第3話 だましてるみたいだぞ!?

 ──半年前。四月のちゆうじゆん

 空き教室で行われた、その年初の図書委員会合で。

「──はじめまして」

 水曜担当に任命された俺は、同じ曜日になった一年生女子のとなりこしけた。

「君が……さんだよね?」

 となりの女子──さんは。

 読んでいた文庫本に目を落としたままそっけなく答える。

「はい、そうです」

 ふんふん。どうやら、あんまりあいのいいタイプではないっぽいな。

 さりげなく、その姿をながめた。

 短めに切られたかみ。きゅっと閉じたくちびる

 読んでいる本は純文学みたいだし、なんとなく内向きな性格の予感がするかも。

 いかにも図書室にいそうなタイプ。文学少女ってやつかもしれない。

 けど……よく見ると、それだけじゃないふんだ。

 制服の下にはフーディを着込んでいるし、かみがたもシンプルながらなんとなくおしや

 目元や口元にはうすくメイクしてるみたいだし……顔立ちだって、かなり整っている。

「同じ水曜担当になった、二年生の長谷川はせがわそういちです。よろしくね」

「……さき、一年生です。よろしくお願いします」

 相変わらず、こちらを見ることもないままのさん。

 ……ああ、もしかしてきんちようしてるのもあるのか?

 まだ入学から日もってないし、相手は年上の男子だしなあ……。

 そして……そのときふいに実感がいた。

 俺は──この子の『せんぱい』なんだと。

 去年までは一年生で、周りを見れば年上ばかりだったけれど……。現在俺は二年生。つまりこのさんに色々教えたりフォローしたりする立場なわけだ。

 困ったり不安に思うところがあれば、助けてあげなくちゃいけない──。

 ……なんか、なぞの使命感がいてきたぞ!

 よし、そうなれば、まずはもう少しリラックスしてもらうところからだ。

 そんなに大変な仕事でもないし、せっかくだから気楽にやってもらいたい!

「俺、去年も図書委員やってて、作業は一通り知ってるからさ。わかんないことあったら聞いてよ」

「ええ、ありがとうございます」

 もう一度うなずき、さんは手に持った文庫本のページをめくる。

「……本、好きなんだね」

「……そうですね」

「助かるよー、そういう人が来てくれるの」

 一気に心強い気分になって、俺はそう続けた。

「俺、小説のこと全然くわしくないからさあ……」

 ──なぜだろう、なんだかうまくいく予感がした。

 俺とこの子は、きっと図書委員同士としていいコンビになれる。

 こんきよも理由もなにもない、ただの直感。

 むしろ──現実にはさんはそっけないままだ。

 まだ一度も俺の方を見ていないし、口調だって固い。

 俺に心を許していないのはあきらかだろう。

 けど、なぜか確信があった。この一年は、きっと楽しいものになる──。

 と──さんが顔を上げ、こっちを見る。

 切れ長の目が、まっすぐ俺の顔に向く。

 読んでいた本の雰囲気そのままの、深みをたたえたとうめいひとみ

 ──そこから、彼女がなにを言ったかだとか、どんな話をしたのかはよく覚えていない。

 適当な雑談をした気もするし、仕事のことを話した気もする。ほとんど話をしなかったような気もする。

 けれど、俺はそのときの表情を。

 まっすぐ俺に向けられた顔を、今でもはっきり覚えていた──。


 ──それが、そっけなくてあいの悪いこうはいさきと。

 適当でへいぼんせんぱい長谷川はせがわそういちの、不思議なコンビ誕生のしゆんかんだった。


       *


「──あれから、もう半年か……」

 水曜日。日付の変わる少し前。

 自室でてろてろギターをきながら、俺はに出会った日のことを思い出していた。

 図書室での会話と、そのときのの表情。

 ……確かに、なんか予感はあったんだ。

 この子とは特別な仲になれそうな、不思議な予感。

 実際は、あの日以降もしばらくは俺のことをけいかいしていた。

 ほとんど顔を見られることもなかったし、向こうから声をかけてくることもなかった。

 それでも、予感は俺の中で消えなかったし、結果としてこうして仲良くなったわけだ。

 とはいえ、

「まさか、こんな風になるとは思わなかったな。あいつの配信、ぐうぜん見つけて……しかも、その中で俺のこと……うおお……」

 予想外だ。それは完全に予想外だ。

 俺はただ、れんあいうんぬんじゃなくていい図書委員コンビになれるんじゃないかと……。

 おたがいの苦手分野をフォローし合ったり、楽しく話したりできるようになるんじゃないかと思っただけで……。

 ……これ俺、どうすればいいんだろうな?

