最終弾 La bambina dal'ARIA...《空から女の子が、》
まずはとにかく病院で泥のように眠り、目が覚めたら何もかも夢だった。
というオチを期待していたんだがそうじゃないみたいだ。なぜなら体があちこち痛い。全身12カ所に打撲傷・
今は──
静かな
『空き地島』の風力発電機は1本ひんまがり、その下では解体前のB737-350がぐってりしている。
あー。自分の好きな景色を、自分でちょっと壊しちまったな。
「東京で──こんなキレイな星空、見えるとは思わなかったわ」
「台風一過ってヤツだな」
アリアと俺は満天の星空の下、ベランダで語り合っていた。
今日は警察の事情聴取やらテレビの取材やらで大変だったが……この時間になってようやく、なんとかこの部屋に戻ってこられた。
なんでか、アリアがついてきてしまっているんだが。
「ママの……公判が、延びたわ」
空き地島に視線を向けながら、アリアが言う。
「今回の件で『
「そうか」
おめでとう、という空気でもないので、俺は一応それだけ返す。
アリアは翼の折れたB737を見てから、くい、と俺の方を向いた。
「ねえ。あんた、なんで……あの飛行機に、あたしを助けにきたの?」
……なんで、って。
そんな。
俺にも分からないこと、聞くな。
「……まあ、バカのお前じゃ、『武偵殺し』には勝てないと思ったからだよ」
「あ、あのぐらい……あたし1人でもなんとかできた。バカはそっちよ」
「そうだな。お前みたいなバカを助けた俺は、バカなのかもなぁ」
俺はベランダの
するとアリアはその大きな
「ゴメン、いまのウソ」
「どれが」
「1人でもなんとかできた、って言ったこと」
ため息混じりに言うと、アリアは珍しくもじもじとした
「あのさ。空で……あたし、分かったんだ。なんであたしに『パートナー』が必要なのか。自分1人じゃ解決できないこともある。あんたがいなかったら、きっと、あたし……」
「……」
「──だから今日はね、お別れを言いにきたの」
「……お別れ?」
「やっぱり、パートナーを探しに行くわ。ホントは……あんただったらよかったんだけど。でも、約束だから」
「約束?」
「1回だけ、って約束したでしょ」
「あ、ああ……」
そういえば、そうだった。
「武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ。だから、もう追わないよ」
アリアは……もじり、もじり、と。
言おうか言うまいか何度か迷ってから、また改めて、俺をまっすぐ見つめてきた。
「……キンジ。あんたは立派な武偵よ。だからあたし、今はあんたの意思を尊重するし、もう……ドレイなんて呼ばない。だから……もし、気が変わったら……その、もう一度、会いに来て。その時は今度こそ──あたしの、パートナーに……」
まだ
「………悪い」
と、つい目を
俺は、武偵になる気はない。
兄さんのことも、あるし──
それに正直、今回みたいな危険な目に
「い、いいのよ。あんたにその気がないのなら。ほら、あたし……どうせまだまだ、
そう言うとアリアは俺に背を向け、少し冷えたのか室内に戻る。
「──あーあ! 東京の4ヶ月、ほんっと最悪だったわ! パートナーは結局できなかったし、頭にはケガするし、UFOキャッチはうまくいかなかったし!」
ヤケクソ気味に言うアリアに、
最後ぐらいは明るく見送ってやろうと思って、室内に入って作り笑いを見せた。
「次……があったら、UFOキャッチャーのコツを教えてやるよ。でもなぁー。あれは、ターゲットを
「なによぅ。あたしにセンスが無いっていうの?」
ぷん! と両手を腰にあてて俺を見上げてきたアリアが、
「
