5弾 オルメス

 どういう刺激を受けるかにもよるが、ヒステリアモードは長くても数十分しか続かない。はね空港の第2ターミナルに着いたころおれは──もう、通常モードに戻っていた。

 だが、それでも止まるわけにはいかなかった。

 俺の推理が正しければ。

 アリアはもうすぐ会ってしまう。会ってしまうのだ。

──!

 空港のチェックインをてい手帳についたしようで通り抜け、金属探知機なんかもちろん通らず、ゲートに飛び込む。

 アリア。

 帰りたければ帰れ。

 だが、もう『ていごろし』と戦ってはいけない。

『武偵殺し』があの兄さんをたおしたのだとしたら──お前1人では、『武偵殺し』には勝てない。絶対に!

 兄さんは強かった。

 だれよりも強かった。そして賢かった。ヒステリアモードの俺よりはるかに、けたちがいに。

(アリア──!)

 次は、ひたいの傷じゃ済まないぞ!

 殺される。

 、お前は!


 俺はボーディングブリッジを突っ切り、今まさにハッチを閉じつつあるANA600便・ボーイング737-350、ロンドン・ヒースロー空港行きに飛び込んだ。

 バタンッ。機内に駆け込んだ俺の背後で、ハッチが閉ざされる。

「──武偵だ! 離陸を中止しろっ!」

 目を丸くしている小柄なフライトアテンダントに、武偵徽章を突きつける。

「お、お客様!? 失礼ですが、ど、どういう──」

「説明しているヒマはない! とにかく、この飛行機を止めるんだ!」

 アテンダントはビビりまくった顔でこくこくうなずき、2階へと駆けていった。

 その後を追いかけたいところだったが、逆に、その場にりようひざを落としてしまう。強襲科アサルトめて体力が落ちていたのがわざわいした。ここまでの全力疾走で息が切れている。もう、一歩も動けない感じだ。

 だが……とりあえずはこれで、離陸を止めることはできただろう。

 ──そう思った矢先。

 ぐらり。

 機体が揺れた。

 動いて……いる!

「あ、あの……だ、ダメでしたぁ。き、規則で、このフェーズでは管制官からの命令でしか離陸を止めることはできないって、機長が……」

 2階から降りてきたアテンダントが、ガクガクふるえながらおれを見ている。

「ば、バッカヤロウ……!」

「う、撃たないでください! ていうかあなた、本当にていなんですか? 『止めろだなんて、どこからも連絡もらってないぞ!』って、機長に怒鳴られちゃいましたよぉ」

 こ、このバカ……!

 どうする。

 けんじゆうおどしてでも、止めさせるか。

 いや。ダメだ。今のコイツの話によれば機長は俺を信用していない。今さら脅しても、飛行機を止めることはできないだろう。

 窓の外をにらむと、ANA600便はもうかつそうに入ってしまっていた。

 今ムリに止めると、滑走路上でほかの飛行機と衝突する恐れもある。

 頭を切り換えろキンジ。もう手遅れだ。

 後手に回ってしまったのなら、後手なりの戦い方をしないと失敗する。

 ──作戦を、変えるしかない。


 機体は上空に出て、ベルト着用サインが消えた。

 俺は仕方なしにアテンダントを落ち着かせてから……アリアの席、というか個室に案内してもらう。

 この飛行機のキャビン・デッキは、普通の旅客機とは明らかに異なる構造をしていた。

 1階は広いバーになっていて、2階、中央通路の左右には扉が並んでいる。

 これは──この間、ニュースで見たことがあるぞ。

『空飛ぶリゾート』とか言われてた、全席スィートクラスの超豪華旅客機。

 座席ではなく高級ホテルのような12の個室を機内に造り、それぞれの部屋にベッドやシャワー室までもを完備した、いわゆるセレブごようしの新型機だ。

「……キ、キンジ!?」

 生花で飾り付けられたスィートルームで──アリアが、あかい目をまん丸に見開いた。

 よし。まずは合流できたな。

「……さすがはリアル貴族様だな。これ、チケット、片道20万ぐらいするんだろ?」

 ダブルベッドを見ながら言ってやると、アリアは座席から立っておれにらんできた。

「──断りもなく部屋に押しかけてくるなんて、失礼よっ!」

「お前に、そのセリフを言う権利は無いだろ」

 アリアは自分が俺の部屋に押しかけたことを思い出したのだろう。

 うぐ、と怒りながらも黙る。

「……なんでついてきたのよ」

「太陽はなんでのぼる? 月はなぜ輝く?」

「うるさい! 答えないと風穴あけるわよ!」

 セリフをパクられてカッとなったのか──ばっ。アリアはスカートのすそに手をやった。

 俺は内心あんする。

 よかった。帯銃してるんだな。

てい憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ」

「……?」

「俺はこう約束した。強襲科アサルトに戻ってから最初に起きた事件を、1件だけ、お前と一緒に解決してやる──『ていごろし』の1件は、まだ解決してないだろ」

「なによ……何もできない、役立たずのくせに!」

 がう! と、小さいライオンがえるようにアリアはけんいた。

「帰りなさい! あんたのおかげでよ───く分かったの、あたしはやっぱり『』! あたしのパートナーになれるヤツなんか、世界のどっこにもいないんだわ! だからもう、『武偵殺し』だろうがだれだろうが、これからずっと1人で戦うって決めたのよ!」

「……もうちょっと早く、そう言ってもらいたかったもんだな」

 俺は室内にあったもう一つの座席に腰を下ろし、わざとらしく、眼下の街を見た。

「……ロンドンについたらすぐ引き返しなさい。エコノミーのチケットぐらい、手切れ金がわりに買ってあげるからっ。あんたはもう他人! あたしに話しかけないこと!」

「元から他人だろ」

「うるさい! しやべるの禁止!」


 強風の中、ANA600便は東京湾上空に出た。

 ふくれっつらのアリアは腕組み足組みをして座席に座り、ぶっすぅー、と外を眺めている。

 俺は──もう、毒を食らわば皿までの精神だった。

 ロンドンだろうがどこだろうが、飛ぶなら飛べ。こうなれば、今は待ちの一手だ。

「──お客様に、おび申し上げます。当機は台風による乱気流をかいするため、到着が30分ほど遅れることが予測されます──」

 機内放送が流れ、600便は少し揺れながら飛ぶ。

 揺れ自体は、大したことは無かったのだが……

 ガガン! ガガーン!

 比較的近くにあった雷雲から、雷の音が聞こえてくる。

 ガガガ───ン!!

 ひときわ大きな雷鳴がとどろくと……アリアは目を丸くして、きゅっ、と首を縮めた。

「怖いのか」

「こ、怖いわけない。バッカみたい。っていうか話しかけないで。耳がイライラするわ」

 と言った矢先に、また、ガガーン!

「きゃっ!」

 短く悲鳴を上げたアリアを見て、おれは苦笑いする。

 へえ。双剣双銃カドラのアリア様にも、ニガテなものがあったのか。カミナリとはね。

「雷が苦手なら、ベッドにもぐってふるえてろよ」

「うっ、うるさい」

「チビったりしたら一大事だぞ?」

「バ、バ、バカ!」

 ガガガ───ン!!

「──うぁ!」

 激しく響いた雷の音に、アリアはとうとう座席からジャンプした。

 そして、本当にベッドに潜り込んでしまう。

 あまりにも今言った通りの展開になったので、俺は……こんな時なのに、笑いがこみ上げてきてしまった。コイツ、もしかしたらホントにチビったかもだぞ。

「アリアー。替えのパンツ持ってるか?」

「バカキンジ! あ、あとで風穴あけてやるから!」

 うはは。ガクガク震えてる。

 ガガガ───ン!! ガガガ───ン!!

