第22話:種馬騎士、傭兵ギルドに行く


 観光を終えたラスたちは、王都バーラマの中心街にある小さな宿に部屋を確保した。

 宿代が相場よりも高かったのは、国際会議が近いせいだろう。近隣諸国から商人や傭兵たちが押し寄せてきているせいで、安宿は軒並みどこも満室になっているらしい。


 ラスとココ、そしてエルミラが同じ部屋で寝ることになってしまったのも、その影響だった。宿の空き室が一部屋しかなかったのだ。

 

「この線からこちら側が、私の領地です。絶対に踏み越えてこないように。いいですね。もし私になにかしようとしたら、殿下に言いつけますからね!」


 エルミラが、宿の床にロープを張りながらラスに宣言する。極東の種馬ザ・スタリオンと呼ばれる男と同じ部屋に泊まるということで、神経を尖らせているらしい。雛を抱えた猛禽なみの警戒ぶりである。


「あー、わかったわかった。心配しなくてもなにもしないよ。ココもいるしな」

「その子が狩竜機シャスールの外部端末だと言ったのはあなたではないですか」


 エルミラは、疑念の眼差しをココに向ける。見た目は幼い子どもでも、ココの中身はラスに従う狩竜機シャスールだ。ラスがエルミラに狼藉を働こうとした場合、それを止めるどころか、ラスに協力するのではないかと疑っているのだろう。


 もっともエルミラがそこまで警戒するのも、自意識過剰とは言い切れない。

 なにしろ彼女の容姿は、フィアールカに瓜二つ——ラスの最愛の人物とそっくり同じなのだ。

 フィアールカの代替品としてラスが自分に手を出すのではないかと、エルミラが恐れるのはむしろ当然だった。

 実際のところ、ラスから見れば、彼女とフィアールカは似ても似つかないのだが——


「エルミラ、頼みがあるんだが」

「な、なんですか!? 言っておきますが、私を口説こうとしても無駄ですからね。私は決して殿下を裏切るようなことはしませんから——」


 エルミラがベッドの上に座ったまま、両手で胸元を隠すような姿勢で後ずさる。わざとやっているわけではないのだろうが、むしろラスを誘っているかのような仕草である。


「そうじゃなくて、ココの世話を任せていいか? 俺はちょっと出かけてくるから」

「出かける? こんな時間から、いったいどこに……?」


 エルミラは、すっかり暗くなった窓の外に目を向けて眉を寄せた。そしてハッと目を見張る。


「まさか娼館に行くつもりですか!? 殿下の目が届かないのをいいことに……!? わ、私があなたの相手をしないせいで……!?」

「違う! 酒場だ、酒場! 情報収集の基本だろ」


 ラスはうんざりした表情で、エルミラの思いこみを訂正する。

 ベッドの上に転がってくつろいでいたココが、その言葉を聞いてガバッと顔を上げた。


「酒場、知ってる。美味しいごはんがある。ココも一緒に行きたい」

「では、私も同行します。行き先が娼館でないのなら、べつに問題はありませんよね?」


 エルミラもココに便乗して、ラスを睨みながらそう主張する。

 好きにしてくれ、とラスは肩をすくめた。

 そして三人は、夜の王都に繰り出すことになったのだった。


      ◇◇◇◇


「酒場などという紛らわしい言い方ではなく、傭兵ギルドに行くのなら最初からそう言ってくれればいいではありませんか」


 不機嫌な顔でラスを睨むエルミラが、そう言って水代わりの薄めた果実酒をすすった。

 大衆食堂に近い雰囲気の、明るく開放的な酒場である。

 陽が暮れてからまだ間もないが、ほどほどの広さの店内は六割ほどが埋まっている。

 客の大半は、傭兵やその見習いだ。帯剣している者も多い。

 そんな中で、並外れた美貌を持つエルミラと、亜人の少女であるココはだいぶ浮いている。


「騙そうと思ったわけじゃない。傭兵稼業をやってる煉騎士が〝酒場〟といえば、たいていギルド本部のことだからな」

「あなたの言葉は信用できませんが、そういうことにしておきます


 反省の素振りを見せないラスの言葉に、エルミラは恨みがましい溜息をついた。


 傭兵ギルドは、フリーの煉騎士や煉術師のために、仕事の斡旋やサポート業務を行う互助組織だ。組織としては各国ごとに独立しているが、登録した協会員の情報は共有されているため、他国の傭兵でも問題なくサービスを利用することができる。


