武装犯の顔面を直撃──悶絶・転倒。
咄嗟に何人かが撃つ/乱れ交う弾丸/地面を蹴る乙──宙を舞う。
一瞬で武装犯たちの背後に降り立ち、すらりとした脚を猛然と振り上げる。
「もっとドキドキさせてよ‼」
蹴り=ハンマーのごとく振るわれる黒いエナメル靴/可憐なかかと/翻るスカート/ちらりと覗く水色の下着──とてつもない打撃。
武装犯たちの被害──頭蓋骨/鎖骨/肋骨/上腕骨/大腿骨。
脱臼/陥没/複雑骨折/粉砕骨折/亀裂骨折──戦闘不能。
教会横手──サイドチャペル側。
停車中の二台のバンから多数の武装犯たちが現れ、一斉に銃撃。
警官たちを蹴散らし、教会へ殺到──一人がワイヤーに足を取られる。
セロテープで雨樋に固定された手榴弾=安全ピンが外れる。
トラップ=鉄槌のごとき爆炎──悲鳴とともに吹き飛ばされる武装犯。
「なんだ⁉」
「いじめないで! いじめないで!」
いきなり少女の泣き声=雛──側柱の陰。
両耳にヘッドホン/右手に携帯電話&左手に手榴弾──一方を投擲。
「ボクをいじめないでぇーっ!」
音を立て跳ねる手榴弾──武装犯たちのパニック。
爆発──数名が宙を舞った。
倒れた者がワイヤーを引っ張る=排水溝に設置された対人地雷が炸裂。
飛び散る鉄片──引き裂かれる人体。
大混乱──窓・壁・道路・水路・石畳=十分足らずで二十か所余という不必要なまでの数のトラップを設置。
自分がいる場所は絶対安全という芸術的計算──比類無き自己完結少女の泣き声。
「ボクをいじめないでよぉ!」
「動くな! 手にした物を置け!」武装犯の一人が雛に銃を向けて怒鳴る。
「いつもみんな、なんでそんなことしたのってボクに訊くよね」
大音量のヘッドホン=相手の言葉など聞いちゃいない爆弾魔の主張。
その手が、携帯電話のボタンを素早く操作。
一瞬の発信──停車中のバンに仕掛けたプラスチック爆薬が炸裂。
爆風でなぎ倒される全武装犯たち──雛に銃を向けていた武装犯も昏倒。
燃え上がるバン/一般車両/街路樹。
火炎の海を見つめる雛の琥珀の目。
「だって……だって夕焼け空に似てたからだもん」
教会内──廊下を走るニナ。
右手に銃/左手に携帯電話──公会堂のドアを蹴り開く/銃を突き出す/叫ぶ。
「バロウ神父様!」
一か所に身を寄せている宗教者たち──キリスト教・ユダヤ教・イスラム教・拝火教・ヒンドゥー教・マニ教・仏教・神道・各教派の指導者たち/キリスト教だけで十数派。
その一人=バロウ神父。「よせ、撃つな!」
ニナへの叫びではない。
カチリと撃鉄を上げる音──低いがよく通る声。「銃を足下へ」
ニナ──冷静に動きを止める/ゆっくりと銃を床に置く/鋭く呟く。
「やはり、会合の一員が主犯か──」
男──頭にターバン/浅黒い肌/野生の鷲のような威厳=極限まで研ぎ澄まされ、張りつめた顔・仕草・気配──銃を構えたまま、ニナの銃の刻印を一瞥する。
「MSS……ミリオポリス公安高機動隊か」
ニナ=男を真っ直ぐ見返す/冷ややかに。
「シェネル・シェン──表向きはモスク指導者。裏の顔は過激派組織ジェマー・イスラミアの系譜を継ぐ〈戦闘部隊〉の幹部」
シェネル=何の表情も浮かべぬ猛禽の目。
「MSSは常に情報力に優れ、実行力に不足し、皮肉に長けている。トルコの美徳を忘れて堕落した女を遣わすとは……お前のような女の存在自体が、神と祖国への侮辱だ」
ニナ──無言/鋭く凍てついた怒り。
宗教者の一人が前へ出る──同じイスラムの老指導者の嘆き。
「よせシェネル……ここは宗教間の対立を取り除くことが出来る、大切な対話の場なのだぞ。それをこのような惨劇を起こしては、欧米の戦争主義者たちの思うつぼではないか。我々は二度とアラブに戦火をもたらしてはならないと……」
