第10話:種馬騎士、賭けの対象になる


「皇宮内が少し騒がしいね。なにかあったのかな?」


 執務室で休憩を取っていたフィアールカが、書類を運んできた若い文官に訊いた。


 皇太子からの突然の問いかけに、立ち止まった文官が気まずそうな表情を浮かべる。


「第二騎兵師団の煉騎士が、種馬——いえ、筆頭皇宮衛士殿と模擬戦をすることになったそうです。それで一部の者たちが、勝敗について賭けをしているようで」

「模擬戦? 皇宮内でやってるのかい?」


 フィアールカが興味を示したように眉を上げた。


 ラスが筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーの肩書きを得たことに、中央統合軍セントラルの兵士が反発するのは予想できたことだ。いくら皇帝直々の任命とはいえ、異例の出世であることには間違いないし、なによりもラスの評判が悪すぎた。


 とはいえ陰湿な嫌がらせに走らず、模擬戦でラスの実力を確かめようとするあたりは、腐ってもエリート揃いの中央統合軍セントラルということか。


「第二師団の演習場で、狩竜機シャスールの使用申請が出ています。なんでも筆頭皇宮衛士殿が、五機同時に相手をすると言ったとか……」

「へえ、それは面白いね……」


 変装用の黒い仮面を押さえて、フィアールカはクスクスと笑い出す。


 一カ月後に開催される国際会議でティシナ王女に近づくために、ラスは、筆頭皇宮衛士としての信頼を手っ取り早く勝ち取る必要がある。

 そんな彼にとって、今回の第二師団との模擬戦は渡りに船だ。

 だからラスは、五対一という無謀な条件を出したのだろう。


 銘入りと呼ばれる強力な狩竜機シャスールであれば、格下の量産機五体をまとめて相手にできる可能性はある。しかし同格の量産機同士で同じことをするのは不可能だ。煉騎士の技術の問題ではない。単純に機体が保たないのだ。


 戦闘中の狩竜機シャスールは、動力源である帯煉粒子アウロンを凄まじい勢いで消費する。


 狩竜機シャスールが全力で行動できる時間は、わずか数十秒。それを過ぎると息切れと呼ばれるパワーダウンが発生し、消耗した帯煉粒子アウロンが回復するまで大幅に性能が低下する。最悪の場合は行動不能に陥る可能性すらある。


 一瞬で勝敗が決する狩竜機シャスール同士の戦闘においては、致命的な隙だ。


 そのため戦闘中の狩竜機シャスールは、帯煉粒子アウロンの枯渇を避けるために複数の機体でチームを組んでの行動が基本になる。

 帯煉粒子アウロンを使い切った機体は後退し、仲間が戦っている間に消耗した粒子を回復させるのだ。


 しかし同時に五体を相手にするラスは、息切れを起こさないように動きをセーブする余裕も、帯煉粒子アウロンを回復するための休息を取ることも出来ない。

 普通に考えれば、ラスの勝利は絶望的だ。


「やめさせますか? 第二師団の演習場なら、無線通信がつながるはずですが」


 隣に控えていたエルミラが、フィアールカに小声で耳打ちする。


 ラスの敗北が確定している以上、模擬戦を行う意味はない。こんなところで無様な負け方をすれば、ラスの評判は更に悪化することになるからだ。


 しかしフィアールカは、少し考えて小さく首を振る。


「いいよ、エルミラ。放っておこう。それよりも賭けのオッズはどうなってるの?」

「ターリオン卿の三勝というのが、一番人気になってますね」


 エルミラが一通のメモをさらりと差し出した。秘密裏に行われている賭博の掛け率をしっかり把握しているのは、諜報員である彼女の面目躍如といったところだ。


「なるほど。ラスの勝利数で投票先が分かれているわけか。この条件で三勝できると思われているのだとしたら、なかなか好意的な評価だね」


 フィアールカが感心したように呟いた。


 少し意外な気もするが、文官たちは、ラスを完全に侮っているわけではないらしい。上位龍殺しの実績と、皇帝が直々に筆頭皇宮衛士に任命したことが評価されているのだろう。


 それでも五体の狩竜機シャスールに勝ちきれるとは、さすがに思われていないようだ。


「では、私はここに賭けるよ。手持ちが金貨しかないが、構わないかな?」


 フィアールカはペンを取ると、投票先を書いたメモにサラサラと一行を書き加えた。そして取り出した金貨を一枚、エルミラに託す。


「殿下……?」


 金貨とメモを受け取ったエルミラが、困惑したように眉を寄せた。

 フィアールカはそんな彼女を見上げて、意味深な笑みを浮かべるのだった。


    ■■■■


 狩竜機シャスールは全高九メートル前後の人の形をした兵器だ。


 その外観はしばしば機械人形と揶揄される。兵器としては洗練された女性的なシルエットが、操り人形を連想させるからだ。


 一方で狩竜機シャスールの実際の構造は、むしろ人形よりも本物の人体に近い。


 金属製の骨格の周囲に強靱な繊維状の人工筋肉を張り巡らせ、擬似煉気とも呼ばれる〝帯煉粒子アウロン〟によってその人工筋肉を駆動する。それが狩竜機シャスールの基本設計だ。


