第19話:種馬騎士、狩竜機を説得する


 封印から解き放たれた漆黒の狩竜機シャスールが、闇の中でゆっくりと屹立する。


 平均的な狩竜機シャスールの全高は九メートル超。複数の煉核コアを持つ銘入りの狩竜機シャスールの場合は、それよりも一回りほど大柄なことが多い。

 そしてヴィルドジャルタは、それらよりも更に巨大だった。


 全体的なシルエットは、美しいドレスをまとった女神像のようだ。

 背中に装着されているのは、翼にも似た左右一対の巨大な武装ユニット。全身を覆う漆黒の鎧と相まって、死を運ぶ禍々しい天使のようにも感じられる。


 頭部に埋めこまれているのは、闇の中で炎のように輝く三つの眼球だ。

 その眼球が瞬きするように揺らいで、ぎろりと一斉にラスを見た。


「こいつ……まさか乗り手ジョッキーなしで動けるのか……⁉︎」


 狩竜機シャスールの視線に攻撃的な意思を感じて、ラスは反射的に背後に跳んだ。

 ヴィルドジャルタの巨体が揺らぎ、直前までラスが立っていた場所へと左足を踏み下ろす。

 轟音とともに地面が砕け、飛び散った破片がラスを襲った。


「冗談だろ……⁉︎」


 着地と同時に、ラスはうめいた。

 ヴィルドジャルタは、間違いなくラスを踏み潰そうとした。搭乗者のいない狩竜機シャスールが自らの意思で、生身の人間を攻撃したのだ。


「ラス!」


 フィアールカが頬を強張らせてラスに呼びかけた。

 彼女が視線を向けているのは、天井を支えるアーチ状の柱だった。


 いくら広大とはいえ、しょせんは人工の地下空間だ。こんな場所で狩竜機シャスールに暴れられたら、最悪、柱が倒壊して天井が崩落する恐れがある。

 そうなれば、地上にある大聖堂や庭園も無事では済まないだろう。下手をすれば、皇宮そのものに被害が及ぶ可能性もある。


 そのことは、フォンも当然理解しているはずだ。いくら彼女が剣聖でも、天井が崩れて生き埋めになれば、さすがに脱出は困難だろう。


 それでもフォンは動かない。ラス一人でヴィルドジャルタをどうにかしろと、彼女の瞳が雄弁に語っている。最初からわかりきっていたことだが、彼女の助けは期待できそうになかった。


「ラス。自力で動けるとはいえ、相手はしょせん狩竜機シャスールだ。乗り手ジョッキーの制御には逆らえないように造られているはずだよ」


 あてにならない師匠の代わりに、フィアールカが冷静なアドバイスを伝えてくる。


狩竜機シャスール……そうか……」


 ラスは口の中だけで呟いた。


 無人の狩竜機シャスールが攻撃してきたという、あり得ない事実に惑わされていた。だが狩竜機シャスールとして設計されている以上、あの機体も、煉気使いによって制御されるように造られているのは間違いない。

 事実、ヴィルドジャルタの胸部には、装甲に覆われた操縦席のハッチがある。


 その操縦席に乗りこんでしまえば、ヴィルドジャルタの暴走は止められる。

 それがわかっているからこそ、フォンは余裕の表情でラスの苦境を眺めていたのだろう。


 ラスは呼吸を整えて、体内に煉気を張り巡らせる。

 