「我々はお前たちのたわごとを宗教とは認めない。お前たちがもたらすのは堕落と妥協だけだ」
シェネル──銃口を老指導者へ。
「戦火は、すでにもたらされている。世界中で。これはその一つに過ぎない」
ニナの叫び。「撃つなら私を撃て!」
戸口から飛び出す小柄な影──鳳=素早くシェネルに銃の狙いをつける。
「銃をお捨てなさい!」
シェネルが鳳を振り返る──刹那、窓を蹴り開いて飛び込む疾風──乙。
「ドキドキしてきたーっ!」
乙の足がシェネルの胸へ──衝撃/蹴り飛ばす/手から銃が離れる/床を滑る。
着地──すぐさま次の蹴りを入れかけた乙が、たたらを踏む。
その場の全員が息を吞む。
「もとより生き長らえる気はない」
シェネル──膝立ち/服の胸元を開く──胴に巻かれた爆弾の束。
さらにそのターバンがほどけ、床に落ちた。
うっ──という呻き/悲鳴/おぞける声。
眉一つ動かさないニナ・鳳・乙。
バロウ神父──戦慄。「何ということを……」
シェネルの頭──無毛/額の後ろ・耳の後ろ・後頭部・大脳全体が、抉られたようにぽっかりと消失=人工皮膚で傷を覆っている。
「ここにいる私は遠隔操作で動く亡骸に過ぎない。魂は、やどるべき器の裡にある」
脳のない人間=シェネルが宙を仰ぐ。
その口から朗々と放たれる祈り──コーラン。
「|慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において《ビスミツラーヒル・ラハマーニル・ラヒーム》
万有の主アッラーにこそ全ての称讃あれ
慈悲あまねく慈愛深き御方
最後の審判の主宰者
私たちはあなたにのみ仕え
あなたにのみ御助けを請う
私たちを正しい道に導きたまえ」
シェネルの手が腰へ──祈るように/爆薬のスイッチ。
ニナの号令。「やれ、鳳!」
銃撃──精確無比な二点連射=シェネルの口と喉笛に命中。
延髄破壊/動作停止──祈りが途絶える/背から倒れる。
鳳の無線通信。《雛さん!》
雛が戸口から現れ、たたっとシェネルの亡骸に走り寄る。
「こんなの簡単だもん」無造作にコードを千切る──シェネルの爆薬を解除。
「う、撃った……?」
戸口で声──冬真。怯えた目で鳳を見つめる。
「こ、殺したの……。き、君が……」
振り返る鳳──毅然と。
「ええ、そうですわ」
冬真──絶句。
ニナ──氷のような冷静さ。
「私が命じた。彼女に責任はない。容赦のない一撃をもって惨劇を抑止するのが、我々の仕事だ」
「彼の死は私たちにとって既に惨劇だ……ニナ」
バロウ神父──深い皺/亡骸を見つめて。
「おお、シェネル……なぜだ。おお……」
ひざまずく老指導者──こぼれ落ちる涙/血まみれのシェネルの顔を撫でる。
「我々にとって、事態はいまだ進行中です。あの男が摘出手術を受けたことは確かですが、肝心の脳の行方はつかめていません」
「犠脳体か……」
バロウ神父──瞑目/さらなる悲劇に耐えようとするように。
「眠れる器が、彼の死を契機に目覚める……」
Ⅳ
ミリオポリス第二十七区──古くから〈ウィーンの森〉と呼ばれる森林地帯。
ドナウ川沿岸から離れた場所に置かれたコンテナ=念入りに擬装と光学防壁を張り巡らされた鋼板が、虹色を帯びながらロックを解除。
自動展開──四方へ幾何学的な卵のように開く。
現れたものの目覚め──自我の獲得。
わタし──鋼の体/鋼の翼/鋼の武器。
鋭い嘴/暗灰色のボディ/尾翼に不思議な刻印=『Princip Inc.』。
無人の操縦席に駆け巡る意志と電子。