 そして傭兵ギルドの建物には、なぜか伝統的に酒場が併設されており、地元の傭兵たちの溜まり場になっていた。安くて美味い食事にありつけるというだけでなく、情報収集にはもってこいの環境なのである。


 さらに意外なことに、シャルギアの傭兵ギルドではスイーツメニューにも力を入れているらしく、ココはご機嫌な顔で念願のケーキを頬張っている。

 そしてラスはギルドの窓口に向かうでもなく、のんびりと食事を続けていた。

 そんなラスたちのテーブルに近づいてくる者がいた。

 いかにも傭兵然とした風貌の二人組だ。


「よう。あんたら、見ない顔だな」


 最初に声をかけてきたのは、がっしりとした体格の男性。年齢は三十代半ばといったところだろう。煉騎士特有の軽装の鎧をまとい、背中には大振りな石剣を背負っている。

 彼らの接近に、即座に動いたのはエルミラだった。

 何気ない仕草を装って、袖口に隠した短剣をいつでも抜けるように身構える。

 暗殺任務をもこなす密偵の一族だけあって、実に自然な隙のない動作だ。

 しかし二人組の男たちは、そんなエルミラの動きに素早く反応した。


「待て待て。誤解しないでくれ。あんたたちに喧嘩を売りに来たわけじゃない」


 二人組の片割れ——ひょろりと痩せた男が慌てたように釈明する。

 身につけている装備からして、おそらく煉術師なのだろう。エルミラが洩らすわずかな殺気を察知できたのも、煉気の専門家ならではだ。


「そっちの綺麗な姉さんは、見た目に似合わず相当な腕だな。優男の兄さんのほうは……よくわからんがどうやら只者じゃなさそうだ。はっきり言って得体が知れねえ」


 両手を上げて抵抗の意思がないことを示しながら、煉騎士の男が苦笑する。

 ラスは感心したように目を眇めながら、男たちに人懐こく笑いかけた。


「それに気づくあんたたちもたいしたものだな。おかげで計画が狂ったよ」

「ハッ……そんなことだろうと思ったぜ。女子供連れでこんな店に来てたのは、相手の実力もわからずに喧嘩を売ってくる馬鹿どもを挑発するためか」


 煉騎士の男が、迷惑そうに肩をすくめて指摘した。

 ラスが酒場に来た目的は情報収集。

 しかし見ず知らずの異国人に対して、貴重な情報を気前よく教える傭兵など滅多にいない。

 いたとしても、そんな人間が口にする情報の信頼性は限りなく低い。情報に通じている人間ほど、何気ない噂話の持つ価値をよく理解しているからだ。

 もちろん、そんな抜け目のない人間の口を割らせる方法もいくつかある。

 手っ取り早いのは、金と縁故コネだ。信用できる人間が紹介してくれた相手に、価値に見合うだけの対価を払えば、情報の信用性はいっきに跳ね上がる。

 しかし潜入捜査中のラスとしては、金や縁故は使いづらい。気前よく金をばらまけば否応なく目立つし、縁故を使えば必然的に自分の正体を明かすことになるからだ。


 そこで次善の策としてラスが選んだのは、よりシンプルな手法だった。

 暴力である。


 エルミラやココのような場違いな人種を連れて酒場に行けば、血の気の多い傭兵が絡んでくる可能性は高い。彼らを挑発して喧嘩を売らせ、その上で完膚なきまでに叩きのめす。

 そして彼らを見逃す代償として、知っている情報をすべて吐かせる。

 自分たちの命がかかっていれば、相手も素直に知っていることを話さざるを得ないし、売られた喧嘩ならば多少やり過ぎても心が痛まない。なにより手間がかからないのがいい。

 そんなラスの考えに気づいて慌てて声をかけてきたのが、この二人組だったというわけだ。


「そういう揉め事は勘弁してくれ。それでなくても国際会議だかなんだかの準備で、最近は、衛兵どもが殺気立ってやがるんだ」


 煉騎士の男が、真剣に困ったような顔で懇願する。

 どうやら彼らは、このギルドに出入りする傭兵たちの世話役のような立場にいるらしい。ラスやエルミラの実力を見抜いたことからも、それに見合う実力も持っているようだ。


「そいつはすまなかった。だが、ちょうどいい。酒を奢るから少し話を聞かせてくれないか?」


 ラスは、そう言って二人に席を勧めた。

 エルミラもラスの意を汲んで、彼らのための酒を注文する。

 信用できる人間から話を聞けるのなら、あえて揉め事を起こす必要もないのだ。


「この話の流れじゃ、さすがに断りづれえな」


 煉騎士の男が、頭を掻きながら相方を見る。

 煉術師の男は諦めたように溜息をついて、ラスの向かいの席に腰を下ろした。


「いいだろう。なにが訊きたいんだ?」