 運が悪いのか機長がヘタなのか。この飛行機、雷雲の近くを飛んでるな。

「~~~き、キンジぃ~~~」

 毛布の中から涙声を上げ、アリアはとうとう席に座る俺のそでをつかんできた。

「ほ、ほら、おびえんなって。テレビつけてやるよ」

 俺は子供みたいに袖をはなさないアリアにちょっとたじろぎながら、リモコンでテレビをつけ、チャンネルを回していく。最新映画やアニメの映像が切り替わっていき……

 年配の乗客向けに入れられているらしい時代劇のチャンネルで、指を止めた。

『──このさくらふぶ、見覚えがねぇとは言わせねえぜ──!』

 おっ……これは、おれのご先祖様を描いたチャンバラだな。

 めいぎようとおやまきんさん。

 兄さんの説によれば、彼もまたヒステリアモードのDNAを持っていて──露出狂のケがあったのか、もろ肌を脱ぐと急激に知力体力を高めることができる人だったらしい。

「ほら。これでも見て気をまぎらわせ」

「う、うん」

 話しかけちゃいけないというアリアルールは、どうやら解禁になったようだ。

 俺のそでを握り、ぷるぷるふるえるその手は小さくて、か弱くて……

 今度こそ本当に、ただの女の子の手に思えた。

 もし──もしも、だ。

 コイツがいま、普通の女の子なのなら。

 普段の俺は、ただの、平凡な男子高校生なんだから。

「アリア」

 こうやって……震える手に、手を添えてやって。

「キ、キンジ……?」

 そう。

 普通のクラスメートとして。友達として。

 震えをやわらげてやることぐらいは、できる──

 何秒かためらってから、アリアの指が、俺の手を握り返そうとしてきた時……


  パン! パァン!


 ──音。が、機内に響いた。

 今度のそれは雷鳴ではなく、俺たちていこうの生徒がもっと聞き慣れた音──

 銃声──!


 狭い通路に出るとそこは、大混乱になっていた。

 12の個室から出てきた乗客たちと、数人のアテンダント──文字通り老若男女が、不安げな顔でわあわあ騒いでいる。

 銃声のした機体前方を見ると、コクピットの扉が開けはなたれている。

「!」

 そこにいたのは、さっきの小柄でマヌケなアテンダント。

 そいつが、ずる、ずる、と機長と副操縦士を引きずり出してきている。

 2人のパイロットは何をされたのか、全く動いていない。

 どさ、どさ、と通路の床に2人を投げ捨てたアテンダントを見て、おれあわててけんじゆうを抜いた。

「──動くな!」

 俺の声にアテンダントは顔を上げると、にいッ、と、その特徴の無い顔で笑った。

 そして1つウィンクをして操縦室に引き返しながら、

Attention Please.お気を付け下さい でやがります」

 ピン、と音を立てて、胸元から取り出したカンをほうり投げてきた。

 俺の足元に転がったそれに、背筋が凍る。

「キンジっ!」

 雷の恐怖を押して部屋から出てきたアリアが、悲鳴を上げる。

 シュウウウウ……!

 音で分かる。

 これは──ガス缶だ!

 サリン、ソマン、タブン、ホスゲン、ツィクロンベー強襲科アサルトで習った毒ガスの名前が、頭の中を駆けめぐる。もし強力なヤツだったら、もうアウトだ。

「──みんな部屋に戻れ! ドアを閉めろ!」

 自分もアリアを部屋に押し込むようにしながら、叫ぶ。

 ばたん、と扉を閉める一瞬前に──飛行機はグラリ、と揺れ。

 ばちん、と機内の照明が消え、乗客たちが恐怖に悲鳴を連ねた。


 くらやみはすぐに、赤い非常灯に切り替わった。

「──キンジ! 大丈夫!?」

 俺の体を心配してくるアリアに顔を上げ、自分で呼吸を確かめる。

 息は──できる。目も見える。手足のマヒもない。

 一本取られた。どうやら無害なガスだったらしい。

「アリア。あのフザケたしやべり方……あいつが『ていごろし』だ。、出やがった」

「…………? あんた、『武偵殺し』が出ることが、分かって──」

 赤紫色カメリアの目が、まんまるに見開かれる。

 俺はヒステリアモードの時にひらめいたあの推理を、伝えることにした。

「『武偵殺し』はバイクジャック、カージャックで事件を始めて──さっき分かったんだが、シージャックで──ある武偵を仕留めた。そしてそれは、たぶん直接対決だった」

「……どうして」

「そのシージャックだけ、お前が知らなかったからだよ。電波、ぼうじゆしてなかったんだろ」

「う、うん」

「『ていごろし』は電波を出さなかった。つまり、船を遠隔操作する。ヤツ自身が、そこにいたからだ」

 あの兄さんが、というのもそもそもおかしいとは思っていたしな。

「ところが、バイク・自動車・船と大きくなっていった乗り物が、ここで一度小さくなる。おれのチャリジャックだ。次がバスジャック」

「……!」

「分かるかアリア。コイツは初めっからメッセージだったんだよ。お前は最初から、ヤツの手のひらの上で踊ってたんだ。ヤツはかなえさんに罪を着せ、お前に宣戦布告した。そして兄──いや、シージャックでられた武偵を仕留めたのと同じで、今、お前と直接対決しようとしてる。この、でな」

 推理のニガテなアリアが、ぎり、と悔しさに歯を食いしばる。

 そこに──

 ポポーンポポポン。ポポーン。ポポーンポポーンポーン……

 ベルト着用サインが、注意音と共にワケの分からない点滅をし始めた。

「……和文モールス……」

 アリアがつぶやいたので、俺は揺れる機内でその点滅を解読しようと試みる。


 オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ

 オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー ニ イルヨ


「……誘ってやがる」

「上等よ。風穴あけてやるわ」

 アリアはまゆをつり上げて、スカートの中から左右のけんじゆうをぞろりと出した。

「一緒に行ってやる。が役に立つかどうかは、分からないけどな」

「来なくていい」

 ガガーン! 再び聞こえた雷鳴に、アリアはキュッと体をこわばらせた。

「どうする」

「……く、来れば」


 床に点々とともる誘導灯に従って、俺たちは慎重に1階へと降りていく。

 1階は──ごうしやに飾り立てられたバーになっている。

 その、バーのシャンデリアの下。

 カウンターに、足を組んで座っている女がいた。さっきのアテンダントだ。

「!?」

 けんじゆうを向けながら、おれたちはまゆを寄せる。

 彼女は、ていこうの制服を着ていた。

 それもヒラヒラな、フリルだらけの改造制服──だ。

 パニエで花のようにふくらませたスカートは、さっき

「今回も、キレイに引っかかってくれやがりましたねえ」

 言いながら……ベリベリッ。

 アテンダントはその顔面にかぶせていた、薄いマスクみたいな特殊メイクを自らいだ。

 中から出てきたのは──

「──!?」

Bon soirこんばんは

 くいっ、と手にした青いカクテルを飲み、ぱちり、と俺にウィンクをしてきたのは、やっぱり、理子──だった。

 この異常な状況に、俺はがくぜんとする。

 俺とだいで別れてから、コイツも──あの改造ベスパでこの飛行機を追っていたというのか? そしてアテンダントに化けて、武偵しようを使い──もぐり込んだ?

「アタマとカラダで人と戦う才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵高にも、お前たちみたいな遺伝系の天才がけっこういる。でも……お前の一族は特別だよ、

「──!」

 理子に言われた単語に、アリアは電流に打たれたように硬直した。

 オルメス──?

 それが、アリアの『H』家の名なのか?

「あんた……一体……何者……!」

 眉を寄せたアリアに、にやり、と理子が笑う。

 その顔を、窓から入ったいなびかりが照らした。

「理子・みね・リュパン4世──それが理子の本当の名前」

 ……リュパン……?

 リュパンって、あれか。探偵科インケスタの教科書に載ってた、あのフランスの大怪盗。

 理子はあの、アルセーヌ・リュパンの……まごだっていうのか!?