「……はぁ」

 思わず、ため息もれてしまう。

 このじようきようで、どういう身のかたするのが正解なんだろう……。

 考えるうちに、時刻は午前〇時に近づく。

「そろそろ始まる時間だ。もうわくできてるかな……」

 ギターを置きスマホをタップし、俺はの配信を探し始める。

 と、同時に部屋のドアがノックされ、

「──お兄、送ってくれたワンコーラスいたよー。入っていいー?」

「……おう、いいよ」

 答え切る前に、とびらが開きがやってくる。

「やーよかったよ。今までで一番好きかも」

 どうやら、本当に今ファイルをいてくれたところだったらしい。

 テンションが上がっているのか、はなんだか歌うような口調だ。

「で、仮歌るのは土日でいい?」

「そうしよう。歌詞はいつも通り、が好きに書いてくれていいよ」

「りょうかーい」

 と、彼女は俺のスマホにちらりと目をやり、

「……って、お兄今週も例の配信くの?」

「ああ、うん。なんか気になるし……」

 なんとなく、画面をかくしながらもごもごとに答えた。

ぬすきみたいで、申し訳ないけど……」

 ……本当は、そういうのはよくないのかもしれない。

 本人も、かれたくないだろうし、こっちだっていたところでどうにもできないし。

 でも、やっぱり気になる。気になってしまう。

 そのゆうわくに逆らえるほど、俺は意志が強くはなかった。

 ただ、が気になったのは他のポイントだったようで、

「ふうん、気になるねえ……」

 と、意味ありげなみでこちらをのぞむ。

「なんだよ」

「今回の曲、なーんか今までよりロマンチックだなーと思ったけど……。なるほど、そういうことかあ……」

「……べ、別にそうじゃねえよ!」

 思わぬ誤解に、大声が出た。

 こいつ……なにかんちがいしてるんだよ! 別にそこ、全然つながってねえよ!

 けれど、は反省する様子を一ミリも見せず、

「ふふふ、お兄も思春期ってことだね……」

 うれしげに口元に手を当て、そそそそ、と部屋を出て行く。

「じゃ、そんだけだから! おやすみー!」

 バタンと閉じられるとびら

 消化不良のまま、部屋に一人取り残された俺……。

「……なんなんだよ、あいつ。別にそんな、曲には関係ねえのに」

 なんでそんな、すべてをれんあいに結びつけたがるんだよ。女子中学生かよ……(正解)。

 しかも、こういうときだけあし早いんだよなあ……。

 明日顔合わせたら、そういうことじゃないってみっちり説明してやらねえと……。

 ──なんて、そんなことを考えているうちに、

「……あ、やべ、配信始まってる!」

 気付けば時計は十二時を回っていた。

 あわててスマホをタッチし、サキの放送のサムネをクリックする。

 少し読み込みの間を置いて、スピーカーから彼女の声が流れ出す。

『──ということで、一通目のメールいってみましょう。ラジオネームこいするウナギちゃんさんから。ウナギちゃん……はままつの方ですかね』

「よかった、まだメール一本目だ……」

 オープニングトークはのがしてしまったけれど、まあしゃあない。

 大事なことは後半で話すだろうし、適当にギターでもきながら続きを聞こう。

『「こんばんはサキさん」。こんばんは。「わたしはこんなラジオネームなのですが、これまでほとんどこいをしたことがありません。いいなと思う人はいるのですが、れんあいかんじようとまではいかないんです」』

 あー、その気持ちはわかる。なんかそこって、ハードル一個あるよな。

 いいなと思っても、好きだとかこいだとかまでいくのに、一個デカいハードルがあるというか。はっきりそう確信するのが、めちゃくちゃ難しいというか。

『「どうすれば、人を好きになることができるのでしょうか。サキさんは、どんなきっかけで今のお相手を好きになりましたか?」とのことなんですが……』

「おお! ちょうど気になってたことだ」

 そう、先週の放送のときからずっとひっかかっているのだ。

 あんな風に出会って、しかもその後、は今に至るまでずっとつんつんしたままだ。

 なのにいつの間に、俺を好きになんてなったのか。そこになにか、きっかけみたいなことはあったのか……。

 ナイスアシストだウナギちゃん!

