第18話:種馬騎士、試練の内容を知る


 短剣状の羽根を撒き散らしながら、十二枚の煉気の刃が、ラスを包みこむように迫ってくる。


 斬撃でありながら、弾幕のように面で制圧する飽和攻撃。それが、黒の剣技十二の基本技の一つ、熾天剣セラフィックブレードの本来の姿だった。

 黒の剣聖フォン・シジェルの、桁外れの煉気量と制御技術がなければ成立しない大技である。


 そしてこの技の真の恐ろしさは、撒き散らされた羽根の一枚一枚すべてが、並の煉騎士の渾身の一撃に匹敵する威力を持っているということだ。

 優美な技名とは裏腹の、凶悪極まりない超級剣技オーバーアーツなのである。


「はぁ……」


 荒れ狂う煉気の刃の向こう側でにやけるフォンの姿を眺めて、ラスは気怠げに息を吐きだした。

 あらゆる方角から同時に襲ってくる熾天剣の攻撃を、完全に防ぐ方法は存在しない。


 だが、よけることができないわけではない。

 すべての攻撃が時間差なく放たれるという性質上、熾天剣には必ず死角が生じる。

 煉気の刃同士がぶつかって対消滅するのを避けるため、熾天剣の斬撃の軌道は交差することができない。その結果、軌道が限定されて、攻撃できない場所が生まれてしまうのだ。


 もちろん死角が生まれるのは、ほんの刹那の一瞬だけ。

 人間の身体がかろうじて滑り込める程度のわずかな隙間だ。

 だが、そこに死角が存在する以上、理屈の上では、熾天剣を破るのは不可能ではない。


 そしてその理屈を現実に変えられるのが、剣聖の弟子たる所以ゆえんだった。

 それができなければ、ラスはとっくに修行中に命を落としていただろう。


「ったく、無茶苦茶しやがって……本気で弟子を殺す気か……!」


 暴風でぐしゃぐしゃになった髪を整えながら、ラスは抗議の唸りを上げた。

 無数の煉気の刃に裂かれて、ラスの周囲の敷石は跡形もなく砕け散り、扇状の破壊痕だけが残されている。


 しかし、その中央に立つラスはほぼ無傷だった。制服の袖や飾り紐が、わずかに擦り切れているだけだ。


「大袈裟だよ、ラス。ちゃんと手加減してあげたよね?」


 攻撃を切り抜けたラスを見て、フォンが嬉しそうに唇の端を吊り上げる。


「それともこの程度じゃ物足りなかったのかな? そっか、そうだよね。じゃあ久々に本気で相手をしてあげるよ。よーし、お姉ちゃん、張り切っちゃうぞ!」


 いつになくウキウキとした声でそう言って、フォンは背中に背負った剣の柄に手をかけた。


 ラスは唇を歪めて身構える。

 こうなってしまったフォンはもう止められない。ラスは経験上、そのことをよく知っていた。彼女が存分に満ち足りるまで、模擬戦につき合うしかないだろう。フォンは優れた剣の師匠だが、それ以上の暴君なのだ。


