弾籠め
──空から女の子が降ってくると思うか?
昨日見た映画では、降ってきてたんだ。
まあ、映画とかマンガならいい導入かもな。
それは不思議で特別なことが起きるプロローグ。
主人公は正義の味方にでもなって、大冒険が始まる。
ああ、だからまずは空から女の子が降ってきてほしい!
……なんて言うのは、浅はかってモンだぜ。
だってそんな子、普通の子なワケがない。
普通じゃない世界に連れ込まれ、正義の味方に仕立てられる。
現実のそれは危険で、面倒なことに決まってるんだ。
だから少なくとも
空から女の子なんて、降ってこなくていい。
俺はとにかく普通に、平凡な人生を送りたい。
だからまずは、転校してやるんだ。この、トチ狂った学校から……
……ピン、ポーン……
……いけね。
どうやら
(こんな朝っぱらから、
居留守を使ってやろうか。
だが、あのチャイムの慎ましさにイヤな予感がする。
もそもそ、とワイシャツをはおり制服のズボンをはくと、俺は1人で住むには広いこのマンションの部屋を渡り……ドアの
するとそこに──やっぱり。
「……ゔ」
──
純白のブラウス。
シミ一つ無い
何やってんだ
そう思ってたら今度はすぅーっはぁーと深呼吸を始めた。
相変わらずワケの分からんヤツだ。
──ガチャ。
「白雪」
ドアを開けると、白雪は
そして、
「キンちゃん!」
ぱあっと顔を明るくし、昔のあだ名で俺を呼んできた。
「その呼び方、やめろって言ったろ」
「あっ……ごっ、ごめんね。でも私……キンちゃんのこと考えてたから、キンちゃんを見たらつい、あっ、私またキンちゃんって……ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」
白雪は見る間に
……文句を言う気も
キンちゃんという呼び方で分かるように、俺とコイツは幼なじみだ。
外見は名前の通り雪肌で、さっき直していたつやつやの黒髪は子供の
さすがは代々続く
「ていうか、ここは仮にも男子寮だぞ。よくないぞ、軽々しく来るのは」
「あ、あの。でも私、昨日まで
「しなくていいって」
「……で、でも………すん……ぐす」
「あー分かった分かった!」
目を
「お……おじゃましますっ」
白雪は90度ぐらいの深ぁーいお
「で、何しにきたんだよ」
きちんとテーブルにつくのも面倒だったので、俺は座卓の
「こ、これ」
白雪は自分もふわりと正座すると、持っていた
そして出てきた
そこにはふんわり柔らかそうな玉子焼き、ちゃんと向きを
「これ……作るの大変だったんじゃないか?」
「う、ううん、ちょっと早起きしただけ。それにキンちゃん、春休みの間またコンビニのお弁当ばっかり食べてるんじゃないかな……って思ったら、心配になっちゃって……」
「そんなこと、お前に関係ないだろ」
と言いつつ、実際春休みにコンビニ弁当ばっかり食っていた俺はそのうまそうなお重を
白雪は正座したまま
まぁ……お礼ぐらい言っておくか。
腹いっぱいになった俺はミカンを
「……えっと、いつもありがとな」
「えっ。あ、キンちゃんもありがとう……ありがとうございますっ」
「なんでお前がありがとうなんだよ。ていうか三つ指つくな。土下座してるみたいだぞ」
「だ、だって、キンちゃんが食べてくれて、お礼を言ってくれたから……」
白雪は
あ、あのなー。
なんでいつもそんなにオドオドするんだ。もっと胸を張って生きろ。
そんな、めったやたらに大きな胸をしてるんだから。
そう思った俺は……つい、本当につい。
白雪の胸を、見てしまった。
こっちに三つ指をつく白雪のセーラー服の胸元は、ちょっと
そこには深ぁーい胸の谷間がのぞいており、黒い、レースの下着が──
(く……黒はないだろ!)
高校生らしからぬけしからん下着から、俺は
じわっ。
体の芯に血が集まるような、あの、危ない感覚がしてきた。
──ダメだ。
禁止しているんだ、俺は。
こういうのを。自分に。
「──ごちそうさまっ」
ふう。どうやらセーフだったみたいだな。
白雪はテキパキと重箱を片付けると、今度はソファーに
「キンちゃん。今日から一緒に2年生だね。はい、防弾制服」
俺がそれを
「……始業式ぐらい、銃は持たなくてもいいだろ」
「ダメだよキンちゃん、校則なんだから」
と、白雪はその場に
校則……『武偵高の生徒は、学内での
ああ、普通じゃない。
ウンザリするほど普通じゃないんだよ。
「それに、また『
白雪は
「──『武偵殺し』?」
「ほら、あの、年明けに周知メールが出てた連続殺人事件のこと」
ああ、そういえば、そんなのもいたな。
たしか……
「でもあれは逮捕されたんだろ」
「で、でも、
女難の相か。ある意味当たってるな。朝からコイツだからな。
白雪はまた涙目だし、校則違反でまた内申点が下がったら──今の俺の目標、『普通の高校への転校』が、やりにくくなる。まあ、武装ぐらいはしてやるか。
「分かった分かった。ほら、これで安心だろ。だから泣くなって」
俺は
白雪はなんでかそんな俺をうっとりと眺め、ほっぺに両手をあてていた。
「……キンちゃん。かっこいい。やっぱり先祖代々の『正義の味方』って感じだよ」
「やめてくれよ──ガキじゃあるまいし」
吐き捨てるように言う俺の胸に、白雪はるんるんと、どこからか取り出した黒い名札をつけてきた。
『
さすがは生徒会長で園芸部長で手芸部長で女子バレー部長で偏差値75の超人的しっかり者だな。ぐうたらの俺にとっちゃ、すこぶるやりにくいヤツだ。
「……俺はメールをチェックしてから出る。お前、先に行ってろよ」
「あっ、じゃあ、その間にお洗濯とかお皿洗いとか──」
「いいからっ」
「……は、はい。じゃあ……その。後でメールとか……くれると、
白雪はもじもじとそんなことを言い、ぺこり。
深ーくお
……ふう。
やっと面倒くさいのが出ていってくれたか。
どっかりとPCの前に座り、だらだら……と、メールやWebを見る。
だらだら、だらだら……としていたら、時刻はいつの間にか7時55分になっていた。
しまった。ちょっとだらだらしすぎたか。
──58分のバスには乗り遅れたな。
───生涯。
生涯、俺はこの7時58分のバスに乗り遅れたことを
なぜならこのあと、空から女の子が降ってきてしまったんだから。