べえ、とベロを出してから、アリアは笑う。
俺もつられて笑った。
何がおかしいのか分からないが、俺たちはそのまま、あはは、ははは、と一緒に笑うのだった。
玄関までアリアを送り、脱ぎ散らかしていた靴をアリアがはくのを見守る。
「あっ、もうこんな時間? ……急がなきゃ」
「約束でもあるのか」
「うん。お迎えが来るのよ。あんなこともあったし……ロンドン
ロンドン武偵局。
そこは、アリアが武偵として活躍していた場所だ。
「ママが捕まる前、あたし、あそこで派手に働いちゃってるからさぁ。あいつら、早く帰ってこいってうるさいのよ。自分たちの無能を棚に上げてね。でもまぁ……これを機に、いっぺん帰って態勢を立て直すことにしたの」
「帰る……ロンドンに、か」
「うん。ヘリでイギリス海軍の
軍の空母……かよ。スケールでかいな。さすがは貴族だ。
「……見つかるといいな。お前の、パートナー」
「きっと見つかるわ。あんたのおかげで、『世界のどこにもいない』ってワケじゃないことが分かったし」
「そっか……そうだな。じゃあな。がんばれよ」
「うん。バイバイ」
アリアはあっさりとドアを開き……外に出て。
俺はそれを止めることもなく。
扉は、再び閉まった。
これにて、一件落着……か。
……………。
「……?」
アリアの足音が、しない。
出て行ったからには、エレベーターなり階段なりに行かないといけないのだが。
ちょっと不審に思って、
「……ひっく……ひっく……えぐっ……うぅ……」
アリアが、扉の前で泣いていた。
「やだよ……イヤだよキンジ……いないよ……あんたみたいなヤツ……絶対……いない。もう、見つかりっこない……よ……」
ぼろぼろ流れる涙を手の甲で必死に
……アリア。
どうして……泣くんだ。
お前、さっき、笑ってたじゃないか。
あんなに前向きに、笑ったじゃないか。
なのにどうして。
どうして泣くんだよ………
アリア。
結局、あの扉を開くことはできなかった。
それは……
俺はソファーに深く身を沈めて、
見なかったことにするんだ。あの、アリアの涙は。
そうすれば何もかも、これで終わる。
そうだよキンジ。よく思い出してみろ。あんなヤツそもそも、いたらうるさいし面倒事ばかり持ち込む疫病神なんだ。いなくなってよかったじゃないか。
さあキンジ。机の引き出しを開けろ。
そして──これからは普通の高校に通い、普通の大学に進学するんだ。サラリーマンにでもなって、思い描いた通りの平凡な人生を送ろうじゃないか。
そう……思えば思うほど……
アリアのことが、頭の中、胸の内に広まってしまう。
アリア。アリア。台風みたいにいきなり現れて、俺の日常をめちゃくちゃにして、また、風のように去っていったアリア。
……なんだったんだよ、アイツは。
アイツがいなくなって、せいせいすると思ってたのに……
なんで
ちっこカワイイあいつの涙に、ほだされたってのか? 俺が? バカじゃねーの。
机の上の携帯についたレオポンが──なぜか、泣いているように見えた。
「ちくしょう。キンジ……お前、いま何を考えてる。やめろ。やめろって」
自分に、言う。
勇猛果敢に戦うアリアは……小さなライオンのような子だと、何度か思った。
でも、あいつはライオンなんかじゃない。
迷子の、子猫なんだ。
家から出てきて、どこへ行けばいいのか分からず、
あの、子猫なんだ。
「アリア……」
俺は、レオポンをぎゅっと握りしめた。
アリアが自分の母親──かなえさんを助けたいのなら、『
このゴミ箱みたいな世界で、戦って、戦って、傷ついて……アリア。
それでいいのかよ。
あいつは最後まで、自分を『
それでいいのかよ。アリア。
半人前のお前が、オルメス家の不良品のお前が──
