第17話:種馬騎士、伝説の狩竜機と出会う


 煉術の光で照らされた階段を、ラスとフィアールカが進んでいく。


 やがて二人がたどり着いたのは、地上の大聖堂にも匹敵する広大な地下空間だった。


 石造りのアーチを張り巡らせた背の高い広間には、傷つき、解体された狩竜機シャスールが、何体も無造作に置かれている。

 壊れかけのまま放置された彼らの姿は、まるで廃墟の神殿に取り残された異教の彫刻を見ているようだった。


「どうしてこんなところに狩竜機シャスールを隠してあったんだ?」


 ラスが困惑の表情でフィアールカに訊いた。

 その声は、暗い地下空間の中で、意外なほど大きく反響する。


「皇家には、あまり表に出せない狩竜機シャスールが何体か伝わっていてね。そういう機体を隠すのに、大聖堂の地下は都合がよかったらしいよ。皇族が近づいても怪しまれないし、好き好んで墓場の下に忍びこむ連中もいないしね」


 フィアールカが淡々と説明した。彼女自身、詳しい経緯を知っているわけではなさそうだ。


「いわくつきの狩竜機シャスール?」


乗り手ジョッキーが次々に死んでしまう不吉な機体だったり、他国からの略奪品だったり、暗殺や謀略に使われた機体だったり……まあ、いろいろだよ」


「そういう縁起の悪い機体を俺に押しつけるつもりだったのか、おまえの陛下ちちおやは」


「ヴィルドジャルタか……あれはまた少し特殊でね。正確には、あの機体は皇家の持ち物ってわけじゃないんだ。前の持ち主からの預かりものなんだよ」


「預かりもの?」


 皇女がさらりと告げた言葉に、ラスは思わず眉を寄せた。


「そう。機体の後継者に相応しい者が現れるまで、皇家で保管するように頼まれていたんだ」

「そんな機体を、俺に下賜してよかったのか?」

「きみだからよかったんだよ、ラス。きみ以外にあれを引き継げる煉騎士はいない」


 フィアールカがなぜかきっぱりと断言する。

 そして彼女は少し困ったように目を伏せて、


「もっとも、まだあれがきみのものになったと決まったわけじゃないけどね」

「は?」

「だからきみを連れてきたんだ。先代の持ち主に、今夜ここに来るようにというメッセージをもらってね」


 めずらしく神妙な口調でそう言って、フィアールカは静かに溜息をついた。

 半ば騙すような形でラスをこの場に案内したことに、多少の後ろめたさを覚えているらしい。


「俺を試すつもりか……? 何様だ、そいつは?」


 ラスが不機嫌さを隠そうともせずに訊き返す。

 そもそもラスに狩竜機シャスールを下すと言い出したのは皇帝であり、ラスが自ら望んだわけではない。それなのに元の持ち主とやらに試されるというのは、明らかに理不尽な話だった。


 しかしフィアールカは、逆にどこか面白がるように目を細め、


「それは私よりもきみのほうがよく知っているはずだよ」

「なに?」

「さて……聞いた話では、この先に保管されているはずだけど」


 ラスの質問を無視して、フィアールカが煉術の光量を上げた。

 大気中の二酸化炭素と水蒸気から錬成された、シュウ酸ジフェニルの化学反応による輝きが、地下空間の奥に鎮座していた一体の狩竜機シャスールを照らし出す。

 闇に溶けこむような漆黒に塗られた、威圧感のある機体だった。


「あったよ。あれだ。ヴィルドジャルタ」

「黒い狩竜機シャスール……? またえらく趣味の悪い機体だな」


 見知らぬ狩竜機シャスールに近づきながら、ラスが正直な感想を洩らす。

 狩竜機シャスールの色に明確な決まりがあるわけではないが、漆黒の機体というのはめずらしい。ジェントのような演習機ならまだしも、銘入りの狩竜機シャスールでは、まずあり得ないといっていい。