「王族の評判を教えて欲しいんだ。特にティシナ王女について」

「ティシナ王女?」

「なんでまた、そんなものを知りたがるんだ?」


 二人組が怪訝な表情でラスを見る。

 ラスは男たちに顔を寄せ、思わせぶりに声を潜めて言った。


「くだらない話なんだが、実は俺たちの雇い主の息子が適齢期でな。父親としては家柄に箔を付けるために、シャルギアのやんごとなき血筋の方との婚姻を望んでいるらしい」

「ははあ……なるほど。あんたちは、どこぞのお貴族様の使いというわけか」


 煉術師の男が、納得したように小さく笑う。

 小国の姫とはいえ、王族は王族。ティシナ王女を妻に娶ろうというのなら、夫にもそれなりの家格が必要になる。

 最低でも高位の貴族か、それに準ずる立場の人物。同格の王族であればより望ましい。アルギル皇国でいえば、四侯三伯か、あるいは皇太子アリオールがそれに相当するだろう。

 そして婚約を打診するに当たって、相手の評判を調べるのは貴族としては当然のことだ。

 ラスは、自分たちがその調査をしていると匂わせたのだ。


「結婚相手ということなら、ティシナ姫はやめておいたほうがいいだろうな。まあ、あの悪役王女を引き取ってくれるんだから、俺たち王国民としては感謝するべきなのかもしれないが」


 煉騎士の男が、どこか面白がっているような口調で言った。

 からかい混じりの彼の言葉に、ラスは小さく眉を上げる。


「悪役王女? どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。相当キツい性格をしてるらしいぜ。幼稚というかワガママというか、自己中心的で冷酷ってもっぱらの評判だな」

「おい、やめとけ。不敬だぞ」


 煉術師が、相方の男を咎めるように睨んだ。

 しかし煉騎士は豪快に笑う。


「構わねえよ。みんな知ってることだろ。気に入らない貴族の令嬢を公衆の面前で罵倒して泣かせたとか、王家御用達の商人に無理難題をふっかけて廃業に追いこんだとか、悪い噂には事欠かないからな。粗相した侍女を自殺に追いこんだって話も聞いたぜ」

「……まあ、実際にそういう出来事があったのは事実らしい。金遣いの荒さも有名だしな」


 煉術師が、薄く溜息をつきながら補足する。

 ラスは意外そうに目を細めた。好色という欠点こそあれ、現在のシャルギア王はそれなりに優れた為政者だと聞いている。その王が、娘の横暴を許すとは思えない。


「国王や兄弟はなにも言わないのか? シャルギアの王族は傑物揃いだと聞いていたんだが」

「なにも言わないんじゃない。言えないんだ。ティシナ姫の母親である第五妃は、ルーメドの王女だからな」

「ルーメド? シャルギアの属国だろう? それほど大きな国ではないと聞いてるが……」

「たしかに国力はたいしたことはないが、レギスタン帝国との中間地点にある、戦略的に重要な国だからな。国王としても波風は立てたくないんだろ」


 戸惑うラスに、煉騎士が告げる。

 レギスタン帝国はダナキル大陸東部の大国だ。領土拡張の野心を隠そうともしない軍事国家であり、シャルギアを含むシュラムランド同盟国の仮想敵国でもある。

 そんな帝国と国境を接するルーメドは、たしかに緩衝地帯としての重要な役割を担っている。属国とはいえ、軽々しく扱っていい相手ではないのだろう。


「なるほど。属国との関係悪化を恐れて、父親も強く出られないというわけか」

「そういうことだ。というわけで、娶るならほかの王女にしておいたほうがいい。うちの王国には七人も王女がいるんだからな」

「いちおう報告はしてみるよ。息子がすんなり諦めるかどうかは知らないけどな」


 煉騎士の男の忠告に、ラスは曖昧に笑ってうなずいた。

 男は同情したようにうなずいて、


「あの悪役王女も、見てくれだけはいいからな」

「そうなのか?」

「ああ。絶世の美女ってやつだな。噂に聞く皇国のフィアールカ皇女が生きてたら、いい勝負をしたんじゃねえかな。まあ、性格の悪さならこちらの圧勝だろうが」

「そいつはどうかな……」


 フィアールカの本性を知るラスが、笑いを噛み殺しながらエルミラの反応をうかがう。

 話題の皇女と瓜二つの顔をしたエルミラは、なんとも言えない表情でラスから目を逸らすのだった。

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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