第3話:種馬騎士、皇帝に謁見する


 控えの間でしばらく待たされたあと、カナレイカの案内で、ラスは謁見の間へと移動した。


 厳かな空気に満ちた天井の高い広間には、すでに数人の大臣と護衛の兵士たちが控えている。


 そして壇上には三人の男の姿があった。


 中央の玉座に座っているのはアルギル皇帝——ウラガン・グリーヴァ・アルゲンテアⅢ世だ。


 先帝の死後、分裂気味だった国内の勢力をまとめて、皇家の権威を高めた有能な君主。国民からの人気も高い。

 しかし過去に戦場で負った傷が原因で、彼は身体を病に蝕まれていた。


 ラスが二年ぶりに見た皇帝の姿は、かつてよりも明らかに痩せ衰えている。

 周囲を圧倒する覇気は今も健在だが、彼が人前に姿を現す機会は、以前よりもずいぶん減ったと噂されていた。


 そんな皇帝の傍らに立っているのは、見事な白髪が印象的な長身の老人だった。


 皇国宰相ダブロタ・アルアーシュ。先帝の代から皇宮を支え続けた、皇国の頭脳と呼ばれる人物。すべての官僚たちの頂点に立つ男だ。


 そして最後の一人——ラスをこの場に呼びつけた黒幕は、皇帝の左側に座っていた。


 特徴的な漆黒の仮面マスクで、顔の下半分を隠した青年である。


 皇太子アリオール・レフ・アルゲンテア。

 彼は、謁見の間に現れたラスを見て、蒼玉サファイア色の瞳を満足げに細めた。


 ラスは気づかれないように溜息を洩らし、彼らの前で膝を突く。


 隣にいた宰相が皇帝にラスの名を耳打ちし、それを聞いた皇帝が重々しくうなずいた。


「ヴェレディカ極東伯の子、ラス・ターリオン・ヴェレディカだな?」

「御意」


 皇帝に呼びかけられて、ラスは顔を伏せたまま首肯した。


 大臣や兵士たちが動揺する気配が、背後からかすかに伝わってくる。


 いくら極東伯の息子とはいえ、ラス自身は辺境軍に所属する一介の煉騎士だ。皇帝が直々に呼びかけるなど、普通ならあり得ることではない。


 名誉なことには違いないが、ラスは余計に警戒心を強めた。より大きな厄介事の前兆としか思えなかったからだ。


「二年前のユウラ紛争における、汝の働きは聞いている。上位龍〝キハ・ゼンリ〟を討伐し、皇国軍を勝利に導いたのは汝の功績であると」

「……勿体ないお言葉です」


 反論したい気持ちを圧し殺して、ラスは無難な言葉を返す。


 二年前。パダイン都市連合国家とアルギル皇国の国境紛争。その戦闘の中でラスが上位龍を殺したのは事実だ。だがそれは、皇国軍を勝たせるためではなかった。


 なぜならラスが龍を倒したときには、すべてがもう終わっていたからだ。


 本当の意味で敵軍を殲滅し、皇国軍の勝利を引き寄せたのは龍だった。


 正確には、龍を利用した作戦を立案した人物というべきか。


 敗色濃厚だった皇国軍を救うため、上位龍を戦場におびき寄せ、囮になった味方もろとも敵の本体を襲撃させる。

 そのためには自国の皇女すら、敵軍を引きつける餌として利用する。

 そんな冷酷な作戦を立案し、それを実行した人間がいたのだ。


 それは、ほかならぬ皇女フィアールカ本人である。


 彼女の作戦を知って戦場に駆けつけたラスが見たのは、敵も味方もなく、ただ一方的に蹂躙された無数の狩龍機シャスールの残骸。そしてなおも荒れ狂い、逃げ惑う負傷者たちを襲い続ける巨大な龍の姿だった。