 煉気の性質はいまだ完全に解明されたわけではないが、その正体が人間の体内で増幅された特殊な波動であることは知られている。

 その力によって物質や大気中の帯煉粒子アウロンに干渉し、超常現象を引き起こすのが煉術だ。


 煉騎士の場合は逆に自らの肉体を煉気で強化し、超人的な肉体強度と運動能力を手に入れる。

 煉気を帯びた筋肉で地面を蹴りつけて、ラスは一気に数メートルの高さまで跳んだ。もちろんヴィルドジャルタのコクピットハッチに取りつくためだ。


 だが、ヴィルドジャルタは、そんなラスの動きに反応した。

 ラスを執拗に踏み潰そうとしていた漆黒の狩竜機シャスールが、突然怯えたように後退する。そして近づくラスを追い払おうとするように、巨大な左腕を振り回した。


「こいつ……⁉︎」


 突っこんできた巨大な腕を蹴りつけて、ラスはヴィルドジャルタの頭上へと跳んだ。さらに地下空間の天井を蹴って、漆黒の狩竜機シャスールの追撃をかわす。


「あらら、今のでラスは、ジャルタに完全に敵として認識されたみたいだね」


 命からがらで着地したラスを揶揄するように、フォンが楽しげに笑って言った。


乗り手ジョッキーを敵と見なす狩竜機シャスールだと……⁉︎ そんな理不尽な話があるかよ!」


 ラスはたまらず怒鳴り返す。


 一連の行動ではっきりした。ヴィルドジャルタは、単にラスの行動に反応しただけではない。あの狩竜機シャスールは、はっきりとラスを脅威と認識しているのだ。そしてラスが自分に乗りこむことを阻止しようとしている。


