1弾 La bambina dal'ARIA《空から女の子が、》

 雨が降ったら、雨を浴びて楽しめ──と言ったのはアルチュール・ランボーだったか? 負け惜しみもそこまでいくとポジティブというかなんというか。

 バスに乗り損ねたおれはそのランボーだったかにならって、仕方なしに通学路の光景を眺めながらチャリで登校することにした。

 近所のコンビニとビデオ屋のわきを通り、だいに続くモノレールの駅をくぐる。

 その向こうには、海に浮かぶような東京のビル群。

 ここ、ていこうこととうきようていこうこうは、レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形をした人工浮島メガフロートの上にある。

 とあだ名されたこの人工浮島は、『てい』を育成する総合教育機関だ。

 武偵とは凶悪化する犯罪に対抗して新設された国際資格で、武偵免許を持つ者は武装を許可され逮捕権を有するなど、警察に準ずる活動ができる。

 ただし警察と違うのは金で動くことで、金さえもらえば、ていほうの許す範囲内ならどんなあらっぽい仕事でも下らない仕事でもこなす。つまりは、『便』だ。

 ──で。

 この東京高では、通常の一般科目に加えて、その名の通り武偵の活動にかかわる専門科目をしゆうできる。

 専門科目にもいろいろあって、たとえばいま横を通り抜けたのが探偵科インケスタの専門棟。

 高1の3学期から俺が転科して入った所で、古式ゆかしい推理学やもろもろの探偵術を学ぶ、まあこの学校の中では一番マトモな学科といえる。

 その先にあるのが通信科コネクト、さらに向こうに、この辺はまだおん便びんだが、もう少し行くと去年の2学期まで俺が在籍していた──悪名高き、強襲科アサルトがある。

 ……俺は体育館へ向けて、チャリをターンさせた。

 よし、なんとか始業式には間に合いそうだぞ。

 こんな学校とはいえ、1学期の始業式から遅刻するのは何だからな──


「 その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります 」


 奇妙な──チラシを切りりして作ったきようはくぶんみたいな、妙な声。

「 チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります 」

 ああ、これはあれだ。ネットで人気のボーカロイド。あれで作った人工音声だろ。

 そんな分析をしてしまってから、聞こえたセリフの一部を思い出す。

 ──爆弾……だ?

 いきなり何だ。どこのバカだ。どういう冗談だ。

 まゆを寄せて周囲を見回すと、ギョッとしたことにおれの自転車にはいつの間にか妙な物体が併走してきていた。

 車輪を2つ平行に並べただけで器用に走る、タイヤつきのカカシみたいな乗り物。

 こいつは……むかしテレビで見たことがあるぞ。

『セグウェイ』とかいうもんだ。

「 助けを 求めては いけません。ケータイを 使用した場合も 爆発 しやがります 」

 セグウェイはしかし無人で、人が立って乗るべき部分にはスピーカーと──1基の自動銃座が載っていた。

「──!」

 その銃座から俺を見つめる、銃口。

 UZIウージー

 秒間10発の9ミリパラベラム弾をブッぱなす、イスラエルIMI社の傑作短機関銃サブマシンガンだ。

「なっ……何だ! 何のイタズラだっ!」

 叫ぶが、セグウェイは何も答えない。

 ただ、俺に銃口を向けながら併走してくるだけだ。

 なんだ──!?

 いきなり何なんだよ!?

 混乱する頭でチャリをあちこちまさぐると──サドルの裏に、いつの間にか変な物が仕掛けられていた。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら指でなぞる。

 ──やばい。タイプまでは分からないが、どうやらプラスチック爆弾Composition4らしい。それもこの大きさ。自転車どころか自動車でも跡形なく消しとばせるサイズだぞ。

 ── マ ジ か よ ──

 全身にかんが走り、冷や汗がにじむ。

 やられた。直感で分かる。こいつはたぶんイタズラじゃない。

 ハメられた。なんてこった。チャリを乗っ取られた。

 ──世にも珍しい、チャリジャックじゃないか!


