じつは義妹でした。 ~最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ~

第5話「じつは義弟と風呂に入ることになりまして……」(1)

 そして事件は、あきらたちと一緒に生活するようになって三週間後に起きた──


 俺と晶はその日も相変わらず二人でダラダラと過ごしていた。

 晶は最近買ったばかりのRPGにハマっているようで、わざわざ攻略本まで買ってきてやり込んでいる。

 ちなみに晶はこまめにセーブして慎重に進めるタイプ。しかもどんどんセーブスロットが増えていくので、ただひたすら一箇所に上書きを続けてきた俺との性格の差を感じる。

 その俺はというと、晶がゲームをする横で積んでおいた漫画やラノベを読みあさっているが、

「兄貴、疲れたからちょっと交代して」

 と、晶が休憩しているあいだ、地味なレベル上げやアイテムドロップ狙いの戦闘だけ任せられている。

 まあ、手伝っているというよりは晶に使われているという感じが強いが、それはそれで悪い気はしない。

「ちょっと二人とも、夏休みの課題は大丈夫なの?」

 さすがにこのダラダラが目に余ったのか、この日初めてさんにたしなめられた。

「俺はスロースターターなんで大丈夫です」

「僕はちょくちょくやってるから大丈夫。無理そうなら兄貴に手伝ってもらうから」

「ちょっと待て、そんなのいつ決まった!?」

「前に言ってたじゃん? 勉強教えてやるとか」

「あ、あれは転入試験のときだろ? さすがに人の課題を手伝う余裕はないぞ!」

 そんな俺たちのやりとりを美由貴さんは苦笑しながら眺めていた。

 そうそう、晶の転入試験は無事に合格し、晴れて二学期から俺と同じゆう学園に通うことになった。一緒に登下校すると晶に言うと、なんだか嬉しそうだった。

 こんな感じで、気づくとすっかり俺も晶も自然体で過ごしていた。

 晶がどう感じているかわからないが、だいぶ互いの距離が縮まった、と俺は思っていた。


 ──そんな矢先に起きた事件である。


   * * *


「じゃあ、私はそろそろお仕事に出かけるから、二人とも、ちゃんと夏休みの課題をやること! ──それじゃああとはよろしくね」

 昼過ぎ、身支度を整えた美由貴さんが依然ダラダラとリビングで遊びふけっていた俺たちに声をかけた。ドラマの撮影が夜にあるらしく、これから仕事に出るらしい。

「わかった〜」

「いってらっしゃい」

 リビングで美由貴さんを見送ったあとくらいに、今度はおやから電話がかかってきた。

りょう、美由貴さんにはさっき連絡したんだが、どうやら今晩も帰れそうにないな』

「そっか。仕事、大変そうだな?」

『まあ、いつものことだ。スポンサーがよこやりを入れてきて監督ブチ切れ。で、背景からやり直しだってよ』

「あはは、大人の世界も大変だな〜」

『というわけで、家のことは頼んだぞ』

「おう、任せとけ。俺と晶できっちりやっとくから」

 電話が切れたあと、晶が「どうしたの?」と聞いてきた。

「親父、また泊まり込みだってさ」

「おじさんも仕事大変なんだ……」

「まあ、楽しそうだからいいけどな」

「母さんもドラマの撮影が深夜まであるから遅くなるみたい」

「働き方改革ってやつはどうなってんだろうな?」

「まあ、母さんもワーカーホリックなところがあるからべつにいいんじゃない?」

「とはいえ、自宅にとり残された俺たちはどうなる?」

 すると晶はふふっと口の端を上げた。

「そんなの、わかりきってるじゃん?」

「だよな? グフフフ……」

 俺たちはそろって下卑た笑いを浮かべた。

「とりま晩飯はピザでも頼むか?」

「いいね〜。あ、僕はトマトソース系だったらなんでもオッケー」

「俺はとにかくチーズがってるやつだな。──よし、じゃあ選ぶか」

 こうして俺たちはこのあともダラダラと過ごす計画を立てた。

 夏休みの課題はどうしたかって?

