色とりどりの大理石を組み合わせて作られた長大なかいろう

 頭上にはアーチ状のてんじようが描かれ、とうかんかくるされたクリスタルのかたまりのようなシャンデリアがこうこうかがやく。一つひとつが想像もできないほど高価なのであろう石像が左右に並び、それらを区切る円形の柱には職人の手による美しい金銀のそうしよくほどこされていた。

 日中はぜいたくな陽光の差し込む大ガラスの連なりから、特別明るい月が顔を見せている。

 ここははいされた宮殿を改築したローレリアれんぽうぜんしよう基地。

 そんなけんらんろうを、美しいプラチナブロンドをなびかせて歩く少女が一人。

 フィリア・ロードレインである。

 月明かりを受けて、その絹のようにきめ細やかなちようはつは、白銀とも白金とも見える色に変わりゆく。まるでげんそうの国から来た聖女のようで、にんげんばなれしたふんかもしている。

 ろうにい合わせた者は彼女を見るなりしばし放心し、あわててろうはしに下がって姿勢を正す。

「ロードレイン中佐に敬礼!」

「ああ……本日もなんとお美しい」

「──シッ。馬鹿っ、声が大きいぞ」

 ずらりと並ぶのは、みなフィリアとそう変わらぬ年の少年少女。

 全員が軍服に身を包み、戦場帰りでぶんぴつされたアドレナリンが収まらないのかギラギラとした目をしている。

 否──それだけではない。

 彼らのひとみは一種のすうはいに似た色合いを持っていた。男女もせんぱいこうはいも関係ない。その熱視線の先は一様にフィリアである。

 辺りにはきんぱくした空気が流れていた。

 兵士同士でたがいをけんせいして出方をうかがっているかのような、そんな不毛な読み合いである。フィリアは内心で、そんなもの戦場以外でひろげないでほしいと思った。

 だれかがってきたしゆんかんが、このせいじやくの終わりとなる。そうなれば、たちどころに列が乱れては雪崩なだれのように人が押し寄せて身動きが取れなくなるだろう。そうなる前に自室までらなければならない。これはフィリアのこれまでの経験から学んだくんかいだった。

「あの、中佐、三か月分の評点をつぎ込んでフルコースの食券を手に入れたのですが、このあと私たちとごいつしよに夕食を──」

「今夜俺たち、中佐の戦闘記録鑑賞会を開くのですが中佐も──」

 声をかけてくる隊員たちを、作ったがおを向けてもくさつする。

 フィリアは今にもしたい気持ちをおさえて、努めて冷静にはばを大きくした。今日のせんとうろうが限界に達しつつある。あれもこれも全てはくろかみの少年のせいだった。

 いくらしゆうげきしてもひようひようだんがんけられては、いつまで経っても決着がつかないのだ。結局、あの少年をキルできたのは午後の一度だけ。彼とのせんとうは延々と続くため、つうに作戦をすいこうするより何倍もつかれる。もともと運動が得意なほうではないため、フィリアのあしすでに棒のようになっていた。

 しかし、フィリアはそんなつらさはおくびにも出さず、ぜんとして歩き続ける。

 フィリアは、いつの間にかさつえいされた何十枚もの自分のポートレートが兵士の間に出回っているのを知っていた。

 はなはだ不本意ではあるが、きっと気のけた顔など出回ったらげんめつされるに違いない。エリートとしてのメンを守るため、それだけはけたかった。

 そうして向かうはべつむねへとびる細いろう。その先にあるのは女子りようだった。

 男子禁制のはなぞの辿たどき、そこから一気に三階分の階段を早足で昇り切る。

 そうしてようやく着いた自室の生体にんしように──せつしよくがたなのだが──手のひらをたたきつけると、フィリアは転がり込むようにして部屋にかんした。

「あー、もうっ、つかれた!」

 左右たいしように簡素な家具の並ぶ二人用のしんしつ

 先ほどのごうけんらんちゆうおうとうほどではないが、こちらも歴史のある石造りの建物でけんろうだった。兵舎として使用されているため、内装は、無味かんそうだが、夏はすずしく、冬は暖かく過ごすことができる。

