序章

 水は火を制する。

 光はやみを除する。

 そうこくとはそういうものだ。

 天と地。きよじつゆうおうへん

 そうきよくが世界の『わく』を形作る──在り方を定める。

 円をえがこうと思えばその中心とがいえんの二点を決めねばならないように。

 全てはその二極の間でうごいている……ただ、それだけのものだ。


「それはばんしようつかさどの性質であり、最も根源的な決まり事です」


 そこにはも無ければ、善も悪も無い。

 そもそもの別も善悪の別も、しよせんは人間が自分の都合で決めただけのものに過ぎない。人の心の在りようが、時と場合で容易たやすく変わってしまうのと同様……それらの別は、ひどくあいまいで不安定だ。

 そこに絶対確実の真理は、無い。


ばんしようは、ただ在るように在るだけです」


 善いから在るのではなく、悪いから無いのでもない。

 認められたから在るのではなく、こばまれたから無いのでもない。


「だから、じゆつたるもの──ず、何よりも最初に、それを理解するところから始めねばならないのですよ」


 世界は人間の事情に合わせてはくれない。

 世界はとてもれいたんで、で、きよ的なものである。

 神官やそうりよといった者達のしんこう、それ自体を否定する必要は無いが……少なくとも何らかのきゆうに在って、ふくろこうじにおいて、自ら道を切り開く努力をあきらめ、『創造主カミの善意』を当てにするような事があってはならない。


いのりは何も、もたらしません」


 その絶望にも似たさとりこそが、じゆつの第一歩であると。

 少なくともエミリア・アルマスは尊敬する師にそう教わった。

 だが──

「……せんせい……」

 ふるえる声でエミリアは師を呼んだ。

 しやりの雨の中、しかし火は全くおとろえる様子を見せない。

 ごうごうほのおは燃えさかり、無数のあまつぶを浴びても消える事無く……むしろ熱せられた水は湯気となり、きりとなって辺りに立ちこめていた。

 目に見える何もかもがあいまいだ。

 数多くの人が傷つきだおれ、あるいはうめさけんでいるにもかかわらず、ほのおきりさえぎられてしようさいらぎ、かすみ、彼等の姿も声もどこか遠い。

 まるで、全てが夢の中の出来事であるかのように。

 ただ──そんな世界で。

「──おや」

 ちようぜんたたずむ一人の青年だけが、エミリアのにはくっきりと映っていた。

「〈ウェポンマスター〉のこうげきを防ぎましたか。〈フェアリー〉に〈水柱アクアハリケーン〉を当てさせてりよくそうさいした?」

 しようかんオウマ・ヴァーンズ。

 すなわち──

「さすがは我が、そしてそのしようかんじゆうです。師として鼻が高い」

 エミリアが師とあおじゆつは、おだやかながおでそう言った。

 彼の口調やこわには、いかりもあざけりもにじんではいない。

 ただただ言葉通りに、であるエミリアの実力を評価している。

 自分のしようかんじゆうが──〈ウェポンマスター〉マクシミリアンが放ったこうげきを、とつにエミリアのしようかんじゆう〈フェアリー〉エルーシャが防いだ事を、心底喜んでいるようにすら見えた。

〈ウェポンマスター〉にこうげきを命じたのは彼自身だというのに。

せんせい……! どうして、どうしてこんな……!?」

 エミリアは悲鳴じみた声でそう問うた。

 ふるえが止まらないのは、雨に打たれ続けているせいか──それとも〈ウェポンマスター〉のこうげきを防ぎきれずに、わきばらを傷つけられ、少なくない血が流れているせいか。

「どうして? ああ。それはもちろん、君がじやをしたからですよ」

 にくいからではなく。きらうからでもなく。

 じやをしたから──ける。

 彼は、ただそれだけの理由で、三年とはいえとして教え導いてきた少女にめい的なこうげきけたのだ。

 あるいは『殺す』という意識すら無かったかもしれない。単にざわりなむしたたつぶす、その程度のにんしきで──

せんせいっ……!」

「──いつしよに来ますか、エミリア?」

 ふと思いついた様子でオウマが問う。まるでどこかに買い物にでも行くか、とでも問うているかのような……何の気負いも無い口調だった。

「…………」

 エミリアは、わきばらを押さえながら後ずさる。

 彼女のしようかんじゆうである〈フェアリー〉エルーシャも、彼女をかばうようにしてい、動いていた。

 さきほどからエルーシャはエミリアに〈浄化の手招きピユリフイケーシヨン〉をほどこして傷をやそうと試みてくれているが、血がなかなか止まらない。〈ウェポンマスター〉のこうげき〈グレイブ・スラッシュ〉は回復がい効果を持っているため、として進まないのだ。