 ちくしょう。

 ちくしょう。

 なんで俺が。

 なんでこんなことに。

 ──俺は万一に備え、とにかく人けのない場所を探して走り、走り、第2グラウンドへと向かった。

 金網越しに見た朝の第2グラウンドには、いつも通りだれもいない。

 おれは仕方なしに、その入口めがけてチャリをこぐ。

 セグウェイは相変わらず、銃を向けながら併走してくる。

 この手口。しらゆきが言ってた『ていごろし』のほうはんじゃねえか。

 ていうか──どうすればいいんだよ!?

 ここに来るまでに死ぬほど必死に考えたが、俺は結局手も足も出ずにいる。

 ──おい俺。俺は。

 死ヌノカ。

 コンナ所デ。

「──?」

 その時だった。俺はこのありえない状況の中、さらにありえないものを見た。

 グラウンドの近くにある7階建てのマンション──たしか、女子寮──の屋上のふちに、女の子が立っていたのだ。

 ていこうのセーラー服。

 遠目にも分かる、長い、ピンクのツインテール。

 彼女は──ありあけの白い月をまたぐようにして、

(──飛び降りた!?)

 一瞬ペダルを踏み外しかけた俺は、あわててチャリこぎに戻る。

 ウサギみたいにツインテールをなびかせて、くうに身をおどらせたその女子は──

 ふぁさーっ。と。

 事前に屋上で滑空準備させてあったらしいパラグライダーを、空に広げていった。

 チャリをこぎつつその光景に目を丸くしていると、女の子はツインテールをなびかせ、あろうことか、こっちめがけて降下してくる!

「バッ、バカ! 来るな! この自転車には爆弾が──」

 俺の叫びは間に合わない。少女の速度が意外なまでに速い。

 ぐりん。ブランコみたいに体を揺らしてL字に方向転換したかと思うと、右、左。少女は左右のふとももに着けたホルスターから、それぞれ銀と黒の大型けんじゆうを2丁抜いた。

 そして──

「ほらそこのバカ! さっさと頭を下げなさいよ!」

 バリバリバリバリッ!

 俺が頭を下げるより早く、問答無用でセグウェイを銃撃した!

 拳銃の平均交戦距離は、7mと言われている。だが、少女と敵の距離はその倍以上ある。しかも不安定なパラグライダーから、おまけに二丁拳銃の水平撃ち。

 これだけ不利な条件がそろっていたにもかかわらず、彼女のたまは魔法のように次々命中していく。反撃するヒマもなく、敵の銃座と車輪はバラバラにブッ壊されていった。

 ──うまい。

 なんて射撃の腕だ。

 あんな子が、うちの学校にいたのか?

 くるっ、くるくるっ。

 二丁けんじゆうを回してホルスターに収めた少女は、今度は、ひらり。

 スカートのオシリを振り子みたいにして、けわしい表情のままおれの頭上に飛んできた。

 そうだ。安心するのはまだ早い。向こうのオシリはどうでもいい。

 こっちのケツの下には、ビルの解体にでも使えそうな爆薬がり付いてるんだからな!

 俺は少女から逃げるように、第二グラウンドへ入る。

「く、来るなって言ってんだろ! この自転車には爆薬が仕掛けられてる! 減速すると爆発するんだ! お、お前も巻き込まれるぞ!」

「──バカっ!」

 俺の真上に陣取った彼女は……げしっ!

 白いスニーカーの足で、俺の脳天を力いっぱい踏みつけてきた。

てい憲章1条にあるでしょ! 『仲間を信じ、仲間を助けよ』──いくわよ!」

 女の子が、気流をとらえてフワッと上昇する。

 華麗なパラグライダーさばきに、おれは踏まれた怒りも忘れてその光景を見上げてしまう。

 なんて運動神経だ。でもスパッツぐらいはけ、とは思う。まあ一瞬で飛んでったから、何も見えやしなかったけど。

 ていうか──今の言いぐさ。

『いくわよ!』って、何をする気だ。

 俺を助ける気か?

 ──どうやって?

 少女はグラウンドの対角線上めがけて再び急降下し、こっちへ向けて鋭くUターンする。

 そして──ぶらん。

 さっきまで手で引いていたブレークコードのハンドルにつま先を突っ込み、さかりの姿勢になった。

 そのまま、ものすごいスピードでまっすぐ飛んでくる。

 都合、俺はアイツに向かって走る形になった。

「──マジかよ……!」

 相手の意図が分かって、俺は青くなる。

 こっちが気づいたことに気づいたらしく、少女は、

「ほらバカっ! 全力でこぐっ!」

 大声で命令しつつ、逆さ吊りのまま両手を十字架みたいに広げた。

 ──バカはそっちだ!

