じつは義妹でした。 ~最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ~

第6話「じつはとんでもない勘違いをしていたと判明しまして……」(2)

 言葉に詰まった。

 いかにジェンダーレスが叫ばれる昨今でも、性別を意識するかしないかでは対象への接し方に差が出てくることはいなめない。

 当たり前は無意識の偏見だという意見もあるが、俺は晶のこの思いに反して、これから無意識のうちに晶を女性として接してしまうだろう。

 端的に言えば、気を使う。気を使わなければならない。

 例えば、一定の距離感を保ったり、いきなりじゃれついたりなどしない、そんな感じで。

「──今まで通りは難しいと思う。その、妹でも、やっぱり女の子だし、意識してしまうと思うから……」

「じゃあ──」

 晶はなぜか少し頰を赤らめ、にこりと笑った。


「──今以上に僕との距離が近くなれば逆に意識しなくなるよね?」


「今以上に……? どういう意味だ?」

「まだちゅうはんだから女の子って思って距離を置いちゃうんじゃない?」

「いや、しかし、それでもなぁ……」

「兄貴、昨日言ってたじゃん──」


『──俺はもっと晶との距離を縮めたいな……』


「──あの言葉、本心じゃなかったの?」

「うぐっ……」

 もはやうめくしかない。

 あの言葉が今になって、これほどの特大ブーメランになって返ってくるとは……。

「……いや、本心だ」

「もっと気を許していいって言ってたけど、あれって弟限定なの?」

「いや、違う」

「だったら妹でも、もっと兄貴に気を許して構わないよね?」

「ま、まあな……」

 ダメだ。これまでの言葉が全て全身に突き刺さる。

 どれだけ特大ブーメランを投げっぱなしにしてきたんだよ、俺……。

「だったら、僕をちゃんと妹として見てよ? 弟みたいに見えるかもしれないけど」

 晶はそう言って悪戯いたずらっぽく笑った。

 その笑顔に、不覚にも、俺は、赤面してしまった。心臓の鼓動が高鳴る。

 これはなんだかまずいんじゃないか?

 妹だと、女の子だと意識すればするほど、晶がどんどんわいく見えてしまう。

 このまま晶と距離を縮めていったら、べつの方向に関係が深まっていく気がしてならない。

 俺のゆうであればいいのだが……。

「兄貴、なんで真っ赤になってるの?」

「べ、べつに……」

「もしかして、僕が女の子だって意識しちゃって、照れてる?」

「照れてない……」

「本心は?」

「もう少し、お手柔らかに、頼むよ……」

 俺がきまりの悪そうな表情を浮かべていると、晶はあはははと笑った。

「ということで、兄貴にはもっと妹に慣れてもらいます!」

「は? 慣れる?」

「兄貴、こっちきて」

 晶はベッドの上をポンポンとたたいて隣に座るように勧めてきた。

 ためらいつつ、俺は椅子から立ち上がった。

 言われるままに晶の左に座ると、ベッドがきしみながら沈む。

 なんだかとても居心地が悪い。なにをするつもりだ?