「…………」

 ふと──ほのおきりすきに、動くかげが見えた。

 すでに死体かと思われた中年男性──じゆつ組合の人間が一人、ふるえながらも片手をかかげている。

 雨にれた地面に横たわったまま、くちびるを動かしてじゆもんを唱えているようだった。えいしようちゆう、何度かき込み、血をいたのは……内臓を傷つけられているせいか。

「……おや」

 オウマがじゆつの方をいちべつする。

 次のしゆんかん、オウマのそばで、まるで彼のかげごとたたずんでいた黒いしようかんじゆう〈ウェポンマスター〉の姿が、消えていた。

 いつしゆんにしてそのじゆつの背後に移動した〈ウェポンマスター〉マクシミリアンは、背負ういくつもの武器の中から、たけほどもあるたいけんせんたく──流れるような動きで、それをり下ろした。

 じゆつえいしようが──動きが止まる。

 まるでちようぞうと化したかのように、つかじゆつはそのまま固着していたが……やがて自分が生身の人間だった事を思い出したかのように、手が落ち、そしてどうたいからはなれた首が、れた地面を転がっていった。

 雨にうすめられた血が、れた地面にゆるゆると広がっていく──

「…………!」

 エミリアは悲鳴をころすのでせいいつぱいだった。

 ここでさけべば、さらに生き残りのじゆつ達がけつけてきて……人死にが増える。

 オウマが使えきするしようかんじゆう〈ウェポンマスター〉にはつうの人間ではちできない。たとえじゆつであろうとも、真正面からの戦いにかけてはしようかんしようかんじゆうには勝てない──エミリアが今見た通りに。

「こ、こんな事を……こんな事をして!」

 とは思ったが、言わずにはおれなかった。

 あるいはエミリアはこのおよんでも、だ心のどこかで期待していたのかもしれない──しようであるオウマの中に、人間として当たり前の良識が残っているのではないかと。

 それがどんなに小さなものであっても、自分が拾い上げてさぶれば、オウマはきようこうめてくれるかもしれないと──

「……ユウゴくんはどうするつもりなんですか!? あの子はだ一歳なんですよ? お……お母さんも、もう居ないのに……! お父さんのあなたが、こんな……!」

「…………」

 オウマの表情は変わらない。おだやかな、本当におだやかながおが──がおを模しただけのうつろな仮面が、そこにあるだけだった。

「…………」

 すでに言葉をわす価値すら無いと断じたか──オウマはエミリアに背を向けると、燃え上がるじゆつ組合の建物へとみ込んでいく。

 常人ならば正気を疑う行動だが、ゆうしゆうじゆつであり、それ以上にしようかんであるオウマにとって、火災の現場も、その辺の路地裏も、大して差は無いのだろう。

せんせいっ……」

 エミリアは先のじゆつと同様に、片手を挙げて──しかし次のしゆんかんかたわらの〈フェアリー〉エルーシャとが合い、口から出かかったじゆもんみ込んだ。

「……イイノ?」

 エルーシャが、少し、たどたどしい口調でたずねてくる。

 エミリアは──答えず、ただうなれた。

 自分が死ぬのもこわいが、エルーシャまで巻き込むのもこわい。

 こうげきされれば、今度こそちがいなくそろって死ぬ事になるだろう。

 しようかんじゆうしようかんつながっている。出血でエミリアが弱っている今、エルーシャの〈水柱アクアハリケーン〉も弱化はまぬがれない。〈ウェポンマスター〉のこうげきを再度防ぐのは不可能だ。

せんせい…………」

 エミリアはその場にたおれ、どろねる。

 エルーシャが改めて〈浄化の手招きピユリフイケーシヨン〉をほどこしてくれているのを感じながら、エミリアは……ただただ、えつし、ふるえていた。

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