 そんな助け方があるか!

 でも、ほかに方法もねえし──やるしかない、のか!

 俺はもうヤケクソで、チャリをこぐ。

 こぐ。こぐ。こぐ! 全速力で!

 俺はアイツに、アイツは俺に近づいていく。

 2人の距離はみるみる縮まっていく。

 ああ、昨日見たアニメ映画に、こういうシーンがあったな。

 ──でもあれ、男と女が逆じゃなかったか!?

 そう自分にツッコんだ瞬間──上下互い違いのまま、俺は少女と抱き合った。

 そしてそのまま、空へさらわれる。

 息苦しいくらいに顔が押しつけられた少女の下っ腹からは、クチナシのつぼみのような、甘酸っぱい香りがして──


  ドガアアアアアアアアアンッッッ!!!


 せんこうごうおん、続けて爆風。

 おれが乗り捨てたチャリが、みじんに爆発したのだ。

 ──!

 熱風に吹っ飛ばされながら、俺たちは──引っかかった桜の木にパラグライダーをもぎ取られ、グラウンドのかたすみにあった体育倉庫の扉に突っ込んでいった。

 がらがらと音を上げ、何にぶつかったのかも分からず……

 俺の意識は、一瞬、途切れた。


 ……

 …………

「う……っ。ッてぇ……」

 ……俺は……

 何か狭い箱のような空間に、しりモチをついた姿勢で収まっている。

 ──ここは、どこだ。

 俺は確か、体育倉庫に突っ込んでしまって……ああ、分かった。

 これは、跳び箱の中だ。

 どうやら一番上の段を吹っ飛ばして、中にハマってしまったらしい。

 しかしなんだろう。身動きが取れない。

 身動きが取れないのはここが狭いせいもあるが、座っている俺の前に、甘酸っぱい香りのするがあるせいでもありそうだった。

 なんだろうこれは。あったかくて、柔らかい。

 わきばらを、両側から何かここよい弾力をもったものに挟まれている。両肩に何かがもたれかかっている。さらにひたいの上には、ぷにぷにした物体が乗っていた。

「ん……?」

 額とほおで、そのぷにぷにした何かを押しのけるようにすると──

 ──かくん。

 俺に押しのけられたのは、

(…………っ……!)

 いい、と反射的に言ってしまいそうな……

 女の子、の顔だった。

 女子寮から飛び降り、パラグライダーに乗ったまま戦い、俺を空中にさらって助けた、さっきの勇敢な少女だ。

「……!」

 それで気付く。

 おれわきばらを左右から挟んでいるのは、彼女のふともも。

 両肩に乗っかってるのは、腕。

 ──何がどうもつれ合ってこうなったのかは分からないが、俺は、彼女をして、ここにハマってしまっているらしいのだ!

 ありえん。

 ありえないぞ。

 女子と、密着しすぎだ。

 じわ……と、俺の体のしんに、熱くなった血液が集まり始める。

 ダ、ダメなんだ。俺は。

 。禁止なんだ。

「……お……おい」

 声を掛けてみるが、答えはない。

 少女は眠るように気を失っている。

 その目をふちるのは、ツンツンと長いまつげ。

 甘酸っぱい香りの息を継ぐピンクの唇は、桜の花びらみたいに小さい。

 ツインテールにわれた長い髪は、細い窓から届く光に、キラキラ……と豊かなツヤをきらめかせていた。色は、ピンク。珍しい。ピンクブロンドってやつか。

 さっきは俺も必死だったから気づかなかったが……。文句なしにわいい子だ。まるでファンタジー映画から飛び出してきたような、作りものみたいにれんな少女。

 だが……この可愛さはどちらかというと子供とかお人形さんとかに感じる、そっち系の愛らしさで……というのもコイツ、こうやって間近に見るとひときわチビっ子なのだ。

 この体格はたぶん、中等部。いや、もしかしたら最近始まったインターン制度で入ってきた小学生かもしれないぞ。

 ──そんな小さな子が、さっきの救出劇をやってのけたのか。

 すごい。それはすごい、のだが……

「……くっ……」

 この子はいま俺の腹にまたがるような姿勢になって、腹部をきつく圧迫してきていた。

 息が、苦しい。

 なので、なんとか姿勢を変えられないものかといていると──

 ちろ、ちろろ。

「?」

 俺の鼻を、少女の名札がくすぐってきた。

 今日が始業式なので学年やクラスは未記入だったが、名前は──『かんざき・H・アリア』。

「……?」

 でも、なんでこんな高い位置に名札があるんだ?

