第12話:種馬騎士、超級剣技を使う


『やはりそうだ。結界だよ』


 ジェント五号機に搭乗したリクが、興奮気味の口調で言った。


 彼の狩竜機シャスールの機体は輝きに包まれ、緋色の粒子が撒き散らされている。

 一見すると帯煉粒子アウロンの浪費にしか思えない行為だが、その効果は劇的だった。


 リクの機体を中心に強烈な突風が吹き荒れて、演習場に立ちこめていた土煙が晴れていく。その土煙の向こう側から、奪った戦斧をだらりと引きずるラスの二十三号機が姿を現した。


 ラスの機体の足元に転がっているのは、無惨に破壊されたスティーグの七号機だ。


『ラスさんは演習場に帯煉粒子アウロンラインを張り巡らせて、周囲の地形や僕たちの位置を把握してたんだ。この土煙そのものが、あの人の煉術結界だったんだよ』

「ラス・ターリオンが、土煙の中で自在に動けていたのは、それが理由か……」


 操縦桿を握りしめたクスターが、ギリギリと奥歯を噛み鳴らした。


 卑怯——などという非難は通用しないだろう。

 これは実戦形式の模擬戦だ。しかもクスターたちには五対一という、圧倒的なアドバンテージが与えられている。正面から組み合えなどと文句をつけようものなら、恥をかくのは第二師団のほうだ。


 それに、そもそも正面から組み合ったところで、クスターたちが勝てるという保証もない。


『作戦変更だ、クスター。俺とリクで、どうにか喰らいついて筆頭皇宮衛士の動きを止める。おまえは彼が動きを止めたら、俺たちごと二十三号機を叩き潰せ。重装甲タンク仕様のおまえの機体なら、最悪、相打ちになっても耐久力の差で打ち勝てる』


 迷いを見せたクスターにそう告げたのは、八号機に乗るアートスだった。


「アートス……?」

『手段を選んでる余裕はないぞ。第二師団の先輩方が、彼を警戒する理由がようやくわかった。なにが極東の種馬ザ・スタリオンだ……! とんでもない化け物だぞ、あの男!』

「……そのようだな」


 クスターは仲間の主張を認めた。


 アートスの口調からは、ラスに対する侮りが完全に消えている。実際に演習場で対峙したことで、彼もラス・ターリオンの異常性に気づいたのだ。


 こちらはすでに二体の狩竜機シャスールが撃破され、対するラスの機体は無傷。しかも相手は帯煉粒子アウロンをほとんど消耗しておらず、力の底はまるで見えない。あの男を確実に仕留めるためには、クスターたちも相応の犠牲が必要だ。


『陛下が彼を筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーに任命したのは、しっかりと根拠があったわけだね』


 リクが苦笑しながら機体を前進させた。

 アートスの機体と逆方向に旋回して、ラスを挟撃する形を作る。

 しかし支援機に乗るリクの役割は囮。ラスの注意を惹くための陽動だ。


『だからといって、このまま無様にやられるつもりはないぞ』


 アートスの八号機が、主武装の戦槌を上段に構えた。

 しかしニーロの二の舞を避けるために、不用心に突っこむような真似はしない。

 あえて隙を見せることで相手の攻撃を誘い、自分の機体を楯にしてラスの動きを止めるつもりなのだ。後続のクスターにラスを討たせるためである。


「そうだな……五対一でも、最後に俺たちの誰かが生き残っていれば最低限の面目は立つか」


 アートスたちの覚悟を受け止めて、クスターが重々しく呟いた。

 数の優位は、まだ第二師団側にある。

 このタイミングを逃したら、もはやクスターたちに勝機はないだろう。


『そういうことだ。行くぞ、リク!』

『任せたよ、クスターくん』


 アートスとリクの狩竜機シャスールが、緋色の輝きに包まれた。蓄積された帯煉粒子アウロンを一気に放出して、機体の出力を最大限に引き上げる。


 前後からラスに襲いかかる二人の連係は完璧だった。

 それぞれが螺旋を描くように二十三号機を包囲し、ラスの逃走経路を奪っていく。


 アートスたちの目的はラスを倒すことではなく、攪乱して一瞬だけ彼の動きを止めることだ。無理な攻撃を仕掛ける必要はない。そのぶん、ラスのカウンター攻撃を喰らう可能性は低く、アートスとリクが同士打ちになる心配もせずに済む。


