弾籠め

 ──空から女の子が降ってくると思うか?


 昨日見た映画では、降ってきてたんだ。

 まあ、映画とかマンガならいい導入かもな。

 それは不思議で特別なことが起きるプロローグ。

 主人公は正義の味方にでもなって、大冒険が始まる。


 ああ、だからまずは空から女の子が降ってきてほしい!

 ……なんて言うのは、浅はかってモンだぜ。

 だってそんな子、普通の子なワケがない。

 普通じゃない世界に連れ込まれ、正義の味方に仕立てられる。

 現実のそれは危険で、面倒なことに決まってるんだ。


 だから少なくともおれとおやまキンジは──

 空から女の子なんて、降ってこなくていい。

 俺はとにかく普通に、平凡な人生を送りたい。

 だからまずは、転校してやるんだ。この、トチ狂った学校から……

  ……ピン、ポーン……

 つつましいドアチャイムの音で、目が覚める。

 ……いけね。

 どうやらおれは、トランクス一丁で寝ていたらしい。

 まくらもとの携帯を見ると──時刻は、朝の7時。

(こんな朝っぱらから、だれだよ……)

 居留守を使ってやろうか。

 だが、あのチャイムのにイヤな予感がする。

 もそもそ、とワイシャツをはおり制服のズボンをはくと、俺は1人で住むには広いこのマンションの部屋を渡り……ドアののぞき穴から、外を見た。

 するとそこに──やっぱり。

「……ゔ」

 ──しらゆきが、立っていた。

 純白のブラウス。えんいろの襟とスカート。

 シミ一つ無いていこうのセーラー服を着て、うるしりのコンパクトを片手に、何やらせっせと前髪を直している。

 何やってんだしらゆき。こんな所で。

 そう思ってたら今度はすぅーっはぁーと深呼吸を始めた。

 相変わらずワケの分からんヤツだ。

 ──ガチャ。

「白雪」

 ドアを開けると、白雪はあわててぱたんとコンパクトを閉じ、サッと隠す。

 そして、

「キンちゃん!」

 ぱあっと顔を明るくし、昔のあだ名で俺を呼んできた。

「その呼び方、やめろって言ったろ」

「あっ……ごっ、ごめんね。でも私……キンちゃんのこと考えてたから、キンちゃんを見たらつい、あっ、私またキンちゃんって……ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」