エンジンと燃料/精密機械の起動/モーターの回転──それが、わたシ。
目的・行動・標的・手段が思い出される。
己の脳=魂を捧げたことが思い出される。
犠脳=力無き者が破壊の王となるために。
操縦訓練も知識の習得も必要なく、ワたシとこの鋼の体を一体のものとするために。
さあ、始めよう。この命を全うするために。
操作盤の全ランプが点灯。
その中央で輝く大きなカプセル──脳/髄液/無数の接続コード。
唸り──ギロチン刃のような回転翼が動き出す/重力の鎖を振りほどく。
唸り──祈りにも似て/風を巻き揚力を得る/浮遊/木々を揺らして森から現れる。
唸り──機械の目で都市を見る/驚くほど何もかも小さい/低い/哀れなほど醜い。
唸り──歓喜=咆吼を上げて飛翔。
もう誰もワタシを止められない。
「せせせ、戦術ヘリだとぉーっ⁉」
国連ビル──ゴットフリート内務大臣の絶叫。どよめくパーティ客。
凍りつくエゴン局長。「そんなもの、どうやって都市に……!」
「〈カウカソスの大鷲〉──六百六十六万個のパーツに分解され、運び込まれた怪物」
ヘルガの声──あくまで穏やかに。
「人に火を与えた罰で磔にされたプロメテウスの肝臓を貪る、神の鳥。その名は既にMSSがつかんでいました。宗教会議所は陽動。真の狙いは恐らく──ここ」
度肝を抜かれてよろめく黒カマキリ=エゴン。
「こ、国連ビルを爆撃する気か……!」
恐慌をきたすヒグマ=ゴットフリート。
「たたた、対抗措置は取っておらんのか‼」
「現状では皆無……ですが、これにサインを頂けましたら、その措置が可能かと」
ヘルガ──鮮やかな微笑/薔薇のように。
差し出されるカード──電子板が展開。
文書の出現=コピー不可・閲覧不可・極秘指令書。
「公安局のマスターサーバー〈<外字>〉の全使用権を、私にお与え下さる指令書です」
「きっ……、貴様! ヘルガ!」エゴン=怒りで蒼白。
ゴットフリートが息を吞む──震える手が伸びる。
目に見えぬ糸に操られるように、分厚い指が電子板に近づいてゆく。
エゴンの絶叫。「内務大臣‼」
ぎりぎりと歯軋りするゴットフリート。「お、お前が、私兵を欲していることは察していた。それを、むざむざと……この女狐めが!」
太い親指が電子板に触れた。指紋認証──データ適合/サイン受理/僅か二秒。
「お褒めにあずかり光栄ですわ、閣下」
電子板が畳まれ、ヘルガの胸元に押し込まれる。
窓を向くヘルガ──ストールが肩を滑り、一方の手に握られる。
その背・肌があらわに──絶句するゴットフリートとエゴン。
右肩から左腰へ走る、雷火のような巨大な火傷──その疵痕を背負うヘルガの顔から微笑が消えた。
苛烈に都市を見据えるヘルガの横顔──真に咲き誇る薔薇の花のごとく。
近づきがたく/触れがたく/比べるものとてなく──携帯電話へ唇を寄せ、ささやく。
「得るべきものは得たわ、ニナ」
《おめでとうございます、長官》
「これがMSS初の公式戦よ。準備は良いわね」
そして、にわかに放たれる凄烈な号令。
「第一態勢へ移行! 待機中の全接続官に〈<外字>〉の独占使用を通達! 〈転送塔〉のフル稼働を要請! 〈焱の妖精〉による要撃を開始する!」
教会──怯えたままの冬真/震えが止まらず膝をつく。
拳銃をしまう鳳。「あなた、お名前は?」
「え──」びくっとなる。「と……冬真・ヨハン・メンデル……」
「ファーストネームは漢字名ですの?」
「う、うん……」
国連都市ミリオポリスの政策=文化委託──戦争や災害などで保全困難となった国の文化を他国が維持する。日本の漢字名を名乗れば、毎月の保全金+社会保障が支払われる。
