第8話:種馬騎士、狩竜機を選ぶ


 第二騎兵師団の演習場があるのは、皇都の郊外。

 皇宮から四十キロ近く離れた土地だった。


 カナレイカが手配した車両に乗って、ラスたちはその演習場へと移動する。


 皇都を取り囲む市壁をくぐると、その先に広がっているのは岩と砂だらけの不毛の土地だ。


 それでも近くを大河の支流が流れ、巨大な湖があるだけでも皇都は恵まれているといえる。


 アルギル皇国の領土における砂漠化した土地の割合は、八割以上。

 残りの多くも高山などの険しい地形であり、人間が住むのに適した土地はほんの一割にも満たないからだ。


 そして砂漠化に苦しんでいるのは、アルギル皇国に限った話ではない。ダナキル大陸にある国家は、どこも同じような問題を抱えている。


 大陸全体でみれば森林地帯の面積が半分以上を占めているのだが、そのほとんどは人類が足を踏み入れることの叶わない魔獣たちの棲息圏。すなわち龍種ドラゴンの縄張りなのだ。


 この大陸の支配者は龍であり、人類は彼らの存在に怯えながら細々と生きる弱者に過ぎない。この乾いた景色を眺めるたびに、ラスはその絶望的な事実を思い出す。


「いったいなにを考えているのですか、ラス?」


 それまで無言で運転を続けていたカナレイカが、不意にラスに問いかけた。ちょうど第二師団の演習場の入り口を示す、立て看板が見えてきたタイミングだ。


「模擬戦を申しこんできたのは、第二師団のほうだろ。俺が責められるのは心外だ」


 ラスは不満顔で抗議する。カナレイカの言葉が刺々しい理由が、今回の模擬戦にあるのは考えるまでもなく明らかだった。

 案の定、彼女は呆れたように眉をひそめながら、横目でラスを睨みつける。


「だとしても、なぜあんな無謀な条件を出したのですか? 五対一で戦うなんて。相手は街のチンピラではなく、中央統合軍セントラルの煉騎士なのですよ?」


「模擬戦に使える予算が六機分と言われたからな。五機まとめてぶっ壊しておけば、当分の間、模擬戦を挑まれるようなことはなくなるだろ。面倒な作業は一度に片付けないとな」


「え? 本当にそんな理由で……?」


 カナレイカが呆れたように目を見張った。


 しかしラスにしてみれば切実な問題だ。何度も中央統合団セントラルの煉騎士に難癖をつけられて、そのたびに模擬戦に駆り出されては鬱陶しくて仕方がない。


 逆にわかりやすい形で実力差を見せつけてやれば、彼らに煩わされることも減るだろう。たとえ彼らが雪辱戦を挑もうとしても、予算がなければ狩竜機シャスールを動かすことはできないからだ。


 ただしラスが模擬戦で負ければ、更にややこしい状況になるのも事実である。それを思えば、カナレイカが不安を抱くのはむしろ当然のことだった。


「そういえば、第二騎兵師団というのはなんなんだ? 俺が中央統合軍セントラルにいたころにはなかった気がするんだが……」


 ラスがふと気になって訊き返す。


 十七歳で士官学校を卒業して、ユウラ紛争後に退役するまでの二年間、ラスもいちおう中央統合軍セントラルに所属していた。


 ただし、ラスがいたのは皇都の主力部隊ではなく、実験的な特殊部隊だ。それもあって中央統合軍セントラルの内部事情には詳しくない。


「第二騎兵師団は、ユウラ紛争の終結後に殿下の発案で編成された新しい組織です。中央統合軍セントラルの兵は優秀ですが、いかんせん実戦経験が不足していましたから」


「なるほど。第二師団は実戦部隊というわけか」


 皇帝の楯と呼ばれる中央統合軍セントラルの騎兵部隊は、その性質上、皇都を離れる機会が多くない。


 交易路の治安維持を担当する四侯領や、国境地帯の防衛を担う三伯領の領軍が頻繁に実戦に駆り出されるのと対照的に、中央統合軍セントラルの兵士たちは、戦場に出た経験が極端に乏しかったのだ。