 彼らの狩竜機シャスールはすべて同型のジェント。機体の性能差は誤差の範囲だ。

 ラスがアートスたちの狙いに気づいたとしても、今から包囲を破るのは難しい。ラスがどれだけ凄腕の煉騎士でも、機体の性能を超えて狩竜機シャスールを加速させることはできないからだ。


 しかし接近する二機の狩竜機シャスールに気づいて、ラスは意外な行動に出た。


 引きずっていた戦斧を投げ捨てて、本来の主武装である儀礼剣を構える。

 アートスたちの挟撃をかわすのではなく、堂々と迎撃することを選んだのだ。


 ラスの機体が粒子放出量を増し、灰白色の装甲が緋色に染まる。


『上等だッ!』


 アートスが雄叫びを上げてラスの間合いへと踏みこんだ。疾走する機体の勢いを殺すことなく、巨大な戦槌を振り上げる。


 一撃の威力を重視した大上段からの攻撃。だがそれはアートスのフェイントだった。本命は、ラスの注意を頭上に引きつけての双手刈タックルだ。


「アートス——!」


 奇襲の成功を予感して、クスターが吼えた。


 二十三号機の背後はリクが押さえている。

 ラスには、正面のアートスを斬って突破する以外に選択肢がない。

 だからこそアートスのフェイントが刺さる。ラスの主武器は細身の儀礼剣で、特攻するアートスの機体を吹き飛ばすような打撃力はないからだ。


 だが、次の瞬間、クスターの顔は、仲間の勝利を確信した表情のまま凍りついた。

 ラスが構えた儀礼剣の刃が、深紅の輝きに包まれて倍以上の長さに伸びたからだ。


「……煉輝刃アウラエッジ……だと⁉︎ 馬鹿な!」


 アートスを追走していたクスターが、驚愕に思わず息を呑む。

 煉輝刃アウラエッジは、剣に煉気の刃を纏わせて攻撃範囲を伸ばす高難度の剣術スキル——超級剣技オーバーアーツの一つだった。


 煉騎士が扱う超級剣技オーバーアーツの中でも、煉輝刃アウラエッジは比較的有名な技だ。実際に煉輝刃アウラエッジを使える煉騎士を、クスターは何人も知っている。

 しかし生身の肉体ではなく、狩竜機シャスールに乗ったまま超級剣技オーバーアーツを再現しようとすれば、その難易度は何倍にも跳ね上がる。


 しかも通常の煉輝刃アウラエッジは、よくてほんの数センチ——指一本ぶんだけ剣の間合いを延ばすだけの技だった。戦闘中にわずかでも攻撃範囲を広げることができれば、白兵戦では圧倒的に有利になるからだ。


 しかしラスが操る煉輝刃アウラエッジの間合いは、今や剣本体の三倍近くにまで延びている。クスターが知っている煉輝刃アウラエッジとは完全に別物だ。


 そして帯煉粒子アウロンの刃に包まれていれば、お飾りの儀礼剣なまくらであっても狩竜機シャスールを斬れる。その事実に気づいて、クスターは声を失った。


 ラスの機体が、光の刃を無造作に振り下ろす。

 戦鎚を振り上げた状態のまま、八号機の両腕が吹き飛んだ。続けてアートスの機体の両脚が斬り裂かれる。八号機は為すすべもなく地面に転がり、アートスの特攻は不発に終わった。


『クスターくん……あとはよろしく……!』


 八号機が破壊されたのを確認したリクが、防御を捨てて狩竜機シャスールの足を止め、背中に搭載された砲門をすべて開放した。

 支援型である彼のジェント五号機には、四門の大口径煉術砲が搭載されている。

 その一斉砲撃をもって、ラスの二十三号機を背後から強襲しようとしたのだ。


 アートスはすでに倒されたが、挟撃が完全に失敗したわけではない。自分がラスにダメージを与えれば、クスターに攻撃のチャンスが回ってくる——リクはそう判断したのだろう。