 なぜなら狩竜機シャスールは兵器であると同時に、貴族の名誉の象徴でもあるからだ。


 味方の兵士や領民を鼓舞するために、狩竜機シャスールは華やかな色彩をまとい、美しく飾り立てられるのが普通である。

 帯煉粒子アウロンを撒き散らしながら戦う狩竜機シャスールは戦場では否応なく目立つのだから、わざわざ地味な色に塗る意味がないのだ。


 そんな常識を裏切る影のような黒一色の機体は、いかにも不吉で不気味に感じられる。


「趣味が悪い……って、恐れを知らない発言をするね、きみは」

「そうか? むしろ当然の感想だと思うが……」


 驚いたように表情を強張らせている皇女を見返して、ラスは怪訝な表情を浮かべた。


「それよりも、これは……この機体は封印されてるのか……?」

「そうだね。煉気結晶というらしいよ」


 フィアールカは狩竜機シャスールに近づいて、機体の脚部へと無造作に手を伸ばした。

 しかし漆黒の装甲板に触れる直前、カツンと甲高い音を立てて彼女の指が弾かれる。狩竜機シャスールの機体全体をうっすらと包みこむ、透明な結晶に阻まれたのだ。


 磨き抜かれた水晶のような、恐ろしく透明度の高い結晶だった。

 琥珀の中に閉じこめられた昆虫のように、漆黒の狩竜機シャスールは、透明な結晶の内側に封印されていたのである。


「封印のおかげでこの機体は、空気や温度変化などの外部の影響から完全に遮断されている。分解整備オーバーホールが終わった直後の新品同然の姿で、このまま何百年でも保つだろうね。煉気結晶の硬度はダイヤモンド並だしね」


 フィアールカは腰に佩いていた剣を抜き放ち、結晶の表面に叩きつけた。

 だが、結晶の表面は無傷のまま剣は呆気なく弾かれる。鋼鉄すら引き裂く煉騎士の斬撃でも、煉気結晶には傷ひとつつけることができなかったのだ。


「問題は、この封印の解き方が、私たちにはわからないことだけど」


 剣を鞘に納めながら、フィアールカが嘆息する。

 ラスは半ば呆れたように首を振り、


「封印が解けない? だったらなんなんだ、この機体は。ただの馬鹿でかい置物か?」

「私たちにはわからないってだけだよ。解けないとは言ってない」

「前の持ち主ってやつにはわかるってことか」

「そう。たぶんね」


 フィアールカはかすかに肩をすくめて、どこか面白がっているような瞳をラスに向けた。


「この機体が最後に戦ったのは二十七年前。シュラムランド戦争末期にラギリア砂海で起きた砂龍の暴走スタンピードにたった一機で立ち向かい、窮地にあったアルギル皇帝の命を救った。いわば伝説の狩竜機シャスールだ。もちろんそんな荒唐無稽な戦果が、公式記録に残ることはなかったけどね」