 その結果、初めての大規模な戦闘となったユウラ紛争で、中央統合軍セントラルは思わぬ苦戦を強いられることとなった。


 不確かな情報。意思決定の混乱。補給の遅滞。そしてなによりも問題になったのは、慣れない実戦で兵士たちが本来の実力を発揮できなかったことだ。


 その反省から創設されたのが、皇都の防衛にこだわらず、各地の戦場に積極的に投入される第二師団ということらしい。

 そうやって経験を積んだ第二師団に鍛えられる形で、第一師団の練度も向上する。

 フィアールカの好きそうな、合理的な改革だ。


「なかでもハンラハン師団長は、豊富な経験と実績を買われて南海方面軍から引き抜かれた歴戦の勇士です。あなたの実力を知らしめるだけなら、彼と一対一で戦うだけで充分でした」


 カナレイカが溜息まじりに呟いた。


 南海方面軍は、皇国南端の南海伯領が誇る国境守備隊だ。

 橙海とうかいに出没する海賊の討伐や他国の国境侵犯に対応するため、特に実戦の機会が多いことで知られている。


 その南海方面軍で実績を上げたというハンラハンが、皇国屈指の実力者であることは間違いない。彼と互角に戦うことができれば、筆頭皇宮衛士ガード・オブ・シルバーとしてのラスの資質に文句をつける者も減るだろう。


 だが、結果的に模擬戦に駆り出されると決まった以上、ラスはその程度で満足するつもりはなかった。

 シャルギアの王女を口説き落とすためには、極東の種馬ザ・スタリオンの悪名を吹き飛ばすほどの圧倒的な戦果が必要なのだ。


「ガード・オブ・シルバーとしての実績を作っておくと、フィアールカとも約束したからな。ただの模擬戦でも、やるなら派手なほうがいい」


「あちらの銀級騎兵を挑発したのも、そのためですか」


 カナレイカが、ラスの言葉を咀嚼するように沈黙した。


「だとしても、やはり無謀です。生身の試合ならともかく、狩竜機シャスール戦ですよ? 機体の消耗や粒子切れにはどう対応するつもりです?」


「そこは乗り手ジョッキーの腕でカバーするさ」


 ラスが無責任な口調で答えた直後 巨大なドーム状の建物が正面に見えてきた。狩竜機シャスールの整備場を兼ねた格納庫だ。


 広々とした格納庫の中には二十機ほどの巨大な人形たちが、片膝を突いた姿で整列している。その周囲を忙しなく行き交っているのは、整備を担当する技官たちだ。


 格納庫の前で車を止めたカナレイカに気づいて、技官の一人が近づいてくる。

 ひょろりと痩せたボサボサの髪の青年だ。


「お待ちしていました、アルアーシュ隊長代理」

「イザイ、今日は世話になります」


 丁寧な物腰の技官に向かって、カナレイカが挨拶した。

 互いの信頼を感じさせる親しげな口調だ。


「ラス、彼はイザイ。調律師です。中央統合軍セントラル狩竜機シャスールはすべて彼が手がけているんです。近衛師団の機体も彼が」


 カナレイカに紹介された青年技官は、少し困ったように頭をかいた。そしてラスに向かって親しげに呼びかける。


「ラス、久しぶりだね。筆頭皇宮衛士になったという噂は本当だったんだ?」

「まあな。そっちも元気そうだ、イザイ」

「お二人は知り合いなのですか?」


 懐かしげに言葉を交わすラスたちに、カナレイカが怪訝な表情で訊いた。


「俺が特駆にいたころの同僚だよ」

「特駆……ですか?」


 ラスの返事に、カナレイカが首を傾げる。

 特駆という名は通称だし、すでに存在しない部隊なのだから、南大陸に留学していた彼女が知らないのも無理はない。

 そしてラスとイザイもあえて説明しようとはしなかった。

 今はそれよりも優先すべき作業があるからだ。


狩竜機シャスールを貸してもらえると聞いたんだが?」


「この格納庫にある狩竜機シャスールは、どれでも好きな機体を使っていいという許可が出てるよ。ラスが自分で選んだ機体なら、あとで整備不良だったなんて言い訳が出来ないだろうから、と師団長が」