『
「いいわけねえんだ。分かってるんだろ、キンジ」
俺も──あいつと同じ、
正義の味方になんか、なれない。
でも……でも。
──あいつの味方ぐらいになら、なれるかもしれない。
ふわ……と。
アリアの残り香が、部屋に少しだけ香った。
クチナシのような、あの甘い、甘い、甘い香りが。
「甘いな……甘いよ。キンジ、お前は本当に……大甘ヤロウだ! ちっくしょう!」
真っ二つに、引き裂いちまっていた。
アリアが俺の部屋を出てから、30分は
この時間はバスもない。チャリも
ヘリは──あれに間違いない──屋上に、
ローター翼が回っている。今すぐにでも、飛び立ってしまいそうな
最低最悪に間が悪く、エレベーターは点検中で止まっていた。
俺は非常階段に駆け込んで、とにかく屋上を目指す。
南端の男子寮から、北端の女子寮まで、ほとんどぶっ通しで走ってきた。さらに階段を駆け上がって、もう心臓はパンク寸前。あいつはホントに俺をよく走らせるヤツだな。
汗が、流れる。息切れする俺の呼吸を、強い風がさらに乱してくる。
でも、止まっちゃいけない。
止まっちゃいけないんだ。
武偵なんてイヤだ。武偵高もイヤだ。女もイヤだ。ヒステリアモードだってイヤだ。その思いは、変わらない。
でも、あの……ちびアリアの涙を無視しちまうような、くそったれヤロウに成り下がるのは──もっとイヤなんだよ!
転出の申請期間は、まだ半年ある。破いた書類は、その間にまた書き直してやるさ。
でも、まぁ、それまでの間、もう少しだけ──
もう少しだけ、走ってやるよ!
ばん!
と
「アリア!!」
叫ぶ。
もう、何も考えずに。
叫ぶ!
「アリア! アリア───っ!!」
息切れするノドで。
そのノドが張り裂けそうなほどに、叫ぶ。
人生最大の大声で、叫ぶ!
「アリア───っ!!」
ヘリの回転翼から吹き下ろしてくる突風に、髪が乱れる。
はぎ取られそうな勢いで、服が、ズボンが、バタバタと風に音を立てて
ヘリの音で、
でも、叫ばずにはいられないんだ!
──アリア! アリア! アリア──!
がらん!
ヘリのスライド扉が、ビックリするほど勢いよく開いて。
「──バカキンジ! 遅い!」
そこから顔を出したアリアが、なんと、そのまま──!
ヘリの
「ちょッ……おまっ!」
ワイヤーで減速したとはいえ、アリアの速度はほとんど自由落下ってカンジだ。
「──うっ? あ、あれ!? あれれ!?」
「……お、おい! ちょっ……!」
アリアをキャッチしようと後退すると、がしゃ。
俺の背中が、屋上の金網についた。
とうとうワイヤーを切り離し、俺めがけて斜めに落っこちてきたアリアに──
──空から女の子が降ってくると思うか?──
──真っ青になった次の瞬間。
「──!」
がっしゃあああん!
俺はアリアにしがみつかれた衝撃で、背中で金網を思いっきりひしゃげさせてしまった。
まるでジャンプ台みたいに斜めになった金網から、
よかった。一歩間違えてたら転落してたぞ。
「お……お前なぁ!」
「
俺の叫びに続けるようにして、ヘリから白人が叫んでいるのが見えた。
ロンドン
「べー」
ヘリが作る下降気流にツインテールを盛大にはためかせながら、アリアは空に向かってアカンベーなんかをしている。
それに、怒ったのか。
ヘリからは武偵局の役人が、何人かワイヤーを使って屋上に降りてきてしまう。
ロンドン
いったん戻ると言ったアリアに脱走されて、
それにしても……マズい。
人数が違いすぎる。このままじゃアリアを連れ戻される。
なんとかしないと……!
だが、今の
いや、やらなきゃダメだ。そんなの言い訳だ。
ヒステリアモードじゃない俺にでも、できることを探すんだ!