 そう思って視線を下ろしていくと──

「──っ!」

 このアリアとかいう少女のブラウスが……

 首の辺りまで、思いっきりめくれ上がってしまっていたのだ!

 どうやらここに転がり込んだ時の勢いで、ズレてしまったらしい。

 おかげで、白地にハート・ダイヤ・スペード……トランプのマークがぽちぽちプリントされたファンシーな下着が、丸出しになっている。

『 65A→B 』……?

 下着のふちからぴょろっと出ていた妙なタグの表記に、ああ、と思いつく。

 これはプッシュアップ・プランジ・ブラ。いわゆる「寄せて上げるブラ」だ。

 何でこんなことを知っているのかというと生前の兄が詳しかったからで、断じておれが自発的に知っていた事ではないのだが……このアリア、AカップをBカップに偽装しようとしているらしい。だが気の毒だが、その偽装は失敗と言わざるをえないだろう。寄せて上げる元手にとぼしすぎて、寄りも上がりもしていないからだ。

 とはいえ──これは、俺にとっては不幸中の幸いだったかもしれない。

 もしこの胸がもっと大きくて顔に押し付けられたりしていたら、困った事になっていた。

 禁を破って、有無を言わさず、いただろう。

』に。

「……へ……へ……」

「──?」

「ヘンタイ────!」

 突然聞こえてきたのは、アニメ声というかなんというか、この声だけでもファンがつきそうな、おいお前その顔その姿でその声は反則じゃないか? ってぐらいの、ちょっと鼻にかかった幼い声だった。

「さっ、さささっ、サイッテー!!」

 どうやら意識を取り戻したらしいアリアさんは、ぎぎん! と俺をにらんで、ばっ! とブラウスを下ろすと──

 ぱかぽこ ぱかぽこ ぱかぽこ!

 腕が曲がったままで力のもってないハンマーパンチを、俺の頭に落とし始めた。

「おっ、おい、やっ、やめろ!」

「このチカン! 恩知らず! 人でなし!」

 ぱかぽこぱかぽこぱかぽこぱかぽこ!

 どうやらアリアは、自分のブラウスをおれがめくり上げたと勘違いしているらしい!

「ち、違う! こ、これは、俺が、やったんじゃ、な──!」

 そこまで、殴られつつの俺が言ったとき。

 ──ガガガガガガガンッ!!

 突然のごうおんが、体育倉庫を襲った。

 ──何だ!?

 今、跳び箱にも何発か、背中の側に激しい衝撃があった。

 まるで、銃撃されているような──!

「うっ! まだいたのねっ!」

 アリアはそのあかひとみで跳び箱の外をにらむと、ばっ、とスカートの中からけんじゆうを出した。

「『いた』って、何がだ!」

「あのヘンな二輪! 『ていごろし』のオモチャよ!」

『武偵殺し』? ヘンな二輪? ──さっきの、セグウェイのことか!

 じゃあ今のは、、じゃなくて銃撃だったのか!

 体育の授業でも拳銃を使うていこうでは、跳び箱も防弾製だ。そこはラッキーだった。

 だが──こんな箱に追い詰められた状態から、どうすればいいんだ?

 分からない、何もできない。

「あんたも──ほら! 戦いなさいよ! 仮にも武偵高の生徒でしょ!」

「むッ、ムリだって! どうすりゃいいんだよ!」

「これじゃあ火力負けする! 向こうは7台いるわ!」

 7台……短機関銃サブマシンガンが、7丁もこっちに向けられてるっていうのか!?

「────!」

 その時だった。予想外の事が起きた。

 銃を撃つため無意識に前のめりになったアリアが──

 その胸を、俺の顔に思いっきり押しつけてきたのだ。

 ババッ! バババッ!

