第13話:種馬騎士、延長戦に突入する


 純白の細い航跡を残しながら、奇妙な影が空を横切っていく。

 小型の飛竜ワイバーンに似た姿の、ブロンズ色の飛翔体だ。


 だがラスは、それが飛竜ワイバーンではないことを知っていた。


 飛翔体の表面を覆っているのは、鎧に似た金属製の装甲板だ。鋭利な翼が撒き散らしているのは、ジェントと同様の帯煉粒子アウロンの輝き。

 そして飛翔体の腹部には、巨大な剣を握った人型兵器が吊り下げられている。


 その飛翔体の正体は、空搬機カラドリウス

 狩竜機シャスールを空輸するための特別な狩竜機シャスールだ。


「銘入り、か……中央統合軍セントラルの将校なら持っていても当然だが……」


 空搬機カラドリウスの腹に抱かれた狩竜機シャスールを見上げて、ラスは薄く苦笑した。

 模擬戦が終わるのを待ち構えていたように、演習場上空に現れた新たな狩竜機シャスール。これが単なる偶然のはずがなかった。

 あのブロンズ色の狩竜機シャスールの目当ては、間違いなくラスだろう。


 一般に狩竜機シャスールと呼ばれている人型兵器には、大別して二種類が存在する。

 工房で大量生産される数打ちの〝量産機〟と、いにしえの時代に製造されて貴族の家に代々受け継がれてきた〝銘入めいいり〟の機体だ。


 真に狩竜機シャスールと呼べるのは銘入りの機体だけであり、量産機は粗悪な複製品に過ぎないと考えている貴族も多い。


 事実、両者の性能には、決定的な隔絶が存在する。

 飛行に耐えられるかどうかだけではない。銘入りの機体は量産機とは比較にならないほどの膨大な粒子放出量を誇っており、さらに特殊な固有武装を持っている。


 銘入りの機体と量産機の撃墜率キルレシオは、十対一か、それ以上。たった一機の銘入りの狩竜機シャスールを倒すために、量産機一個中隊の戦力が必要になるということだ。


『——突然押しかけて済まぬ、ターリオン殿。ご無礼は容赦願いたい』


 無線機から、聞き覚えのある声が流れ出す。


 落下するような勢いで高度を下げた空搬機カラドリウスが、吊り下げていた狩竜機シャスールを投下した。固定されていた狩竜機シャスールの関節が解除され、本来のシルエットが露わになる。

 全身鎧プレートアーマーをまとった重装甲タンク型の機体だ。


 機体の肩に描かれているのは、中央統合軍セントラルの紋章。量産機のジェントよりもふた回り近く大型だが、第二師団所属の狩竜機シャスールなのは間違いない。


 最後に緋色の粒子を勢いよく噴き出して、ブロンズ色の狩竜機シャスールは地面に降り立った。着地の勢いで地面を抉りながらも姿勢を乱すことなく、危なげなくラスのほうへと向き直る。


「ハンラハン師団長か」


 ブロンズ色の狩竜機シャスールを見据えて、ラスが嘆息した。

 たとえ顔が見えなくても、第二師団師団長の特徴的な野太い声を聞き間違うはずがない。


 演習場の観測台にいる中央統合軍セントラルの兵士たちが、困惑している姿が見える。このタイミングでのハンラハンの登場は、彼らにとっても想定外だったのだ。


然様さよう。こちらの機体は、我が家に伝わる狩竜機シャスール〝アハジア〟です」

「〝難攻不落〟のアハジア? あなたはグリン領の出身だったのか」


 ラスは驚いて片眉を上げた。

 ハンラハンの家名を名乗る者は少なくないが、グリン半島のハンラハン伯爵家は別格だ。

 皇国南端にあるグリン半島は、しばしば南大陸の国家からの侵略を受けていた。その侵略に抗ったのが、ハンラハンの煉騎士たちである。


 四十年前の第三次南海戦役において、当時のハンラハン伯爵家は、わずか十四機の狩竜機シャスールを率いて敵軍七十機の猛攻に三日三晩耐え抜き、南海伯の援軍が到着するまで領地を守り続けたといわれている。〝難攻不落〟のアハジアは、そのハンラハン伯爵家の象徴ともいえる機体なのだ。


『我が狩竜機シャスールの名をご存じでしたか。光栄ですな』


 ハンラハンが満更でもない口調で言った。


 完全に戦闘態勢を整えたブロンズ色の狩竜機シャスールが、背中から専用の剣を抜く。刃渡り十メートルを超える両手持ちの大剣だ。柄の部分に粒子増幅装置を内蔵した、いわゆる魔剣の類である。