「冬真さん、あなたの誕生日は?」
「な、七月三日……」訳も分からず返答。
「蟹座ですのね」
微笑む鳳──ポケットから銀のケースを取り出して開く。
綺麗に並んだ物=カラフルな絆創膏=全てに手書きの印。
「さ、お手を。おまじないをして差し上げますわ」
冬真=恐る恐る手を出す。なぜか逆らえない。まるで相手が看護師か教師のような気分。
鳳=丁寧な手つき──冬真の手の甲に、それがペタリと貼られた。
絆創膏=バナナの香り=蟹座の印。
「怖いときには勇気を、寂しいときには優しさを、哀しいときには喜びを与えてくれる、おまじないですわ」
にこりと微笑む鳳──銃を持っていた姿からは想像もつかぬ和らぎ。話しているだけで恐れが消え、不思議と体の強ばりが溶けてゆく驚き。
ふと他の二人の少女にも絆創膏が貼られていることに気づく。
乙=ほっぺた=魚座の印。
雛=小さな鼻の頭=山羊座の印。
「戦術ヘリが都市上空に出現……!」
ニナ──携帯電話を耳に当てたまま、バロウ神父に。
「十中八九、シェネルの脳を移植された器かと」
「完全自律兵器だ……都市の全マスターサーバーが干渉を試みてもハッキングによる停止は不可能だろう」
バロウ神父=哀しく目を伏せて。
「ヘルガは……〈<外字>〉を手に入れる気だね、あの全てを見通す、電子の〈三つ目〉を」
「じきにそうなるかと」
顔を上げるバロウ神父──静かに鳳のそばに歩み寄る。
「久しいね……お嬢さん」
「御無沙汰しておりますわ、神父様」
「本当に……使いこなせるのかね?」
「おめでとうございます、長官」ニナの声──その目が鳳たちへ。
小さくうなずき返す鳳──目をバロウ神父に戻す。
「御覧に入れますわ、神父様」
微笑──手を宙へ差し伸べる。
「転送を開封」
にわかに唸り──鳳の手が・足が、獣の咆吼にも似た音とともに、エメラルドの幾何学的な輝きに包まれた。
驚愕する冬真+宗教者たち──もの悲しい眼差しのバロウ神父。
鳳の手足が指先から粒子状に分解──一瞬で新たな姿へ置き換えられる/機甲化する。
乙と雛の手足も同じ輝きに満ちる──形状の変貌──ありえない姿へ。
僅か一秒余の変化──完成/起動。
三人の少女の背に、輝きが生える。
紫・青・黄の、大きな大きな──羽。
Ⅴ
ミリオポリス第十九区──市街地──上空。
猛然と飛来する鋼鉄の大鷲=完全武装の戦術ヘリ。
「来たぞ!」
叫び──報告を受けた現地警官隊=急ごしらえの布陣/ビル屋上に狙撃陣。
飛び立つ警察ヘリ=搭乗狙撃手が、敵尾翼の刻印をとらえる。
「プリンチップ株式会社? どこの企業だ?」
「知るか、撃て撃て!」別の狙撃手の号令。「どこに墜とそうが構わん、どうせここらは外国人どもの住処だ!」
一斉射撃──到来する敵ヘリの装甲および防弾ガラスに火花の雨。
立て続けの銃撃──無傷の敵ヘリ。
追いすがる警察ヘリ──搭乗狙撃手が敵の操縦席を狙う/呆気に取られる。
「む……無人⁉」
敵ヘリの操縦盤が反応──その嘴=ガトリング砲が音を立てて起動。
にわかに咆吼──ビル屋上が蜂の巣に/狙撃陣の壊滅/瞬く間。
敵ヘリの急旋回──翼で閃く火=発射されたミサイル弾──警察ヘリを自動追尾。
搭乗員の悲鳴/絶叫。
ふいに、幾筋かの閃光がミサイル弾を貫いた。
炸裂──炎から逃げる警察ヘリ。
搭乗者の驚き。「なんだあれは⁉」
にわかに舞い降りる紫の輝き──地上数十メートルで柔らかにはばたく、巨大な羽。
翻るロングヘア×ウェーブ/勇ましく見開かれた深紫の瞳=その左目の海賊傷。
淡い紫の光沢を放つ、滑らかなフォルムの鋼鉄の手足。