 だからラスは龍を殺した。戦場のどこかにいるフィアールカを救うためだけに。


 だが、遅かった。ラスは間に合わなかったのだ。

 龍が皇女を殺し、その龍をラスが討った。ただ、それだけのこと。

 それが二年前の戦いの真実だ。


「汝の龍殺しの功績、本来ならば国を挙げて賞賛すべきこと。それが叶わなかった状況を心苦しく思う。許せ」

「承知しております、陛下」


 建前だけの皇帝の言葉に、ラスは無意味な相槌を打つ。


 上位龍の討伐は快挙だが、皇国軍の被害は甚大で、皇女の死の衝撃はあまりにも大きかった。


 龍殺しの名誉が称えられることはなく、むしろ皇女を守り切れなかったとして、世間ではラスを咎める声のほうが遥かに大きかった。


 そして誰よりもラス自身が、フィアールカの死に憔悴しょうすいしていた。皇女フィアールカはラスの幼なじみであり、学院時代の友人であり、そして周囲にも認められた婚約者だったからだ。


 結果的にラスは論功行賞を待たずに中央統合軍セントラルを辞め、そのまま行方をくらました。

 だが、それがなくても、ラスの戦功が公に顕彰けんしょうされることはなかっただろう。


 ラスは、それでも構わなかった。

 皇家にとってもフィアールカの死の真相は、蒸し返したい出来事ではないはずだ。


 にもかかわらず、皇帝は今頃になってラスを皇都に呼び寄せ、皇帝自ら功績を認めるような発言を始めた。そのことにラスは困惑した。皇帝の真意がつかめない。


「機を逸した感は否めぬが、汝に報奨を取らす。ラス・ターリオン・ヴェレディカ——皇国に伝わる狩竜兵装シャスール・ダシエ〝ヴィルドジャルタ〟を与える。存分に乗りこなせ」

「ありがたき幸せ」


 ラスは、かすかに安堵しながら深々と頭を垂れる。


 龍を討伐した煉騎士に、皇帝が銘入りの狩竜機シャスール下賜かしするのは、古くからの慣例のようなものだった。

 誇らしくはあるが、利益にはならない。

 人々の妬みを買うようなこともないだろう。

 賜った狩竜機シャスールの維持費を考えると頭が痛いが、下手に出世して面倒な仕事を押しつけられるよりは遥かにマシだ。


 この場に居合わせていた大臣たちも、妥当な決着に胸を撫で下ろしている。

 しかし彼らの表情は、皇帝が続けて口にした言葉によって引きった。


「また、汝には本日をもって銀の護り手ガード・オブ・シルバーの地位を与え、皇太子アリオールの補佐に任命する」

「は……?」


 ラスは思わず声を漏らす。


 不敬と責められても仕方のない行動だったが、ラスの行為を咎める者はいなかった。なぜなら、皇族と宰相を除くその場にいた全員が、驚愕に言葉をなくしていたからだ。


 銀の護り手ガード・オブ・シルバー——すなわち〝筆頭皇宮衛士〟は表向き、軍の指揮権を持たないお飾りの名誉職とされている。


 しかしその肩書きが持つ権限は絶大だ。

 なにしろ筆頭皇宮衛士とは、皇国最強兵士の代名詞でもあるからだ。


 皇宮内の序列においては、宰相と同格。中央統合軍を含めた全方面軍に対する監査の権限を持ち、非常時には皇族の代理人として振る舞うことも許されている。


 通常、筆頭皇宮衛士に任命されるのは、皇宮衛士の師団長か、中央統合軍セントラルの将官クラス。それも経験を積んだ熟練の煉騎士であるはずだった。


 ラスのような皇宮衛士ですらない若造が、いきなりその地位に就くことなど、本来なら決してあり得ないことだ。たとえラスが上位龍殺しの煉騎士であってもだ。


「以後のことはアリオールに一任する。以上だ、ターリオン卿。退出せよ」


 ラスたちが動揺から立ち直るより先に、宰相が謁見の終了を宣言した。

 そのせいで謁見の間にいた大臣たちも、皇帝の真意を問い質す機会を失ってしまう。


 案内役のカナレイカに急き立てられるようにして、ラスは謁見の間を後にする。

 こうしてラスは、なにひとつ状況がわからないまま、皇国最強兵士の肩書きを押しつけらたのだった。

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