「晶──」

「えい!」

「うわっ! ちょっ──」

 突然俺は押し倒された。

 晶はそのまま俺の腹の上に馬乗りになる。その衝撃でベッドが激しく軋んだ。

「えへへへー」

「な、なにしてんだよ、晶?」

「兄貴、どう? 照れてる?」

「か、からかうなよ……」

「からかってなんかいないよ? これは訓練だから」

 ベッドの軋む音が一階にいる両親に聞こえていないか心配になった。これは見られたらかなりまずい体勢だ。幸い、階段を上がってくる音は聞こえない。

 恥ずかしくなり顔を壁の方に向けたが、腹の上にかかる重みは無視できない。そうして晶の熱がほんのりと伝わってくると、言いようのない羞恥がどっと押し寄せてきた。

「……晶、なにする気だ?」

「だから訓練だって。こんなことしても照れないように慣らすんだよ?」

「訓練って……」

「よいしょっと──」

 晶はそのままいつも着ているダボっとした上着を脱ぎ始めた。

「なんで脱ぐんだ!?」

「シィ───! そんなに大きな声出したら下の母さんたちにバレちゃうよ?」

 晶の腹が見えた。

 想像していた無駄肉の付いた腹などとは程遠い、白くて細いウエストだった。

 晶は上着を脱ぎ終わると、そっと床に落とし、タンクトップ姿で俺を見下ろしてくる。

 正面から見える、狭い肩幅の間に収まる女性らしい身体からだつきは、晶がまさに女であると証明していた。

 手の平に収まるほどの大きさの胸が視界に入ると、昨日の風呂場での感触が背中によみがえってくる。

 これは、ダメだ。とにかく、ダメだ……。

「っ……、な、なんで脱いだんだよ……」

「なんでって、熱くなったから」

「熱くなったって……」

「昨日はタオル一枚だったし、それに比べたらまだマシでしょ?」

「いや、そういう問題じゃない!」

「前に兄貴だって僕にこうしたじゃん?」

「もしかして初めてエンサム2をしたときの話か?」

 いや、俺はこんな風に強引に押し倒したりなんてしていない。そもそも脱いでない。

「あれは、本当に、不可抗力だったし……」

「でも、兄貴はそのあと意地悪くこう言ったよね──」


『──やっぱりお前って、れいな顔してるよな?』


「──って」

「っ──────!?」

 また思い出して、俺はもんぜつしそうになった。

「思い出した? ──で、兄貴は平気そうな顔でこうしたよね?」

「え……?」

「兄貴、目をつむってよ」

「晶、まさかと思うけど……」

「いいから黙って、早く……──」

 晶は俺のほおに両手を伸ばしてきた。俺は観念し、目を瞑る。そして──


「──むぐぅっ!?」


 ──晶は両手で俺の頰を挟んだ。

 予想通りの仕返しだった。俺があのときしたみたいに、俺の顔は晶の両手で挟まれてサンドイッチ状態になっている。

 俺がそんな変顔になったところを晶はまじまじと見下ろしていた。

「う〜ん……ちょっと思ってたのと違うなぁ……」

 少しがっかりしていた。

 変な顔が変になったところで効果は二倍かと言われればそういうわけではない。

 そういう意味では俺もなんだかちょっと残念だったが、一方でひどく安心していた。

 途中まで、もっと違う、べつのことを想像していたから。

「……はひは、ははひへふへ(晶、離してくれ)」

 晶は俺の顔から手を離すと、静かに俺の上から降りて、ベッドの上に胡座あぐらをかいた。

「どうだった?」

「どうだったとかれても──なんだか複雑な気分だ……」

 起き上がりつつ、俺はそう答えた。

 きつねにつままれた気分というやつか。取り立てて驚くほどのことでもなかった。

 すると晶は、今度は上目遣いで俺を見てきた。

「……あのとき僕、兄貴にキスされるのかと思ったんだ」

「ぐふっ──────!」

 正常に戻りかけていた心拍数が一気に跳ね上がる。

「なんで今それを言う!?」

「だって、状況的にはそうじゃん? 綺麗な顔だな、黙って目を瞑れって。兄貴って、もしかして俺様系だったり?」

「っ───!? た、たしかにそう言ったけど、初めからそういう意図はなかったって!」

 そう、初めから俺にそんな意図はなく、ただいじってやろうとしただけ。

 弟と勘違いしていたからできたわけで──あれ?

 ちょっと待て。

 あのとき晶は俺の行動を予想してなかったはず。

 だったらどうしてあのとき目を瞑った?

 どうしてあのときもっと抵抗しなかった?

 どうして唇を、上に、向けた……。

 まさか──いや、それこそただの勘違いだろう……。

「兄貴。僕って、兄貴からしたら綺麗に見えるかな?」

「うっ……。それは、まあ、俺じゃなくてもそう見えると思う……」

「兄貴はどうなの?」

「だから、その──」

 晶と目が合った。

 さっきのいたずらっぽい表情かと思いきや、潤んだ瞳で俺を見つめ返してくる。

 頰は赤く、それでいてどこか切ないような表情は女の子そのもの。いや、女の子だ。

 こういうのを「主観的輪郭」って言うんだろうか?

 晶を女の子として認識してからはもう女の子にしか見られない。まるで今までだまし絵を見せられてきたような感じで。

 晶は俺の言葉を待っている。ごまかそうにも、晶の真剣な目は俺に真実を語れと言ってくる。

「──い……だ」

「え? 今、なんて言ったの?」

「だから、綺麗だって……」

 晶に背を向けながらそう言うと、晶も満足したのか「そっか」と一言つぶやいた。

「というかお前、俺に言われてもうれしくないとか言ってなかったか……?」

「ううん、嬉しいよ。本当は、あのときも嬉しかったんだよ……」

 これは、ダメだ。本当にダメだ。

 なにか非常にまずい方向に話が進んでいる。

 この雰囲気はさすがに、きょうだいの間にあってはいけない雰囲気じゃ──

「──ってことで、えーい!」

 今度は後ろから抱きつかれた。

「おわっ!? なにしてんだ晶!?」

「兄貴、おんぶして〜!」

「なんで!?」

「だから訓練だって。こうしてくっついてたらすぐに慣れるでしょ?」

「いや、こういうのはもっと段階を踏んでからだなぁ───!」

「段階すっ飛ばしまくった兄貴が今さらなに言ってんのさー?」


 ──この後だいぶ持て余したが、最後は「お昼ご飯ができたわよ」と呼びにきた美由貴さんの声に救われた。

 ただ、険悪な雰囲気になるよりはまだマシだが、状況的にはかなりまずい。

 新たな問題が生まれたことは確か。

 これから俺は晶を妹として接していく。

 その中で、この晶の「訓練」とやらに耐えられるかどうか……。

 特大ブーメランを投げまくっていた俺にその全部が返ってきているこの状況。これが一気に返ってきたら……耐性がつく前に俺の理性は崩壊しかねない。


「あぁあああ──────……」


 その夜、俺はとんかぶってもだえた。

 隣の部屋で晶が寝ていると思うと、俺は今晩もなかなか眠れそうにない……。

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