第14話:種馬騎士、難攻不落を攻略する


 二機の狩竜機シャスールが、広大な演習場を疾風しっぷうのように駆け抜けていく。

 その姿はさながら、死闘を繰り広げる二羽の猛禽のようだ。

 追いつ追われつの密着状態での乱舞。帯煉粒子アウロンの輝きと剣戟の火花が、荒涼とした大地を華やかに染め上げる。


『さすがにやりますな、ターリオン殿。その量産機でよくぞここまで……!』


 ハンラハンが感嘆の息を吐く。ラスのジェントの粒子放出量は、銘入りであるアハジアの三割にも満たない。互角の機動を続けているだけでも、本来はあり得ないことなのだ。


『ですが、量産機相手にいつまでも手こずるようでは、こちらの負けも同然。そろそろ決着をつけさせていただきますぞ』

「ああ、そうだな……こちらもだいぶわかってきたところだ」


 ハンラハンの挑発的な発言に、ラスが素っ気なく返答した。


『わかってきた? なにがです?』


 ブロンズ色の狩竜機シャスールが、これまでの倍近い速度で踏みこんでくる。

 一見、無謀にも思える捨て身の攻撃だが、ハンラハンの機体は鉄壁の防御を誇っている。ラスの反撃では、アハジアの接近を止められない。それを見越した上での強引な突撃だ。


 だがその直後、思いがけない角度から迫ってきた刃に気づいて、ハンラハンは動きを止める。


 アハジアの頭部を狙った死角からの奇襲。狩竜機シャスールの首を刈り取ろうとする緋色の刃を、自動で反応した【盾城塔ベルクフリート】がギリギリのところで受け止める。


『二刀流……⁉︎ これが貴殿の切り札ですか、ターリオン殿!』


 ハンラハンが驚愕の雄叫びを上げた。


 ラスのジェントの左手。揃えて伸ばした手刀の指先から、帯煉粒子アウロンの刃が出現している。


 剣ではなく狩竜機シャスールの機体そのものを触媒にして、ラスは煉輝刃アウラエッジを発現させたのだ。【盾城塔ベルクフリート】の自律防御がなければ、今の一撃で、勝敗は決していただろう。ハンラハンは、誰よりもそれをよくわかっているのだ。


『実に見事……ですが、残念でしたな。同じ手は二度と通用しませんぞ』


 ハンラハンの両手剣の一撃を、ラスはギリギリで回避する。


 左右の煉輝刃アウラエッジを同時に叩きつければ、単純計算で威力は二倍。だが、それでも銘入りであるアハジアの防御を破るのは不可能だ。


 逆に煉輝刃アウラエッジを二本同時に生成したことで、ジェント本体の帯煉粒子アウロンは枯渇寸前に陥っている。

 そのせいで、ラスの機体の機動性は明らかに低下していた。ハンラハンの動きについていけずに、防戦一方へと追いこまれ始めている。


「いや、今ので最後の確認がとれたよ、師団長」


『確認?』


「アハジアの【盾城塔ベルクフリート】は、全部で四枚。一枚の大きさは、せいぜい狩竜機シャスール用の小型楯バックラー程度だ。それが自在に動き回ることで、まるで機体全体を覆っているように錯覚させているに過ぎない」


『……その根拠は?』


「煉術だよ。俺が放った下位の煉術に、【盾城塔ベルクフリート】は反応しなかった。狩竜機シャスール本体の帯煉粒子アウロンで防げるという判断なんだろうが、【盾城塔ベルクフリート】が本当に鉄壁の防御なら、すべての攻撃を撃ち落とせばいい」


 ラスが淡々と指摘する。

 苦し紛れの牽制だと思われていた下位煉術によるラスの反撃には、実は確固とした目的があった。

 どの程度の威力の攻撃なら、【盾城塔ベルクフリート】が反応するのか。同時に何発まで防げるのか——ラスは密かにそれらを試していたのだ。


「それができないのは、【盾城塔ベルクフリート】に死角が生まれてしまうからだ。【盾城塔ベルクフリート】が同時に迎撃できるのは、最大で四発の攻撃まで。それ以上の攻撃は同時には受けきれない。違うかい?」


『ふむ。気にしたことはなかったが、たしかに理屈ではそうなりますな』


 ハンラハンが感心したように低く唸る。


『しかし、それがわかったからどうだというのです? その機体で、アハジア本体の防御を破れるほどの攻撃を、同時に五発も放てると?』


「そうだな。というわけで、ものは相談なんだが、師団長——今すぐ降参してくれないか?」


 ラスが真面目な口調で訊いた。

 ハンラハンは思わず動きを止めて、困惑したような声を出す。


『降参? それがしに負けを認めろと仰るか?』


「こう見えて、俺もいちおう筆頭皇宮衛士なんでな。中央統合軍セントラルの貴重な戦力を減らしたくないんだ。量産機と違って、銘入りの狩竜機シャスールは壊れたら代わりがないからな」


『なるほど……それがし狩竜機シャスールを傷つけたくないと……ふっ……わははははっ!」


 ラスの言葉にハンラハンは一瞬言葉を失い、そして無線の向こうで声を上げて笑い始めた。呆れと賞賛が入り混じる、心底楽しげな笑声だ。


『いや、これは見事。ハッタリもここまで来るとむしろ清々しいですな。ご安心召されよ。このアハジアは歴戦の機体。修復に関しての知見は充分に伝わっております。破壊できるというのであれば、今後のためにも是非に試していただきたい!』


