じつは義妹でした。 ~最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ~

第4話「じつは義母にお使いを頼まれまして……」(1)

 晶の転入試験も無事に終わって八月に入った。

 いよいよ晶も本格的に夏休みが始まったと見えて、家でダラダラと過ごす日が続いている。

 嬉しい変化がいくつかあった。

 まず一つ目。

 晶が俺の部屋に来て漫画を借りていくようになったこと。

 俺も晶から漫画を借りることもあるが、漫画の趣味が一緒で嬉しい。

 そして二つ目。

 晶はちょくちょくリビングにやってきては俺と一緒にゲームをするようになったこと。

「晶、エンサム2もうやめないか? というか封印しないか? 永遠に……」

「え〜? 僕の連勝記録が永遠にストップしちゃうじゃん?」

「それ、俺の連敗記録が永遠に更新されていくだけだから。俺の悲しみが永遠に増えていくだけだから……」

 晶は基本負けず嫌いで食い下がるが、俺は負けっぱなしでも食い下がろうとしない。

 というか、晶が上手すぎて勝つことを諦めた。

 なかざわことを使わせたらこいつには一生かなわない自信まである。

 歴史を振り返ってみても、勝てない勝負は初めからしないのが兵法の基本。かの有名な剣豪みやもとさしは生涯勝てる相手としか勝負しなかったから無敗だったと言うし……。

 けれど、兄としては負けるとわかっていても弟の相手はしなければならない。

 社会に出たとき、接待で相手を気分良くさせる練習だと思えば、これしきのこと──

「──って、またお前、ちょっ──その『めくり』からつなげる空中コンボ、きょうだって!」

「正攻法だって。むしろノーガードなのが悪い」

 俺のよしのぶがさっきから空中で永久コンボを受け続けているのだが──あ、死んだ。

「『──自分より弱い者のところには嫁には行かぬ。欲しくば、打ち負かせ』」

 中沢琴のセリフにかぶせて晶がビシッと俺を指差してくる。単純に腹が立つ。

「畜生! 次こそ絶対に嫁にしてやる!」

「それプロポーズのつもり? 僕は兄貴のところに嫁ぐなんてやだよ〜だ」

「誰がお前なんて嫁にもらうか! ゲームの話だ!」

「うっ……」

 なんでそんな面白くなさそうな顔をする? そもそもお前は男だろうが。

「こうなったら絶対に慶喜の裏エンディング『大奥ハーレム』にぶち込んでやる! こっちは将軍様だぞ! めんなっ!」

「サイテー。──はいハマった〜」

「ふぐっ……!?」

 こいつ、鬼か?

 ただまあ、こんな相手にとって不足しかない俺に対し、晶は文句も言わず一緒にゲームをしてくれる。最近は誘われることが多いので嬉しい。

 ところで、やるゲームがことごとく対戦ゲームに偏っているのはなんでだろう?

 ゲームを通して俺をボコりたかったわけじゃないよなぁと、ちょっとだけ不安になる。

 一方で、共同プレーでステージを攻略していくタイプのゲームは、晶の協力もあってサクサク進んでいく。

 こんなふうに、ちゅうはんにプレーしていたゲームソフトたちが今になって生きるとは思いもよらなかった。……とりあえず、開発者の方々、今まですみませんでした。

 こうして俺たちがゲームをしているところをおやさんも特に注意はしなかった。

 兄弟仲良くゲームしているところに水を差すつもりはないらしい。

 ただ、その日はちょっとだけ事情が違っていた。


   * * *


 いつものように俺と晶がゲームに興じていると、美由貴さんが遠慮がちに声をかけてきた。

「晶、ごめんね。ちょっとお使いに行ってきて欲しいんだけど……」

 そう言った美由貴さんの笑顔に余裕がないように見えたのは、ここ最近仕事が忙しくて疲れがまっているからだ。

 親父に関していうと現場の作業が滞っているらしく、泊まり込みで作業する日が増えていた。それについては慣れているから別段どうってことはない。

 ただ、フリーのメイクアップアーティストである美由貴さんは、親父と同じか、それ以上に仕事が忙しいと最近知ったばかり。じつは、美由貴さんはおっとりしているように見えて、かなりストイックに仕事をこなしている。

 映画だけではなくドラマのメイクを担当することもあり、八月のスケジュールはパンパンに詰まっているそうだ。

 美由貴さんはそれでも家事の手を抜こうとしないから、俺としては少し心配だった。

 ところが晶は「え〜……面倒臭い」と平然と言い放ち、フローリングの上にだらしなく転がった。

 こうせいもそうだが、基本顔のいやつらはみんな面倒臭がりなのだろうか?

