第23話:種馬騎士、受付嬢と交流する


「どう思いますか、ターリオン卿」


 二日後。再び傭兵ギルドの酒場に向かう道すがら、エルミラがラスに尋ねてくる。

 銀の牙の密偵から届いた、報告書の感想を聞かれているのだ。


「よくわからないな。ティシナ王女が、国民から嫌われているのは事実らしいが……」

「そうですね。我々が酒場で聞いた話とも一致しています」


 エルミラが、事務的な口調で同意した。


 今の彼女は煉術で髪の色を変え、化粧で顔の印象を変えている。いくらここが隣国とはいえ、死んだはずの皇女フィアールカと同じ顔で街を出歩くわけにはいかないからだ。

 もっともそれで目立たなくなったと思っているのは本人だけで、相変わらずエルミラの容姿は注目を浴びていた。近寄りがたいほどの絶世の美女が、普通の美人になっただけだからだ。


「だけど、彼女の行動が、国民に具体的な被害を与えたことはないんだな?」

「ええ。銀の牙の報告書を見る限り、王女の身勝手な振る舞いは、最終的に民衆の利益につながっています。彼女が贅の限りを尽くした豪華な離宮を建てたことで、多くの貧民が建築の仕事にありついたり、彼女が癇癪を起こして王宮から追放した官僚が、実は帝国レギスタン間諜スパイだったことが発覚したり……あくまでも結果論ですが」

「フィアールカ……あいつ、知ってて黙ってやがったな」


 ラスは唇を歪めて苦笑した。王女の行動はまさに傲慢な悪役そのものだが、結果だけ見れば彼女は王族としての役割を立派に果たしている。実にわけのわからない存在だ。

 ラスが王女の人柄を訊いても、フィアールカがのらりくらりと話をはぐらかしていた理由が今ならわかる。彼女は説明するのが面倒くさかったのだ。


「ココが食べているその菓子も、ティシナ王女が王宮の料理人たちに、我が侭を言って作らせたものだそうです。それが庶民の間にも広まったものだとか」

「ふぇ?」


 口いっぱいにスイーツを頬張っていたココが、名前を呼ばれて顔を上げた。彼女が屋台の前で騒いでラスに買わせたのは、ガレットとかいう薄く伸ばしたパンのような菓子だった。


「これ、美味しい。ココ、王女、好き」


 口の周りにジャムとクリームをつけながら、ココが再びガレットにかぶりつく。とても狩竜機シャスールの外部端末とは思えない姿である。


「その菓子は麦ではなく、痩せた土地でも育つソバという穀物で作られているそうです。昨年の麦の不作の際に多くの国民が餓死を免れたのは、その穀物が普及していたおかげだと——」


 エルミラが、複雑そうな表情を浮かべて言った。

 ティシナ王女は民を飢えから救った。しかし国民が彼女に感謝することはないだろう。実際、王女がやったことといえば、料理人に菓子を作らせただけだからだ。


「偶然……にしては、出来すぎてるな。王女本人が狙ってやってるのなら、たいしたものだが。フィアールカにだって、ここまでのことは出来ないだろ」

「は? 殿下ならこの程度は余裕ですが? あなたはどこに目をつけているのですか? まったく、こんな男が殿下の婚約者だったとは嘆かわしい。やはりあなたには悪役王女のお相手がお似合いのようですね」


 主君であるフィアールカを盲信しているエルミラが、ラスの何気ない発言を聞いて憤慨する。

 ティシナ王女がフィアールカよりも優れているかのようなラスの発言は、エルミラにとっては看過できない大問題らしい。


「ああ、わかった。悪かった。だとしても彼女が一人で計画してやってることとは思えない。裏で彼女を操っている誰かが——いや、操っている組織があるはずだ」

「それについては、同感です」


 エルミラが機嫌を直して首肯した。

 ティシナ王女が、もし本当に民衆のためを思って行動しているのなら、彼女があえて悪役を演じる必要はない。つまり王女はなにも知らないまま、誰かに利用されているということなのだろう。だとすれば彼女の背後には、恐ろしく高度な策謀を巡らし、それを実現できる力を持った組織があるということになる。彼女が暗殺組織に命を狙われているのも、あるいはそれが原因なのかもしれなかった。


「それで、これからどうなさるおつもりですか?」


 エルミラが、ココの口元の汚れを拭きながらラスに訊く。ちょうど傭兵ギルドの建物が見えてきたところである。


「王女サマの素性も気になるが、そっちは俺の仕事じゃないからな。とりあえず、暗殺組織の連中を炙り出さないことにはどうにもならないんだが」

「炙り出すといっても、どうやって? 銀の牙でも彼らの潜伏場所はつかめていないのですよ? おそらく暗殺者たちを匿っているのは——」

「ああ。この国の王族の誰かだろうな」


 ラスがエルミラの言葉を引き継いで呟いた。

 国外から来た暗殺者たちが、なんの手がかりも残さずに王都に潜伏するのは容易ではない。よほど強力な後ろ盾が、彼らを匿っているのは間違いないだろう。

 国際会議を控えて厳戒態勢の王都でそれだけのことができるのは、シャルギアの王族か、それに匹敵する力の持ち主だけだ。その場合、尋常な手段では、暗殺者たちの尻尾をつかむのは不可能である。