 フィリアのうでの中に文字通り飛び込んでくるかげがあった。

 それは、流線形のデザインと青色のスリットがとくちようてきな一機の航空ドローン。

 ういじんで高い戦績を収めたえいとしてフィリアに割り当てられた専用機〈イヴ〉である。

 この基地では一定の戦績を収めている隊員には、自室で兵装の点検をすることが許されているため、こうして作戦が終わるたび、総務ドローンに運び入れてもらっているのだ。

「今日もおつかさま、〈イヴ〉」

 フィリアがほおゆるめ機体の表面をでると、まるで犬やねこがそうするように機体をフィリアのむなもとに押し付けてきた。その姿はもっとでろと言っているようにも見えて非常に愛らしい。

〈イヴ〉は、指向性エネルギー兵器からじつだん兵器まで多種多様な兵装をそろえている他、AIを内蔵している。そのため電磁パルスこうげきを受けても独自にどうし続けられるすぐれものなのだ。

〈イヴ〉にはいくとなく窮地きゆうちを救われてきた。

 相棒と言ってつかえないほど深い思い入れがある。

「あ、フィリアだ、おかえりー。今日は早かったね」

 すると、部屋の奥にあるソファーの上で、無防備なTシャツ姿の少女がかえった。

 少女の名前はシスティ・カルトル。

 フィリアのルームメイトだ。

 この基地ではめずらしいくろかみの少女で、たんぱつがよく似合っている。ローレリア大陸の少女は成長するにつれ〝かっこいい〟の表現が似合う姿へと変わっていくが、対する彼女は〝かわいい〟と言うべき容姿をしていた。

 たびたび、システィはフィリアの外見をうらやたたえるのだが、フィリアには彼女のそんな童顔こそうらやましいのだった。もっとも、そんなことをシスティに言えば顔を真っ赤にして一日口をきいてくれなくなること必至なので絶対に言えないのだが。

「二件だけ会合に顔出してげてきたわ。……本当にこりごり。連日連戦でろうこんぱいしているのに、それからかんしようかいだの会食だのなんて……とてもじゃないけど身体がもたない」

「わっかんないなー。エリートの体面なんて、そこまでして守る価値があるわけ?」

「……常に先頭を走ること。それだけがわたしの存在意義だから」

「そんなことないと思うけど」

 システィは短くつぶやくと、一転して声の調子を明るくする。

「ちなみにその会合のしゆさいはどこだったの?」

「……『九ミリだん愛好会』と『にゃんにゃんワールド制作委員会』」

「あ、二つ目のやつちょっと楽しそう」

「……だまされないで。実体は、そうやってられて集まったねこきの人たちを、子犬だらけの仮想空間に閉じ込めて犬派に改宗させるちよう過激派組織よ」

「うわ……こわ。って言うかフィリアって、ねこ、好きだったっけ?」

「……別に。そういうわけじゃない」

「またまた~。フィリアだってづらだまされてついて行っちゃった口なんでしょ」

「もう、システィうるさいっ」

 フィリアは〈イヴ〉をはなすと、部屋に備え付けられている小さなクローゼットを開けた。

 上着をハンガーにかけ、スカートのホックを外してえていく。そうして、あっという間に着慣れた都市めいさいがらのジャージ姿になると、ベッドに飛び込んだ。

「……みんな、フィリア・ロードレインという個人に入会して欲しいんじゃなくて《致死の蒼リーサルブルー》のぐうぞうに近づきたいだけ。まるであやしい宗教よ」

あつとうてきな強さで戦線をひらいくさひめ──。その背中のたのもしさったらもう……っ。そりゃみんなフィリアの信者になっちゃうよねえ」

 システィの軽口に、フィリアは口をとがらせた。

「……信者なんていらない。こっちは真面目に戦ってるだけなのにいい迷惑」

「それならもっと友達作りなよ。フィリアは一人の時間が多すぎるから寄ってたかってしゆうげきされるんでしょ。そのくせ体面をちよう気にするからめったに断らないし格好の的だよ」

