一流ホテルのロビーを思わせる、広々として見事な調度品のそろえられたしつしつ

 そこに、一人の男が立っていた。

 男の名は、かんざきとおる

 細身のスーツに白衣を羽織ったみような男だが、それが様になって見えるのは彼の持つぼうゆえだろう。かたまでびる色のかみがその存在感をきわたせる。

 しかし、何より目を引くのは、スーツやそのひようぜんとした姿などではなく、かがやきを失った灰色のひとみだった。その色は絶望ともあきらめともちがう。この世の真理を知ってしまったような、達観した目。

 そんなふうさえただよわせる長身の男が、部屋の中心でごうきゆうしていた。

「ぉおおおおおお、ユノォぉおおおおぉ……っ」

 眼前に展開されているのは無数のホロウィンドウ。

 そこに映るのは全て紅茶色のかみをした一人の少女だった。

 その少女の写真が、生後数か月のころのものから、思春期さかりの姿をとらえたものまで様々だ。その中で共通しているのは二つ。一つはどの年代においても身に着けている白衣。もう一つは、画面に映る少女の姿が成長するにつれ、カメラに対する視線が冷たくなっていくというもの。最後のものは目線すらもらえていない。

 部屋のとびらがノックされる。

 かんざきがホロウィンドウをすのと助手の女性がとびらを開けるのとは、ほぼ同時だった。

「……局長、あんまりみっともない姿を見せないでください」

 異様にすその短いタイトスカートをはいた年若い助手は、とびらを閉めるなりたんそくした。

 彼女の入室と同時にかんざきは居住まいを正し、さも今のたいが無かったかのようにさわやかながおを作る。

「何のことだい? いやあ、それにしてもエルゼは今日もれいだね! 特にそのタイトスカートがよく似合っているよ! だんはもっとおとなしいかつこうなのにどうしたんだい?」

 エルゼと呼ばれた助手の女はほおをひくつかせてけんしわを寄せ、上司をにらみつける。

「昨日、局長命令だとか言ってボーナスアップを条件に服装指定してきたクソろうはどこのどいつでしたっけ? セクハラ・パワハラ・モラハラの三コンボ決めておきながらまさか忘れたとは言いませんよね?」

 かんざきいつしゆん固まって、気味が悪いほどに明るい笑みをかせた。

「あーそうだったそうだった! でもだいじようぶ、ちゃんと覚えてるからさ!」

「覚えてない人間はみんなそう言うんです。私はお金さえもらえればたいていのことには文句を言うつもりもありませんが、局長はあまりにも適当すぎます。そうやって自分本位に好き勝手やってるからお嬢様にげられるんですよ」

「に、げられてなんか……ない。……ちょっとした家出さ、はは」

 かんざきがおこうちよくし、眼球が小刻みにれる。

 エルゼはいい気味だとばかりに鼻を鳴らすと、手慣れた様子でしつしつのホロウィンドウのとうえいシステムにアクセスした。

 そうしていくまいかのウィンドウを展開する。

「それはそうと、急ぎご報告したいことがあります。ある意味お嬢様がらみの件です」

 脳にちやくしたナノマシン〈ニューラルゲート〉同士で仮想ウィンドウを共有するよりも、ホロウィンドウを使ったほうが権限周りの管理がようで使い勝手がいいのだ。

 特に、かんざきのような要職にいている人物はセキュリティの観点から可能な限り〈ニューラルゲート〉への接続ははいじよすることが組織の方針となっている。

「先ほど《本社》から、二週間以内にアルカディアのを納品せよとのれんらくがありました」

 かんざきはその言葉を聞くなり、苦虫をつぶしたような顔をして頭をかかえた。

「マズい、非常にマズい──。西さい研究所でとうけつされているデータもまだ回収できていないというのに。……今、プロジェクトのしんちよくはどうなっている?」

西さい研究所内のデータをふくめれば九八・八パーセント、ふくめなければ三二・四パーセントです」

とうけつぶんのデータを再度収集し直すとすると、どれだけの時間がかかる?」

「ざっと計算して、二年」

「──はは」

 しつしつかわいた笑い声がひびく。

「……とうけつぶんのデータの回収が仮に成功したとして、残りの一・六パーセントは十三日でかんりようする予定です」

「──回収さえできれば間に合う、か」

 それからかんざきはエルゼのほうに向き直った。

「対人せんとうの評点が低くて、代わりに対せんとうの評点が高い小隊を丸ごととつげきさせよう。それならまだアルカディアのてんかんプロジェクトへのえいきようは最小限に止められる」

「し、しかしそうするとエルメア軍の防衛能力がいちじるしく低下してしまいます。具体的に言えば、《致死の蒼リーサルブルー》を止められないかと。そうなると残りの行程にえいきようが出ます」

「……ああ、そっか。対人戦績が最下位の小隊は、いちのところだったっけ。──あいつはいつだってちゆうとはんだからなあ」

 かんざきは重々しく息をくと、せいぜつに笑う。

「それならとつげきさせよう。西さい研究所の防衛機構でも限界はあるだろうさ」

「は? 何言ってくれてるんですか! そんなことしたら戦線の調整、全部見直さなきゃならないじゃないですか! それが一体どれだけ大変なことか分かってないでしょう!?」

「ブリーフィングくらいは僕のほうでやってあげるよ」

「だからそういうことじゃなくて──」

「君をしんらいしているからこそ、さいはいは全て任せると言っているんだ。成功したら今年のボーナス五倍だ」

「ごっ──」

 エルゼの口から彼女からしからぬ音がれる。

「ただし回収に失敗すれば──まあ、我々の査定が大変なことになるのは確実だろうね」

「あなたはめんどうな責任は全部そうやって部下である私に投げますよね」

「やりのある仕事だろう?」

 エルゼは両手をぎゅっとにぎりしめたままくす。

 両目を見開きこうちよくしているのは、脳内で損得かんじようてんびんれているからだ。

 そうして導き出された答えは、かんざきの眼前に追加で現れたホロウィンドウ。

 中身は今のかんざきの文言を記した『せいやくしよ』だった。

「──ボーナス五倍。やってやろうじゃないですか」

「朗報を期待しているよ」

 かんざきがそこに電子署名するなり、エルゼはきびすを返してしつしつを後にした。

 一人残された部屋で、かんざきとびらとは反対側をかえる。

 かべ一面にはまるのは一枚のきよだいなガラス。

「──理想郷ができるまで、もう少しだ」

 その向こうには、れた花が寒々しい庭園が広がっていた。

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