 そして狩竜機シャスール煉核機関コアから供給される帯煉粒子アウロンは、搭乗者の煉気に反応する性質を持っている。

 煉気の制御に長けた煉騎士や煉術師が、狩竜機シャスールの搭乗者として採用されているのはそれが理由だ。彼らは煉気を循環させることで、己の肉体同然に狩竜機シャスールの巨体を制御することができるのだ。


「まあ、こんなものか。流石だな、イザイ」


 狩竜機シャスール〝ジェント〟の操縦席で、ラスは満足げに独りごちる。


 機体に流した煉気の手応えはしっかりしている。応答までのタイムラグも許容範囲内。外部感覚器のズレもない。わずかな調律時間しかなかったにもかかわらず、イザイはきっちりとチューニングを固めてくれたらしい。


 深紅の炎に似た帯煉粒子アウロンの輝きが、ラスの機体——ジェント二十三号機の装甲の継ぎ目からうっすらと洩れている。


 その輝きには、ほとんど揺らぎや偏りがない。調律が上手くいっているというだけでなく、ラスの操縦技術がそれだけ高いということだ。


 よどみのない流れるような動きで、ラスの機体が立ち上がる。

 余分なオプション兵装や追加装甲のない、ごく標準的な攻撃アタッカー型の構成だ。


 整備台の隣に並んでいるのは、狩竜機シャスール専用の主力武装。

 大剣、戦棍、戦斧、短槍——

 いずれも狩竜機シャスール同士の模擬戦で頻繁に使用される武器だった。

 数は少ないが、銃杖ライフルや弩砲などの煉術系の装備も用意されている。


 しかしラスはそれらには目もくれず、壁に飾られていた装備に手を伸ばす。


 ラスの機体を見上げていたカナレイカが、驚いたように目を見張った。

 そんな彼女の反応に微苦笑を浮かべつつ、ラスは機体を演習場へと向けた。


    ■■■■


「儀礼剣……だと?」


 演習場に現れたジェント二十三号機を睨んで、クスターは困惑気味に呟いた。


 ラスの機体が装備していたのは、戦棍メイスでも戦槌ハンマーでも火砲でもなく、細身の石剣だったのだ。灰白色の刃の長さは六メートルほど。儀仗として式典で使用される装飾付きの細剣だ。