「お願い晶、ママのことちょっとだけ寝かせて……」

 笑顔に余裕がない。メイクで隠してはいるが、目の下にはすっかりクマができ上がっている。

「でも僕、この辺りの地理に詳しくないし……」

 なるほど、と俺は妙に納得した。

 晶はさっき、「面倒臭い」と言ったが、それは本心ではないのだろう。

 初めて経験することに対しての自信のなさ。

 それは光惺も一緒で、あいつもしばしば経験のないことについて「めんどい」とつぶやいていた。いや、あいつの場合は本当にめんどいだけなのかもしれないが……。

 そういえば晶は俺と初めて会った日も道に迷っていた。お使いを頼まれても一人で行くことに自信がないのだろう。だったら──

「美由貴さん、俺が行ってきますよ」

りょうくん、いいの?」

「ええ、もちろんです。というか、俺にも遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとう涼太くん。それじゃあお願いするわね」

「それと晶、町を案内するから一緒に行かないか?」

「え? 僕も?」

「この町に住むんだから、周辺になにがあるか知っておいたほうがいいだろ?」

「それは、たしかに……」

「前にスーパーとかドラッグストアに寄ってからうちに来たんだろ? 他にも知っておくと便利な店もあるし、どうだ?」

「……わかった。じゃあ、一緒に行く」

 ちらりと美由貴さんを見ると目が合った。

 満足したようにニコニコと笑って俺に向かってうなずいた。

「じゃあ買ってきてほしいものをメモするからちょっと待ってて──」


   * * *


 美由貴さんが買い出しのリストを作っている間に、俺と晶は外出する準備を始めた。

 そういえば、まだ一度も晶と出かけたことはない。

 だからかもしれないが、俺は少し楽しみだった。俺と出かけることに抵抗がないのであれば、そのうち一緒にゲーセンや本屋に行ってみたいと思う。

「しっかし、なに着て行こう?」

 クローゼットにはいちおうきの服はある。

 けれど、ほとんどは親父が現場からもらってきたものばかり。よく知らない俳優さんが着ていて現場で貰ったというシャツは個性的すぎて着て出歩くのにはちょっと勇気がいる。

 俺は個性派ではないし、挑戦的なファッションを着こなせるほどオシャレさんでもない。

 それに、べつに女の子とデートに行くわけではない。ただ弟と買い出しに出かけるだけだ。

 シンプル・イズ・ベスト。もとい、目立たない服装が一番。

「しゃーない。いつものでいっか……」

 けっきょく俺はいつも通りのシンプルなシャツとパンツを選んだ。

 着替え終わって部屋から出た俺は、ちょうど部屋から出てきたばかりの晶と出くわした。

「準備できたか?」

「うん」

 見ればいつも通りのダボっとした感じの服。上は夏だというのに肌を見せないパーカーで、下は割とタイトなジーンズ。初めて晶と出会ったときの服だ。

「その格好でいいのか?」

 ファッションについて人のことは言えないが、いちおう聞いてみる。

「この格好、慣れてるし……」

「暑くないのか?」

「べつに……」

「あそう。でもお前、もっとファッションに興味持ったほうがいいぞ? せっかくモテそうな顔してるんだからさ?」

「べ、べつにモテなくていいし!」

 半分冗談で言ったつもりなのに、赤くなってムキになる晶はなんだかわいい。

「そうか? もったいない気もするけどな?」

 俺の場合なにを着てもモテそうにないからな、なんて皮肉は口に出さない。

 なんだか晶に負けたようで悔しいから。

「じゃあ行くか」

「うん」

 一階に下りた俺たちは、美由貴さんから買い出しのメモとお金、大きめのエコバッグを二つ受け取った。

 買うものはけっこう多かったが、リストを見る限り一箇所のスーパーで済みそうだ。

 今日は晶もいるから二人で荷物を持てるのもありがたい。

 玄関を出たところで俺が待っていると、スニーカーを履いた晶が遅れて出てきた。

 だが、そこでいきなり晶が段差でつまずいた。

「きゃっ!」

「おっと!」

 慌てて晶を受け止める。

「大丈夫か?」

「う、うん、平気……」

 晶はそう言ったが、俺のほうは平気ではない。思わず笑いそうになるのを堪える。

「あ、晶……今、きゃっ! って言わなかったか……?」

 思わず声に出してしまったんだろう。「きゃっ!」は女子が叫ぶときの声だろうに。

「思わず言っちゃっただけだし! てか笑うなよー!」

「しかもお前、けっこう無駄肉ついてるんだな?」

 晶を抱きとめたとき、なんだか柔らかい感触がした。

 なるほど、だからいつもダボっとした服を着ているのか、と妙に納得した。

「う、うるさいなー! てか、どこ触ってんのさ!」

 また晶を怒らせてしまった。

 まあ、たしかに体形をいじったのは良くない。晶も年頃なのだろうから。

関連書籍

  • じつは義妹でした。 最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ

    じつは義妹でした。 最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ

    白井ムク/千種みのり

  • じつは義妹でした。 最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ 2

    じつは義妹でした。 最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ 2

    白井ムク/千種みのり

  • じつは義妹でした。 最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ 4

    じつは義妹でした。 最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ 4

    白井ムク/千種みのり

Close