 だが、そんなフォンとラスの間に、無謀にも割りこむ人影があった。

 フィアールカだ。


「そこまでだよ、フォン・シジェル」

「あら……」


 そのときになってフォンが、ようやくフィアールカの存在に気づいたように目を丸くした。


 マスクで顔の半分を隠した男装のフィアールカは、怯えることなく平然と告げる。


「ここは神聖な皇家の霊廟だ。たとえあなたが四人の剣聖の一人だとしても、これ以上の狼藉を見逃すわけにはいかないな」

「よせ、フィアールカ!」


 ラスは思わず彼女を制止した。

 隔絶した力を持つ剣聖は、国家の枠組みに縛られない。

 剣聖を裁けるのは、他の剣聖だけ。


 一国の皇女であるフィアールカですら、フォンに命令する権利はない。

 それどころかフィアールカを斬り捨てても、フォンは罪にすら問われないのだ。


「……フィアールカ? フィアールカ・ジェーヴァ・アルゲンテア皇女?」


 フォンが驚いたように眉を上げた。

 男装姿ではあるが、今のフィアールカは女性であることを隠そうとはしていない。

 死んだはずの皇女が目の前に現れたことに、さすがのフォンも意表を突かれたらしい。


「へえ。そっか……そういうことかあ」


 狩竜機シャスールの肩から無造作に飛び降りて、彼女はフィアールカの前にふわりと舞い降りる。そしてフォンは無遠慮にフィアールカの顔をのぞきこんだ。


「そうか、きみが死んだはずのラスの婚約者なんだね」

「っ……!」


 突然フォンに尻を撫でられたフィアールカが、びくりと身体を跳ねさせた。

 いきなり初対面で尻を撫でてくるとは、さすがの皇女も予想できなかったらしい。

 もっとも、たとえ予想できていたとしても、フォンの攻撃を避けるのはおそらく不可能だが。


「なるほどなるほど。ラスが急に皇宮衛士になるなんていうから何事かと思ったら、そうか、元カノの肉体カラダに目が眩んじゃったのかあ」


 横目でラスを睨みながら、フォンがなにやら一人で納得する。


 肉体カラダ目当てという彼女の言葉を、ラスはあえて否定しなかった。おそらくそのほうがフォンの理解を得やすいし、否定したところでどうせ無駄だからだ。


「察するに、次期皇帝の継承権を巡る争いで国を割らないように、死んだ皇太子に成りすましていたのかな。国民どころか自分の婚約者まで欺くなんて、天使みたいに綺麗な顔をして、ずいぶん悪いことを考えるんだね、お姫様。いいよ、それ!」

「え?」


 まさか賞賛されるとは思っていなかったのか、フィアールカが戸惑ったように目を瞬く。


「そういうなりふり構わないやり方は、嫌いじゃないよ。あなたのこと、気に入ったかも。さすがはラスの惚れた相手だね」


 そう言って、フォンは一方的にフィアールカを抱きしめた。

 黒の剣聖の予期せぬ行動に、フィアールカはめずらしく硬直していた。

 実はフォンのほうが小柄なのだが、フィアールカは抵抗することもできずに、剣聖の為すがままになっている。


「ラスが名誉だの肩書きだのにつられて皇宮衛士になると言い出したのなら、この場で斬り殺すつもりだったんだけど、好きな子のためにやってることなら認めるしかないよね。わかった。お姉ちゃん、許してあげる」


 フォンがさらりと恐ろしい言葉を口にした。

 ラスは背筋に冷たいものを感じる。横暴に思えるフォンの発言だが、黒の剣技の持つ力を考えれば身勝手とはいえない。剣聖の弟子が私欲でその力を振るえば、国すら傾けることになりかねないからだ。


「では、あなたの狩竜機シャスールをラスに譲り渡すことも認めてもらえるのだろうか?」


 ようやくフォンから解放されたフィアールカが、冷静に訊いた。


狩竜機シャスール? ヴィルドジャルタのこと?」


 フォンが背後の狩竜機シャスールを見上げる。

 透明な結晶に覆われた漆黒の機体は、足元での騒ぎなどなにもなかったかのように、静かに鎮座したままだ。


「それとこれとは話が別だよ。そもそもあたしが認めるかどうかなんて関係ないしね」

「どういう意味だ、フォン?」


 ラスがフォンに訊き返す。

 ヴィルドジャルタがフォンの所有物であるのなら、それをラスに譲るかどうかは、彼女の一存で決められるものだと思っていた。

 しかしフォンの口振りでは、どうやらそうではないらしい。


「どうもこうも、そのままの意味だよ。ジャルタに乗りたいのなら、あの子自身に認めてもらわなきゃ意味がないからね」

「なに……?」


 笑いを含んだフォンの言葉に、ラスは小さく息を呑んだ。彼女の思わせぶりな態度の意味に気づいたからだ。


「そうか……ヴィルドジャルタ……この機体は……!」

「そうだよ。銘入りの狩竜機シャスールには、自分の意思を持っている機体も少なくないよね。ヴィルドジャルタも、そういう子たちの仲間なんだよ」


 フォンが狩竜機シャスールに近づいて、その表面を覆う煉気結晶に手を触れた。

 石剣でも傷一つつかなかった透明な結晶の表面に、それだけで無数の亀裂が入り、緋色の粒子を撒き散らしながら粉々に砕け散っていく。


 次の瞬間、その緋色の粒子が帯煉粒子アウロンと化して、狩竜機シャスールの装甲の隙間に吸い込まれた。

 それが呼び水となったように、ヴィルドジャルタの機体が振動する。


 眠り続けた漆黒の狩竜機シャスールが、目覚めようとしているのだ。


「さあ、頑張ってね、ラス。お姉ちゃんが応援してるよ」


 満面の笑みで手を振りながら、フォンが無責任な口調で言った。

 彼女の言葉でラスは気づく。


 自らの意思を持つ狩竜機シャスールヴィルドジャルタに、新たな主人だと認めさせる方法——

 それは生身でヴィルドジャルタと戦い、相手を屈服させることなのだった。

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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