 さっきから俺ら、なんか気が合う感じじゃね?

『あのですね、わたしが彼にこいをしたのは……うん、すごく印象的なことがあったからなんです。今でも忘れられない、ちょっと特別なことが……』

「え、特別? なんかあったっけ……?」

『あれは、初めて彼に会って、二週間後とかかな? いつもみたいに、図書委員として図書室に集まったときのことでした……』

 ──そして彼女は。

 サキは、当時の出来事をしようさいに説明し始める──。


       *


 ──それは、五月じようじゆんの水曜日。

 いつものように、サキが図書委員として図書室にとうちやく

 受付カウンターで、業務開始の準備をしているときのことだった。

「……あ、せ、せんぱい……おつかさまですっ!」

 図書室のとびらが開く音。

 顔を上げると──案の定。入り口には、同じ水曜担当の「彼」が立っている。

 無造作にセットされたかみをなびかせ、おだやかなみをかべているせんぱい

 彼はゆっくりとカウンターに向かいながら、やさしくうなずいた。

「うん、おつかれ、……」

「今日も、よろしくお願いします。ごめいわくおかけしないように、がんばりますっ……!」

 立ち上がり、何度も頭を下げるサキ。

 そんな必死の表情がおもしろかったのか、彼はあはは、とかろやかに笑い、

「いいんだよ。まあリラックスしていこうぜ」

 慣れた手つきで、業務の準備を始める──。


       *


『──わたしまだ、委員の仕事に自信もなかったし、せんぱいともそんなに打ち解けてなくて。結構、きんちようしてたんですね……』

「いや、なんか美化されてないか!?」

 ──さけんでしまった。

 思わず、スマホに向かってさけんでしまった。

「俺、ちょっとイケメン風じゃね!? みようにしおらしいし……お前、当時からつんつんしてただろ!」

 ……確かに、事実としてそういうことはあったんだろう。

 きんちように、リラックスしようぜ、みたいなことを言ったことは。

 でも……なんか、おくが美化されてね!? もっと多分、そっけない雑な会話だっただろ、実際は!

『──それでね』

 そんな俺をよそに、サキは話を続ける。

『そのころわたし、読んでた本があって。海外文学の、歴史的な名作なんですけど……』


       *


「……、いつもその本読んでるよな?」

 カウンター内に並んでの、図書室業務中。

 利用者の波がれたところで、彼がサキに小さくそうたずねた。

おもしろいの?」

「……ああ、これですかっ!?」

 ぎくりとして、サキはたずかえす。

 しまった、ページに意識をきすぎて、おかしな返事になってしまった……。

 一度深呼吸して、気持ちを落ち着けてからサキは答える。

「そう、ですね。……おもしろい、ですよ……」

 さらに、

「……へー、じゃあ僕も読んでみようかな」

せんぱいもっ!?」

 またもや、大きな声が出てしまった。

 あわてて口元に手を当てるけれど、もうおそい。

 彼はいぶかしげな顔をしてから、

「……なんかまずかった? 読まない方がいい?」

「……いえ、そんなことは、ないんですが……」

 そう、別に問題はない。読んでくれても、いいんだけど……。

 どうしても、サキはあることに躊躇ためらいを覚えてしまう。

 けれど、それをうまく説明することができなくて……結局彼女は、彼に本を貸す約束をしたのだった。


       *


『──そんな流れで、せんぱいも読んでくれることになったんです』

 背もたれに背を預け、俺は一人うんうんとうなずいた。

 ……うん、確かにそういうこともあったな。

 がいつも読んでる本を、俺も貸してもらったことが……。

 まあ、相変わらず流れ以外はだいぶ演出が入ってたけど。

 俺のセリフはもっと適当だったし、にそんなかわいげはなかったと思うけど……。

 どんだけ夢中なんだよって、当時はおどろいたなー。むしろ、そこまでおもしろいのかって気になったから、読んでみようと思ったんだ。

 ただ、そんな風に当時を思い返していると、

『でも、実はね……』

 サキはなぜか、ひどく言いにくそうに前置きし、

『わたし……その本全然楽しめてなくて。むしろ、結構苦手に思ってたんです……』

「……そうだったの!?」

 ──思わず、から立ち上がった。

 楽しめない? 結構苦手!?

 いや、全然そんな風には見えなかったぞ!?