「でも……家の人間はみんな理子を『理子』とは呼んでくれなかった。お母さまがつけてくれた、このかっわいい名前を。呼び方が、おかしいんだよ」

「おかしい……?」

 アリアが、つぶやく。

「4世。4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつも、使用人どもまで……理子をそう呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ」

「そ、それがどうしたってのよ……

 なぜかハッキリとそう言ったアリアに、はいきなり目玉をひんむいた。

「──悪いに決まってんだろ!! !? あたしはただの、DNAかよ!? ! ! どいつもこいつもよォ!」

 突然、キレた理子は──

 おれたちではない、だれかに対して、叫んでいた。

 ここではない、どこかに対して怒っていた。

 なんだ。なんなんだ、こいつは!

ひいじいさまを超えなければ、あたしは一生あたしじゃない、『リュパンのまご』として扱われる。だからイ・ウーに入って、を得た──で、あたしはもぎ取るんだ──あたしをッ!」

 何を言ってるのかじんも分からない理子の話を、アリアは深刻なおもちで聞いていた。

「待て、待ってくれ。お前は何を言っているんだ……!? オルメスって何だ、イ・ウーって何だ、『ていごろし』は……本当に、お前のわざだったのかよ!?」

「……『武偵殺し』? ああ。あんなの」

 じろ、と、理子がアリアを見る。

「プロローグを兼ねたお遊びよ。本命はオルメス──アリア。お前だ」

 そのはもはや、いつもの理子の眼ではなかった。

 獲物をねらう、獣の眼だ。

「100年前、曾お爺さま同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世をたおせば、あたしは曾お爺さまを超えたことを証明できる。キンジ……お前もちゃんと、役割を果たせよ?」

 獣の眼が、今度は俺に向けられる。

「オルメスの一族にはパートナーが必要なんだ。曾お爺さまと戦った初代オルメスには、優秀なパートナーがいた。だから条件を合わせるために、お前をくっつけてやったんだよ」

「俺とアリアを、お前が……?」

「そっ」

 理子は再びいつもの軽い調子に戻って、くふ、と笑った。

 コイツ。

 このバカ理子を──たのか。今まで。ずっと。

「キンジのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやすぅーい電波を出してあげたの」

「……あたしが『武偵殺し』の電波を追ってることに気付いてたのね……!」

「そりゃ気付くよぉー。あんなに堂々と通信科コネクトに出入りしてればねぇー。でも、キンジがあんまり乗り気じゃないみたいだったから……バスジャックで協力させてあげたんだぁ」

「バスジャックも……!?」

「キンジぃー。武偵はどんな理由があっても、人に腕時計を預けちゃダメだよ? 狂った時間を見たら、バスにチコクしちゃうぞー?」

 腕時計──が温室でおれの腕時計を壊したのは、わざとだったのか。

 そしてコイツは修理を口実に時計を持ち帰り、細工を仕込んだ。

 そのせいで俺はあの日、7時58分のバスに乗り遅れて──

「何もかも……お前の計画通りだったってワケかよ……!」

「んー。そうでもないよ? 予想外のこともあったもん。チャリジャックで出会わせて、バスジャックでチームも組ませたのに──キンジがアリアとくっつききらなかったのは、計算外だったの。理子がお兄さんの話を出すまで動かなかったのは、意外だった」

 兄さん。

「……兄さんを、お前が……お前が……!?」

 兄さん。

 俺のあこがれで、尊敬の対象だった人。

 その兄さんを、コイツが……!

 分かる。

 頭に、血が上ってきたのが分かる。

 これはおれの弱点だ。

 兄さんのことになると、俺は冷静でいられなくなる──!

「くふ。ほらアリア。パートナーさんが怒ってるよぉー? 一緒に戦ってあげなよー!」

 。さすが、怪盗リュパンの4世だな。

 ここもまた、お前の筋書き通りってわけかよ……!

「キンジ。いいこと教えてあげる。あのね。あなたのお兄さんは……今、理子の恋人なの」

「いいかげんにしろ!」

「キンジ! 理子はあたしたちを挑発してるわ! 落ち着きなさい!」

「これが落ち着いてられるかよ!」

 これ以上、死んだ兄さんをじよくするようなマネは──絶対、許せねえ!

 衝動的に、俺がベレッタを握る右手に力を込めた瞬間。

 飛行機がまた、ぐらり、と揺れて。

「!」

「おーらら♪」

 気がついた時には、俺の手から──ベレッタが消えていた。

 がしゃん、がしゃ……と、うつろな音を立てて、銃は真後ろの床に壊れて散らばっていく。

 見えたのは、こっちに小ぶりなけんじゆう──ワルサーP99を構えた理子の笑顔だった。

「ノン、ノン。ダメだよキンジ。今のお前じゃ、戦闘の役には立たない。それにそもそもオルメスの相棒は、戦う相棒じゃないの。パンピーの視点からヒントを与えて、オルメスの能力を引き出す。そういう活躍をしなきゃ」

 うっとりとご高説をぶった理子を見て──そのすきに、アリアが動いた。

 まるで小さな、のように。

 ばんっ! と床をったかと思うと、二丁拳銃を構えて襲いかかる。

 いける、と判断したのだろう。相手の火器を見て。

 常に防弾服を着用しているてい同士の近接戦では、拳銃弾は一撃必殺の刺突武器になりえない。なのだ。

 となるとモノを言うのは、総弾数となる。

 あの広いスカートの中に、たまが20発でも30発でも入るUZIウージーを隠し持たれていたら不利だが、ワルサーP99には通常16発までしか入らない。

 対するアリアのガバメントは7発。チェンバーにあらかじめ入れておくか、エジェクションポートから手で1発入れておけば、8発まで入る。

 これが2丁あるから、最大16発。互角だ。

 だが──

「アリア。二丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 はカクテルグラスを投げ捨てると、その手で──

 もう一丁、ワルサーP99をスカートから取り出した。

「!」

 だが、もう、アリアが止まるワケにはいかない。

 バリバリバリッ! という音を上げて、アリアは理子を至近距離から撃ち始めた。

「くッ……このっ!」

「あはっ、あはははっ!」

 アリアと理子は至近距離から、けんじゆうでお互いを撃とうとせめぎ合う。

 ていほう9条。

 武偵はなる状況にいても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

 その法を遵守するため、アリアは理子の頭部をねらえない。

 そして理子も──合わせているつもりか、アリアの頭部を狙わない。

 まるで格闘技のように、アリアと理子の手が交差する。

 武偵同士の近接拳銃戦は、射撃線をけ、かわし、あるいは相手の腕を自らの腕ではじいての戦いだ。

 バッ! ババッ!

 はなたれる銃弾は、お互いの小柄な体を捕らえず壁に、床に、撃ち込まれていく。

「──はっ!」

 たまれを起こした次の瞬間、アリアはそのりようわきで理子の両腕を抱えた。

 2人は抱き合うような姿勢になり、理子の銃撃がむ。

 いいぞ! 格闘戦では、アリアの方に分がありそうだ──!

「キンジ!」

 アリアに呼ばれるまでもなかった。

 ジャキッ──

 おれは兄の形見のバタフライ・ナイフを、手のひらの中で回転させて開く。

 非常灯の下で、刀身が赤く光る。

「そこまでだ理子!」

 アリアの背後に突き出た拳銃に注意しつつ、慎重に近づこうとした時──

双剣双銃カドラ──奇遇よね、アリア」

 理子が、言った。

「理子とアリアは色んなところが似てる。家系、キュートな姿、それと……2つ名」

「?」

「あたしも同じ名前を持ってるのよ。『双剣双銃カドラの理子』。でもねアリア」

 俺の足が、止まった。

 その、ありえない、不気味な光景に。本能的に。

 なんだ……あれは!?