 跳び箱のすき間から応射するアリアは射撃に集中しているらしく、自分の胸が俺の顔に密着してることに気付いていない。

 ああ。

 ああ──

 これは、だ。

 なぜなら──から。

 無いように見えたが、いや、実際ほとんど無いのだが、そこは女子の胸。

 こんなに小さいのに、ちゃんと柔らかいふくらみが、

 いまおれの顔面には、夢のように柔らかい、水まんじゅうみたいなカワイイものが押し当てられている。

 知らなかった。女の子の胸とは、ちっこくても柔らかいものだったのか。もっと大きく丸くならないと柔らかくならないものかと思っていたが、違ったみたいだ。

 緊急時にもかかわらず、どこか冷静にそんな事を考えてしまったのは──

 もう、分かってしまっていたから。

 ──自分が、自らの心に課した禁忌タブーを、破ってしまったことを。

 アリアの胸に抱かれるようになりながら、俺は……

『あの感覚』を、感じていた。

 体のが熱く、堅く、むくむくと大きくなっていくような──言いようのない感覚。

 ドクン、ドクン──!

 火傷やけどしそうに熱くなった血液が、体の中央に集まっていく。

 なってしまう。なっていく。

 ──ああ。

 なってしまった。

 、に……!


 ズガガガッ! ガキンッ!

 たまれの音を派手に上げたアリアが、身をかがめてけんじゆうに弾倉をし替える。

「──やったか」

「射程圏外に追い払っただけよ。ヤツら、並木の向こうに隠れたけど……きっとすぐまた出てくるわ」

「強い子だ。それだけでも上出来だよ」

「……は?」

 いきなり調ちようがクールになった俺に、アリアがまゆを寄せる。

 ああ、やっちまうのか──また。

 そのしゆんじゆんは、ほんの一瞬で。

 俺はアリアの細いあしと、すっぽり腕に収まってしまう小柄な背中に手を回し、すっくと立ち上がってしまっていた。

「きゃっ!?」

「ごほうに、ちょっとの間だけ──お姫様にしてあげよう」

 いきなりされたアリアが、ぼんっ。

 ネコっぽいけんの口を驚きに開いて、真っ赤になった。

 俺はアリアを抱いたまま跳び箱のふちに足をかけ、バッ、と倉庫の端まで一足で跳ぶ。

 そして、積み上げられたマットの上に……ちょこん。

 アリアを、お人形さんみたいに座らせてやった。

「な、なな、なに……!?」

 さっきまでのおれとは一変してしまった俊敏な動きに、アリアは目をぱちぱちさせている。

「姫はそのお席でごゆっくり、な。銃なんかを振り回すのは、俺だけでいいだろう?」

 ああ、俺よ。

 俺はもう、自分を止められないらしいな。

「あ……アンタ……どうしたのよ!? おかしくなっちゃったの!?」

 あわてまくったアニメ声に、かぶせるようにして──


  ズガガガガガガンッ!


 再び、UZIウージーが体育倉庫に銃弾を浴びせてきた。

 だが壁は防弾壁だし、ここはヤツらから見て死角になっている。撃つだけたまのムダだ。

 俺は苦笑しながら……ヤツらの射撃線がこうさくする、ドアの方へと歩いていった。

「あ、危ない! 撃たれるわ!」

「アリアが撃たれるよりずっといいさ」

「だ、だ、だから! さっきからなに急にキャラ変えてんのよ! 何をするの!」

 俺は半分だけ振り返って、赤面しまくり混乱しまくりのアリアにウィンクすると──

「アリアを、守る」

 マットシルバーのベレッタ・M92Fを抜いて、ドアの外へ身をさらした。

 グラウンドに並んだ7台のセグウェイが、いつせいにUZIを撃ってくる。

 その弾は──

 すべて、当たらない。

 当たるわけがない。

 えるからだ。

 今の俺の目には、銃弾がまるでスローモーションのように、全部視えてしまうのだ。

 いいねらいだ。全て、俺の頭部に照準を合わせてるな。

 俺はその一斉射撃を──上体を後ろに大きく反らして、やりすごしてやった。

 そしてその姿勢のまま、左から右へ、腕を横にぎながらフルオートで応射する。

 見なくても、はなった全ての銃弾の行き先が分かる。

 使った弾丸は、7発──

 その全てが、UZIの銃口に飛び込んでいくのも、分かる──!