その右手に、非常識なサイズの特大兵器=発射されたミサイル弾を精確無比な掃射で撃墜した──十二・七ミリ超伝導式重機関銃。
「MSS要撃小隊《焱の妖精》っ! 初・公・式・出撃っ♪ ですわぁ──っ‼」
鳳──歓声=高らかに/歌うように。
身長よりでかい機銃を軽々と掲げ/構え/狙う。
掃射──閃光・閃光・閃光・閃光・閃光。
たちまち火花まみれになる敵ヘリ──衝撃/炎熱。
その防弾ガラス・ボディ装甲・翼・尾翼に、亀裂/黒い染みのように広がる弾痕。
敵ヘリの旋回──退避/反撃。
ガトリング砲が咆吼を上げて負けじと弾丸をばらまく。
すかさず左へ右へ舞う紫の輝き。
揚力と高度な平行移動に優れた幅広のアゲハチョウの羽──掃射を続けながら、ひらりひらりと難なく敵弾をかわす/一発として食らわず接近。
火花に包まれながら敵ヘリが急下降──旋回/急上昇。
放たれるミサイル弾──すぐさま撃ち落とす鳳。
爆発=煙幕──猛スピードで転進する敵ヘリ。
鳳の通信。《敵が南西へ進路を変更!》
ニナの即応。《追うな、〈紫火〉! 最終要撃ポイントへ移動! 〈青火〉と〈黄火〉に敵武装を封じつつ追い込ませる!》
《了解》
鳳の即応──啞然となる警察ヘリの搭乗者らへ、にこりと微笑/飛翔/舞うように。
ミリオポリス第十九区──南西/市街地──上空。
大きく迂回した戦術ヘリが、ぐんぐんスピードを上げて驀進。
その仰角七十五度から突撃滑空する──青い火。
「ドキドキしたいっしょー!」
浮き浮き突撃──乙。
速度と垂直移動に優れた縦長のトンボの羽──鋭い形の鋼鉄の手足/四つの関節を持つ長大な腕/両方の肘から伸びる灼刃──青白い炎。
迫撃弾のごとく飛来する乙に、敵ヘリが反応──ガトリング砲が仰角を向く=連射。
螺旋状に広がる弾幕を信じがたい速度で避けながら、鋭角的に迫る乙。
その両腕が、獲物を捕獲するトンボの顎のごとく開かれた。
一瞬の交錯──超高熱の白刃が、凄まじい速度で鋼鉄を溶解──両断。
縦に真っ二つに裂かれたガトリング砲──その弾丸が暴発/一挙炸裂/鋼が砕けてめくれ返り、銃身がばらばらになって飛散した。
青い火の離脱──敵ヘリの離脱=機体下部から噴き出す黒煙。
乙の無線通信。《そっち行ったぞ雛ぁっ!》
雛の応答=頼りなげ。《うぇ……》
すぐ向こうにドナウ運河/ドナウ川/新ドナウ川。
その先に第二十二区=〈UNO-CITY〉。
敵ヘリの猛進──低空飛行──次々に河面を越えて高層ビルの狭間へ突入。
間もなく、国連ビルが射程距離内に入った。
両翼のポッドが蓋を開放──多弾頭式爆弾が出現──即座に発射=全弾消費。
宙を奔る鉄の矢×8──その全弾頭が宙で分割──×80以上になって容赦なく飛来。
その正面。ビルの陰から躍り出る──黄の火。
「いじめないでぇ──っ!」
雛──その背の輝き=いかなる気流の乱れにも対応し、超高度な姿勢制御を誇る、鋭いスズメバチの羽。
相変わらず両耳にヘッドホン/丸いフォルムの鋼鉄の手足/全身で危険度をアピールする警告黄色。
両腕に剣吞な武器──左腕=円筒形ポッドが展開──連結式爆雷の束と化し、新体操のリボンのごとく8の字ダンス=敵の爆弾群へ全て投擲。
点火──飛び散る鉄片=雨のごとき火炎と鉄球が、敵ヘリの放ったミサイル弾を穿った。
誘爆──黙示録的轟音──ビルの谷間に発生する炎の積乱雲。
ミキサーのような爆圧──ビル壁面・窓に盛大な亀裂。
凄まじいまでの爆風の中でも、雛は平気な顔で姿勢制御。
爆煙から飛び出す敵ヘリ──雛の即応=その右腕を構える。
火炎放射器──めくるめく火炎の噴射。
「いじめないでぇーっ!」