 その剣一振りの値段で、ラスが乗る量産機ジェントが丸ごと三機は買えるだろう。装備一つとっても、銘入りの狩竜機シャスールは別格なのだ。


「そんなご大層な狩竜機シャスールを持ち出してきたのは、模擬戦の続きをするためか、師団長?」


 ラスが警戒したように訊いた。

 もともと五対一というデタラメな条件だったのだ。ついでに、あと一機増やせという無茶な要求があっても不思議ではない。


『いやいや、まさか。此度の模擬戦は貴殿の勝利です。我が師団の若い騎兵たちには、いい経験になったでしょう。そこで、ついでにもう一戦——対等の勝負というのはいかがですかな?』


「銘入りの狩竜機シャスールと、量産機で対等の勝負だと?」


『相手は筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーですからな。ちょうど釣り合いが取れるかと』


「勝手なことを言ってくれる」


 ラスが呆れたように鼻を鳴らした。無茶を言っているという自覚はあったのか、ハンラハンが照れ隠しのように豪快に笑う。


『これはそれがしの個人的な望みゆえ、無理強いはしませんが、貴殿にとって悪い条件ではありますまい? 銘入りの狩竜機シャスール相手に敗北しても、貴殿の評価に傷がつくことはない』


「たしかにな」


 ラスはハンラハンの指摘を認めた。


 すでに第二師団との模擬戦の決着はついている。同型のジェントを使って五体一で勝利した時点で、ラスは充分に筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーとしての実力を示した。否、むしろやり過ぎた。おそらくそれを面白くないと感じる貴族や将校もいるだろう。


 一方、ハンラハンがラスに勝ったとしても、銘入りの狩竜機シャスールと数打ちの量産機では、そもそも性能が違い過ぎて比較にならない。ラスが負けても恥じる要素はないし、ハンラハンの名が上がることもない。

 それでもいちおう第二師団が、ラスに一矢報いたという形にはなる。


 結果、第二師団とラスの間の遺恨は消える。

 なかなかやるな、そっちもな、というふうに、両者が歩み寄ることもできるだろう。ハンラハンが、量産機相手に銘入りの狩竜機シャスールを持ち出した大人げない師団長として、一人で泥を被ってくれるというわけだ。


「だが、いいのか? 銘入りの狩竜機シャスールを持ち出して量産機に敗北したら、あんたの立場がなくなるぞ?」


 気遣うようなラスの言葉に、ハンラハンは虚を突かれたように黙りこんだ。

 そしてたまりかねたように声を上げて笑い出す。自分の勝利を微塵も疑っていないラスの態度が、ハッタリではないと気づいたのだ。


『その返事、試合を受けてもらえると理解してよろしいか?』

「負けたところで、こちらが失うものはないからな。お手柔らかに頼む、師団長」


 ラスの機体が剣を構えた。それがハンラハンの質問への答えだ。


『——参る』


 ハンラハンの狩竜機シャスール——アハジアが、巨大な両手剣を振り上げた。

 大量の帯煉粒子アウロンを炎のように噴き上げながら、ブロンズ色の狩竜機シャスールは荒々しい咆吼を上げるのだった。


    ■■■■


「銘入りの狩竜機シャスールと量産機で勝負……⁉︎」


 演習場の観測席にいるカナレイカが、信じられない、というふうに大きく首を振った。


 ハンラハンが操るブロンズ色の狩竜機シャスールが、ラスのジェントを両手剣で斬りつけようとしたところだ。


 銘入りの狩竜機シャスールであるアハジアに搭載された煉核コアは、外見から判断しておそらく四基。単装煉核シングルコアのジェントと比較して、少なく見積もっても四倍以上の粒子放出量を持っていることになる。

 そして粒子放出量の差は、そのまま狩竜機シャスールのパワー差に直結する。

 アハジアの圧倒的な攻撃力を前に、ラスは剣を受けることもできずに後退した。二機には、大人と幼い子供ほどの力の差があるのだ。


「いったいなにを考えているのですか、あの二人は⁉︎ しかもラスの機体は五対一の模擬戦を終えたばかりなのですよ……!」


「いえ……ラスの機体は保ちますよ。そのためにラスは〝アタリ〟が出ている機体をわざわざ指定したんですから」


 不安げなカナレイカを励ますように、イザイが落ち着いた口調で言った。


「アタリ……ですか?」


「ええ。ラスの二十三号機は、ベテランの金級騎兵が使っていた機体なんです。過去に大きな損傷を受けたこともないし、部品同士も馴染んでいて余分な抵抗がない。あれだけ長時間戦闘を続けても、消耗は最低限で済んでいるはずです。見た目の派手さのわりにラスの操縦には無駄がなくて、機体にかかる負担も少ないですしね」