 そんなものは夏休みの後半に追い込まれて必死にやったほうがより実力がつくというものだ。俺は自分に厳しいタイプなのである。

 よってよいは愛すべき弟と享楽に耽るとしよう。


 ──けれど、家庭で起きる事件というのは大概親の留守中に子供だけでいるときに発生する。

 高校生である俺たちもご多分にもれず。

 というか、俺が一方的にしでかしてしまったんだ……。


   * * *


 夕方、ピザを食べながら、俺たちはゲーム攻略にいそしんでいた。

 ただ、俺はさっきからどうしても気になっていることがあった。

 晶の口の周りにピザのトマトソースがついている。一箇所どころか、けっこう広範囲に広がっていて、大げさに言えばサーカスのピエロ状態になっている。

 本人は気づいていないのか、それとも気にしていないのか、ゲーム画面に集中していてまるで拭こうとしない。

「なあ晶、口の周りにトマトソースがついてるぞ?」

「へ? どこ?」

「どこというか全体的にまんべんなく」

「え? うそ、マジで?」

 晶はティッシュで拭くが、ソースは意外にごわく、拭いたはいいが今度は伸びてしまった。

「ちょっと貸せ──ほら、これで取れた」

 俺がウエットティッシュで拭いてやると、晶は耳まで真っ赤になった顔を慌ててらした。

 高一の割に幼稚園児並みのわいい失態を俺に見られたからだろうか。

「あ、ありがと……」

「まったく、ゲームに集中しすぎだろ?」

 俺は笑ってみせたが、じつは晶の照れた顔を見てなんだかおもゆい気分だった。

 やっぱりこうして見ると晶の顔はとてもれいだ。

 それでいて表情の変化も見ていて楽しい。

 最初は無愛想でいけすかない感じだったが、今では笑ったり、あきれたり、ねたり、怒ったり、そして今みたいに照れたりと、表情のバリエーションも増えてきた。

 い意味で油断してくれている。その油断が兄としてはとてもうれしい。だから──

「……晶、俺はお前と兄弟になれて嬉しいと思ってる」

 つい、その気持ちを口に出してしまった。

「な、なんだよいきなり……」

 晶は引くというより照れてる顔を見せた。

「本心だよ。晶がいなかったら俺は一人でダラダラと過ごすだけの夏休みだったと思う」

 実際、晶と美由貴さんが来てこの家は前よりも明るくなった。

 最近では上手うまく折り合いをつけているというよりも自然体で一緒に過ごせている。

 最初は不安だった新生活も、蓋を開けてみればこんなものだったのかと笑えるくらいに。

「べ、べつに僕じゃなくても誰かと遊んだら良くない? 兄貴ってさ、友達とかいないの? 夏休み、ずっと僕と過ごしてるよね?」

「まあ、いるっちゃいるが、少ないな」

 少ない、とを張ってしまった。友達といえばこうせいくらいしか思いつかない。

 そう考えると、あいつがいなかったら俺は学校で本当にボッチだったのかもしれない。

「兄貴、けっこう友達いそうに見えるけど……」

「買いかぶりすぎだよ。どっちかって言えば、たくさん友達がいるよりも、少ないけど深い関係ができたほうがいい──」

 ──という、ボッチ理論。要するに強がり。

 俺は不特定多数の人と関わるのが苦手だし、特定の少数と関わるほうが楽に感じる。

 そういう意味では、中学から付き合いのある光惺とつるんでいるほうがよほど楽なんだと思う。

 ひなたは……やっぱりちょっと気まずいな。

「晶はどうなんだ? 俺と兄弟になって良かったと思うか?」

「それは……」

 すると晶の表情が少し暗くなった。

 戸惑っているのか、そう思ってくれていないのか。

 どう答えていいのかわからずに言葉を詰まらせていた。

「やっぱり嫌だったか?」

「ううん、そうじゃない……。ただ、兄貴と一緒にいると、ときどき変なんだ……」

「変?」

「こう、胸の中がザワザワするっていうの? なんていったらいいかアレだけど──」

 今度は顔を赤らめた。

「──あ、でも、兄貴と一緒にいるのはすごく楽しいよ!」

「なら良かった」

 少なくとも、俺と一緒にいてそう感じてくれているのなら嬉しい。

「ただまあ欲を言うと──」

 まだまだ本心をさらけ出せるくらいには俺たちの距離は縮まっていない気がする。

「──俺はもっと晶との距離を縮めたいな……」

 互いに親の離婚を経験した者同士、その辺りの話ができるくらいに。

