16 ルシール、降りだした雨

 ぼくらは始発を待って、電車に乗った。今にも降りだしそうなそらようで、夜が明けているというのにうすぐらかった。

「ねえ、学校あるんでしょ」

 がらがらの電車のに腰掛けた真冬がいてきた。

「さぼる。一日くらいどってことないよ」

 実はこれまでにもけっこうさぼっているので、どうってことありまくりなんだけど、それはだまっている。

「おとうさんになにか書き置きしたりしてきた?」

「なんにも。てつろうれいぞうの中に朝食があれば、ぼくがいなくても気にしない」

「でも……」

 自分が家出少女のくせして真冬はしんぱいしようだった。

「あのさ、自分でいつしよに来てくれって言ったくせしてそういうこと心配するわけ?」

「……昨日きのうのうちに気が済んで、あなたは帰っちゃうものかと思ってた」

 甘く見られたもんだ。

「そっちこそ家出してきたんだから、いまごろとうさんとかが捜してるだろ。常習犯なんだし」

 ふゆは首を振った。

「あの人は、今頃もう空港に向かってる。すぐに公演あるし」

「いや、でも、自分の娘がいなくなったらさ……」

「指揮者がいなくなる方が困るでしょ。あの人にとっても、オーケストラにとっても」

 それはそうかもしれない。でもなあ。

 そうそう見つかるわけもないだろうけど、交番の前を通るときとかは気をつけよう。真冬は一応CM出演けいけんもあるし、ぱっと見だけで正体がばれないとも限らない。

「これからどこに行くの?」

「市役所」

「市役所?」



 街の中心部にある駅で降りて、北口のオフィス街に抜ける。真冬は、家出中だというのに役所に行くというぼくのぼうな案にづいたようだった。

「だって、家出中だってばれたら……」

「堂々としてれば大丈夫だって。そもそも家出して市役所に行くやつがいるなんて、向こうも思わないだろ」

 とはいえ、ギターケースとスポーツバッグというのは印象がやはりアナーキーすぎるので、荷物を両方とも真冬に持たせてトイレにかくれてもらい、ぼくひとりでかんきように行った。

だいゴミ? ああはいはいそこに早見表ありますから」

 受付の太ったおばさんはぼくの話を半分も聞かずに、ゴミぶんべつひようをとんとんとボールペンでたたいた。

「あ、あの、捨てたいんじゃなくて、捨てちゃったやつがどこに持ってかれるのかきたいんです」

 おばさんは首をかしげる。

「その、間違って捨てちゃったんで」

「ええー? 回収したいってことぉ? 無理無理」

 ひっぱたいてやろうかといつしゆん思った。根気強く話して、環境事業センターというところを聞き出す。中間処理場──つまり、粗大ゴミを粉々にしてたいせきを小さくする施設だ。

「でもねえ。無理よ無理無理。だってあんた、一日にどんくらいゴミ届くと思ってんの。見つかると思う?」

「ありがとうございました」

 ぼくはさっさと逃げ出した。見つかると思うのかって? 思っちゃいけないのか?



 かんきよう事業センターは、市の反対側の端、ぼくも一度も降りたことのない駅から歩いて二十分のちょっとした山の中にあった。にぶみどりいろの林の間にようやくその建物の威容が見えてきたとき、ぼくもふゆも思わず立ち止まってしまった。

 ひびきをたてじんい上げて、だいゴミをまんさいしたトラックがぼくらを追い越していった。あっけにとられていて、危うくかれるところだった。

「こんなに大きいんだ……」

 真冬がぼくの胸中を代弁したかのようなつぶやきをらす。

 うちの高校はかなりしきが広い部類に入ると思うのだけれど、見えているはんの建物だけで、それより一回り広く見える。なんかものすごい音がしてるし。

 今さらながらに環境のおばさんの無理無理無理無理という連呼が耳によみがえる。

「とにかく、行ってみようよ」

「……う、うん」

 門のところで、出てきたトラックにまた轢かれそうになった。真冬はふんじんをまともに吸い込んでむせる。環境事業センターさい処理場、門柱にはたしかにそう書いてあった。

「どこ行けばいいのかな……」

 ぼくがきょろきょろしていると、真冬がだまって左手の方を指さした。

 受付、と赤字で書かれたかんばんには左への矢印があり、ずっと向こうにはガソリンスタンドみたいな小さめの建物が見えた。

 近づいてみると、建物から大きく張り出した屋根の下には、車一台分くらいの大きさの金属プレートがいてあり、そのわきには郵便ポストみたいなかいが突っ立っているのが見えた。手前のアスファルトには大きな『止マレ』の白字。