  ズガガガガガガガンッ!!


 セグウェイたちはすべて、その銃座のUZIウージーを吹っ飛ばされた。

 おれの、たった7発の銃弾に。あっけなく。


 折り重なるようにして倒れたセグウェイたちが全て沈黙しているのを確かめると、俺は体育倉庫に戻った。

 中ではアリアが、なぜだか跳び箱に入り直していた。

 跳び箱から上半身を出した状態で、『今、私の目の前でなにが起きたの?』という顔をしている。

 そして俺と目が合うと、ぎろ! とにらみ目になって、モグラたたきみたいに跳び箱の中へ引っ込んでしまった。

 ……何だ。

 何でか、怒っているようだ。

「──お、恩になんか着ないわよ。あんなオモチャぐらい、あたし1人でも何とかできた。これは本当よ。本当の本当」

 強がりながらアリアは、ゴソゴソ。何やら跳び箱の中でうごめく。

 どうやら服の乱れを直しているらしい。

 だが……それは少し難しいだろう。さっきお姫様抱っこした際に見てしまったのだが、アリアのスカートは最初の爆風のせいか、ホックが壊れてしまっていた。

「そ、それに、今のでさっきの件をうやむやにしようったって、そうはいかないから! あれは強制わいせつ! レッキとした犯罪よ!」

 と、アリアは跳び箱の指を突っ込む穴からあかひとみでこっちを睨んでくる。

「……アリア。それは悲しい誤解だ」

 俺は──シュルッ……と。

 ズボンを留めるベルトを外して、跳び箱に投げ入れてやった。

「あれは不可抗力ってやつだよ。理解してほしい」

「あ、あれが不可抗力ですって!?」

 アリアは跳び箱の中から、俺のベルトで留めたスカートを押さえつつヒラリと出てきた。

 ふわ。見るからに身軽そうな体が、俺の正面に降り立つ。

 え。

 立ったのか? それで?

 というぐらい、やはりアリアはちっこかった。ツインテールを留めているツノみたいな髪飾りで上乗せしても、145、ないだろう。

「ハ、ハッキリと……あんた……!」

 ぶわああぁ。

 アリアは言いながらにらみ目になり、真っ赤になっている。

 ぎゅう、とこぶしも握りしめている。

 そして、わわ、わわ、わ。ローズピンクの唇をふるわせてから、がいん! 言葉を発する勢いづけのためか床を踏みつけた。

「あ、あたしが気絶してるスキに、ふ、服を、ぬ、ぬぬ、脱がそうとしてたじゃないっ!」

 そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。

「そ、そそ、それに、む、むむむ」

 がいん!

 また床を踏んだ。床になんのうらみがある?

「胸、見てたぁあああっ! これは事実! きようわいの現行犯!」

 ぼふっ。

 と頭から噴火しそうな勢いで、アリアはさらに赤くなった。耳まで真っ赤だ。

「あんたいったい! 何する! つもりだったのよ! せ、せ、責任取んなさいよ!」

 がいん! がん! ががん!

 新しいタイプのだんだな。それ。

 ていうか責任って何だ責任って。

「よしアリア、冷静に考えよう。いいか。おれは高校生、それも今日から2年だ。中学生を脱がしたりするワケがないだろう? としが離れすぎだ。だから──安心していい」

 んで含めるように優しく言うと、アリアは、わぁあー! と言う口になって両手を振り上げた。

 声が出てないのは絶句しているということらしい。

 そして──ぎぎん! と涙目になって俺を睨みつける。

!!」

 がすんっっっ! 踏みつけた床がとうとうはじけて木片が散った。

 ──まずいな。

 説得しようとしたが、しくじったようだ。

 どうやら歳のことで、さらに怒らせてしまったらしい。

 女というやつは、実際より歳上に見られると怒る習性がある。しかもこの子は凶暴だ。このままだと体育倉庫の床が抜ける。フォローしておいた方がいいだろう。

「……悪かったよ。インターンで入ってきた小学生だったんだな。助けられたときから、そうかもなとは思っていたんだ。しかしすごいよ、アリアちゃんは──」

 勇敢な子だね、と続けようとした時……今度は、がばっ。

 アリアが、顔を伏せた。

 顔の上半分が、影になって見えなくなる。

 そして、ばし、と両ふとももに左右の手をついた。

 今度は何だ。忙しい子だな。

「こんなヤツ……こんなヤツ……助けるんじゃ、なかった!!」

 ばぎゅぎゅん!