「アリアの双剣双銃カドラは本物じゃない。お前はまだ知らない。のことを──!」

 しゅら……しゅるるっ。

 笑うの、ツーサイドアップの、テールの片方が──まるで神話にあるメデューサの髪のように、動いて──

 シャッ!

 背後に隠していたと思われるナイフを握り、アリアに襲いかかった。

「!」

 一撃目は、驚きながらもけたアリアだったが──

 ザシュッ!

 反対のテールに握られたもう一本のナイフが、せんけつを飛び散らせた。

「うあっ!」

 アリアが──真後ろに、のけぞる。

 側頭部をられた。血が、あかく、紅く、ほとばしる。

「あは……あはは……ひいじいさま。108年の歳月は、こうも子孫に差を作っちゃうもんなんだね。勝負にならない。コイツ、パートナーどころか、自分のすら使えてない! 勝てる! 勝てるよ! 理子は今日、理子になれる! あは、あはは、あははははは!」

 また、ワケの分からないことを叫びながら──

 理子は髪で押しのけるようにして、アリアを突き飛ばした。

 あの髪、よほど怪力なのだろうか。アリアは驚くほどやすやすと吹っ飛ばされ──ボロぞうきんみたいに、おれの足元に転がってきた。

「アリア……アリア!」

 顔面をしんに染める血にまぶたをきつく閉じながらも──アリアは、けんじゆうはなさずにいた。

 理子は──テールで握ったナイフについた血を、べろり。うまそうに、なめる。

 ありえない……

 

 とにかくアリアを連れて、逃げなければ!

 高笑いしながらの理子の声が、背中にかけられる。

 きゃははははっ! ──ねえねえ、狭い飛行機の中、どこへ行こうっていうのー?


 久々のお姫様抱っこで抱えたアリアは──悲しいほどに、軽かった。

 人間というものは、こわばっていたり暴れてたりすると実際より重く感じられる。

 アリアは意識が途切れつつあるのか、脱力しきっているのだ。

 さっきのスィートルームに逃げ込んだおれは、アリアをベッドに横たわらせた。

 血まみれの顔面を、まずは備え付けのタオルでぬぐってやる。

「う……っ」

 うめくアリアのこめかみの上、髪の中には、深い切り傷がついていた。

 まずい──側頭動脈をやられてる。

 けいどうみやくほどの急所じゃないが、すぐに、血を止めなければ──!

「しっかりしろ……傷は浅い!」

 てい手帳に挟んであった止血テープで、アリアの傷をとにかくふさぐ。だが、止血テープとはワセリンで強引に血を止めるだけの、その場しのぎにしかならないモノだ。

 それが分かっているのだろう。アリアは、俺のうそを力なく笑って流していた。

「アリア!」

 俺は半ばキレ気味に、武偵手帳のペンホルダーに指を突っ込んだ。そこから、『Razzoラツツオ』と書かれた小型の注射器を取り出す。

「ラッツォ──行くぞ! アレルギーは無いな!?」

「…………な……い……」

 ラッツォとは──アドレナリンとモルヒネを組み合わせて凝縮したような、つまりは気付け薬と鎮痛剤を兼ねただ。

「ラッツォは心臓に直接打つ薬だ。いいか、これは必要悪だぞ」

 前置きすると、俺はアリアの小さな身体からだにまたがるようにベッドに上がった。

 そしてそのセーラー服の胸元に、手をかける。

「ヘ……ヘンなこと……したら、風、穴……」

「ああ、風穴あけられるぐらい、元気になってくれよ──!」

 俺はブラウスのジッパーを乱暴に下ろし、左右に引き開けた。

「う……」

 アリアが、小さくふるえて──

 あの、トランプがらの下着があらわになった。

 白磁のような肌。最後の最後まで薄布一枚で守られている、愛らしい、女の子の胸。

 どきん、と、俺の胸が跳ねる。

 こんな時に不謹慎もはなはだしい。

 でも、ああ、チクショウ。なんでこんなにすみずみまでわいいんだ。コイツ。

「アリア……!」

 アリアの白い肌に、震える指を乗せる。

 ミニチュアのように小柄な胴に指をわせ、きようこつを探し当てる。

 そこから指二本分、上──そこが心臓だ。ちょうど、フロントホックの辺り。

「き、キンジ……」

「動くな」

「こ……こわい……」

 蚊の泣くような声を聞きながら、右手に持った注射器のキャップを口で外す。

「──アリア、聞こえるか! 打つぞ!」

 アリアは、答えない。

 ピクリとも動かない。

 心臓の鼓動が──

 止まってる。

 アリア!

「──戻ってこい!!」


  ぐさッ──!


 殴るように、注射針を突き立てた。

 迷うと失敗する。だから一思いに、ぎゅっ。薬剤をアリアの心臓にブチ込む。

「──!」

 びくん、とアリアがけいれんした。

 クスリの激しい威力に、ゆがむ顔。

 だがそれすら、今はどういうワケかいとおしく思える。

 生きてる。生き返った。その証拠だからだ。

「う……!」

 アリアは大きく息を吸い込むと、ぷるぷるふるえながらその小さな口を開く。

 どうなる……?

 よみがえろうとするアリアは……青ざめていた肌をピンクがかったものに戻しつつ、呼吸を次第に強めていく。

 そして……

「──っはぁ!」

 がばっ!

 ゾンビ映画みたいに、上半身を起こしてきた。

「って……えっ!? な、な、なな、何!? 何これ! む、胸!?」

 だが薬のせいか、アリアの記憶は混乱し、いくらか飛んでいるようだ。

「キ──キンジ! またあんたのわざね! こ……こんな胸! なんで見たがるのよ! イヤミのつもりか! 小さいからか! いつまで! たっても! 成長しないからか! どうせ! 身長だって! 万年142センチよっ!」

 混乱状態のアリアは顔どころか全身ゆでダコみたいに真っ赤になって、ブラウスの前を閉じようとした。そして自分の胸に、注射器が突き刺さっていることに気付く。

「ぎゃー!!」

 花の女子高生とは思えない悲鳴を上げ、豪快に注射器を引っこ抜くアリア。

「そ、それだアリア! お前はにやられて、おれが、ラッツォで──」

「りこ……理子──ッ!!」

 服を乱暴に整えると、アリアはベッドの上から左右のけんじゆうをむしり取った。

 そして、鬼の形相のまま、バランスの悪い足取りで部屋を出ていこうとする。

 ──まずい。

 ラッツォは復活薬であると同時に、興奮剤でもある。

 クスリが効きやすい体質なのか、アリアは正気を失っているようだ。

 自分と理子の、戦力の優劣が判断できていない──!

「待てアリア! マトモにやっても、アイツには勝てないぞ!」

 俺はドアの前に立ちふさがり、アリアの左右の拳銃を手のひらごとわしづかみにした。

「そんなの関係ない! は、な、せ! あんたなんか、どっかに隠れてふるえてなさい!」

 アリアは俺に両手を握られたまま、きばのようなけんをむいてわめく。

「し……静かにするんだアリア! これじゃあ、理子に──俺とお前が同じ部屋にいて、チームワークが働いてないことまでバレる!」

「かまわないわ! あたしはどうせよ! 理子は1人で片付ける! それにだいたい、そもそも、あんたはあたしのことなんか助けにこなくてよかったのよ!」

 俺をにらむアリアのツリ目は、そのあかひとみを激しい興奮にうるませていた。

 ダメだ。落ち着かせることはできなさそうだ。

「あんた、あたしのことキライなんでしょ!? あんたは言った! うみに行ったとき! 猫を探しに行く前に! あたし──覚えてるんだから!」

 ああ、どうすれば黙ってくれるんだ。

 アニメ声で叫ぶこの口を、ふさがねば。でも、アリアの銃を押さえるこの両手は絶対離せない。

 これを離したら、コイツは俺を撃って、すぐさま部屋を出て行ってしまうだろう。

 ──これを何とかする方法は──

 ……無くは、ない。

 アリアの弱点を突く、がある。

 だがそれをやってしまうと、俺は──

 間違いなく、に、なってしまうだろう。

 あの、つらい思い出と共にある、兄さんを破滅させた、ヒステリアモード。

 だれにも……特に女には見せたくない、自分からは絶対なりたくない、あの自分。

 でも……でも!