『ただ、名作だから読まなきゃって思ってただけで。実際はかなり苦戦してて。なんだろう、わからなくちゃいけない気がしてたんです。これを理解できなきゃダメだ。センスがないってことになっちゃう、みたいな……』

「ああ……その気持ちはわかるな……」

 ようやくなつとくがいって、俺は改めてこしけた。

「俺も、無理に名曲を好きになろうとすることあるし……」

 実は、だれにでもある感覚なんじゃないだろうか。

 そういう、びでわからない作品を「い」って言っちゃうことは。

 そっか……も、そういうり、しちゃうことがあるんだな。

 そういうのとは、えんのタイプなのかと思ってた。ただただ心のおもむくまま、好きな本を読んでいるのだとばかり……。

『だからね、せんぱいがそれを読むことになったときも、罪悪感があったんです。自分が楽しめていないものを、すすめちゃったって』

 罪の告白でもするように、サキは続ける。

『しかも彼、多分がんばって読んでくれちゃうだろうし、無理にほめたりするかもって思ったんです。やさしい人ですからね、本当に……』

「そうだったんだ。全然、気付いてなかったな」

 深く息をき、もう一度背もたれに体重を預けた。

「てっきり、は本当に気に入ってるんだって……」

『それで、その次の週……』


       *


「──読んでみたよ、のおすすめの本」

 彼がそう切り出したのは──本を貸した翌週。

 図書委員業務を終えたあとの、片付けのちゆうだった。

 ……早い!

 もう読み終わったの……!?

「そうですか……」

 うなずいてから……サキはきんちように、彼にたずねてみる。

「……どう、でした?」

 ──気まずくなるかくはできていた。

 きっと、彼がこれからしぼしてくれること

 その中に、自分は「無理をしている気配」を見いだしてしまう。

 申し訳なかったし、心苦しかった。

 こんなことなら、あのときなおに「この本、あまり好きじゃないです」と言えばよかった……。

 ──そう思っていたのに。

「それがさ……正直全然わからなくて、ははは!」

「えっ……」

 予想外の言葉に──サキはいつしゆん言葉を失う。

「僕には難しすぎたのかな。ごめんね、せっかくすすめてくれたのに」

「いえ、それはいいんですが……。お好きでは、なかったですか……」

 ぽかんとしたままたずねると、彼はあしを組み、少し考える表情になる。

「そうだな……思想性には価値を感じなくもないよ。さすが名作といわれているだけある」

 そのことは、サキも同感だった。

 そこに書いていることに価値があるのは、サキもはっきりと感じていた。

「けれど、表現方法が僕に合わなかったな」

 それでも、彼はたんてきに。じる様子もなくそう言ってのける。

あくてきに過ぎる。これでは、思想にたどり着く前にきよかんを覚える人も多いと思うよ。特に、僕らぐらいの若者であればね──」


       *


『──その言葉でね……うん。すごく気持ちが楽になって。名作といわれてても、合わないことはあるんだなって思えたんです。そのことをじなくてもいいんだって』

 ……夢見るような、口調だった。

 甘い昔話でも語るような、好きな小説の話でもするような、どこかかれた口調……。

 ずかしげにせきばらいをしてから、サキは話を続ける。

『……せんぱいも、色々いていたのかもしれません。わたしが楽しめてないのに気付いて、それでもいいって言ってくれたのかなって。それでね、そのとき彼が、すっと心のからの中に入ってきた感覚があったんです。だから、うん……気付けば、好きになってました……』

 ──そして俺は。

 ようやく好きになられたけいあくした俺は──、

「ち、ちがうよ……!」

 あせりに(またもや)から立ち上がっていた。

「俺マジで、つうに読めなくて、にそれを打ちあけただけだよ! しかも結構情けない気分で! ていうか、そんなカッコいい言い方しなかっただろ! 『大事なことが書いてある気がしたけど、びようしやエグくて無理だった。高校生にはきついわ』とかだっただろ!」

 そう、まあ、おおわくではちがいないのだ。

 に本をすすめられて、それを読んだ。

 一週間もかからずせつして、それをに打ちあけた。

 そのことは事実だ。本人として、俺もよく覚えている。

 けれど……いてた!? それでもいいって言った!?

 そんなつもり、全然なかったよ!