 白雪は見る間にそうはくになり、あわあわと口を手で押さえる。

 ……文句を言う気もせるな。

 とぎ白雪。

 キンちゃんという呼び方で分かるように、俺とコイツは幼なじみだ。

 外見は名前の通り雪肌で、さっき直していたつやつやの黒髪は子供のころからずっと前髪ぱっつん。目つきはおっとりと優しげで、まつ毛はけぶるように長い。

 さすがは代々続くとぎ神社のさんだ。相変わらず、絵に描いたようなやまなでしこを地で行ってるな。

「ていうか、ここは仮にも男子寮だぞ。よくないぞ、軽々しく来るのは」

「あ、あの。でも私、昨日までじんぐうに合宿で行ってて……キンちゃんのお世話、なんにもできなかったから」

「しなくていいって」

「……で、でも………すん……ぐす」

「あー分かった分かった!」

 目をうるませたしらゆきを、おれは仕方なく部屋に上げてやることにする。

「お……おじゃましますっ」

 白雪は90度ぐらいの深ぁーいおをしてから玄関に上がり、脱いだ黒いストラップシューズを丁寧にそろえた。

「で、何しにきたんだよ」

 きちんとテーブルにつくのも面倒だったので、俺は座卓のわきにどっかりと腰を下ろす。

「こ、これ」

 白雪は自分もふわりと正座すると、持っていたの包みをほどいた。

 そして出てきたうるしりの重箱をおれの前に差し出すと、まきつきのフタを開ける。

 そこにはふんわり柔らかそうな玉子焼き、ちゃんと向きをそろえて並べたエビの甘辛煮、ぎんざけ西さいじようがきといった豪華食材と、白く光るごはんが並んでいた。

「これ……作るの大変だったんじゃないか?」

 ばしを渡されながら言うと、しらゆきは、

「う、ううん、ちょっと早起きしただけ。それにキンちゃん、春休みの間またコンビニのお弁当ばっかり食べてるんじゃないかな……って思ったら、心配になっちゃって……」

「そんなこと、お前に関係ないだろ」

 と言いつつ、実際春休みにコンビニ弁当ばっかり食っていた俺はそのうまそうなお重をありがたくいただくことにした。いつも思うが、白雪の料理、特に和食は本当にうまい。

 白雪は正座したままほおを桜色に染めてうつむき、ミカンをむきはじめた。白い筋を丁寧に取って小皿に乗せているところを見るに、それも俺にくれるつもりらしい。

 まぁ……お礼ぐらい言っておくか。

 腹いっぱいになった俺はミカンをほおりながら、白雪に向き直った。

「……えっと、いつもありがとな」

「えっ。あ、キンちゃんもありがとう……ありがとうございますっ」

「なんでお前がありがとうなんだよ。ていうか三つ指つくな。土下座してるみたいだぞ」

「だ、だって、キンちゃんが食べてくれて、お礼を言ってくれたから……」

 白雪はうれしそうな顔を上げ、なんでか目をうるませて蚊の鳴くような声を出す。

 あ、あのなー。

 なんでいつもそんなにオドオドするんだ。もっと胸を張って生きろ。

 そんな、めったやたらに大きな胸をしてるんだから。

 そう思った俺は……つい、本当につい。

 白雪の胸を、見てしまった。

 こっちに三つ指をつく白雪のセーラー服の胸元は、ちょっとゆるんで開いている。

 そこには深ぁーい胸の谷間がのぞいており、黒い、レースの下着が──

(く……黒はないだろ!)

 高校生らしからぬけしからん下着から、俺はあわてて目をらす。が……

 じわっ。

 に血が集まるような、あの、危ない感覚がしてきた。

 ──ダメだ。

 禁止しているんだ、俺は。

 。自分に。

「──ごちそうさまっ」

 しらゆきから逃げるように、おれは勢いよく立ち上がる。

 ふう。どうやらだったみたいだな。

 白雪はテキパキと重箱を片付けると、今度はソファーにほうられていたていこうの学ランを取ってきた。

「キンちゃん。今日から一緒に2年生だね。はい、

 俺がそれをると、今度はテレビのわきに放り投げてあったも持ってくる。

「……始業式ぐらい、銃は持たなくてもいいだろ」

「ダメだよキンちゃん、校則なんだから」

 と、白雪はその場にりようひざをついてこっちのベルトにホルスターごと帯銃させてしまう。

 校則……『武偵高の生徒は、学内でのけんじゆうと刀剣の携帯を義務づける』、か。

 ああ、

 ウンザリするほど普通じゃないんだよ。ていこうは。

「それに、また『ていごろし』みたいなのが出るかもしれないし……」

 白雪はひざちのまま、心配そうなうわづかいで俺を見上げてきた。

「──『武偵殺し』?」

「ほら、あの、年明けに周知メールが出てた連続殺人事件のこと」

 ああ、そういえば、そんなのもいたな。

 たしか……ていの車やなんかに爆弾を仕掛けて自由を奪った挙げ句、短機関銃マシンガンのついたラジコンヘリで追い回して──海に突き落とす。そんな手口のヤツだったっけか。

「でもあれは逮捕されたんだろ」

「で、でも、ほうはんとかが出るかもしれないし。の占いで、キンちゃん、じよなんの相が出てたし。キンちゃんの身に何かあったら、私……私……ぐす……」

 女難の相か。ある意味当たってるな。朝からコイツだからな。

 白雪はまた涙目だし、校則違反でまた内申点が下がったら──今の俺の目標、『普通の高校への』が、やりにくくなる。まあ、武装ぐらいはしてやるか。

「分かった分かった。ほら、これで安心だろ。だから泣くなって」

 俺はためいきをつき、ナイフも──兄の形見の、バタフライ・ナイフだ──棚から出して、ポケットに収める。

 白雪はなんでかそんな俺をうっとりと眺め、ほっぺに両手をあてていた。

「……キンちゃん。かっこいい。やっぱり先祖代々の『正義の味方』って感じだよ」

「やめてくれよ──ガキじゃあるまいし」

 吐き捨てるように言う俺の胸に、白雪はるんるんと、どこからか取り出した黒い名札をつけてきた。

とおやまキンジ』

 ていこうでは、4月には生徒全員が名札を付けるルールがある。

 おれはスルーするつもりだったが、しらゆきはそれを先読みして用意していたらしい。

 さすがは生徒会長で園芸部長で手芸部長で女子バレー部長で偏差値75の超人的しっかり者だな。ぐうたらの俺にとっちゃ、すこぶるやりにくいヤツだ。

「……俺はメールをチェックしてから出る。お前、先に行ってろよ」

「あっ、じゃあ、その間にお洗濯とかお皿洗いとか──」

「いいからっ」

「……は、はい。じゃあ……その。後でメールとか……くれると、うれしいですっ」

 白雪はもじもじとそんなことを言い、ぺこり。

 深ーくおをしてから、従順に部屋を出て行った。

 ……ふう。

 やっと面倒くさいのが出ていってくれたか。

 どっかりとPCの前に座り、だらだら……と、メールやWebを見る。

 だらだら、だらだら……としていたら、時刻はいつの間にか7時55分になっていた。

 しまった。ちょっとだらだらしすぎたか。

 ──58分のバスには乗り遅れたな。








 ───生涯。

 生涯、俺はこの7時58分のバスに乗り遅れたことをやむだろう。


 なぜならこのあと、空から女の子が降ってきてしまったんだから。

 かんざき・H・アリアが。

MF文庫J evo

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