 でも今はもう、背に腹はかえられない!

 このままだと、はまっすぐここにやってきてしまう。いや、もう、扉の前にいるのかもしれない。

 おれたちが言い争っているのを聞けば、簡単に始末できると踏むだろう。

 そしてそれは、おそらく正解で。

 銃の無い俺は元より、アリアまで──殺されてしまうんだ──!


「あたしは覚えてる! あんたは、あたしに『大っキライ』って言った! あたし、あの時は普通の顔してたけど──あたし、あんたのこと、パートナー候補だと思ってたのに、

『キライ』って言われて──あの時、本当は、胸が、ズキンって──」


 ああ、アリア。

 ──許せ!


「だからもういいのよ! あたしのことキライならいいのよ! あたしのことキラ──」


 わめくアリアの口を、俺は。

 ふさいだ。

 


「────!!!」

 赤紫色カメリアの目を、飛び出させんばかりにして驚くアリア。

 恋愛のニガテなこのチビは、俺の決死のキスに──

 思った通り、完全に、固まってくれた。

 黙るどころか、両手の先までまるで石化したようにびびんとつっぱっている。

 ──ああ、そしてこれは、もろの剣で──

 桜の花びらみたいなアリアの唇は、小さくて、柔らかくて……俺のよりもいくらか熱いその唇が種火になって、こっちの全身へと、火炎を広げていくのが分かる。

 ──ドクン。

 体の中心がむくむくとこわり、ズキズキとうずくような、この感覚。

 けたように熱いそこから、こらえきれず、何かがほとばしりそうな気さえする。

 ──すごい。こんな猛烈なヒステリアモード……生まれて初めて、だ……!


 ──ぷは!


 2人は口を離し、同時に息を継いだ。

 長い──キスだったな。お互い硬直してたせいで。

「アリア……許してくれ。こうするしか、なかった」

「……か……か、か、かざ、あにゃ……」

 ふら、ふらら、へなへな。

 アリアが……その場にへたり込んだ。

「バ、バ、バカキンジ……! あんた、こ、こんな時に……なんてこと、すんのよ……! あたし、あたし、あたし、ふあ、ふぁ……ファーストキス、だったのに……!」

 また騒ぎ出すかとも一瞬思ったが、それはなさそうだ。

 ノドの奥から出るその涙声は、脱力しきって、かすれている。

「安心していい。おれもだよ」

「バカ……! せ、責任……!」

 涙目で俺を見上げ、プルプルと小動物のようにふるえるアリアに──

 ヒステリアモードの俺は、かがんで、目線の高さを合わせてやった。

「ああ、どんな責任でも取ってあげるさ。でも──仕事が、先だ」

「……キンジ……! あんた、また……」

 俺の声がさっきよりはるかに落ち着き、低くなっていることに気付いたらしい。

 アリアは何かを──おそらくチャリジャックの時の事を──思い出したような表情で、目を見開いた。

 俺はアリアの、無傷な方の耳元にスッと口元を寄せる。

 そして、ささやきで伝えた。

てい憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。俺は、アリアを信じる。だからアリアも俺を信じてにしてくれ。いいか。2人で協力して──『ていごろし』を、逮捕するぞ」


「バッドエンドのお時間ですよー。くふふっ。くふふふっ」

 はどこからか用意したらしいかぎで、スィートルームのドアを開けてきた。

 そして、ナイフを握る髪の毛を手のように使って扉を押さえつつ──両手に銃をたずさえ、笑いかけてくる。

「もしかしたら仲間割れして自滅しちゃうかなぁーなんて思って待ってたんだけど。そうでもなかったみたいなんで、ここで理子の登場でぇーす。あっ……」

 人が変わったように冷静になったおれの表情に──気付いたのだろう。

 は実にうれしそうに、左右のけんじゆうとナイフをカチンカチンとぶつけて鳴らした。

「あはっ! アリアと何かんだ? よくできたねぇ、こんな状況下で。くふふっ」

 コイツ。

 知ってるのか。

 俺の──ヒステリアモードのトリガーを。

「で? アリアは? まさか死んじゃった?」

 髪のナイフでベッドを指しながら、理子が言う。

 そこはマクラと毛布を詰めて、人がいるように見せかけているだけのふくらみだ。

「さあな」

 チラ、と俺がだけで横のシャワールームを見ると、理子は目ざとくその視線を追った。

「あぁん……そういうキンジ、ステキ。どっきどきする。勢い余って殺しちゃうかも」

「そのつもりで来るといい。そうしなきゃ、お前が殺される」

 低く言った、俺に──

 理子はクラッときたような顔をして、拳銃を向けてきた。

「──さいッこー。愛してる、キンジ。見せて──オルメスの、パートナーの力」

 引き金を引こうとした、理子に。

 俺は、ベッドのわきに隠しておいた非常用の酸素ボンベをたてにするようにかかげた。

「──!」

 撃てば、爆発する。

 俺ごと。そして理子ごと。

 それを悟った理子の手が、一瞬、止まる。

 一瞬で十分だった。

 俺はボンベを投げつけながら、理子に飛びかかろうとする。

 ゼロ距離になってしまえば、体格で圧倒できる。

 キンッ! と手のひらの中で音を立て、隠していたバタフライ・ナイフを開く。

「──!」

 理子がまゆを寄せた、その瞬間。

 ぐらっ!

「うッ!?」

 エアポケットにでも落ち込んだのか、飛行機が突然大きく傾いた。

 再びのこの悪運は──予測できなかった。ヒステリアモードの俺にも。

 足元が大きくブレて、姿勢を崩した俺の目に──

 斜めに傾いた部屋の中で、笑う理子のワルサーがこっちのひたいねらうのが見えた。

 そして。

 ──!

 その銃口からなまりだまはなたれ、こっちに飛んでくる。のが、えた。

 ああ。これはけられない。右にも。左にも。

 絶対、避けられない。

 ──!


  ギイイインッッッ!


 おれは、ナイフで──

 銃弾を、

 ……自分でやったことに、きようがくする。

 今回のヒステリアモードは、本当にすさまじい。

 だんがんり。正直、できるかどうか五分五分だと思ったのに。

 ──左右の壁に、真っ二つになった銃弾が突き刺さる音が聞こえた。

 どこか感動を含んだ驚きに、を見開いた瞬間──俺は、アリアから借りた黒いガバメントを抜いて理子に向けていた。

「動くな!」

「アリアを撃つよ!」

 体勢的にこっちに銃を向けるのは間に合わないと判断したらしい理子が、シャワールームにワルサーを向けた時。

 がたんっ!

 天井の荷物入れに、ひそんでいたアリアが。

 転げ出てきながら、白銀のガバメントで──

 ガンガンッ!!

 理子の左右のワルサーを、精密に手からはじき落とした。

「!!」

 さらにアリアは空中でけんじゆうを放し、背中から流星のように日本刀を2本抜く。

「──やっ!」

 そして抜刀と同時に、振り返った理子の左右のツインテールを切断する。

 ばさっ、ばさっ──

 茶色いクセっ毛をったテールが、握っていたナイフごと床に落ちる。

「うッ──!」

 理子は両手を自分の側頭部にあて、初めて、あせったような声を上げた。

 ちゃき、とアリアは刀を納め、流れるような動作でけんじゆうを拾い上げる。

みね・リュパン4世──」「──殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

 おれとアリアが、黒と銀のガバメントを同時に向けると──

 理子は……にやぁ───、と満面の笑みを浮かべて俺とアリアを交互に見た。

「そっかぁ。ベッドにいると見せかけて、シャワールームにいると見せかけて──どっちもブラフ。本当はアリアのちっこさをかして、キャビネットの中に隠してたのかぁ……すごぉい。ダブルブラフって、よっぽど息が合ってないとできない事なんだけどねぇ」

「不本意ながら一緒に生活してたからな。合わせたくなくても合うさ」

「2人とも、誇りに思っていいよ。理子、ここまで追い詰められたのは初めて」

「追い詰めるも何も、もうチェックメイトよ」

「ぶわぁーか」

 にくにくしげに言うと、理子は髪を……わさわさっと全体的にうごめかせた。

 その異様な光景に、対応が遅れる。

 ──髪の中で……何かを操作している!?