「え!? それってどういう意味!?」

「だからもっと気を許せってこと。頼りないかもしれないけど、いちおうお前の兄貴だからな」

「あ、兄貴だから、ね? あはははー……」

 また一つ打ち解けたところで、俺はようやく踏ん切りがついた。

「よし! じゃあ晶、一緒にに行くか!」

 晶と距離を縮める方法はこれしかないと踏んで、俺は晶に前々からやろうと決めていたことを提案してみた。

「え? ……えぇえええ──────!?」

 晶は急に真っ赤になって叫んだ。

「なに驚いてんだよ? 兄弟同士で背中を流し合うっていうの、前から一度してみたかったんだ。裸の付き合いってやつ?」

「は、ははははは、裸の付き合い!?」

「照れんなって。ただ背中を流すだけだ」

「だ、だけって、ほ、本気なの!?」

「ああ。嫌か?」

「嫌とかじゃなくてそんなのダメだよ! お互いの裸を見ちゃうんだよ!? 気を許すどころの話じゃないよそれっ!?」

「俺は気にしないが?」

「僕は気にするの───!」

 よほど自分の体形に自信がないようだが、それは俺も同じ。この夏休みのダラダラ生活でちょっと身体からだが重くなった気がする。

「恥ずかしいならタオルを巻けばいいし、お互いに背中を見せるだけだから大丈夫だろ?」

「ほ、本当に、背中を流すだけ!?」

「それ以外になにがある? ──あ、髪は自分で洗うから大丈夫だぞ?」

「そ、そういう問題じゃなく! そのー……」

「やっぱ嫌か?」

「さすがに高校生になってそれは……。そもそもだし……」

だからこそだろ? 俺はたまにおやと銭湯に行って背中を流したりしてるぞ?」

「それは、だから、親だから、おじさんだからで……」

「それだそれ。晶、小学校とか中学校のときの修学旅行、風呂はどうした?」

「ど、どうしたってどういう意味?」

「みんなと大浴場に入ったのか?」

「ううん……。ホテルの部屋でお湯を張って順番に……」

「温泉とかサウナは行ったことはあるか?」

「ないけど……」

 やっぱりか。

 晶はそもそも他人の裸を見慣れていないのだろう。

 晶と距離を縮めることも大事だが、俺はそっちのほうが心配になった。

「これから家族旅行で温泉に行ったり、高校の修学旅行だってある。常に個室で風呂に入れるわけじゃない。誰かと風呂に入る経験をどこかでしておかないと、将来困ることになるかもしれないぞ?」

「そ、それは、そうかもだけど……。な、なんで兄貴と……」

「俺は兄として晶の将来を思うと心配なんだ。だから、余計なお世話かもしれないけど、晶のためにひと肌脱ごうと思ってな」

「で、でも、それはさすがに無理! おじさんとか母さんにバレたら……」

「どうして親父たちの話が出てくるんだ? 大丈夫だろ、これくらい」

「これくらいで済まされちゃうレベルなのっ!?」

 でもまあ、あの二人にバレたところでどんな反応をするかは予想がつく。

「たぶん親父も美由貴さんも、随分仲良くなったなぁくらいにしか思わないだろ?」

「いやいやいやいや、それどころの話じゃないってばー……。二人にバレたらさすがにまずいって……」

 随分とそこにこだわりを持つんだな?

 いやしかし、バレたらまずいってことは、バレなかったら問題ないってことだろう。

「そこはの秘密ってことでバレないようにしよう。まあ、今日は親父も帰ってこないし、美由貴さんも夜遅いから大丈夫だ」

の秘密……」

「ああ。どうしても親父たちに秘密にしたいんだったら」

 晶はしきりに左肘を右手でさすり、顔を真っ赤に染めて、やがて上目遣いで俺を見た。

「兄貴……。僕のこと、好き……?」

「え、ああ……。もちろん晶のことは好きだぞ」

 なんだか変な気分になりながらも、俺はそう返した。

 もちろん「家族として」だから深い意味はないが、晶にとっては大事なことなのかもしれない。

「もしバレたら……責任取ってくれる?」

「もちろん。なにかあれば責任は取るつもりだ」

「………………」

 多少強引な誘い方だったかもしれない。

 ただまあ、無理は通せないからここで晶が嫌だと言ったら諦めるつもりだったのだが──


「──じゃあ、せ、背中を流すくらいなら……」


 晶は照れつつも承諾してくれた──いや、承諾してしまったんだ。

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