「アリア」
「なに」
「アイツらはまだワイヤーを持ってるか」
「今のリペリングで使っちゃったハズよ。ヘリの中にも予備は無かった」
二丁
「撃つなアリア。相手は部外者だ。ケガさせたら
「……じゃあどうするつもりよ」
言われて、
半ばヤケクソ気味に、屋上の出入口になっている階段の扉に駆け寄る。
そしてそのドアノブを、ガンガン! と、買い直したばかりのベレッタでブチ壊した。
よし、
「で、出口ふさいでどうするつもりよ!」
ぎー! と怒るアリアに、俺は苦笑いしながら振り返った。
これ、きっと、すごく情けない顔なんだろうな。
「悪りぃなアリア。今の俺には、こんな事しか思いつかねーんだ」
「?」
「お前……俺のために、飛んでくれたんだよな、ここから」
俺が、『
アリア。
お前はこの女子寮の屋上から、俺のために飛び降りた。
飛び降りて、くれたんだよな。
「アリア。今の俺は何にもできない、
「……?」
「──お前がしてくれたことを、恩返しするぐらいのことは──できるんだよっ!」
来いアリア!
お前こそ覚悟しろってんだ!
こんなダメなヤツを相棒にするつもりなら、
このぐらいの無茶、しなきゃなんねーんだぞ!
──俺はさっきひしゃげた金網に向かって、走る。
「キンジ!?」
アリアが、後を追って走ってくる。
「アリア! お前は
俺はジャンプ台みたいになった金網を、まんま、ジャンプ台にして──
「俺が、BGMぐらいにはなってやる!!」
絶叫し──
俺は、
──なあ。
いったい、なんで、こんなことになっちまったんだろうな?
今さっき金網に引っかけたベルトのワイヤーが、俺の落下速度を
盛大にスカートを
ぼすすっ!
俺とアリアは、女子寮の下にあった温室のビニールハウスに突っ込んだ。
ビニールの屋根がクッションになる──かと思ったんだが。
びりがしゃ、と、俺たちはそのまま屋根を突き破り、温室の中に落っこちてしまう。
「……っ……ってぇ……」
「バ……バカキンジ……!」
さすがに、これは無茶だったか。
俺とアリアは、マンガみたいに目をグルグル回してしまった。
──よろ、よろ、と起き上がったアリアから、
「サ、サイテー。あんた、バカキンジモードなのね……?」
とうとうそんな言葉が出てきてしまって、俺は
完全にではないまでも、俺の秘密を知る人間が増えちまったな。
上空からは、温室にヘリのサーチライトがあてられてきた。
俺たちはその丸い光の中に、照らし出される。
まるで、
「キンジ」
アリアが、俺にその
俺は
「あんたには何かをスイッチにして、急激に高まる不思議な力がある」
「……」
「それが何なのかは分からない。あんたもそれを自分では制御できてない」
「…………」
「でもね、今、あたし思いついたの。それなら普段からそれを出せるように──あんたを調教してやればいいのよ! そうよ! 簡単なことだったんじゃない! ね!?」
「ちょっ……! そ、それは物理的に……は可能かもしれないが、
「男が
「
「うるさいうるさい! あたしはあんたをパートナーにして、
「だ……だから何なんだよその『H』ってのは──!」
「まだ分かってなかったの!? 信じらんない! バカバカ! どバカ! ギネス級のバカ! バカの金メダル!」
言い過ぎだろコラ。
「ああもう! あんたで決定したんだから教えてあげるわよ! あたしの名前は──」
アリアは
両手を腰にあて、その寄りも上がりもしない胸を張った。
「
「ホー、ムズ……!?」
「そう! あたしはシャーロック・ホームズ4世よ! で、あんたはあたしのパートナー、J・H・ワトソンに決定したの! もう逃がさないからね! 逃げようとしたら──」
待て、待て。
待ってくれ!
「──風穴あけるわよ!!」