「やめろ! 何をしてる!」

 俺は理子を捕らえようと、踏み出した。

 その、瞬間──

 ぐらり!

 また機体が大きく、傾いた。急降下、している──!

 姿勢を崩したアリアが、壁にぶつかる。

 俺も倒れないようにするので精一杯だ。

「ばいばいきーん」

 次の瞬間、理子はだつごとくスィートルームから飛び出していた。


 おかしいとは思っていた。この飛行機は揺れすぎている。

 アイツは恐らくあの髪の中にコントローラーを隠し、遠隔操作していたのだ。

 ANA600便は、台風の雲の中を、恐るべき勢いで降下している。

 こんなに高度を下げてどうするつもりだ。

 乗客たちの悲鳴を聞きながら廊下を走り、階段を降りると──

 理子はバーのかたすみで、窓に背中をつけるようにして立っていた。

「狭い飛行機の中──どこへ行こうっていうんだい、リスちゃん」

 さっきの理子のセリフを返してやりながら、俺はガバメントを向ける。

「くふっ。キンジ。それ以上は近づかない方がいいよー?」

 にい、と理子が白い歯を見せる。

 壁際にはを取り巻くようにして、丸く輪のように粘土状のもの──おそらく、爆薬──がり付けられてあった。

「ご存じの通り、『』は爆弾使いですから」

 おれが歩みを止めたのを見て、理子はスカートをちょこんとつまんで少しだけ持ち上げ、いんぎんれいにおしてきた。

「ねぇキンジ。この世の天国──イ・ウーに来ない? 1人ぐらいならタンデムできるし、連れていってあげられるから。あのね、イ・ウーには──」

 理子はその目つきを鋭くしながら、

?」

 コイツ。また、兄さんのことを──

「これ以上……怒らせないでくれ。いいか理子。あと一言でも兄さんの事を言われたら、俺は衝動的にんだ。それはお互いに嫌な結末だろう?」

 ていほう9条。

 武偵はなる状況にいても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

「あ。それはマズいなー。キンジには武偵のままでいてもらわなきゃ」

 理子はウィンクしたかと思うと、両腕で自分を抱きしめるような姿勢を取り──

「じゃ、アリアにも伝えといて──あたしたちはいつでも、2人を歓迎するよ?」


  ドウッッッッ!!!


 いきなり、背後に仕掛けていたさくやくを爆発させた!

「────!」

 壁に、丸く穴が開く。

 理子はその穴から機外に飛び出ていった。パラシュートも無しで──!

「りっ……」

 理子! と叫ぼうとしたが、できない。

 室内の空気が一気に引きずり出されるようにして、窓に向かって吹き荒れる。

 機内に警報が鳴り響き、天井から酸素マスクが雪崩なだれのように飛び出した。

 バーにあったもろもろの物が、窓の穴から吸い出されていく。

 紙や布。グラスや酒のビン。そして──俺も──

「──!」

 床にえ付けられたスツールにしがみつくと、天井からは自動的に消火剤とシリコンのシートがばらまかれてきた。トリモチのようなそのシートは空中でべたべたとお互い引っ付き合い、理子が開けた穴にの巣を張るようにして詰まっていく。

 おれは手近な窓にしがみつくようにして、外を見た。

 わずかな月明かりの差す、そこには──

 くるくるくるっ、と宙を踊るようにして遠ざかるが見えた。

 ばっ。

 理子が背中のリボンをほどくと、あのやたらと布量の多いスカートとブラウスが不格好なパラシュートになっていくのが見える。

 最後に見えたのは、下着姿になった理子がこっちに手を振りながら雲間に消えていく姿だった。そうか。機外に脱出するつもりだったから、高度をこんなに下げていたのか。

「──!?」

 その、理子と入れ違いに──

 この飛行機めがけて、雲間から冗談のような速度で飛来する2つの光があった。

 ヒステリアモードのが、それをとらえる。

 ──そんな。

 そんなバカな。

 ──ミサイル──!?

 ドドオオオオオオンッッッ!!

 ごうおんと共に、今までで一番激しい振動がANA600便を襲った。

 突風や落雷とは明らかに違う、機体を巨大なハンマーで2発殴られたような衝撃。

「──!」

 俺は必死の思いで窓にしがみつく。

 そして、祈るような気持ちで翼の方を見た。

 悪夢のような連撃を受けながらも──ANA600便は、何とか持ちこたえていた。

 翼は2基ずつある左右のジェットエンジンのうち、内側を1基ずつ破壊されていたが、外側にある残りの2基は無事だ。

 血のような煙の帯を引きながらも、かろうじて飛んでいる。

 さっきの急減圧のせいで、まだ目がくらむ。

 だが、急がねばならない。操縦室に。

 何とか耐えたとはいえ、ANA600便は急降下を続けているのだ。


 機長と副操縦士は、理子に麻酔弾を撃たれたらしくこんとうしていた。

「──遅い!」

 彼らから取った非接触ICキーで操縦室に入ったところらしいアリアが、やってきた俺に振り返りつつけんをむいて叫んでくる。

 足元には、あのセグウェイの銃座にも似た妙な機械が転がっていた。これは理子が髪に隠したコントローラーで飛行機を遠隔操縦するために仕掛けていたカラクリを、アリアが外したざんがいのようだった。

 アリアはその小さな体をスポッと操縦席に収めると、ハンドル状のそうじゆうかんを握る。

「アリア──飛行機、操縦できるのか」

「セスナならね。ジェット機なんて飛ばしたことない」

 言いながらアリアは、おい、大丈夫なのか、と思うほど大胆に操縦桿を引く。

 それに呼応して、ANA600便は目を覚ましたように機首を上げた。

「上下左右に飛ばすくらいは、できるけど」

「着陸は?」

「できないわ」

「──そうか」

 機体が、水平になったのが分かる。

 豪雨が流れる窓に視線を戻すと、この機体がヒヤッとするほど海面近くを飛んでいたのが分かった。

 高度は、300メートルやそこらだろう。危なかった。

 おれはもう片方の席に入ると無線機を探し当て、インカムからスピーカーに切り替える。

『──31──で応答を。繰り返す──こちらはねコントロール。ANA600便、緊急通信周波数127・631で応答せよ。繰り返す、127・631だ。応答せよ──』

 声が聞こえてきた。俺は計器盤に備え付けられたマイクをONにする。

「──こちら600便だ。当機は先ほどハイジャックされたが、今はコントロールを取り戻している。機長と副操縦士が負傷した。現在は乗客のてい2名が操縦している。俺はとおやまキンジ。もう1名は、かんざき・H・アリア」

 俺の声に、羽田はあんと驚きを混ぜたような声を上げた。

 よし。とりあえず管制塔との通信はつながった。

 俺は続けざまに、さっき機長の腰から拝借しておいた衛星電話を左手で操作する。携帯とよく似たこの電話機は船舶通信などにも使われるもので、人工衛星を介し、およそ地上のどこからでも、どんな速度で飛んでいようと、電話回線に接続できるものだ。