超高温の炎の渦を浴びた敵ヘリが、焼けただれながらも雛の視界下を飛び去ってゆく。
さらに下降──超低空飛行。
翼に残されたミサイル弾×6を包む炎──誘爆を避けて全弾発射。
国連ビルへ遮るものとてなく、ミサイル群が白煙を噴いて直進。
雛の通信。《鳳ぁーっ!》
鳳の応答。《あとは、あたくしにお任せなさい‼》
飛来するミサイル群──その正面に舞い降りる──紫の火。
最終要撃地点に先回り──計算された待ち伏せ。
右手に握りしめたどでかい機銃を掲げる/構える/狙う。
その残弾表示=〈30000〉
「さ──ぁ‼ ご奉仕させて頂きますわよ──っ‼」
掃射開始=ミサイル群が全て炸裂=爆風。
〈24000〉炎の壁を敵ヘリが突破──
鳳VS自らを燃える矢と化しめて迫る敵ヘリ。
〈18000〉
「さーぁ、さあさあさあ!」
〈12000〉
「戦術ヘリごときがなんぼのもんですのぉ──っ‼」
《鳳、撃ちすぎ》《テンション高すぎぃ》乙+雛──鳳の怒声。《なんですって⁉ 無線の音量をお上げなさい、聞こえません!》
〈06000〉
灼熱の洪水──敵ヘリの突進──操縦席の窓が全壊。
〈02000〉
弾痕=ひしゃげるボディ/へし折れる翼/電話番号並みの弾数が全て命中。
掃射開始から六秒=〈00000〉
空転するドラム弾倉──凄まじい熱を放射する銃身。
迫る敵ヘリ──もはや原型をとどめぬ火の塊。
機銃のドラム弾倉が自動排出──再装塡。
退かない/退けない鳳──その背後=僅か二百メートル先に国連ビル。
さらに機銃を掲げ/構え/狙い──叫ぶ。
「さっさと壊れなさいっ‼」
再掃射の寸前──敵ヘリの操縦席が、にわかに崩壊。
刹那の時間──引き裂かれた鋼、燃え上がる炎、その狭間に現れたもの。
鳳の瞳=超音波探査=電子探査によって浮かび上がるカプセル。
機体に移植された、男の脳。
「あたくしも……あなたの行いを、宗教とは認めません」
狙う──祈りに代えて=閃光。
脳が木っ端微塵に砕け散った。
ヘリの回転翼が分解──失速。
鳳の視界下へ、黒煙を噴き上げながら失墜。
国連ビル玄関の噴水中央──ピンポイントで墜落。
盛大な水しぶきが上がり、これまでで最も弱い爆発と炎が終焉を告げた。
Ⅵ
国連ビル──静かな眼差しで、炎を見下ろすヘルガ。
「これが……この街に満ちた血まみれの怠惰を清算する、最初の炎となるでしょう」
茫然自失のゴットフリート──よろよろとひざまずく/涙目。
「か、各国大使がいるここに墜とすとは……」
エゴン──死神のように蒼白の顔。
「女シーザーめ……BVTと対立して生き残れると思っているのか。いつか身内に刺される日が来るぞ」
「ご忠告ありがとうございます、局長。それより戦術ヘリを都市内に持ち込ませた責任について、委員会が局長をお待ちでは?」
「お電話です」フロアの係員=電話を手に。「ヘルガ様に、ウィーン州知事からです」
エゴン──睨み殺さんばかりの眼。
やがて、きびすを返してフロアを退去。捨てゼリフ──なし。
その背を見送りながら電話を取るヘルガ──あでやかな笑み。
「ご機嫌よう、州知事様」
太く穏やかな男の声。《画期的な対応だったな、ヘルガ。死傷者も都市被害も、出現した脅威に対し、考えうる限りの最小幅だ》
「光栄です、州知事様。ですがMSSの情報では、都市に運び込まれたプリンチップ社の兵器は、一つではありません」
《だがそれに対抗する手段を君が手に入れてくれた。ぎりぎりだが間に合った。敵が行動に出た今、猶予は許されない。やつらに滅ぼされる前に、ともにこの都市を変えよう、ヘルガ》
ヘルガの微笑=高貴な花のように──強靭な意志を秘めて。