「車の重さを量るんじゃない?」と真冬が言った。なるほど。まずあそこで量ってから奥でゴミを下ろして、戻ってきてもう一度計量するのか。じゃあ、あそこに受付の人がいるかな。

「でも、こんな大きい処理場で、ベース一本見つかると思う? もう処理されちゃってるかもしれないし」

「行ってみないと、……わからないよ」

 自分に言い聞かせてるみたいだった。

 計量場の手前の『止マレ』表示までやってきたとき、受付の建物の扉が開いた。ぼくらはびくっと立ち止まる。出てきたのは作業着姿のいかついおじさんだった。キノコを食べたら巨大化しそうな感じの口ひげが見事。

「だめだよだめだめ。ゴミ直接持ってきたの? だめだって」

 いきなりおじさんはまくしたてた。ふゆはおびえてぼくの背後にかくれた。

「少量のゴミならここじゃなくて……って、んんん?」おじさんはつかつかとぼくのそばまで寄ってきた。「それギター? だめだよギター捨てちゃ」

「え……ギターは処理できないんですか?」

「できるけどおれが許さない」

 ……は?

「ギターは男のたましいだからな。B.B.キングが『ルシール』捨てたらかなしいだろ? ブライアン・メイが『レッド・スペシャル』捨てるなんてとんでもないだろ」

 なに言ってんだこの人……。

「……ジミ・ヘンドリクスはギターいっぱいやしてましたよ」

「あれは捨てたんじゃないだろ! 燃えてロックの神様のところに昇ってったんだよ! ジミヘンだから許されるんだ。若いのにジミヘンなんてくんか?」

「え? はあ。いや、まあけっこう好きです」

 おじさんは目をかがやかせた。どうやら筋金入りのオールドロック・ファンらしかった。

「そうか。そうかそうか。俺ァやっぱりエクスペリエンス時代が好きなんだがウッドストックの後も……」

 あつく語り出すおじさん。仕事しろよ。ちらと振り向くと真冬ははなれたところの建物の陰までなんしていた。裏切り者。それからぼくひとりでたっぷり二十分くらいウッドストック・フェスティヴァルの自慢話を聞かされた。

「……だから捨てるのは考え直せ。夢を追えるなァ若いうちだけだぞ?」

 ようやく口がはさめる余地がやってきたので、ぼくは手を振って否定する。

「ちがうんです、捨てに来たんじゃなくて、拾いに来たんです」

「あァん?」げんな顔をするおじさんに、ベースを間違って捨ててしまったことを話した。するとおじさんはいきなり涙ぐむ。

「……そう……そうかァ……はじめて自分で買った楽器だもんな、青春の思い出だもんな」

 ぼく、はじめて買った楽器だとは言ってませんが? その通りだけど。

「お年玉めて買って、まだできてもいないバンドの名前とファーストアルバムのタイトルまで決めたってのに、ロック嫌いなお袋さんに勝手に捨てられたんだな。いつの時代もロックンローラーは迫害される運命よ」話をねつぞうすんな。「それで市役所だのなんだのたらい回しにされて、こんなとこまで探しに来たんかァ、えらいなァおまえさん。俺は感動した。戻ってきたそのベースにゃ、ちゃんと女の名前をつけるんだぞ」

「え、戻ってきますか? ここに運び込まれたの知ってます?」

「いや。知るわけないだろ毎日何トン持ち込まれると思ってんだ」

 いきなり冷静になるなよ!