「ですが、ラスには機体を調べるような時間はなかったはずですが」


 カナレイカが怪訝な表情で訊き返す。

 あのときラスは、整備場に置かれているジェントを軽く一瞥しただけで、二十三号機を選んだのだ。機体の経歴や細かいクセを調べる余裕があったとは思えない。


「昔からラスは、そういうのが直感的にわかるんですよ。まるで狩竜機シャスールの声が聞こえてるようだと言われてました」

狩竜機シャスールの……声が……?」

「それよりも問題は〝難攻不落〟のアハジアですね。あの機体はラスの攻撃スキルと相性が悪すぎる」


 戸惑うカナレイカを無視して、イザイが演習場へと視線を戻した。


 圧倒的な機体の性能差にもかかわらず、ラスはハンラハンの猛攻によく耐えていた。両手剣の豪快な斬撃をかいくぐり、煉術を駆使した反撃すら何度も試している。

 しかしラスの攻撃は、ハンラハンの機体には届かない。アハジアの機体を覆う高濃度の帯煉粒子アウロンが、下位の煉術程度であれば完全に無効化してしまうからだ。


 おまけにラスの機体が装備しているのは、式典用の儀礼剣。迂闊に斬りつければ、剣のほうが砕けてしまいかねない代物である。


「あの技は……!」


 カナレイカが驚きに目を見張った。


 ラスのジェントが構えた石剣が、炎のような輝きに包まれて長さを増す。

 模擬戦でも使った煉輝刃アウラエッジだ。通常の攻撃では剣が保たないと判断して、ラスは切り札を投入したのだろう。


 ハンラハンの攻撃が途絶えた一瞬の隙を突き、ラスの煉輝刃アウラエッジがアハジアを襲った。アハジアは、大出力にものをいわせて回避行動を取るが、ラスの攻撃のほうが遥かに速い。比較的装甲の薄いアハジアの肩へと、帯煉粒子アウロンの刃が叩きこまれる。


 そう思われた瞬間、アハジアの装甲表面に、見えない壁が出現した。

 ラスの煉輝刃アウラエッジはその壁に阻まれ、激しい緋色の火花を散らす。


「あれは……⁉︎」

「アハジアの固有武装——【盾城塔ベルクフリート】です。狩竜機シャスールが自らの意思で生み出す不可視の障壁。あの固有武装が生み出す鉄壁の防御が、〝難攻不落〟の異名の由来ですよ」


 イザイが、カナレイカのために解説する。中央統合軍セントラルの調律師である彼は、当然ハンラハンの機体についても熟知しているのだ。


 だからこそ、ラスが置かれている状況の厳しさを、イザイは誰よりも理解していた。

 機体性能で劣るラスがハンラハンを倒すためには、搦め手や奇襲に頼るしかない。しかしアハジアの【盾城塔ベルクフリート】は、その奇襲をことごとく防ぐのだ。


「自動反応式の障壁……煉輝刃アウラエッジの直撃でも破れないのですか……」

「残念ですが、ジェントの最大粒子放出量では、あの障壁は抜けません。銘入りの機体同士の戦いを想定して造られた武装ですから」

「そんな……」


 イザイの淡々とした説明に、カナレイカが唇を噛み締める。

 動揺するカナレイカの横顔を、イザイは興味深そうにじっと見た。


 ほんの数日前まで近衛師団最強と呼ばれていた彼女が、ぽっと出の筆頭皇宮衛士であるラスの身を真剣に案じている。しかもカナレイカは、堅物で知られてはいるものの、かなりの美人だ。皇宮の侍女たちが好きそうなゴシップの匂いがする。


 もっともイザイは、他人の色恋沙汰になどほとんど興味がなかった。だからカナレイカに気を遣う気もなかった。そんなことよりも気になるのは、目の前で繰り広げられている激しい狩竜機シャスール戦である。


「ラスは、師団長の狩竜機シャスールがアハジアだと気づいていた……当然、【盾城塔ベルクフリート】の存在も知っていたはずだ」


 ボサボサの前髪をかき上げながら、イザイは無意識に目を細める。


「こうなることがわかっていたのに、あえて勝負に乗った理由……見せてもらうよ、ラス」


 イザイの小さな呟きは、二機の狩竜機シャスールが放つ轟音にかき消される。

 笑みを浮かべるイザイの隣で、カナレイカは祈るように両手を握り合わせていた。

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