 そんな状況で自律行動中の狩竜機シャスールによじ登り、操縦席に乗りこむのは容易いことではないだろう。


 無人とはいえ、相手はラスの五倍以上の身長を持つ人型兵器だ。直線的なスピードだけなら、狩竜機シャスールの加速は人間を遥かに凌いでいる。

 煉気で身体能力を強化したラスでも、ヴィルドジャルタの攻撃をかわすのが精いっぱいで、迂闊に近づくこともできない。

 これなら生身で魔獣を相手にするほうが気が楽だ。


「どうにかして、あいつの動きを止めなければ無理か……」


 だが、どうやって止める、とラスは自問する。

 膨大な煉気が放たれる気配とともに、地下空間に澄んだ声が響いたのはそのときだった。


「——【大氷瀑】!」


 虚空に複雑な煉術回路が形成されて、周囲の帯煉粒子アウロンが変成を開始する。煉成されたのは、過冷却状態になった大量の水だ。


 それらはヴィルドジャルタの脚部で完全に実体化し、一瞬でそれを凍りつかせた。漆黒の狩竜機シャスールの膝関節と足首が、巨大な氷塊で包まれる。


「フィアールカか!」


 煉術の発動を確認すると同時に、ラスはヴィルドジャルタに向かって駆け出していた。


 大氷瀑は第八等級の高位煉術。軍属の煉術師でも使える者が少ない高難度の術だ。

 皇族ならではの破格の才能チートに恵まれたフィアールカは、それを難なく使いこなす。


 脚部を氷漬けにされたことで、漆黒の狩竜機シャスールは機動力を完全に失っていた。

 でたらめに暴れる狩竜機シャスールの両腕を簡単にかいくぐり、ラスはヴィルドジャルタのコクピットハッチへとたどり着く。


 しかしハッチの強制解放レバーに手をかけた瞬間、ラスは凄まじい殺気に襲われて頬を引き攣らせた。

 咄嗟に飛び退いたラスのいた場所へと、無数の煉気の刃が飛来する。


「フォン! てめェ……なんの真似だ⁉︎」


 再び地上に落とされたラスが、振り返ってフォンを睨みつけた。

 煉気を飛ばしてラスを背後から攻撃し、狩竜機シャスールに乗りこむのを邪魔したのが、彼女だったからだ。


「高位煉術を一人で使えるんだ? やるね、お姫様。ますます気に入ったよ」


 怒鳴りつけるラスをきっぱりと無視して、フォンがフィアールカに近づいた。

 フォンの口元からは笑みが消え、剣呑な気配が漂いだしている。ラスとヴィルドジャルタの戦いに皇女が煉術で割りこんだことが、彼女の怒りに触れたのだ。


「だけど、それはルール違反だよ。悪い子にはおしおきが必要だね」

「皇家の霊廟での狼藉は許さないと言ったはずだよ。それが剣聖だろうと意思を持った狩竜機シャスールだろうとね」


 黒の剣聖が放つ殺気を浴びながらも、フィアールカは表情を変えなかった。フォンの瞳を見返して、動じることなく静かに言い放つ。


「ふーん、やっぱりいいね、きみ。ラスもそうやってたぶらかしたのかな?」


 フォンがニヤリと獰猛に笑った。彼女の瞳から怒気が消え、代わりにフィアールカに対する好奇心の輝きが浮かび上がる。


「うん、決めた。ラスがここでジャルタに負けたら、きみにはあたしの店で働いてもらうよ」

「あなたの店? 娼館で?」


 フィアールカが唖然としたように訊き返した。

 皇女を娼館に勧誘するというだけでも前代未聞だし、一方的にフォンの側から条件を押しつけてくるのもわけがわからない。

 彼女との賭けに応じる理由が、フィアールカには何一つ存在しないのだ。


「ラスだけが店に出入りして、きみがほかのオトコを知らないのは不公平でしょう? 大丈夫、きみならすぐに人気者になれるよ。あたしがきっちり育ててあげるからね」


 しかしフォンは当然のような口調で言い放ち、可愛らしくウィンクをする。とても五十歳を過ぎた女性のやる仕草ではない。


「なんの話をしてんだ、フォン! てめぇ……!」


 ラスが殺気立った口調で再び怒鳴った。

 しかしフォンは当然のようにそれを聞き流す。

 フィアールカはやれやれと小さく首を振り、そしてニヤリと攻撃的に微笑んだ。


「ありがたいお誘いだけど、そんな賭けは無意味だよ。あなたが手懐けられる程度の狩竜機シャスールを、ラスが乗りこなせないはずがないからね。私の勝ちは動かない」

「へえ。じゃあ、勝負には乗ってもらえるってことでいいのかな」

「いいとも。だけど私たちが勝ったら、あなたにも代償を払ってもらうよ、フォン・シジェル。あなたには私の命令に従ってもらう。私が望んだときに一度だけね」


 銀髪の皇女の瞳が、黒の剣聖を射貫くように睨みつけた。


 いかなる国家間の争いにも介入しないこと。それが剣聖に課せられた不文律だ。

 しかしフィアールカは、フォンに対して自分のために戦えと言った。

 それがフォンにとって、他の剣聖を敵に回すかもしれない致命的な行為であるにも知りながら、だ。


「ふふ……それはそれで楽しみだよ」


 フォンが笑うように目を細めた。彼女は、フィアールカの出した条件を受け入れたのだ。それはつまりフィアールカが、フォンとの賭けから逃げられなくなったということでもある。


「聞いてのとおりだ、ラス。いつまでもそんなポンコツと遊んでないで、誰が主人かそいつに思い知らせてやってくれ」


 フィアールカがラスに平然と呼びかけた。

 生身の人間と狩竜機シャスールの戦闘力の差は、比較するのも馬鹿馬鹿しいレベルだ。それでもラスがその気になれば、狩竜機シャスールが相手でも瞬殺できると確信している皇女の態度だった。


「……ったく、無理難題をさらっと押しつけてくれるな……!」


 ラスは苦笑しながらゆっくりと剣を抜いた。

 刃渡り一メートルにも及ばない、部分安定化ジルコニアの石剣だ。狩竜機シャスールの巨体を相手にするには、あまりにも頼りない武器である。


 しかしラスは漆黒の狩竜機シャスールを睨みつけ、剣の切っ先を相手に向けた奇妙な構えを取った。左前半身に構えながら右手だけで剣を持つ、イレギュラーな姿勢である。


 引き絞られた弓を連想させるその構えで、ラスは剣身に煉気を集めていく。

 励起された石剣が発光し、目を焼くような眩い輝きに包まれた。


超級剣技オーバーアーツ……」


 フィアールカが硬い表情で呟いた。その声にかすかな戸惑いが混じっているのは、ラスが彼女の知らない構えを取っているせいだ。


 生身の人間が狩竜機シャスールにダメージを与えようとするなら、超級剣技オーバーアーツを使うしかない。だとしても、それで本当にヴィルドジャルタを倒しきれるという保証もない。そのことが彼女を困惑させているのだ。