「その言葉、たしかに聞かせてもらったぞ、師団長」


『では、こちらも本気で行かせてもらいますぞ、筆頭皇宮衛士殿!』


 ハンラハンのブロンズ色の狩竜機シャスールが、大量の帯煉粒子アウロンを吐き出した。緋色の粒子が陽炎のように機体を包みこみ、握りしめた両手剣が眩い輝きに包まれる。


煉輝刃アウラエッジか……!」

『はははっ、魔剣の性能に頼った力業ではありますが!』


 ハンラハンが謙遜したように答える。

 たしかに彼の煉輝刃アウラエッジを支えているのは、装備した魔剣と、銘入りの狩竜機シャスールならではの膨大な粒子放出量だ。

 だが、それでも煉騎士の制御技術が追いつかなければ、帯煉粒子アウロンを刃状に形成することなどできるはずがない。


「いや、やるな、師団長。これなら俺が本気を出しても、フォンは文句を言わないだろ」

『フォン……だと? まさかフォン・シジェルのことを言っておられるのか……?』


 ハンラハンがかすかな動揺を見せた。

〝黒の剣聖〟フォン・シジェルの名を知らない煉騎士は、この国にはいない。

 大陸に四人しかいない剣聖の一人。上位龍すら生身で斬り伏せる本物の龍殺し。ラスが彼女の弟子である可能性に、ハンラハンはようやく気づいたのだ。


 ラスの狩竜機シャスールが剣を下ろした。

 両腕の煉輝刃アウラエッジが消滅し、眩い刃を形成していた帯煉粒子アウロンが、狩竜機シャスール本体へと吸いこまれる。


 クスターとの模擬戦でも、ラスは同じ技を使っている。

 煉輝刃アウラエッジを蓄電池のように使うことで、強引に狩竜機シャスールの粒子切れを回復させる荒技だ。


 だが、そのときとは決定的に違うことがふたつある。


 ひとつはラスの狩竜機シャスールが、粒子切れを起こしているわけではないということだ。ハンラハンと会話を続けている間に、ジェントは消耗した帯煉粒子アウロンをすでに回復させている。


 そしてもうひとつの違いは、ラスが形成していた煉輝刃アウラエッジが二本あったということだ。


 狩竜機シャスール本体が保有するぶんと、二本の煉輝刃アウラエッジに蓄積していた帯煉粒子アウロン——それらを同時に解放することで、ラスのジェントは機体性能の限界を超えた大量の粒子放出を実現していた。


 その膨大な帯煉粒子アウロンを利用して、ラスは新たな超級剣技オーバーアーツを発動する。


 狩竜機シャスールの全身を包む帯煉粒子アウロンが、陽炎のように揺らいで新たな刃を形成した。

 くの字型に折れ曲がった煉輝刃アウラエッジが、ジェントの背後に光輪のように広がっていく。それはまるで三対六枚の天使の翼のようにも見えた。鋼鉄すら断ち切る煉気の翼だ。


『フォン・シジェルの〝黒の剣技〟か……!』

熾天剣セラフィックブレードだ。耐えろてみせろよ、〝難攻不落〟!」


 驚愕の叫びを洩らすハンラハンの狩竜機シャスールに向けて、ラスは六枚の煉輝刃アウラエッジを同時に叩きつけた。


『ぬおおおおおおおおおおおおっ!』


 六方向からの同時攻撃を回避することを断念し、ハンラハンが防御を固める。

 アハジアの周囲で凄まじい量の火花が散った。【盾城塔ベルクフリート】の不可視の楯が反応し、熾天剣セラフィックブレードの四枚の刃を受け止めたのだ。


 そして残る二枚の刃を、アハジア本体が両手剣で受け止める。

 たとえ黒の剣聖の技といえども、狩竜機シャスールの絶対的な粒子放出量の差を覆すことはできなかった。煉輝刃アウラエッジをまとったハンラハンの両手剣が、ラスの放った二枚の刃を打ち砕く。


 その光景を見ていたすべての人間が、しのぎきった、と判断した。

 おそらくハンラハン本人でさえも。


 それは致命的な隙だった。


「……ったく、ハード過ぎるだろ……」


 気怠い溜息を吐き出しながら、ラスは狩竜機シャスールを加速させ、ハンラハンの機体の内懐へと飛びこんだ。


 熾天剣セラフィックブレードのような大技を使ったせいで、ラスのジェントには、ほとんど帯煉粒子アウロンが残っていない。それでもフルパワーの一撃を叩きこむ程度の余裕はある。


『——なに⁉︎』


 ハンラハンが声を震わせた。しかし彼の狩竜機シャスールは動けない。

 四枚もの不可視の楯を同時に展開し、さらに煉輝刃アウラエッジをまとった両手剣を振り下ろした直後だ。

 いかに粒子放出量に余裕のある銘入りの狩竜機シャスールといえども、帯煉粒子アウロンの回復が追いついていない。

 その結果、〝息切れ〟と呼ばれる瞬間的な粒子枯渇を起こしてしまったのである。


 それはつまり、銘入りの狩竜機シャスール特有の高い防御力も失われているということである。


『見事……!』


 己の敗北を悟ったハンラハンが、どこか満足げな呟きを洩らす。

 その直後、ラスが突き出した儀礼剣が、ブロンズ色の狩竜機シャスールを深々と貫いたのだった。

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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