じつは義妹でした。 ~最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ~

第5話「じつは義弟と風呂に入ることになりまして……」(2)

   * * *


 先に服を脱いだ俺は浴室で晶を待っていた。

 良い意味で、なんだか緊張する。

 もちろん目的は晶との距離を縮めるだけでなく、晶の将来を考えてのこと。

 前に俺の全裸を見て晶が驚いて逃げて行ったことがあったが、これを機に少しでも免疫ができてくれたら嬉しい。

 とりあえず前をタオルで隠し、扉に背を向ける形で風呂椅子に腰掛けた。そして──

「し、しつれーします……」

 浴室の扉が開け放たれ、いよいよ晶が風呂場に入ってきた。

「おう。それじゃあ早速やってくれ!」

「は、はい……。よろしくお願いします……」

 なぜ敬語? とは思ったが、やはり晶も緊張しているのだろう。

 ただ、これが上手くいけば、今後晶と一緒に銭湯に行ったり、たまに家でも背中を流し合ったりすることも可能なのではないかと俺は踏んでいた。

 人間は一度妥協を許すと二度目、三度目が「まあこれくらいだったらいいか」と習慣化する。

 そんなわけで、晶も次回から今日ほど抵抗することもなくなるはずだ。

 そんなことを考えていると、すっと俺の背後に晶がしゃがんだ。

 俺の正面にある鏡は曇っていて後ろの状況はぼんやりとしか見えない。

 ただ、晶がどんな顔をしているのかは容易に想像がつく。

 おそらく羞恥に耐えているのだろう。ここは少し緊張をほぐしておくか。

「そういえば晶、こうして誰かの背中を流す経験って今までにあるのか?」

「小さいとき、お父さんの背中を流したときくらいかな……」

「じゃあやり方は覚えているか?」

「ううん、あんまり覚えてない……」

「まずは先にお湯を湯船からすくって背中にかけてくれ」

「わ、わかった……」

 晶は言われた通りおけで湯船から湯をすくい、俺の背中にちょろちょろとかけていく。

「もっとザパーとかけていいぞ、ザパーって」

「う、うん……」

 晶は俺に言われた通りにした。

 俺の背中に一気に熱いお湯がかかると、

「くぅ〜……気持ちいい〜!」

 心の声がついもれ出てしまった。

「ちょっ! 兄貴、変な声出さないでよっ!」

「いや、だって気持ちいいのは事実だし。──それよりもほら、もっとぶっかけてくれ」

「わ、わかった……」

 そのあと二度、三度と背中から全身にかけてお湯をかけてもらった。

「よし、じゃあ次は背中を洗ってくれ」

「うん……」

 俺が普段使っているボディーソープを晶に手渡す。

 後ろでシュコシュコと洗浄剤を出す音が聞こえ、次にクチュクチュと泡立てる音が聞こえてきた。

 ──いよいよか。

 待ちに待ったお楽しみタイムの始まりだ──

「よーしじゃあ一気に……──うひゃっ!?」

「え? え? え? ど、どうしたの!?」

「ちょっ、なにしてんだ晶っ!」

「え!? 僕なんかしちゃった!?」

「なんでボディーソープのついたんだよ!」

 なんかしちゃったのレベルではない。

 洗浄剤と泡でヌルヌルになった晶の柔らかな手が背中をったとき、思わずぞわっと全身の毛が逆立ってしまった。

「だ、だって僕、いつもは手洗いだし……」

「そ、そっか。それは怒鳴って悪かったな……。俺もたまに手洗いすることもあるが、基本的にこういう場合はボディータオルでゴシゴシとやるもんだぞ?」

「そ、そっか!? そうだよね!? なんか変だなぁーって思ってたんだ!」

 だったら最初からボディータオルを使え、と心の中でツッコんでおいた。

「さすがに手洗いはな〜……。──あ、そこに青いやつがあるだろう? それで洗ってくれ」

「う、うん……」

 晶はボディーソープを泡立てたタオルを俺の背中にあてがった。

「じゃあ、いくよ?」

「よしこい!」

 力の入れ具合だが……絶妙にぬるい。

 まるで背中をでられている感じで、これだとさっきの手の感触とそう変わらない。

「晶、俺の背中はそんなにヤワじゃないぞ?」

「え? もっと力入れていいの!? このタワシみたいに硬いタオル、痛くないの?」

「平気だ。むしろ赤くなるくらい痛いのが丁度いい」

「ほ、本当にいいの?」

「ああ。だからもっと力を入れて一気にいってくれ!」

「わ、わかった……」

 晶は俺の背中の中心、首の下あたりにボディータオルをあてがった。

 晶の腕の力、というよりも体重の一部が俺の背中にかかる。そして──

「ひゃっ!」

「おわっ!」

 どうやら力を入れようとした瞬間手か足が滑ったらしく、俺の背中に晶の体重が乗っかった。