「まあ見つからんだろ。言っとくけどおまえさんをふんさい施設の中に入れたりできないからな。ピットにぶち込み済みだったらもうおしまいだ。プラットフォームにんであるぶんなら探せるけど、作業のじやだしなァ」

「はあ……」

 なんだか望みうす。やっぱり考えが甘かったのかな。

「だいたい、回収されたのいつだ? 今日きよう? 先週だとか言うなよ」

「え、えと。おとといです」

 おじさんはくわっと目を見開いた。「おととい?」

 ぼくはおどろいて後ずさる。変身するかと思った。

「おとといじゃあ……もうだめですか?」

「ほんとにおとといか? ンなはずないぞ」

「……え?」

「回収日はすいようだけだ。自前でここに持ってきたわけじゃないんだろ?」

 ぼくはうなずきながらも、混乱していた。

 たしかに、月曜日の夜にゴミ捨て場に出して、火曜日にはなくなっているのを見た。

「だれかが拾って持ってったんじゃねえのか」

「え……」

 だとすると。もう、ほんとに望みはゼロだ。見つかるわけがない。

いつしよに捨ててあったテレビとかもみんな消えてたから、てっきり──」

「はあん。そりゃ業者だ」

 おじさんは腕組みして、とくしんしたようにうなずく。……業者?

「たまに軽トラで、『だいゴミの無料回収車です』っつって巡回してるやつがいるだろ。あれだあれ。おれに言わせりゃゴロツキだ。そのゴミ、ちゃんと市役所指定のステッカーって出したんだろ? それなら、勝手に持ってくのは犯罪だからな」

「ど……どこの業者なのか、わかりますかっ?」

「んんん」

 おじさんは首をかしげてうなる。わかるわけないか。

 こんなところまで来たけど、けっきょくあしだった。やっぱり、見つかるわけなかった。

 しょんぼりと肩を落とし、おじさんに「どうもすみませんでした」と言ってしやくし、ふゆの方へ戻ろうとしたとき、背中に声がかかった。

「おい、待てロックンローラー。おまえさんの住所どこだ」

 え?

「そのへんなわりにしてる、俺が知ってる限りの業者教えてやる」

 振り向いたいつしゆん、おじさんはフレディ・マーキュリーなみのかっこいいマッチョ・ガイに見えた。ぐっと親指を立てて言う。

「愛器を取り戻したいんだろ。おれも見捨てるわけにはいかねェ」



 電車の窓から空を見上げたふゆは、「雨降りそう」とつぶやいた。

 となりに座ってギターを足の間にはさんで抱えたぼくは、だまってうなずき、おじさんにもらったメモや業者のビラをもう一度取り出してかくにんする。所在地がわかっているのは一つもなかった。さすがにおじさんもそこまで知らない。六つ教えてくれたのだけれど、なんとか運送、なんとか事務所、なんとか工務店といった名前、あるいはもっとすごいのになるとけいたいの番号と担当者の名前だけ。これひょっとしてやばい筋だったりしないだろうな。

『うさんくさい連中だから気をつけろ』

 おじさんも、そう言っていた。だいゴミを勝手に持っていくのは、大した罪じゃないにしろ、おおっぴらにできる仕事じゃない。

「ほんとに、まだ探すの?」

 真冬が、迷子まいごになった幼稚園児みたいな声を出す。

「うん。とりあえず昼飯食ってもっかい市役所。電話帳とか、ほかにもいろいろ資料あたって、業者の居場所調しらべる」

「見つかるわけないよ……」

「疲れたんなら、ぼくにつきあって歩き回ることないけど。どこかに宿取って待ってる?」

「わたしがつきあってるんじゃない!」真冬はいきなり怒る。「あなたがわたしに荷物持ちでくっついてきたんでしょ? 忘れないで!」

「いや、そうだけどさ。だからなに?」

「だからいつしよに行く」

 なら文句言うなよ。

 ぼくも窓の外を見る。れた街が流れていくだけなのに、昨日きのうとまったくちがう景色けしきに見える。いまごろみんなは昼休みかな。あきはぼくの弁当がなくて腹をかせているだろうか。そんなことがちらと頭をよぎったけれど、なんだか学校に通っていたのが遠い昔だったような気がしてきた。

 あの日常に戻るとしたら、真冬を連れて、だ。そのために、見つけなきゃいけない。ぼくが捨ててしまったものを。真冬とぼくをつないでいた、あの音を。

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