金剛剣ヴァジュラだね。黒の剣技の基本技の一つ……たしかにそれなら、狩竜機シャスールの機体も貫けるけれど……」


 フォンが面白くなさそうな口調で言う。ラスがヴィルドジャルタを破壊しようとしているのが、おそらく彼女は気に入らないのだ。

 それでも、さすがに今度はラスの邪魔をするつもりはないらしい。


「できればこいつは使いたくなかったんだがな……」


 超級剣技オーバーアーツの構えを維持したまま、ラスはうんざりと息を吐く。


 漆黒の狩竜機シャスールを傷つけることに、罪悪感を覚えているわけではない。

 だが、このくだらない騒ぎを終わらせるためとはいえ、フォンの目の前で超級剣技オーバーアーツを使うのは、ラスとしては苦渋の決断だった。ラスが新しい超級剣技オーバーアーツを覚えたと知ったら、彼女が再び嬉々として模擬戦を挑んでくるのが目に見えていたからだ。


 超級剣技オーバーアーツの構えを取ったラスに気づいて、ヴィルドジャルタが、怒りを露わにした。全身から緋色の帯煉粒子アウロンを撒き散らし、足元にまとわりつく氷塊を破壊。そのままの勢いでラスに向かって突っこんでくる。


 たとえラスが超級剣技オーバーアーツを放っても、ヴィルドジャルタの突進は止められない。


 だが、それこそがラスの望んでいた展開だった。

 自分を踏み潰そうとする漆黒の狩竜機シャスールに向けて、ラスは構えていた剣とともに、そこに籠められた煉気を撃ち放つ。


 金剛剣ヴァジュラ——


 それは黒の剣技十二種類の基本技の中で、唯一の純粋な突き技だ。ラスがフォンから受け継いだ剣技の中でも、最大の貫通力を誇っている。


 直撃すれば狩竜機シャスールの装甲を貫き、内部の重要機関に致命的な損傷すら与えることが可能だろう。

 しかしラスの攻撃対象は、突撃してくる狩竜機シャスール本体ではなかった。


 ラスが超級剣技オーバーアーツで撃ち抜いたのは、ヴィルドジャルタが着地しようとしていた足元の地面である。


 煉気を伴った一撃が、分厚い敷石で覆われた地面をごっそりと深さ数メートルもえぐり取る。

 陥没した地面に片足を突っ込んで、漆黒の狩竜機シャスールが大きく体勢を崩した。


 煉騎士が操縦していれば、その状況にも反応できたかもしれない。しかし今のヴィルドジャルタに、操縦者は乗っていなかった。


 そしてつんのめるヴィルドジャルタの無防備な機体へと、ラスは本命の攻撃を叩きこむ。ただしそれは剣ではなく、煉気をまとった素手での攻撃だ。


 金剛剣ヴァジュラと同じ構えから放たれる、煉気をまとった打撃技——


九鈷金剛撃ヴァジュラ・ドルジェ……!」


 ラスが使った超級剣技オーバーアーツの正体に気づいて、フォンが驚いたように目を見張った。黒の剣技の奥義である〝四十八手〟の一つ——金剛剣ヴァジュラの上位技、【九鈷金剛撃ヴァジュラ・ドルジェ】。