 俺は前のめりに踏ん張ったので、なんとか晶を支えることができたのだが──

「大丈夫か? あき──」


 ──……なんだこの感触は……。


 俺のけんこうこつのあたり、なにか柔らかいものが当たっている。

 その柔らかいなにかは晶の体重ごと俺の背中に押し付けられているせいで広範囲に広がっているが、一方で弾力もあり、元の形に戻ろうとごくわずかな抵抗をみせた。

 次の瞬間、それは俺の背中に触れつつも二つに分離した。

 それら一連の動作を背中で感じとったとき、なんとも言えない情動が俺の中で湧き上がった。

 たまらず俺は身体からだをさらに前かがみに倒した。

 しかし、それがかえって良くなかった。

「きゃあ!」

 俺がさらに前のめりになったせいで、晶の身体がさっきよりも密着する。

 そしてまた俺の背中に柔らかな感触が広がった。

 そのとき、天啓ともいうべきか、圧倒的ひらめきとでもいうべきか……。

 知識、経験、本能、想像、科学、神秘──それらが瞬時に結びつき、その不確かな柔らかさの正体が俺の脳裏で確かなものへと形成されていく。

 そして、今ここに、はっきりと、俺は理解した。


 ──それは、圧倒的に、まごうことなき『おっぱい』だったのである。


 晶が俺から離れ、若干の静寂が流れる。

 天井からしたたった水滴がチャポンと湯船をたたいたとき、俺ははっと我に返った。

「……あの、晶さん? ちょっとよろしいですか……?」

 最初に沈黙を破ったのは俺の方だった。

「な、なに? というか、なんで敬語……?」

 羞恥と混乱。

 どちらが先かはわからないが、俺の頭の先から全身に毒のように広がり、感覚はすでにし、心臓の鼓動は限界に近づいていた。

 俺は一旦冷静になろうと努める。

 その上で、ここで一つ、はっきりさせないといけない問題が浮き彫りになった。

「つかぬ事を訊くようで悪いんですが──」

 問わなければならない。

 しかし問うのはためらわれる。

 いっそこれが夢であってほしい。

 そう願ってはみたが、背中にいまだ残る感触がこれは現実だと物語っていた。

 そうして俺は、恐る恐る口を開いた。


「──晶さんは、弟じゃなくて、妹だったんですか……?」


 口に出した瞬間、晶と出会ってから今日に至るまでの出来事が走馬灯のように流れた。

 あとあと考えれば不思議だったが、どうして俺は晶を弟だと思ったのだろう?

「きょうだい」ができると聞いて、俺はこれを素直に受け入れた。そこから俺の勘違いは始まったのだが、俺はこれを少しも疑わなかった。

 思い起こせば、気づくきっかけはこれまでにいくらでもあった。

 それなのに、俺はそれらをことごとく無視して、ただ自分に都合のいい真実のみに目を向け、すっかり晶が弟だと信じ込んでしまっていたのだ。


『まあほら、お前、鈍感だし』


 突然、おやの言葉が思い起こされた。

 いやいや、鈍感で済まされるレベルじゃないだろ、これ……。

 だが、まだ答えははっきりと出ていない。

 ワンチャン、胸の膨らみがある弟の可能性だってある……はず。

 できれば「違う」と晶から聞きたかったのだが──


「そ、そうだけど、今さら……? だからなんで敬語?」


 ──現実はあまりにも残酷だった。

「……今まで、ほんと、すみませんでした!」

 俺は晶を見ないように身体を流し、脱衣所で身体を拭いて、廊下に出た。

 心臓が今にも飛び出しそうなくらい脈を打っていた。

 やがて晶も浴室から出てきたらしく、扉の向こう側で服を着る音が聞こえてきた。

「兄貴、もしかして、まだそこにいるの?」

「あ、はい……。まだここに、というか、ほんとごめん! じつは俺、ずっと晶のことを弟だと勘違いしてました! すみません!」

 俺は脱衣所の扉越しに、ただひたすら平謝りに謝った。

 弁解の余地もないし、情けないくらいに合わせる顔もない。

 扉を隔てて話すのがやっとだった。

「はぁ〜……。兄貴、まさか僕のこと、ずっと弟だと思ってたんだ……」

「本当に申し訳ない……」

「……もういいって。──僕も、いろいろ勘違いしちゃったし……」

「え? 勘違い?」

「な、なんでもない! とりあえず、今日のことは絶対に秘密だからね!」

「はい……」

 とはいえ、晶はきっとショックを受けていると思う。

 いたたまれなくなり、俺はそのまま一人自室に向かい、まっすぐにとんに入った。

 もう寝よう……。

 だが、これまでの出来事を思い出して、なかなか眠れない。

 明日から、晶にどんな顔で会えばいいのだろう……。

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