 コールを始めると同時に、電話機も、Bluetoothでスピーカーに繋いでおく。

 ヒステリアモードはまだ続いている。やるべきことが、順序よく思いつく。

だれに電話してるの」

 聞いてきたアリアに、新たにつながった音声がスピーカーから答えてきた。

『もしもし?』

「俺だよとう。ヘンな番号からですまない」

『キ、キンジか!? いまどこにいる!? お前のカノジョが大変だぞ!』

「カノジョじゃないが、アリアなら隣にいるよ」

 とうごう車輌科ロジの優等生。

 コイツとのくさえんが役に立つ時が来たようだな。

『ちょ……お前! 何やってんだよ……!』

「か……かの、かの!?」

 自分がカノジョ扱いされてることに、アリアはぼばぼばぼ、とまた赤面癖をはつした。

 何か不平を言い出しそうだったので──つ、とアリアの唇に人差し指を当てて止める。

「……っ!」

 アリアはますます真っ赤になっていくが、とりあえず硬直して黙ってくれた。

「──武藤。ハイジャックの事、よく知ってたな。報道されてるのか」

『とっくに大ニュースだぜ。客のだれかが機内電話で通報でもしたんだろ。乗客名簿はすぐに通信科コネクトが周知してな。アリアの名前があったってんで、今みんなで教室に集まってたとこだよ』

 ──おれは、はねコントロールと武藤に状況を手短に伝えた。機がハイジャックされ、犯人が逃亡したこと。ミサイルをぶちこまれ、エンジンが2基破壊されたこと。

『……ANA600便、まずは安心しろ。そのB737-350は最新技術の結晶だ。残りのエンジンが2基でも問題なく飛べるし、どんな悪天候でもその長所は変わらない』

 羽田コントロールの声に、アリアが少しホッとした表情になる。

『それよりキンジ。破壊されたのは内側の2基だって言ったな。燃料計の数字を教えろ。EICASアイキャス──中央から少し上についてる四角い画面で、2行4列に並んだ丸いメーターの下に、Fuelフユエルと書かれた3つのメモリがある。その真ん中、Totalトータルってヤツの数値だ』

 さすが乗り物オタク。武藤の声はまるで計器盤が見えているかのようだった。

「数字は──今、540になった。どうも少しずつ減ってるようだ。今、535」

 俺の応答に、武藤が舌打ちするのが聞こえてきた。

『くそったれ……盛大に漏れてるぞ』

「燃料漏れ……!? と、止める方法を教えなさいよ!」

 アリアがヒステリックな声を上げると、しばらくのの後──

『方法は無い。分かりやすく言うと、B737-350の機体側のエンジンは燃料系の門も兼ねてるんだ。そこを壊されると、どこを閉じてもろうしゆつを止められない』

「あ、あとどのくらいもつの」

『残量はともかく、漏出のペースが早い。言いたかないが……15分ってとこだ』

「さすがは先端技術の結晶だな」

 俺は一言、羽田コントロールにグチってやる。

『キンジ、さっき通信科コネクトに聞いたがその飛行機はそもそも相模湾上空をうろうろ飛んでたらしい。今はうら水道上空だ──はねに引き返せ。距離的に、そこしかない』

「元からそのつもりよ」

 アリアがとうに返す。

『……ANA600便、操縦はどうしているのだ。自動操縦は決して切らないようにしろ』

「自動操縦なんて、とっくに破壊されてるわ。今はあたしが操縦してる」

 アリアがで示した計器盤の一部ではAutoオートpilotパイロットと書かれたランプが赤く点滅し、点滅と同じテンポで警告音が鳴り続けていた。

 詳しくは分からないが、まあ、そういうことなのだろう。

「──というわけで、着陸の方法を教えてもらいたいんだが」

 羽田にたずねると、

『……すぐにしろうとができるようになるものでもないのだが……現在、近接する航空機との緊急通信を準備している。同型機のキャリアが長い機長を探して──』

「時間がない。近接するすべての航空機との通信を同時に開いて欲しい。できるか?」

『い、いや、それは可能だが……どうするつもりだ』

「彼らに手分けさせて、着陸の方法を一度に言わせるんだ。武藤も手伝ってくれ」

『一度にってキンジお前、しようとくたいじゃねーんだから……!』

「できるんだよ、。すぐにやってくれないか。なにせもう、時間がなくてね」

 アリアが、驚きのまなしでこっちを見ているのが分かる。

 何か言い出しそうだったのでウィンクで黙らせて、おれは正面に視線を戻した。

 雲の下──暴風雨の吹き荒れる眼前には、黒い海の向こうに東京圏の光が見えていた。

 俺たちはあそこに向かって、突っ込むような形で飛んでいるのだ。


 一気にしやべる11人の言葉から、着陸の方法はすぐに理解できた。

 今は計器も読める。

 現在の高度は1000フィート──およそ300メートル。

 これは何をどう考えても危険な高度だが、あと10分しか飛べない俺たちは燃料を1滴たりともムダにできないので、1メートルも上げられない。

 よこ上空にさしかかった辺りで──

『ANA600便。こちらは防衛省、航空管理局だ』

 羽田からのスピーカーから野太い声が聞こえてきて、俺とアリアは顔を見合わせた。

 防衛省……?