 圧縮された煉気の打撃が立て続けに九発。衝撃波となって、狩竜機シャスールの脚部へと突き刺さる。


 漆黒の狩竜機シャスールは足元を刈り取られ、自らの突進の勢いそのままに吹き飛んだ。

 そして背中から地面に叩きつけられるように倒れこむ。


 凄まじい轟音と振動が、地下空間を揺るがした。

 予想もしない光景に、さすがのフィアールカも固まっている。


 超級剣技オーバーアーツでヴィルドジャルタを挑発し、相手の加速を利用して転倒させる。それがラスの作戦だった。ラスは生身で、狩竜機シャスールの巨体を投げ飛ばしたのだ。


「捕まえたぜ、ヴィルドジャルタ!」


 仰向けに倒れた漆黒の狩竜機シャスールの操縦席へと、ラスは悠然と乗りこんだ。


 ヴィルドジャルタは、それでも抵抗をやめない。

 無差別に帯煉粒子アウロンを撒き散らし、ラスを威嚇しようとする。操縦者に対する帯煉粒子アウロンのフィードバックで、ラスにダメージを与えようとしたのだ。


 だが狩竜機シャスールから帯煉粒子アウロンが流れこんでくるということは、その帯煉粒子アウロンを逆に辿たどって、ラスが機体を掌握できるということでもある。そもそも狩竜機シャスールとは、煉気使いに制御されることを前提に造られた兵器なのだ。


