第25話:種馬騎士、魔狼を駆る


 ラスがグラダージに到着したときには、大渓谷周辺の森林地帯は混乱状態に陥っていた。

 無数の魔獣と狩竜機シャスールが入り乱れての、壮絶な戦闘が行われていたのだ。

 どうやら恐慌状態パニックになって暴走する魔獣たちを、狩竜機シャスールが喰い止めようとしているらしい。戦力の主体は民間の狩竜機シャスール。ティシナ王女が、王都でかき集めたという傭兵たちだろう。


「くそ……! どういう状況なんだよ、これは⁉︎」


 魔獣に取り囲まれて孤立していた狩竜機シャスールを見かけて、ラスは仕方なく援護に回る。

 交戦中の相手は狼蜥蜴ウルフリザードと呼ばれる獰猛な中型魔獣だ。

 本来なら群れで狩りをする危険な敵だが、混乱しているのか、仲間との連携が取れていない。ラスは剣を抜くまでもなく魔獣の一体を殴り飛ばし、もう一体を煉術砲撃で焼き尽くした。

 傭兵の乗った狩竜機シャスールもどうにか体勢を立て直し、正面にいた魔獣を両手剣で撃退する。


「おい、無事か⁉︎」

『ああ、すまない。助かった』


 無線機から流れ出したのは、荒い呼吸を続ける狩竜機シャスール乗りジョッキーの声だった。

 命を救われたことに気づいているのか、ラスに対する敵意や警戒心は感じない。


「シャルギアのギルドに所属している傭兵だな? いったいなにが起きている?」

『暴走だ。ヴォス湖に龍種ドラゴンが出現して、魔獣たちが逃げ惑ってる』

「……龍種ドラゴンだと?」

 ラスは唖然として訊き返す。

 ティシナ王女が暗殺者に襲われる可能性は考えていたが、龍種ドラゴンの襲撃は想定外だ。


『そうだ。俺たちはティシナ王女に命じられて、魔獣たちが人里に向かうのを防いでたんだ』

「やはりティシナ王女も来てたのか……王女はどこだ⁉︎」

『わからん。こっちに逃げてきてないってことは、龍と戦うつもりでグラダージ大渓谷の砦に残っているのかもしれん』

「龍と戦う……まさか……」


 ラスは酷い目眩に襲われた。

 

 王女がたまたま大渓谷の視察に行くと言い出し、その大渓谷でたまたま龍種ドラゴンが出現した。なぜか彼女は多数の傭兵を引き連れており、彼らのおかげで魔獣の暴走が喰い止められている。