『羽田空港の使用は許可しない。空港は現在、自衛隊により封鎖中だ』

『何言ってやがんだ!』

 叫んだのは俺でもアリアでもなく、武藤だった。

だれだ』

おれとうごうていだ! 600便は燃料漏れを起こしてる! 飛べて、あと10分なんだよ! 代替着陸ダイバードなんてどっこにもできねえ、はねしかねえんだ!』

『武藤武偵。私に怒鳴ったところでムダだぞ。これは防衛大臣による命令なのだ』

 ──不穏な気配に、横へ振り向く。

 俺につられて窓の外を見たアリアが、息をむのが分かった。

 ANA600便のすぐわきに──F-15Jイーグル──

 航空自衛隊のが、ピッタリつけてきている。

「おい防衛省。窓の外にあんたのお友達が見えるんだが」

『……それは誘導機だ。誘導に従い、海上に出て千葉方面へ向かえ。安全な着陸地まで誘導する』

 言われて、アリアがそうじゆうかんを右──海上に傾けようとした。

 俺は羽田との回線を切りつつ、アリアの手を上から握って止める。

「……海に出るなアリア。アイツはうそをついている」

「?」

「防衛省は俺たちが無事に着陸できるとは思ってないんだよ。海に出たら、される」

「そ、そんな……! この飛行機には一般市民も乗ってるのよ!?」

「東京に突っ込まれたら大惨事だからな。背に腹はかえられないってことさ」

 アリアの手を握ったまま、左に押して──横浜方面へと、かじを取らせる。

「キ……キンジ?」

 指先を少しこわばらせながら、アリアが不安げに……頼るように、俺を見上げた。

「向こうがその気なら、こっちも人質を取る。アリア、地上を飛ぶんだ」


 ANA600便は横浜のみなとみらいを飛び越え、東京都に入った。

 燃料は、あと7分。

「で、どこに着陸するつもりよキンジ。都内にほかかつそうなんてないじゃない」

「武藤。滑走路には、どのくらいの長さが必要だ?」

『エンジン2基のB737-350なら……まあ、2450mは必要だろうな』

「……そこの風速は分かるか?」

『風速? レキ、学園島の風速は』

『私の体感では、5分前に南南東の風・風速41・02m』

 狙撃科スナイプのレキの声が、少し遠くから聞こえる。

「じゃあ武藤。風速41mに向かって着陸すると、滑走距離は何mになる?」

『……まぁ……2050ってとこだ』

「──ギリギリだな」

 低くつぶやいたおれに、アリアも、とうも、一瞬黙る。

「ど、どこに降りるつもりなのよ。東京にそんな直線道路、ないわ」

ていこう人工浮島メガフロートの形を覚えてるか。南北2キロ、東西500メートルの長方形だ。対角線を使えば2061メートルまで取れる」

『お、おい……』

「安心しろ武藤。『』に突っ込むわけじゃない」

『……?』

「『』の方だ。レインボーブリッジを挟んで北側に、同じ人工浮島があるだろ」

『……お、おい。お前ってヤツは……何でそんなトンデモねぇ事を思いついちまうんだ? そこにいるのは、ホントにキンジか?』

「ははっ……ここにいるのはだれだい? アリア」

「なっ、なによそれ」

「答えてごらん?」

 こんな時にアリアをイジってる場合か、ヒステリアモードの俺よ。

 と自分で内心ツッコむ俺に、しかしアリアは、かぁああ。またその赤面癖をはつした。

 そしてその吊り目をわぁ、と見開いて、何かツッコミのセリフを出そうとする。

 だが──今は俺がこの場をリードしているリーダーだと悟ったのだろう。

 だかいお嬢様は、ぷいっとそっぽを向くと……

「キンジ」

 子供が大人のぐんもんに下る時のような態度で、ぶあいそに言った。

「と、そういうことらしいぜ武藤。残念ながらな」

 すぐ眼下に、しぶ、そしてはら宿じゆくの夜景が流れていく。

 街のみんなはビックリしてるんだろうな。

『……人工浮島に……か。理論的には、可能だろうけどよ』

 武藤が、ためいき混じりに返してきた。

 固かったアリアの表情が、ぱ、と明るくなる。

『でもなキンジ。あそこはホンっトーにただの浮島だ。誘導装置どころか誘導灯すら無い。どんな飛行機であれ、最低の最悪でも誘導灯が無いと夜間着陸はできないんだ。しかも視界は豪雨で最悪、おまけに暴風と来てる。そこに手動着陸なんて──』

「じゃあ着陸は断念して、俺と心中するか、アリア?」

 武藤のお小言をさえぎってアリアに振ると、

「あ、あんたと心中なんか死んでもお断り」

 なんだか矛盾したようなことを言いながら、べー、とちっこいベロを出してくる。

「はは。うれしいことが起きた。初めてアリアと意見が合ったよ」

「なにそれ?」

おれも──心中なんてお断りだからさ。アリアを、死なせたくない」

 そう言うと、アリアは『もう~! なんでそういうこと言うかな!』といったカンジで顔を伏せ、また、むぅうううと赤くなる。

「というわけでとう、当機はこれより着陸準備に入る」

『待て、待てキンジ、「空き地島」は雨でれてる! 2050じゃ停止できねえぞ!』

「それはなんとかするよ。俺を信じろ」

『……か……勝手にしやがれ! しくじったらいてやるからな!』

 叫ぶと、武藤はキレたのか──教室のみんなに何やらわーわーと怒鳴り、電話を切ってしまった。


 しん宿じゆくのビル群をかすめるように、ANA600便は大きく右旋回を始めた。

 あと、3分。

 短いかつそうに着陸するためには減速しなければならなかったこともあり、600便はいらたしいほど悠然と東京ドームを飛び越え、東京駅、銀座と豪雨の街を渡っていく。

「アリア。この飛行機は東京タワーより低く飛んでる。間違ってもぶつけないでくれよ」

「バカにしないで」

 車輪を出すと、アリアは操縦のメインを俺の副操縦席に渡した。

 さあ、東京湾が見えてきた。

 人工浮島メガフロートも、もう、見えていいハズだ──

 ──が。

 ヒステリアモードの頭が、すぐ、を出せてしまう。

 ここまで何とか頑張ってはきたが……

 着陸は──だ。

『空き地島』が、まるで見えないのだ。

 武藤が言った通り、しおどめさかいに、東京湾はくらやみに包まれている。

 誘導灯も何もないのだからムリもない。分かっていたことだが、ここまでとは。

 これでは、着陸すべき角度も、高度も、全く分からない。

 こんな状況じゃあ、たとえベテランのパイロットでも惨事はまぬかれないだろう。

 では、どう被害が少ないようにさせるかだ──と、俺がやむなく頭を切り替えようとしたとき──第六感でそれを察したのか、アリアが、言った。

「キンジ。大丈夫。あんたにならできる。できなきゃいけないのよ。ていをやめたいなら、武偵のまま死んだら負けよ。それに、あたしだってまだ──ママを助けてない!!」

 アリアの言葉の、途中で……まるで、魔法のように……

「あたしたちはまだ死ねないのよ! こんなところで、死ぬわけがないわ!」

 キラ……キラ、キラ、キラ……と。

 ベイブリッジの手前にある、『空き地島』の上に光が見え始めた……!

『キンジ! 見えてるかバカヤロウ!』

 とうの電話回線が復活し、ビシャビシャという大雨の音と共に声が聞こえてきた。

「武藤!?」

『お前が死ぬと、しらゆ……いや、泣く人がいるからよォ! オレ、車輌科ロジで一番でかいモーターボートをパクっちまったんだぞ! 装備科アルムド懐中電灯マグライトも、みんなで無許可で持ち出してきたんだ! 全員分の反省文、後でお前が書け!』

 その言葉に続けて、おれと武藤の電話回線に3者間通話、4者間通話……と、割り込んでくる回線があった。

『──キンジ!』『機体が見えてるぞ!』『あと少しだ!』『もう少し頑張りやがれッ!』

 ヒステリアモードの俺には、分かる。

 この、声。

 こいつら。

 俺とアリアが、バスジャックから助けたヤツらじゃないか──!

 あいつらは学園島から空き地島に渡り、誘導灯を作ってくれているのだ!

 ──てい憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ──

 俺は高度を丁寧に下げていく。ヤツらが示してくれた、平面まで──!


  ザシャアアアアアアアア──────!!


 ANA600便は、雨の人工浮島メガフロートに強行着陸を敢行する。

 目玉が飛び出てしまいそうなくらいの振動の中で、アリアが逆噴射をかける。

「止まれ、止まれ、とまれとまれとまれぇ───っ!!」

 かんだかいアリアのアニメ声に合わせて、

「いくぞ──!」

 俺は地上走行用のステアリングホイルを素早く操作して、機体をカーブさせた。

 雨のかつそう、2050mでは止まりきれない。

 それは武藤の言うとおりだ。

 だが、手はある。

 俺はもう、そのつもりで人工浮島に突っ込んでいるんだ──

 迫ってくる。

 風力発電の、

 風車の、柱が──!!


  ガスンンンンンンッッ!!


 翼に風車の柱をブチ当て、引っかけて、600便はグルリとその機体を回すようにすべらせながら──

 おれとアリアは、操縦室の中でまるで洗濯機の中の服みたいにもみくちゃになって──


 ……

「う……っ。ッてぇ……」

 ……クチナシの……香り。

 ああ、そうだ。これはアリアの香り。

 俺は全身がバキバキに痛むのを感じながら……目を、開けていった。

 窓の外に、レインボーブリッジが見える。ANA600便は──停止、していた。

 何もかもギリギリだったが、まあ、なんとか、なったわけだ。

 だが……なにやら身動きが取れない。

 その時点でだいたいオチは予測できたのだが……ひしゃげた副操縦席に座る俺は、アリアにのしかかられていた。

 アリアは気を失っていて、俺のわきばらりようあしではさみ、両腕を俺の左右の肩に乗せ、そのうるわしいお顔を俺の頭に乗っけていた。

「はは……っ」

 また、コイツを、抱っこしている。

 ソーッとその胸元を見るが……大丈夫。ブラウスはめくれあがっていない。

 今回は、撃たれずに済みそうだな。

 と思ったのもつか、その代わりにアリアのスカートは派手にめくれ上がっていて──

「……!」

 俺は、あわてて視線をらした。

 そして下を見ないように、アリアに気付かれないように……

 手だけで、そーっと、スカートを整えてやる。

 これで、よし。

 で殺されかけて生き延びたんだ。で、改めて殺されたらたまらない。

 ──だろ?

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