『ということで。こいするウナギちゃんさん。あなたに必要なのも、そういうてきな出来事な気がします。でもこればっかりは、運だから──』

「──さすがにどうなんだ!?」

 その場にくし、頭をかかえてしまう。

「なんか、だましてるみたいだぞ!? 俺、そんな意図なかったのに……すげえ、いい話みたいに」

 ……いや、向こうの勝手なかんちがいではある。

 俺の言動になぞに意味合いを見いだしたのはで、こっちに責任はない。

 けど……なんかすげえ、罪悪感がある!

 なんというか、うそをついて自分をよく見せちゃったみたいな……。

 この誤解……解きたい!

 かんちがいさせたままなのは、多分すげえよくない!

「でも、どうやって誤解を解けば……どうやって、あいつに事実を伝えれば……」

 そう──手段がないのだ。

 俺がこの配信に気付いていることは、にはもちろんないしよだ。

 今後も知らないりをし続けるしかないし、バレたときのことを思うとぞっとする。

 どうなる……だろうな。

 とりあえず、これまでのごこいい関係でなくなるのはちがいない。

 つまり、俺から色々話すことはできないわけで。当時の事実を伝える手段はないわけで……。

 じゃあ、どうやって誤解を解けば……。

『──みなさんも、相談ありましたらお送りください』

 スピーカーの向こうでは、サキがのんきにメアド告知に入る。

あてさきは、koiwata@fmail.com、koiwata@fmail.comです。よろしくお願いします』

 ──それをきながら。

「……ん?」

 俺は──あるアイデアを思い付いた。

 の誤解を解くための、ゆいいつの方法──。

「そうか、これだ! ちょっとこわいけどこれしかない!」

 パソコン前に座り直し、ブラウザを開く。

 そして、大きく息を吸い込み──もうぜんと、キーボードでタイプを開始した。

 その速度は、体感で人生最速!

 一分でも、一秒でも速くこの文を入力し終えたい!

 息のまる数十秒のあと。俺は、なにかしらの世界記録をねらえる速度で文章の作成かんりよう

 ざっと全文を見直してから、勢いよくエンターキーを押した。

 数秒の間を空けて──、

『……あ、ちょうど今またメール来ましたね』

 スマホの向こうで、サキがそんな声を上げた。

『リアルタイムでいてくれてるのかな、ありがとうございます』

 頭の中で、「どういたしまして……」と返事をする。

 ──そう。俺が送ったのだ。

 俺が、リスナーをよそおって、番組にメールを送ったのだ。しかも、わざわざマッハで新しいメアドを作って。

 ぶっちゃけ、これしか手段がないだろう。

 今、サキになにかてきをするなら、これ以外の方法はない。メールの中で、さっきの話がかんちがいである可能性を伝える……!

 なんかリスクはある気はするけど、背に腹は代えられない!

 ……読んでくれるといいけど。

 そして、その内容をちゃんと受け止めてくれるといいんだけど……。

 息をみ、展開を見(?)守っていると、

『……ん? ちょっと気になる内容ですね、読んでみましょう』

 ……よし、食いついてくれたぞ!

 俺は思わず、一人スマホの前でこぶしをぐっとにぎった。

『えー、ラジオネーム、ハセリバーさんより……。「サキさんのこいのきっかけの話、うらやましく聞かせてもらいました。てきなエピソードですね」えへへ、そうでしょう? 「ただ、だんお話しされているせんぱいふんからすると、そこまで深く考えていない可能性もある気がしました。単に、本当にその本が苦手だったのかもなって」』

 そう、それが現実である。

 俺、そこまで深く考えてなかったんだ。つうにあの本、読めなかっただけなんだ。

『あはは、確かにそうですね』

 なつとくかんがあったらしい。もスピーカーの向こうで笑った。

せんぱい、感覚にぶいところありますから。今考えてみると、そっちの方が説得力があるかもしれません。するどいですね、ハセリバーさん』

「本人だからな! 俺ほんにんだからな、ハセリバーは!」

 そりゃもう手に取るようにわかっちゃう!

 自分のことだし!