 だが、その考えは甘かった。リクは見落としてしまったのだ。狩竜機シャスールに乗ったまま煉術を使えるのが、自分だけではないことを。


「よせ、リクっ!」


 強烈な悪寒に襲われて、クスターが叫んだ。

 その瞬間、ラスの機体が青白い閃光に包まれる。


 煉術砲は煉術の威力を増幅し、乗り手ジョッキーの負担を軽くするための装備だ。理屈の上では煉術砲などなくても、狩竜機シャスールは煉術を行使することができる。

 ましてや帯煉粒子アウロンの結界を張るほどの精密な煉術を使うラスなら、砲撃系煉術のひとつやふたつ使えて当然だろう。

 そしてその発動速度と威力は、リクやクスターの予想を遥かに超えていた。


 放たれたのは、第六等級の中位煉術【雷閃】——

 無数の稲妻が超高電圧の槍となり、リクの機体に突き刺さる。

 凄まじい衝撃を受けてジェント五号機が吹き飛び、そのまま地面に激突した。

 支援キャスター型の狩竜機シャスールに匹敵する凄まじい破壊力だ。


 だが、その異常な威力こそが、ラスが初めて見せた隙でもあった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 戦闘不能に陥った仲間たちを見回し、クスターが咆吼した。機体が保有する帯煉粒子アウロンを全力で放出し、ラスの機体に向けて加速する。


 この模擬戦におけるラスの戦果は圧倒的だ。

 だが、まだクスターたちの敗北が決まったわけではない。


 強力な剣技と煉術を立て続けに使ったことで、ラスの機体は大量の帯煉粒子アウロンを喪失している。圧倒的なラスの戦闘能力に、機体の性能が追いついていないのだ。


 ラスの二十三号機にはもう、大技を繰り出す余力はない。

 対するクスターの四号機は、ほぼ万全の状態だ。

 今なら正攻法でラスを倒せる。これは仲間たちが残してくれた最後の勝機なのだ。


「我々の勝ちだ、ラス・ターリオンッ!」


 クスターの機体が、ラスを攻撃範囲にとらえる。

 しかしラスの狩竜機シャスールの反応は鈍い。クスターが予想したとおり、二十三号機は帯煉粒子アウロンを使い果たしているのだ。


 回復の余裕を与えるつもりはない。ここで一気に勝負を決める。帯煉粒子アウロンを帯びて緋色に染まった戦棍メイスを、クスターはラスに叩きつけようとする。


 ラスの機体に異変が起きたのは、そのときだ。


 二十三号機の儀礼剣を覆っていた、煉輝刃アウラエッジの輝きが消滅する。

 そして深紅の刃を形成していた膨大な量の帯煉粒子アウロンが、吸い込まれるように狩竜機シャスール本体へと逆流した。


 枯渇していたはずの帯煉粒子アウロンが復活し、二十三号機の動きが精彩を取り戻す。

 ラスは、一度放出した帯煉粒子アウロンを吸収することで、狩竜機シャスールのパワーダウンを強引に回復させたのだ。


「そんな……技が……っ⁉︎」


 初めて目にした奇怪な現象に、クスターはうめいた。


 二十三号機の帯煉粒子アウロンが回復したことで、クスターの機体の優位性は失われた。二体の狩竜機シャスールの出力は互角。あとは操縦者の優劣だけだ。


 クスターが渾身の力をこめて戦棍メイスを振る。

 限界まで研ぎ澄まされた集中力が生み出す、完璧な一撃だった。


 しかしラスの攻撃は、それを易々と凌駕した。


 クスターの戦棍メイスは虚しく空を切り、そのときにはラスの儀礼剣は、四号機の胴体を横薙ぎに斬り裂いている。


 あまりにも鮮やかな斬り口に、クスターはしばらくの間、自分が斬られたことに気づけなかった。狩竜機シャスールの機体が傾き、地面に倒れたところで、初めて己の敗北を自覚する。


 落下の衝撃に苦悶の声を上げながら、クスターは奇妙に晴れやかな気分を覚えていた。ラスは最後に、小細工を使わない剣技でもクスターたちを上回ってみせたのだ。


 完敗だ。


「これが……ラス・ターリオン・ヴェレディカか……」


 動かなくなった狩竜機シャスールの中で、クスターは無意識の微笑みを浮かべる。


 演習場に残った機体は、ラスの二十三号機だけだ。

 しかしラスは、なぜか戦闘態勢を維持したまま、演習場の中心にたたずんでいる。


 ラスの狩竜機シャスールの頭上を、影がよぎった。

 怪鳥の雄叫びに似た轟音が大気を震わせたのは、その直後のことだった。

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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