 そんな偶然があってたまるか、とラスは思う。


 考えられる可能性はひとつだけだ。ティシナ王女は、今日、この大渓谷に龍種ドラゴンが出現することを知っていたのだ。

 未来予知の煉術など存在しない。未来を知ることなどできるはずがない。

 それでもティシナ王女は未来の出来事を知っている。

 そう考えなければ辻褄が合わないのだ。


『——龍? 龍と戦う? 殺す?』


 操縦席にヴィルドジャルタココの声が響いてくる。

 その言葉にラスはハッと我に返った。

 今は王女の能力について、あれこれ考えている場合ではない。

 龍がそこにいるのなら、ラスがやるべきことはたった一つだ。

 龍を殺す。それが黒の剣聖の弟子であるラスの役目だ。

 たとえそれがティシナ王女によって仕組まれた状況だったとしても、だ。


「ああ、そうだ。相手が暗殺者だろうが、上位龍だろうが、フィアールカの花嫁を殺させるわけにはいかないからな」


 ラスが獰猛に微笑んで言った。

 その瞬間、狩竜機シャスール煉核コアが歓喜に震えた気がした。


『わかった。ぼくたちが龍を殺す』


 ヴィルドジャルタココの言葉が再び操縦席に響く。

 そして漆黒の狩竜機シャスールは、深紅の帯煉粒子アウロンを炎のように噴き上げながら、全身を軋ませて姿を変えたのだった。


      ◇◇◇◇


 グラダージ砦では、砦の守備隊とテグネール伯爵家の兵士たちが、無線機に齧りついて必死に戦況の把握に努めていた。


 すでに動ける狩竜機シャスールはすべて出払っており、狩竜機シャスールを持たない煉騎士や煉術師たちもそれぞれが砦の守りについている。

 しかし戦況は芳しくない。

 中小の魔獣をいくら減らしても、肝心の龍種ドラゴンを止めることができないのだ。


「姫様、雑龍どもはあらかた始末しましたが、我々の戦力では水龍の侵攻を防げません。せめて砦の地下に避難を——」

「あら、伯爵。そんな必要はありませんよ」


 強張った表情のギリスとは対照的に、ティシナはにこやかに微笑んで言った。

 蒼穹を思わせる青い瞳で、彼女は、光学系の煉術で映し出された水龍の姿を楽しげに眺めている。


「あの人が、ようやく来てくれたようです」

「……あの人……とは……?」


 ギリスが眉間に深くしわを刻んだ。そんなギリスが、不意に目を大きく見張る。

 大渓谷の岩場を悠然と進み続ける水龍の前に、見知らぬ漆黒の影が立ちはだかったからだ。

 深紅の輝きに身を包む鋼の獣である。


「ま、魔狼マナガルム……⁉︎」


 砦の守備兵の誰かが、怯えたように呟いた。

 魔狼マナガルムとは、テロスの古い神話に謳われる伝説の聖獣だ。天を駆け、月を喰らって、空と太陽を血に染める。炎の翼を持つ漆黒の狼——

 グラダージ大渓谷に舞い降りた機体は、まさしくその魔狼マナガルムの姿をしていた。


「なんだ、あの禍々しい機体は⁉︎ あれも狩竜機シャスールなのか⁉︎」


 ギリスが掠れた声で呻く。


 魔狼マナガルムの全身を包んでいるのは、紛れもなく帯煉粒子アウロンの輝きだ。

 だとすれば、あの機体の正体は狩竜機シャスールということになる。

 翼を持ち空を駆ける、獣の姿をした狩竜機シャスールだ。

 空搬機カラドリウスと同様の飛行能力を持ち、四つ脚で疾走することで、地上においても通常の狩竜機シャスールの機動性能を遥かに上回る。

 その凄まじい機動力をもって、あの機体は龍種ドラゴンの前に駆けつけたのだ。


 だが、真の驚きはさらにその先に待っていた。ギリスたちが呆然と見守る中、漆黒の機体はゆらりと立ち上がって、轟音とともに姿を変えたのだ。


「なんと……魔狼マナガルムが人の形に……⁉︎」


 伯爵家の従士の一人が、驚嘆の息を吐く。

 ギリスは驚いて声も出せない。

 実のところ、変形する狩竜機シャスールの存在が、まったく知られていないというわけではない。シャルギア王家に伝わる〝アウイン〟も部分的にだが変形機構を持つし、飛竜ワイバーンに姿を変えるといわれるレギスタン帝国の〝チェントディエチ〟は有名だ。


 しかし、あれほどまでに禍々しい姿の狩竜機シャスールを目の当たりにしたのは、歴戦の将であるギリスも初めてのことである。


「馬鹿な! 正面から龍に挑む気か⁉︎」


 兵たちの間に悲鳴が上がった。

 どれだけ強力な狩竜機シャスールであっても、龍種ドラゴンには決して及ばない。それは常識というよりも、万物を支配する法則そのものだ。

 龍種ドラゴンの纏う龍気は煉術師数十人がかりの煉術砲撃すら寄せ付けず、彼らの鱗は狩竜機シャスールの剣をも弾く。

 速度でも、そして力でも、龍種ドラゴン狩竜機シャスールを凌駕する。

 

 にもかかわらず、魔狼マナガルムが変形した漆黒の狩竜機シャスールは、激昂する水龍を圧倒していた。

 幻惑系の煉術を併用した変幻自在の駆け引きと、針の穴を通すかのような精密な剣技。

 関節の裏側や、鱗の隙間。龍気を制御するための角や、目、耳などの感覚器。龍種ドラゴンの肉体が持つわずかな弱点を、漆黒の狩竜機シャスールは的確に攻めていく。

 漆黒の狩竜機シャスールの圧倒的な粒子放出量に隠れているせいで目立たないが、真に恐るべきは乗り手の技量だった。

 その事実に気づいている兵士が、はたしてこの戦場に何人いるか——


「強い……まさか、あのような機体を乗りこなすとは……何者だ?」


 ギリスは我知らず身震いした。あの漆黒の狩竜機シャスールに対抗できる乗り手が、今の王国にいるのか、と不安を覚えたのだ。


 だがそれほどの乗り手であっても、龍種ドラゴンに勝てるという保証はない。幾度となく繰り返された狩竜機シャスールの攻撃は、いまだに水龍を仕留めるには至らず、逆に龍の攻撃は、わずかにかするだけでも狩竜機シャスールを行動不能に追い込める。

 水龍を圧倒しているように見える漆黒の狩竜機シャスールだが、この状況は、綱渡りのような危ういバランスの上に成り立っているだけなのだ。


「なんということだ……いくら強力な機体とはいえ、一機では……」


 ギリスが、己の無力さに歯噛みする。

 あの漆黒の狩竜機シャスールがどれだけの煉核出力パワーを誇ろうとも、今のような戦い方を続けていれば、いずれは帯煉粒子アウロンが枯渇する。

 そうなれば現在の均衡は、たちまち崩れ去ることになるだろう。


 一軍、などという贅沢はいわない。

 だが、せめてあと数機——否、あの漆黒の狩竜機シャスールと同等の機体があと一機でもあれば、龍を倒せるのだ。

 しかし今のギリスには、ただ手をこまねいて見ていることしかできない。

 その事実にギリスは屈辱を覚えた。だが、


「いいえ、問題ありません」


 ティシナが静かに呟いた。まるで未来を見てきたかのような、迷いのない口調だ。

 ギリスは戸惑いながら彼女に目を向けて、


「しかし、相手は上位龍に近い力を持つ個体ですぞ?」

「上位龍に近い力を持つということは、裏を返せば上位龍には及ばないということ。それではあの方は止められませんよ。ほら」


 無邪気な子供のような表情で、ティシナが笑う。

 煉術で映し出された画面の中。水龍の攻撃をかわして、漆黒の狩竜機シャスールが宙に舞った。

 致命傷には程遠くても無数の傷を負わされた水龍は、大量の血を失って動きが鈍っていた。

 そんな水龍の首に向けて、漆黒の狩竜機シャスールが大剣を振り上げる。

 龍気を纏った龍種ドラゴンの肉体を、狩竜機シャスールの剣で斬り裂くことは出来ない。だがもし、その刃が、龍気をも上回る密度の帯煉粒子アウロンを纏っていたならば——


超級剣技オーバーアーツ⁉︎」


 砦にいた多くの兵たちが見守る中、漆黒の狩竜機シャスールの振り下ろした剣が、水龍の首を斬り落とした。小枝を断つように、あっさりと。


「黒の剣技——お見事です、ラス」


 あまりの驚きに兵士たちが静まりかえる中、王女が口の中だけで小さく独りごちる。

 そして次の瞬間、水龍の巨体が地響きを上げて転がり、砦の中は爆発的な歓喜の渦で満たされたのだった。

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