『メールの続きです。「しかもその小説、文体にくせがあって内容も暴力的、となれば、実際はそのせんぱい、読み切ることもできなかったのではないでしょうか。つまり、サキさんがこいに落ちたのは、小さなかんちがいがきっかけだったのかもなって。それはそれでてきなことだなときゅんとしたので、思わずメール送らせていただきました」……ということなんですが、うん……』

 そこで一呼吸置く。なにやら、シンキングタイムに入ったらしい。

 ちなみに、メールの後半。「それはそれでてきなこと」うんぬん言っているのは……まあ保険みたいなものだ。こういう感想入れないと、リスナーからのメールとしては不自然になっちゃう気がするからな……。自分に関することでこんな風に言うのは、なんか照れくさくもあるけど……。

 そして、しばしのちんもくのあと。

 サキはしんけんな口ぶりで、

『……これ、おっしゃる通りかもしれません』

 ……お!

 理解してくれたか……!?

 自分のおくかんちがいだって、わかってくれたか……!?

『わたし、高校入学してすぐできんちようしてたので。やさしくしてくれたせんぱいに、勝手に色々見いだしていたのかも……』

 そう、その通り!

 あなたちょっと、当時の出来事美化しちゃってますよ!

『でもね、この方も言う通り、それもいいなと思います。きっかけはかんちがいでも、そのあと育った気持ちは本物……』

 そこまでいて──ふう、と息をした。

 どうやら、ミッションコンプリートのようだ。

 うまくやれるか自信がなかったけど、一通のそくせきメールで事実に気付いてもらえるかあやしかったけれど……なんとか成功したらしい。

 ふふふ……これは、今後も使えるかもしれないな。

 これ以降も、なにか意見したいことやていせいしたいことがあれば、リスナーをよそおってメールをすればいいかも──、

『──ん……?』

 ふいに──声が上がった。

 スピーカーから、サキのげんそうな声。

「……あれ? どうした?」

『変ですね、このメール……』

 メールを見返しているのか。何度かクリック音やマウスのスクロール音をかえすサキ。

 そして彼女は──、

『文体にくせがあって暴力的って……わたし、言いましたっけ。実際、そうだったんですけど……』

「……ああ、やべえっ!」

 ……確かに。確かにそうだった!

 サキ、その辺のことは配信で言ってなかった!

 自分にそういうおくがあったから、当たり前みたいに書いちゃってた……!

 さらに、

『しかも……このラジオネーム。ハセリバー……。え……せんぱい!? まさか、本人ですか!?』

「しまった! あわてて適当にやりすぎた!」

せんぱいが送ってきたんですか? これ……』

 サキの中で、疑念がどんどんふくらんでいく──。

『もしかして……この放送、いて……』

「……くっ……」

 ──あせがぶわっとふきだした。

 ヤバい……バレるかもしれない。

 俺のメールだって、俺が配信いてるってバレるかもしれない!

 どうする……!? 今からごまかしのメール送るか!? 『文体とかラジオネームはぐうぜんですよー』みたいな……。いやうそっぽいわ! むしろ疑いが深まるわ!

 なら、ここはむしろ開き直って正体を明かす!? 『せやで! ワイや! ワイが長谷川はせがわせんぱいや!』って……いやそんなんしたら全部終わりだ! 来週から図書室来ないわ!

 じゃあ……変に動くよりだまってる方がいいか!? そっちの方が、色々うやむやにできるか!?

 どうする……どうすれば……!

 ──けれど、次のしゆんかん

『……なーんて、じようだんです』

 ……へ?