「待て……それって……」


 ラスが声を震わせた。ぎこちなく引き攣ったラスの頬から、血の気が見る間に引いていく。二十七年前の砂龍討伐。その事件に関わっているのは、ラスもよく知っている人物だ。


「そうだよ。この機体の本来の持ち主は、〝黒の剣聖〟だ」


 フィアールカが重々しくうなずいて言った。


 黒の剣聖フォン・シジェル。大陸全土で四人しかいない最強レベルの煉気使い。商都の娼館〝楽園hパラディアッシュ〟の女主人であり、そしてラスの剣の師だ。


「そうか……なるほど。そういうことかよ……」


 ラスは動揺を必死に抑えて呟いた。

 皇帝の恩人であるフォンならば、彼に狩竜機シャスールを預けることも可能だろう。この漆黒の狩竜機シャスールが、大聖堂の地下で厳重に保管されていたこともうなずける。


「ラス? どこに行くんだい?」


 踵を返したラスの背中に、フィアールカが呼びかけた。


「決まってるだろ。逃げるんだよ」


 振り返りもせずにラスが答える。フィアールカは驚いたように目を瞬いて、


「逃げる?」

「こんなところであいつと会ってられるか。どんな目に遭わされるかわかったもんじゃない」

「それはまたずいぶんな言われようだよ。師匠に対して酷いんじゃないかな」

「っ……⁉︎」


 闇の中から聞こえてきた女性の声に、ラスは凍りついたように動きを止めた。


 声の源は、ラスたちの頭上だ。透明な結晶に覆われた漆黒の狩竜機シャスールの肩に、小柄な女性が座っている。


 彼女の見た目の年齢はラスたちとほとんど変わらない。

 むしろ幼いという印象すら受ける。


 印象的な大きな瞳が、闇の中で猫のように金色に輝いていた。肩の長さで無造作に切った黒髪には、緋色の髪束が幾筋も混じっている。高位の煉気使いによくある特徴だ。


 彼女が身につけているのは、胸元や腹を大胆に露出した衣装。まるで下着のようなその服の上に、傭兵風の黒革のコートを羽織っている。


 皇宮を訪れる人間としては絶対にあり得ないふざけた服装だが、彼女だけはそれが許される。なぜなら彼女は、〝黒の剣聖〟フォン・シジェルだからだ。


「フォン……!」

「少し会わない間に、ずいぶん出世したみたいだね、ラス。それなのに挨拶にも来てくれないなんて、お姉ちゃんは悲しいよ」


 頬に手を当てたフォン・シジェルが、わざとらしく悲しげな表情を浮かべてみせた。


 甘えたような彼女の声音に、ラスは激しい戦慄を覚える。


「待ってくれ、フォン! 俺も、皇都には無理やり連れてこられたんだ。おまえとの約束を忘れていたわけじゃない!」

「ふうん……そうなのかな? 本当に?」


 必死に言い訳を続けるラスを、フォンは疑わしげに見返した。


「ああ。皇宮からも、おまえの店に使いの者が行ってるはずだ」

「そうみたいだね。でも、アマリエたちが先に相手をしたから、私までは回ってこなかったんだよ。きみの身代わりにするつもりなら、あと五、六人は送ってもらわないと」


「皇宮衛士をなんだと思ってるんだ、おまえら……」

「んふ、上客?」


 フォンが、艶やかな唇をちらりと舐める。

 使者として商都に派遣された皇宮衛士の運命を想像して、ラスは思わず目元を覆った。


 娼館〝楽園hパラディアッシュ〟の女たちは、全員が客から金を毟り取ることに長けた超一流の高級娼婦だ。そして同時に、フォンに鍛えられた凄腕の煉気使いでもある。


 娼館の客としてもてなされていたとしても、あるいは腕試しに勝負を挑まれていたとしても、哀れな皇宮衛士は人生が変わるような衝撃を味わったことだろう。筆頭皇宮衛士であるラスとしては、彼が無事に社会復帰できことを祈るだけである。


「そんなことよりも、ラス。昼間の模擬戦はどういうことなのかな? なんなの、あの無様な戦いは? アハジアごとき二級品を相手にあんなに手間取って、お姉ちゃんは情けないよ」


 フォンがすっと目を細めてラスを見た。

 漂いだした冷ややかな殺気に、フィアールカが息を呑む。


「無茶言うな。俺の狩竜機シャスールは数打ちの量産機だったんだぞ。相手の固有武装をぶち抜いて倒せただけでも充分だろうが」


 ラスは無意識に重心を落として身構えた。

 狩竜機シャスールの肩に乗る彼女とは、まだ十メートルは離れている。しかし彼女がその気になれば、この距離からでも一瞬で致命的な一撃を叩きこんでくるだろう。そのことを、ラスは誰よりもよく知っている。


「だからといって、あのみっともない技を、熾天剣セラフィックブレードと名乗ったのは許せないよ。本物の熾天剣セラフィックブレードがどういうものだったのか、思い出させてあげないといけないよね」


 フォンがにこやかな口調で言い放ち、黒革のコートを脱ぎ捨てた。同時に彼女の全身から、凄まじい圧力の煉気が放たれる。


「やめろ、フォン! こんなところで、おまえの剣技を使う気か⁉︎」


 咄嗟に剣を抜きながら、ラスが叫んだ。

 しかしフォンは答えない。

 無言で立ち上がる彼女の背中に、緋色に煌めく翼が音もなく広がった。

 六対十二枚の巨大な翼。それは短剣状の羽根に覆われた、美しくも凶悪な煉気の刃だ。


 黒の剣聖が使う、本物の超級剣技オーバーアーツ——

 表情を凍らせたラスを眺めてフォン・シジェルが妖しく微笑み、次の瞬間、研ぎ澄まされた十二枚の刃が轟音とともに撃ち放たれたのだった。

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