「はい、私のお兄様」
教会──テレビの前に集まる宗教者たち・バロウ神父・冬真・ニナ。
撃墜されたヘリの映像──〝羽の生えた人間〟の未確認情報。
「出撃から撃墜まで三分十七秒──まずまずか」
ニナ──携帯電話の時間表示を確認。
「か……彼女たちは、いったい……」
冬真が呆然とバロウ神父を振り返る。
「児童福祉法の改定……」
バロウ神父──告解のように重い声。
「超少子高齢化による人材不足を解決するため、十一歳以上の児童に労働の権利を与え、また肉体に障害を持つ児童を無償で機械化する政策が発表された」
後を続けるニナ=冷厳。
「そして最も優秀な機械化児童には〈特殊転送式強襲機甲義肢〉──通称〈特甲〉を与え、増大する凶悪犯罪やテロに対抗させた。彼女たちこそ〈転送塔〉への要請権を持つ最強の特殊兵科──MSS要撃小隊《焱の妖精》だ」
「機械……? 彼女たちが……」
冬真──言葉を失う──ふと香りに気づく。
手の甲──蟹座の印=苺の香り。
絆創膏=勇気・優しさ・喜びのための。
それを見て、確かに体の震えが止まっていることに、ようやく気づいていた。
第二十二区──ドナウタワー。
高さ二百五十メートル余の塔。
その頂点のごく僅かな面積に舞い降り、苦もなく着地する、紫・青・黄の輝き。
「夜だとよく分かんなかったけど、ここ高ぁっ。ドキドキするーっ」
ワイルドにくわえたロリポップ──
小隊の〝迫撃手〟こと、乙・アリステル・シュナイダーの歓声。
「もう暗いところばかり飛ばなくても良いんだよね」
相変わらず装着したままのヘッドホン──
小隊の〝爆撃手〟こと雛・イングリッド・アデナウアー=真顔。
「ええ。これでもう夜間の秘密訓練や極秘任務からはおさらばですわ」
誇らしげ──艶めくロングヘア×ウェーブ。
小隊長にして〝要撃手〟たる鳳・エウリディーチェ・アウスト。
「ついにっ、公式出撃を成し遂げたのですもの。お二人とも本当に偉いですわ。ご褒美にクイズの答えをお教えしますわね♪」
「あー忘れてた。Bだっけ?」「Cだもん」
「ッブ──‼」鳳──口を尖らせ全否定。「正解はA──っ! ですわ♪」
「んだっけA?」「子供が死んだから?」
「そう。狂乱の呪いをかけられたヘラクレスは、自ら大切な我が子を殺してしまったの。その罪を償い、失われた希望を取り戻すため、数多の難行に挑む決意をしたのだわ」
解説する鳳──うっとり。
「は──……それってオレらになんか関係あんの?」「無駄っぽい知識ぃ」
「あら、大いに関係ありますわ。だって、この都市はヘラクレスと同じですもの。歴史の中で自ら大切な希望を殺してしまった……だから現在、多くの難行を乗り越えねばならないのだわ。失われたものを取り戻すために」
その深紫の瞳が見つめる街の全景──地平線まで続くかのような雑多な建物の群。
歴史の碑──あるいは人々が今そこに生きている証明の列。
二人を振り返る──微笑って。
「あたくしたちのお仕事は、そのお手伝いをすることよ」
「ふーん」「ふーん」
乙+雛──真剣味に欠ける顔。
「んだか分かんねーけど、ドキドキできんなら文句ねーっしょ」
「ボクをいじめる相手をやっつければいいんでしょぉ」
《妖精達へ》ふいにニナからの無線通信。《状況終了。総員、本部へ帰還せよ》
「いきましょう、お二人とも」鳳──ふわりと宙へ。「この決して墜ちない羽を手に入れたあたくしたちになら、きっと出来ますわ」
青空/大地を覆う大都市──その狭間。
輝き/踊るように──紫・青・黄の羽。
これは難業を運命づけられ、また自ら選んだ者たちの記憶──妖精たちの物語。