ぐうぜんですよね。本当にかれてたら、わたし生きていけないですよ。あははは。ということで、次のメールいきます』

 そう言って、何事もなかったようにれんあいそうだんのメールに移る

 その口調はだん通りで。さっきまでのきんぱくかんは完全に消えていて──、

「……はぁああぁあぁあ~……」

 深い息とともに、全体重をに預けた。

 身体からだ中から力がけていく……。

 きんちようまっていた息が、ゆるゆると解放されていく……。

「危なかった。マジでバレたかと思った……」

 いやもう、本当に終わりかと思った……。

 配信をいてることとか、こいバナをいてることとかバレて……ちよう気まずくなって。最悪、いつしよの図書委員を続けられなくなるかと……。

 ……よかった。

 サキが、今一歩のめが甘くて本当によかった……。

 いやまあ、めが甘いのはこっちも同じなんだけど。急にメールを送るにしても、もうちょい色々気をつかうべきだったな……。

「……でも」

 と、に座り直して。

 けれど俺は、それでも不安をはらいきれていないのに気付く。

「本当にだいじようか? 配信だったからネタにしたけど、実際は疑ってたりとか……」

 そういう可能性が、ある気がした。

 だって、ハセリバーが俺じゃないってこんきよもないのだ。

 サキは、なんとなく流しただけ。

 配信で次の展開にいくために、話を終わらせただけなのだ。

 だとしたら……やっぱり疑ってるんじゃ。内心では、今も疑わしく思ってるんじゃ……。

 そんな風に考えると、不安は限りなくふくらんでいって、

「……たのむ、気にしないでくれ」

 せまい自室で、俺は一人いのるようにつぶやいたのだった。


       *


 ──翌週。

 先にとうちやくしていた図書室のカウンターにて。

「おう、おつかれ、

「おつかさまです」

 少しおくれてやってきたは……あくまでだん通りの表情だった。

 低めの背に、短めに整ったかみすずやかな表情にきゅっと閉じた口。

 彼女はいつものようにカウンター内に荷物を置き、俺のとなりこしける。

 そこに、これまでとちがう気配は見当たらなくて。

 先週までの彼女と変化はないような気がして、

「……今日はが貸し出し、俺がへんきやくでいくかー」

 内心ほっとしつつ、俺はそう切り出した。

「そうですね。よろしくお願いします」

 もごくフラットな口調で答える。

 ……ふん、やっぱり気にしすぎだったっぽいな。

 本当に、はもうなにも疑ってなくて。ただ、こっちがじように心配してただけ。

 なら……うん、ここからはいつも通りでいくか!

 季節は十月。残暑もすっかり遠くなり、風の気持ちいい晴れの日だ。

 こんな放課後は、気分よく過ごすに限る!

「……あの、せんぱい

 同じような気分だったのか。めずらしく、が自分から俺に話しかけてくる。

「ん? どうした?」

「前に、配信やりたいって言ってたじゃないですか? その後、どうですか? 進展ありました?」

「いや、ないな。特になんにも」

 ……まあ、うそだからな。

 本当に配信するつもりだったわけじゃなくて、口から出たでまかせだったからな。

 進展なんてあるはずない。

 でも……なんでそんなこと聞くんだろう。

 もしかして、やるなら聞いてみたいとかそんな感じだろうか……。

「そうなんですか」

 こちらを見ないまま小さくうなずく

 そして彼女は──、

「でも、だれかの配信を聞いてみたりくらいは、したんじゃないですか?」

 ──顔をこちらに向け。

 じっと俺の表情をのぞむと、


「──たとえば……先週の水曜あたり」


「……いや、そういうのもしてないけど」

「そうですか」

「じゃあ、俺ちょっと、準備室行ってくるわ。へんきやくポストの本、取ってくるから」

「ええ、お願いします」

 を立ち、カウンターを出る。

 図書室の奥から準備室に入り、しっかりとびらを閉める。

 教室の半分ほどの大きさ。

 資材や資料、図書室運営のための機材が収められている図書準備室。

 そこに一人きりになったのをかくにんし、「……はぁ」とため息をついてから、


「……疑ってるー! 完全に疑ってるー!」


 ──さけんだ。

 その場にくずちそうになりながら、ウィスパーボイスで俺はさけんだ。

「しかも、おもくそさぐり入れてきた……!」

 もう──あからさまだった。

 ちょっと前の俺かよっていうくらいに、わかりやすくさぐりを入れてきていた。

 いやどういうことだよ、「先週の水曜あたり、配信聞いたか?」って……。

 俺が言うのもあれだけど、もうちょいうまくやれよ……あんなんじゃこっちもすぐ意図に気付くだろ……。

 ……それに、あんなに前のめりで聞いてくるってことは。

 図書室来てすぐに聞いてくるってことは……、

「これ、多分一回じゃ終わらないよな。これからも続くよな……」

 多分、そういうことになるだろう。

 はこれからも、俺が配信を聞いていないかさぐりを入れてくる……。

「……どうするんだよ。俺はこっそりラジオいてて、向こうはそれにさぐり入れてきて……。もう……これまでの関係でいられないぞ……」

 思わず、頭をかかえてしまった。

 もう、なんつーじようきようなんだろう。

 おたがさぐいで、本心をかくしながら相手に接さなきゃいけない……。

 こうなれば、こんな風になってしまったら……、


いてるの──絶対かくとおさねえと!」


 に気付かれない声量を心がけつつ、俺はもう一度さけんだのだった。


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試し読みは以上です。


続きは好評発売中『恋は夜空をわたって』でお楽しみください!


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電撃文庫『恋は夜空をわたって』キミラノ試し読み

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