『なんだ、あれは。やはり我々を舐めているのか……?』


 アートスが唖然としたように低く唸る。


 彼が憤るのも無理はなかった。儀礼剣は武器の形こそしているが、実戦で使い物になる造りではない。見映えだけを重視した華麗な刃は、あまりにも細く脆いのだ。


 もちろん励起状態の石剣には、狩竜機シャスールの装甲を貫く威力がある。


 しかし正面からまともに打ち合えば、同じ石剣同士であっても刃毀れは免れない。ましてや戦棍メイスなどの重い一撃を受け止めきれるはずもない。


『あり得ない。ただでさえ、一機で五機の狩竜機シャスールと戦わなければならないターリオン殿が、わざわざ耐久力のない儀礼剣を選ぶ理由がない……!』


『そう深く考える必要はないさ、リク。武器の破損も負けたときの言い訳になるからね』


 戸惑うリクに、スティーグが笑いながら呼びかけた。


 戦闘中の武器の破損は、装備の選択を誤った煉騎士の責任だ。敗北の言い訳にはならない。だが、負け惜しみの材料には使えるだろう。

 ラス・ターリオンという男が口先だけで世の中を渡ってきたペテン師ならば、それを使って言い逃れるくらいのことはやりそうだ。


『つくづく見下げ果てた男だな! 言い訳する余地もないくらい、完璧に叩き潰してやる!』

「待て、ニーロ!」

『俺は勝手にやらせてもらうと言ったはずだぞ、クスター・ファレル!』


 クスターの制止を振り切って、ニーロの狩竜機シャスール——ジェント六号機が演習場の中央へと飛び出した。

 後続のクスターたちを置き去りに、単騎でラスとぶつかる配置になる。


 六号機の主装備は、全長十メートルにも達する巨大な戦斧——バトルアックスだ。

 取り回しの悪い重量級の武器だが、ニーロはその大斧を自在に操る。武器の耐久力とリーチで劣るラスにとって、極めて相性の悪い対戦相手である。


 狩竜機シャスールの移動速度は、巡航状態でも時速百二十キロメートル以上。戦闘時には時速三百キロメートルを超える。


 演習場の中央に立つラスとニーロの距離は、瞬く間に縮まった。

 両者が激突するまで残り三十秒足らず。クスターたちはそれを見ているしかない。


『行くぞ、極東の種馬ザ・スタリオン——!』


 猛々しい咆吼とともに、ニーロの六号機が緋色の輝きに包まれた。

 機体内に蓄積していた帯煉粒子アウロンを一気に解放し、狩竜機シャスールの加速性能を爆発的に引き上げたのだ。


 狩竜機シャスールの全高は、平均的な人間の五倍から六倍。


 その巨体が、搭乗者と同じ速度で反応する。つまり狩竜機シャスールの移動速度は、単純計算でも常人の五倍を超えるということだ。


 さらにニーロの六号機は、帯煉粒子アウロンの放出によって加速性能を底上げしている。

 その状態で振り下ろされる巨大な戦斧バトルアックスは、瞬間的に音速すら超えて、狩竜機シャスールの機体を容易く両断するだろう。


 儀礼剣装備のラスの機体では、ニーロの攻撃を受け止めることはできない。

 正面からぶつかるのは論外だ。


 よけるとすれば、右か左の二択。しかし当然、ニーロはそれを読んでいる。ラスが逃げれば、そちらに攻撃の軌道を変更するだけだ。


 攻撃範囲の広いニーロの戦斧を、ラスが完全に避けるのは容易ではない。ギリギリまで攻撃を引きつけた上で、更にニーロの予測の裏をかく必要がある。


『右か、左か……どちらに逃げる、ラス・ターリオン……!』


 ニーロが挑発的に問いかけた。最大速度で疾走する彼の狩竜機シャスールが、弾丸のようにラスの機体へと突っこんでいく。しかしラスは動かない。


 そして二体の狩竜機シャスールが激突すると思われた瞬間、ラスの二十三号機がゆらりと揺れた。


『誰が、逃げると言った?』

『なに……⁉︎』


 左右のどちらかに避けると思われていたラスの狩竜機シャスールが、迫り来るニーロの機体に向けて逆に一歩踏み出した。


 帯煉粒子アウロンの放出量が増しているわけでも、地面を蹴って加速したわけでもない。本当にただ一歩前に出ただけだ。


『馬鹿が! 死ぬ気か……⁉︎』


 ラスの行動に意表を突かれても、ニーロが動揺することはなかった。


 無防備に立ち尽くすラスの二十三号機に向かって、突っこんできた勢いのまま巨大な戦斧を振り下ろす。もはやラスには、それを回避する手段はない。


 あまりにも呆気ない幕切れを予感して、クスターたちは言葉を失った。


 だが、真の驚きが待っていたのはそのあとだった。


 二機の狩竜機シャスールが激突した直後、攻撃を仕掛けたはずの六号機が高々と空中に舞ったのだ。


『な……んだとおおおぉ……⁉︎』


 激しく回転する操縦席の中で、ニーロが悲鳴を上げた。

 亜音速で突っこんできた勢いのまま空中に投げ出されてしまっては、銀級騎兵といえどもどうすることもできない。


 美しい放物線を描いて落下した六号機が、背中から地上に落下する。

 轟音とともに大地が揺れ、土煙がもうもうと舞い上がった。


 ニーロはかろうじて受け身を取ったが、それだけだ。


 狩竜機シャスールの腕がちぎれ飛び、足関節が奇妙な方向に曲がる。

 全身の装甲が弾け飛び、断裂した人工筋肉が冷却用の循環液を撒き散らした。


 だが、その程度のダメージで済んだのは、六号機が帯煉粒子アウロンを全力で放出している戦闘状態だったからだ。そうでなければ、落下の衝撃で、機体がバラバラになっていてもおかしくなかった。


「ニーロ……!」


 模擬戦の途中ということも忘れて、クスターは仲間の名前を呼んだ。


 しかしニーロの返事はない。無線から流れ出したのは、激しいノイズと狩竜機シャスールの機体が軋む音だけだ。


『心配するな。生きてるよ。受け身が取れるように手加減したからな』


 ラス・ターリオンの穏やかな声が、クスターたちの通信に割りこんでくる。


「なに……⁉︎」


 ゾッとするような冷たい感覚が、クスターの背筋を這い上った。

 無線越しに聞こえるラスの声が、あまりにも飄々としていたからだ。


 銀級騎兵が操る狩竜機シャスールを撃破した直後とは思えないほどに、彼の声は平静だった。


『残りは四機だ。誰から来る?』


 地面に突き刺さっていたニーロの戦斧を引き抜きながら、ラスが訊く。

 何気ない彼の狩竜機シャスールの動きに、クスターたちは言葉を失った。


 言葉で表すことはできない。だが、明らかになにかが違う。同型の狩竜機シャスールに乗っているはずなのに、ラスの二十三号機だけが、異質な動きをしているのだ。


 それはまるで人間が操る狩竜機シャスールではなく、巨大な化け物と対峙しているような感覚だった。


 理性では、それがただの錯覚だとわかっている。

 しかし煉騎士としての本能が訴えている。ラス・ターリオン。彼は危険だ。クスターたちの常識では計り知れない、化け物だと。


『来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ』


 ラスが無造作に言い放ち、彼の狩竜機シャスールが、ゆらりと緋色の輝きを放った。クスターたちは警戒して思わず身構える。


 次の瞬間、ラスが投げやりに振った戦斧バトルアックスが地面を抉った。

 そして爆発的に飛び散った土煙が、彼の機体を完全に覆い隠したのだった。

電撃文庫『ソード・オブ・スタリオン』キミラノ試し読み

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