第13話:種馬騎士、延長戦に突入する
純白の細い航跡を残しながら、奇妙な影が空を横切っていく。
小型の
だがラスは、それが
飛翔体の表面を覆っているのは、鎧に似た金属製の装甲板だ。鋭利な翼が撒き散らしているのは、ジェントと同様の
そして飛翔体の腹部には、巨大な剣を握った人型兵器が吊り下げられている。
その飛翔体の正体は、
「銘入り、か……
模擬戦が終わるのを待ち構えていたように、演習場上空に現れた新たな
あのブロンズ色の
一般に
工房で大量生産される数打ちの〝量産機〟と、
真に
事実、両者の性能には、決定的な隔絶が存在する。
飛行に耐えられるかどうかだけではない。銘入りの機体は量産機とは比較にならないほどの膨大な粒子放出量を誇っており、さらに特殊な固有武装を持っている。
銘入りの機体と量産機の
『——突然押しかけて済まぬ、ターリオン殿。ご無礼は容赦願いたい』
無線機から、聞き覚えのある声が流れ出す。
落下するような勢いで高度を下げた
機体の肩に描かれているのは、
最後に緋色の粒子を勢いよく噴き出して、ブロンズ色の
「ハンラハン師団長か」
ブロンズ色の
たとえ顔が見えなくても、第二師団師団長の特徴的な野太い声を聞き間違うはずがない。
演習場の観測台にいる
『
「〝難攻不落〟のアハジア? あなたはグリン領の出身だったのか」
ラスは驚いて片眉を上げた。
ハンラハンの家名を名乗る者は少なくないが、グリン半島のハンラハン伯爵家は別格だ。
皇国南端にあるグリン半島は、しばしば南大陸の国家からの侵略を受けていた。その侵略に抗ったのが、ハンラハンの煉騎士たちである。
四十年前の第三次南海戦役において、当時のハンラハン伯爵家は、わずか十四機の
『我が
ハンラハンが満更でもない口調で言った。
完全に戦闘態勢を整えたブロンズ色の
その剣一振りの値段で、ラスが乗る
「そんなご大層な
ラスが警戒したように訊いた。
もともと五対一というデタラメな条件だったのだ。ついでに、あと一機増やせという無茶な要求があっても不思議ではない。
『いやいや、まさか。此度の模擬戦は貴殿の勝利です。我が師団の若い騎兵たちには、いい経験になったでしょう。そこで、ついでにもう一戦——対等の勝負というのはいかがですかな?』
「銘入りの
『相手は
「勝手なことを言ってくれる」
ラスが呆れたように鼻を鳴らした。無茶を言っているという自覚はあったのか、ハンラハンが照れ隠しのように豪快に笑う。
『これは
「たしかにな」
ラスはハンラハンの指摘を認めた。
すでに第二師団との模擬戦の決着はついている。同型のジェントを使って五体一で勝利した時点で、ラスは充分に
一方、ハンラハンがラスに勝ったとしても、銘入りの
それでもいちおう第二師団が、ラスに一矢報いたという形にはなる。
結果、第二師団とラスの間の遺恨は消える。
なかなかやるな、そっちもな、というふうに、両者が歩み寄ることもできるだろう。ハンラハンが、量産機相手に銘入りの
「だが、いいのか? 銘入りの
気遣うようなラスの言葉に、ハンラハンは虚を突かれたように黙りこんだ。
そしてたまりかねたように声を上げて笑い出す。自分の勝利を微塵も疑っていないラスの態度が、ハッタリではないと気づいたのだ。
『その返事、試合を受けてもらえると理解してよろしいか?』
「負けたところで、こちらが失うものはないからな。お手柔らかに頼む、師団長」
ラスの機体が剣を構えた。それがハンラハンの質問への答えだ。
『——参る』
ハンラハンの
大量の
■■■■
「銘入りの
演習場の観測席にいるカナレイカが、信じられない、というふうに大きく首を振った。
ハンラハンが操るブロンズ色の