 イザイが格納庫の中を見回して言った。


 格納庫内にある約二十機の狩竜機シャスールは、そのほとんどがいつでも動ける状態で待機している。

 ラスに機体を選ばせるのは、わざと調子の悪い機体をラスにあてがうような小細工をする気はないという意思表示なのだろう。


「あんな顔のわりに細かい気配りが出来る人なんだな」

「失礼だよ、ラス」


 感心したように呟くラスを見て、イザイが少し慌てたように首を振った。


 人が好く、やや気が弱いのはラスが知っている昔のイザイのままだ。

 それでいて彼の整備の技術は一流である。中央統合軍セントラル狩竜機シャスールの管理を一任されるのも納得だ。


 狩竜機シャスールの全高は約九メートル。

 その流麗なシルエットは、兵器というよりも高価な美術品のように見える。

 たとえるなら、豪華なドレスと鎧をまとった女性の彫像だ。


 もうひとつの特徴は、機体の肩や背中から突き出した翼や刃のような突起である。


 格納庫内にある狩竜機シャスールはすべて同型機だが、それぞれ突起の数や形状が違う。

 その突起の仕様によって、狩竜機シャスールが得意とする戦術が変わるのだ。


「ジェントか。懐かしい機体だな」


 格納庫の狩竜機シャスールを見上げて、ラスがぼそりと言った。


 ジェントは南大陸から輸入した汎用狩竜機シャスール。アルギル皇国では広く流通しているの大量生産品だ。


 ラスにとっては士官学校時代から何度も乗っている馴染み深い機体である。


「さすがにエリシアの使用許可は出なくてね」


 イザイが苦笑しながら言った。


 エリシアは、ジェントの後継として配備が始まったばかりの新型機だが、騎兵師団すべての機体を入れ替えるには圧倒的に数が足りていない。

 そんな貴重な機体を、模擬戦なんかで壊すわけにはいかない、という判断なのだろう。


「構わないさ。こいつにしよう。イザイ、調整チューニングを頼む」

「いいのかい? ここにあるジェントの中でも、かなり古い機体だけど?」


 イザイが面白そうな表情で確認する。


 ラスが指定したのは、整備場内にある狩竜機シャスールの中でも、もっとも年季の入った機体だった。

 性能が大きく劣るわけではないが、そのぶん旧式であることに利点もない。そんな老朽化した機体をラスがあえて選んだことに、イザイは興味を惹かれたらしい。


「整備は済ませてあるんだろ? だったら問題ない」

「わかった。すぐに準備するから、少し待っててくれ」


 調整用の工具を用意するために、イザイが整備場のロッカーのほうへと走っていく。狩竜機シャスールの性能を十全に発揮するため、ラスの身長や手脚の長さに合わせて、操縦席の位置を微調整するのだ。


「本当にあなたはなにを考えているのか……」


 カナレイカが周囲に聞こえないように小声で話しかけてくる。ラスが、わざわざ老朽化した機体を乗機に選んだことが不満なのだろう。


「本当に信じて大丈夫なのですね、ラス? あなたがここで敗北するようなことがあれば、殿下の計画にも大きな狂いが生じてしまうのですよ?」


「そうか。たしかにそれは困るな」


 ラスが他人事のような無責任な口調で呟いた。

 カナレイカはますます困ったように顔をしかめるのだった。

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