「できれば、あまり目立たないやり方を選びたかったんだが、仕方ないか——」

「ターリオン卿?」


 不安げな表情のエルミラを無視して、ラスはギルドの扉をくぐった。同じ建物に併設された酒場ではなく、真っ直ぐにギルドの受付へと向かう。

 カウンターの中にいたのは、小柄な若い事務員だ。


「やあ、イネス嬢。依頼を出したいんだが、今、いいかな?」

「あ……タラスさん? 私の名前、覚えていてくれたんですか?」


 イネスと呼ばれた受付嬢が、パッと表情を明るくしてラスを見た。見てくれが良く、かつ、話術が巧みなラスは、ここ数日ですっかり受付嬢たちと親しくなっている。

 彼女たちとの距離が近づくにつれて、エルミラの態度が冷たさを増している気がするが、真面目に任務をこなしているつもりのラスとしては実に不本意な話だった。


「それはもちろん。今日の髪型もいいね。その髪留めもきみの瞳の色に似合ってる」

「いえ、そんな……」


 イネスが照れたように頬を赤らめて下を向く。

 そんな彼女に突き刺さったのが、同僚の受付嬢たちの嫉妬の視線だ。カウンター内に漂う刺々しい空気を敏感に察して、イネスは慌てて姿勢を正した。


「あ……あの、それで依頼というのは……?」

「俺はアルギル皇国の人間なんだが、実はある暗殺組織について調べてる」

「暗殺組織⁉︎」


 ラスが口にした物騒な言葉に、イネスが顔を強張らせる。


「〝闇蝶エテルシア〟と呼ばれている組織だ。彼らについての情報提供を依頼したい」

「アルギル皇国の暗殺組織の情報を、シャルギアで……ですか?」


 イネスが怪訝な表情で訊き返す。ラスはうなずき、


「組織に狙われているのは、ティシナ王女だ」

「え⁉︎」

「引き受けてもらえるか? 情報買い取りの斡旋は、傭兵ギルドの業務の範囲内だと思ったが」

「え、ええ。それは構いませんけど、そんな依頼を出してしまったら、タラスさんが命を狙われませんか?」


 イネスが心配そうな眼差しでラスを見た。

 そして彼女は、なにかに気づいたように息を呑む。さすがに百戦錬磨の傭兵たちを常日頃から相手にしているだけあって、見た目に似合わず頭の回転が速い。


「もしかしてそれが目的ですか、タラスさん。自分を囮にして、暗殺者を引きずりだすつもりなんじゃ——」

「鋭いな、イネス嬢。それに関しては自己責任だから、気にしなくていいよ」

「で、でも……」


 イネスが困ったように視線を彷徨わせた。手元にあった書類の束にふと目を落とし、内緒ですが、と声を潜めて訊いてくる。


「あの、これももしかしてなんですけど、タラスさんの依頼って、ティシナ王女の依頼とも関係あります?」

「ティシナ王女の依頼というのは初耳なんだが、なんのことだ?」


 ラスは真顔になってイネスを見返した。イネスは、一瞬ラスに見とれたように、ぼうっと動きを止めて、


「え……と、これです。護衛依頼。今度の国際会議で訪問する観光地の下見に行くから、腕の立つ傭兵を集めてくれって」

「護衛依頼?」


 ラスはイネスが持っていた書類をのぞきこんだ。王女からの依頼はすでに履行中。雇われた数組の傭兵団は、現在、王女とともに王都を離れている。


「待ってくれ。国際会議の下見ってことは、王女の公務だろ? どうして王国軍の兵士を使わないんだ?」

「そ、それは私に訊かれても……」


 身を乗り出してきたラスに問い詰められて、イネスが困ったように眉尻を下げた。

 ラスは猛烈に嫌な予感を覚えて立ち上がる。


「王女の行き先は、グラダージ大渓谷か。イネス嬢、さっきの話はまた今度にしてくれ」

「は、はい!」


 ラスの剣幕に圧倒されて、イネスがギクシャクとうなずいた。

 しかしラスには彼女を気遣う余裕はなかった。

 実力も定かでない傭兵たちを護衛につけて、ティシナ王女は王都の外に出た。彼女の命を狙う暗殺者たちにとっては、またとない絶好の機会である。


「くそ、なにを考えてる、ティシナ・ルーメディエン・シャルギアーナ! 死にたいのか⁉︎」


 ラスは苛々と舌打ちしながら、ギルドの建物の出口に向かった。暗殺者の手がかりを探している間に、王女が暗殺されていました、では洒落にならない。


「今すぐに王女を追いかけるぞ。行けるな、ココ」

「お出かけ⁉︎ 主様とお出かけ!? やったー!」


 ラスに声をかけられたココが、見た目どおりの子供のように飛び跳ねる。中身が狩竜機シャスールである彼女としては、やはり陸港の格納庫でジッとしているのは退屈だったらしい。


「ヴィルドジャルタを動かす気ですか、ターリオン卿? ですが、空搬機カラドリウスを飛ばすためには、陸港の許可が——」


 エルミラが慌ててラスを制止しようとした。

 すでに入国審査は終えているとはいえ、航続距離の長い空搬機カラドリウスの飛行には許可がいる。他国籍の機体であれば尚更だ。空搬機カラドリウスの戦闘能力は高くはないが、物資の密輸や偵察など、軍事的な脅威度では狩竜機シャスールを凌ぐのだ。

 当然、申請には煩雑な手続きが必要で、許可が出るまで数日かかることも珍しくない。だが、


「心配ないさ」


 そう言ってラスは強気な笑みを浮かべた。

 なぜか得意げなココと顔を見合わせ、うなずき合う。


「要は飛ばなきゃいいんだろ」

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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