銘入りの
そして粒子放出量の差は、そのまま
アハジアの圧倒的な攻撃力を前に、ラスは剣を受けることもできずに後退した。二機には、大人と幼い子供ほどの力の差があるのだ。
「いったいなにを考えているのですか、あの二人は⁉︎ しかもラスの機体は五対一の模擬戦を終えたばかりなのですよ……!」
「いえ……ラスの機体は保ちますよ。そのためにラスは〝アタリ〟が出ている機体をわざわざ指定したんですから」
不安げなカナレイカを励ますように、イザイが落ち着いた口調で言った。
「アタリ……ですか?」
「ええ。ラスの二十三号機は、ベテランの金級騎兵が使っていた機体なんです。過去に大きな損傷を受けたこともないし、部品同士も馴染んでいて余分な抵抗がない。あれだけ長時間戦闘を続けても、消耗は最低限で済んでいるはずです。見た目の派手さのわりにラスの操縦には無駄がなくて、機体にかかる負担も少ないですしね」
「ですが、ラスには機体を調べるような時間はなかったはずですが」
カナレイカが怪訝な表情で訊き返す。
あのときラスは、整備場に置かれているジェントを軽く一瞥しただけで、二十三号機を選んだのだ。機体の経歴や細かいクセを調べる余裕があったとは思えない。
「昔からラスは、そういうのが直感的にわかるんですよ。まるで
「
「それよりも問題は〝難攻不落〟のアハジアですね。あの機体はラスの攻撃スキルと相性が悪すぎる」
戸惑うカナレイカを無視して、イザイが演習場へと視線を戻した。
圧倒的な機体の性能差にもかかわらず、ラスはハンラハンの猛攻によく耐えていた。両手剣の豪快な斬撃をかいくぐり、煉術を駆使した反撃すら何度も試している。
しかしラスの攻撃は、ハンラハンの機体には届かない。アハジアの機体を覆う高濃度の
おまけにラスの機体が装備しているのは、式典用の儀礼剣。迂闊に斬りつければ、剣のほうが砕けてしまいかねない代物である。
「あの技は……!」
カナレイカが驚きに目を見張った。
ラスのジェントが構えた石剣が、炎のような輝きに包まれて長さを増す。
模擬戦でも使った
ハンラハンの攻撃が途絶えた一瞬の隙を突き、ラスの
そう思われた瞬間、アハジアの装甲表面に、見えない壁が出現した。
ラスの
「あれは……⁉︎」
「アハジアの固有武装——【
イザイが、カナレイカのために解説する。
だからこそ、ラスが置かれている状況の厳しさを、イザイは誰よりも理解していた。
機体性能で劣るラスがハンラハンを倒すためには、搦め手や奇襲に頼るしかない。しかしアハジアの【
「自動反応式の障壁……
「残念ですが、ジェントの最大粒子放出量では、あの障壁は抜けません。銘入りの機体同士の戦いを想定して造られた武装ですから」
「そんな……」
イザイの淡々とした説明に、カナレイカが唇を噛み締める。
動揺するカナレイカの横顔を、イザイは興味深そうにじっと見た。
ほんの数日前まで近衛師団最強と呼ばれていた彼女が、ぽっと出の筆頭皇宮衛士であるラスの身を真剣に案じている。しかもカナレイカは、堅物で知られてはいるものの、かなりの美人だ。皇宮の侍女たちが好きそうなゴシップの匂いがする。
もっともイザイは、他人の色恋沙汰になどほとんど興味がなかった。だからカナレイカに気を遣う気もなかった。そんなことよりも気になるのは、目の前で繰り広げられている激しい
「ラスは、師団長の
ボサボサの前髪をかき上げながら、イザイは無意識に目を細める。
「こうなることがわかっていたのに、あえて勝負に乗った理由……見せてもらうよ、ラス」
イザイの小さな呟きは、二機の
笑みを浮かべるイザイの隣で、カナレイカは祈るように両手を握り合わせていた。