 ラスが操縦席から流しこんだ煉気が狩竜機シャスール帯煉粒子アウロンに干渉し、ヴィルドジャルタの機体制御を奪っていく。


 屈辱に怒り狂うヴィルドジャルタの感情が、帯煉粒子アウロンを通じてラスに伝わった。

 しかしラスは、そんな狩竜機シャスールの抵抗を無理やり力でねじ伏せた。これ以上ヴィルドジャルタに暴れられたら、この地下空間が保たないからだ。


『……出テ行ケ』


 ラスの脳裏に声が響く。

 空気の振動ではなく、帯煉粒子アウロンを通じて伝わってくる声だ。

 その声の主は間違いなくヴィルドジャルタだろう。機体の自由を奪われたことで、仕方なくラスと会話をすることにしたらしい。


 不快な感覚ではなかったが、さすがに驚きは隠せなかった。

 狩竜機シャスールに話かけれれたのは初めてだ。


『ぼくノ中カラ、今スグ出テ行ケ……!』

「悪いが、それは聞けないな。うちのお姫様の処女がかかってるんだよ」


 ラスも、煉気を使って狩竜機シャスールに答えた。

 もともと狩竜機シャスールを操縦する際に、煉騎士は煉気を通じて外の音を聞いている。その感覚を応用すれば、煉気で意思を伝えるのはそれほど難しい技術ではない。


『嫌イダ。おまえナンカ嫌イダ……。殺シテヤル……』


 ヴィルドジャルタが、生々しい感情を伝えてくる。その言葉から伝わってくるのは、殺意というよりも癇癪を起こした子どものような憤りだった。


「そうか。だが、俺はおまえが嫌いじゃないぜ」


 ラスの口元に笑みが浮かぶ。煉騎士の制御を拒む狩竜機シャスール。普通ならあり得ない機体だが、ラスにとってそんなヴィルドジャルタの存在は不愉快ではなかった。


 戦いを宿命づけられているからこそ、戦う理由は自分で選ぶ。

 その在り方はラス自身の理想とも重なるからだ。


『人間ナンカ、スグニ死ぬクセニ……! ぼくニ乗ッテモ、ドウセスグニ死ぬクセニ……!』


 ヴィルドジャルタがラスの言葉に怒りを露わにした。


「なんだ。おまえは乗り手ジョッキーを殺したくなかったのか……?」


 ラスは呆気にとられて訊き返す。

 この漆黒の狩竜機シャスールは、意味もなく乗り手ジョッキーの制御を拒んでいたわけではない。自分に乗った煉騎士が死んでしまうことを恐れていたのだ。


『……中の人間ヲ殺スタメニ、ぼくタチハ造ラレタワケジャナイ』


 ヴィルドジャルタが無感情な声で呟く。

 ラスは、それがこの機体の本心からの言葉だと感じた。


「だったらなんのためにおまえはいるんだ?」

『ウルサイ……!』

「正直、俺はおまえになんか興味はなかったんだが、気が変わった。フォンのやつがおまえに乗ってた理由がわかったからな」


 ラスは、ヴィルドジャルタの操縦席を見回して微笑んだ。

 シートの高さやトリガーの位置が、ラスよりも小柄な煉騎士に合わせて調整されている。この機体は間違いなく、黒の剣聖の乗機だったのだ。


 漆黒の狩竜機シャスールヴィルドジャルタ。その機体から伝わってくるのは、ラスがこれまで感じたことのない、怪物めいた獰猛な〝パワー〟だった。

 搭載している煉核コアの数は、確実に十を超えているだろう。


 並の煉騎士では、この機体を操ることは不可能だ。まともに動かすこともできないどころか、狩竜機シャスールに振り回されて自滅する。


 しかしこの機体を乗りこなすことができれば、それは間違いなく狩竜機シャスール本来の目的を果たすための助けになる。

 そう。狩竜機シャスール龍種ドラゴンと戦うための武器なのだ。


「俺に力を貸せ、ヴィルドジャルタ。俺は死なない。上位龍でも俺は殺せなかったからな」

『……噓ダ……』

「噓じゃない。フォンも同じだっただろ?」

『ふぉん……』


 ヴィルドジャルタがかすかに動揺する。ラスを完全に拒絶していた狩竜機シャスールが、初めて迷いを抱いたようだった。


『おまえハ……ふぉんト同ジ技ヲ使ッタ……』

「ああ。龍と戦うための剣技アーツだ」


 ラスが力強く肯定する。この狩竜機シャスールは黒の剣技を知っている。フォン・シジェルの乗機だったのだから当然だ。

 フォンはかつてこの狩竜機シャスールを操り、龍を殺して生還した。

 彼女と同じ剣技を使うラスは、ヴィルドジャルタが望む操縦者であるはずだ。


『おまえハ……約束……破ラナイ……?』


 ヴィルドジャルタの声から敵意が消えた。

 代わりに怯えたような気配が伝わってくる。まだラスを信用したわけではない。信用してもいいのかどうか、不安に思っているのだろう。


「一緒に戦って確かめてみればいいさ」


 ラスが突き放すような口調で提案した。

 言葉で信じろというよりも、そのほうが効果的だと思ったのだ。

 自らの意思を持ち、搭乗者の死を恐れる人型兵器。つくづく奇妙な狩竜機シャスールだ。


 誰が何の目的でこの機体を造ったのか。そして、フォンがどこでこの機体を手に入れたのか。いずれ彼女を問い詰めなければ、とラスは思う。


『ウン……ワカッタ、主様あるじさま!』


 いちおう納得してくれたのか、ヴィルドジャルタが素直にラスの言葉を受け入れる。


 そして次の瞬間、狩竜機シャスールのコクピットを、眩い帯煉粒子アウロンの輝きが満たした。

 煉術の発動によく似た気配だ。だが、脅威となるような感覚は受けない。純粋に帯煉粒子アウロンが濃密さを増していくだけだ。


 やがて帯煉粒子アウロンの輝きが収まると同時に、ラスの眼前に小さな影が現れる。


 そしてラスは困惑に顔を歪めた。思わず声を洩らしていたかもしれない。

 ある意味では、ヴィルドジャルタが自分を攻撃してきたとき以上の衝撃だ。


 狩竜機シャスールのコクピットに突然現れた小さな影——

 それは獣の耳を持つ、小柄な少女の姿をしていたのだった。

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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