「うおっ!」

 足元に撃ち込まれた2発の銃弾に、おれは青ざめた。

 この子、撃ったぞ! それも二丁けんじゆうで!


「        !! 」


 一難去ってまた一難、再び──だ。

「ま、待てッ!」

 さらに至近距離から銃を向けてきたアリアに──

 俺はむしろ飛びかかり、その細腕をりようわきに抱え込んで後ろに突き出させた。

 ばりばりばりっ! がきんがきんっ!

 アリアは反射的に引き金を引き、背後の床が着弾した音を上げる。

 今の──音で分かる。2丁ともたまれだ。

』でよかった。『』だったら、今ごろ鉛玉を何発もらって床をのたうち回っていただろう。

 俺たちはそのまま、取っ組み合うような姿勢になった。

「──んっ──やぁっ!」

 くるっ。

 体をひねったかと思うと、アリアは柔道でいう跳ね腰みたいな技で、体格差をものともせず俺を投げ飛ばした。

「うっ──!?」

 この子、徒手格闘もできるのか? しかもやたらうまい。

 かろうじて受け身を取ると、俺は──その勢いを殺さず体育倉庫から転がり出た。

「逃げられないわよ! あたしは逃走する犯人を逃がしたことは! 1度も! ない! ──あ、あれ? あれれ、あれ?」

 叫びながら、アリアはわしゃわしゃとスカートの内側を両手でまさぐった。

 弾切れになった拳銃にさいそうてんする、弾倉マガジンを探しているのだろう。

「ごめんよ」

 おれはさっき投げられた際にスカートからスリ取っておいた予備弾倉をかかげ──あさっての方向へ投げて見せる。

「──あ!」

 遠くのしげみに落ちていくそれを目で追ってから、アリアは無用の長物になってしまったけんじゆうを上下にブン! ブン! と振り回した。

 やったな! やったな! という怒りの動作らしい。

「もう! 許さない! ひざまずいて泣いて謝っても、許さない!」

 アリアは拳銃をホルスターにぶち込むとセーラー服の背中に手を突っ込み──

 じゃきじゃき!

 そこに隠していた刀を、二刀流で抜いた。

 銃、徒手格闘ときて、今度は刀か──!

 ぜんとする俺に──だんッ! アリアは人間離れした瞬発力で飛びかかってきた。

 そしてその寸詰まりの日本刀を、俺の両肩めがけて流星みたいに突き出してくる。

 ザザッ!

 俺はなんとか、背後に転がってそれをけた。

きようわいおとこは神妙に──っわぉきゃっ!?」

 勢いよく俺の方に踏み出したアリアは、新種のヤマネコみたいな声を上げ──

 見えない相手にバックドロップをらったように、真後ろにブッ倒れた。

 その足元には、アリアの弾倉から抜いておいた銃弾がいくつも転がっている。

 さっき、投げた弾倉に向こうが目を奪われたすきにバラいておいたのだ。

「こ、このッ……みゃおきゃっ!」

 立ち上がろうとして弾を踏み、また両足が真上を向くぐらい勢いよくコケている。マンガみたいだな。

 このスキに俺は、とにかく一目散に逃げることにした。

 アリアは常人離れした戦闘力を持っている。だが、今は怒りとしゆうしんで冷静さを欠いている状態だ。

 対する俺は、『ヒステリアモード』。

 たとえ100人のFBI捜査官からだって、逃げ切れるさ──

 そう思いながら俺は、背中で、彼女の捨てゼリフを聞き流すのだった。

「このきようもの! でっかい風穴──あけてやるんだからぁ!」


 それが俺、とおやまキンジと。

 後に『だんのアリア』として世界中の犯罪者をふるえ上がらせるおにていかんざき・H・アリアの……

 しようえんのニオイにまみれた、最低最悪の、出会いだった。

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