「友達ってそんな風よけのために作るものじゃないと思うんだけど」

 フィリアがにらみつけると、システィは肩をすくめた。

「言葉のあやだって」

「……それに、わたし友達もいらない。必要なのは戦う仲間であって、う相手じゃないから」

「またまた強がっちゃってー。いっつもお昼一人になるのいやで、なるべく私とリスのタイミング合わせてるの知ってるんだからー」

「そ、そんなわけないじゃない!」

「友達いらないって言うけど、それじゃあ私は?」

「…………システィは、その、……ルームメイトよ」

 ふい、と顔をらし、なぜか逆に顔をかがやかせたシスティがにじり寄ってきてベッドに飛び込んでいてくる。

「もー、フィリアはツンデレさんなんだからー。ここは『友達じゃないわ、親友よ』て言うところだよー!」

 そうして彼女のうでの中でまわされるフィリア。

 フィリアはずかしくなってシスティを押しのける。

「うるさい、はなれて。そんなこと言ってるとこうはいに泣かれるよ」

 こう見えてシスティは一部のこうはい女子に人気なのだ。

 いわく、「だんやさしいのに戦場ではようしやないところがいい」らしい。

 かくてき長い付き合いとなるフィリアに言わせると、戦場の外でも彼女はたいがいようしやない。

 ちなみに、システィは先月かいさいされた「第八回 あこがれのあの人にたれて死にたい!! ランキング」で二位だったりする。一位についてはれたくない。

 そもそもたれて死にたい人ランキングとは一体何なのだ。相変わらずこの基地のレクリエーションクラブはくるったかくを立ち上げるし、それに対してとして投票するくるった人間もまたあまりに多すぎる。システィにかれたままためいきをつく。

 ソファーの前の木製テーブルに、ロングバレルのボルト式ライフルが置かれているのにふと気が付いた。

 それはシスティの主兵装であるげきじゆう〈SMR−52〉、つうしよう〈カトレーヌ〉。

 れんぽうぐんの中でも一番きゆうしているげきじゆうで、雪が降ろうがどろかぶろうがどんなかんきようでも動作するのだが、如何いかんせん反動が大きく精度が悪いというクセのあるしろものである。

 そんなシスティの〈カトレーヌ〉には、何本もケーブルがつながっており、空中にメンテナンス用のホロウィンドウが複数展開していた。

ついに故障した?」

 フィリアの首元に顔をめているシスティのほおを軽くつまんでたずねる。

 肉体と同じく大量に使い捨てられるアサルトライフルなどとちがい、げきじゆうは一丁一丁が射手に応じたていねいな整備が必要となる。そのため、仮に戦死したとしても必ず回収し、大切に手入れをして使い回すのだ。後方えんだからこそできる芸当とも言える。

 大人しく顔を上げたシスティは、横たわったまま両手を上げて、そのまま大きくびをした。

 非常に分かりづらいが、どうやら、お手上げと言いたいらしい。

「いやあ、今日の作戦のげきでうまくいかなくてさあ」

「うまくいかないって、何が?」

よこへんがちょっとねぇ……。未来予測はだいぶ合ってきたんだけど、精度上げるために追尾弾スマートブレツトを使っているせいか、甘い角度でむとかんつうできなくてはじかれちゃうんだよ」

 フィリアはあごに手を当てて短くうなった。

 追尾弾スマートブレツトとは回転するだんとうないの重心を変えることで、その名の通り敵をついするとくしゆだんがんである。しかし複雑な機構が組み込まれているため、つうじようだんに比べりよくおとる。

「〈カトレーヌ〉がもともと得意なのはこうりよくこうかんつうだんだから、ロングレンジの精密なげきをするには〈レイシア〉のほうがいいと思う」

「無理だよーっ。これまでずっと〈カトレーヌ〉使ってきたのに、いまさらえらんない! だからバレルとガスブロックの調整で何とか初速かせげないかなーって考えてるんだよ。……完全に私の演算能力が足りてないのが原因なんだけどさ」

 システィは大げさにためいきをついた。

 それから彼女の顔をじろりとにらげる。

「フィリアはやっぱどうかしてるよ。ドローン群スウオームをコントロールしながらライトマシンガンでだんまく張ってゆうどうしてさ。しかもたま全部が追尾弾スマートブレツト! ……ほんと意味わかんない」

「たいしたことはしてないわよ。わたしの場合は簡単なタスクを人より多く同時へいこうで進められるってだけで、複雑な演算処理は苦手だから。きんきよせんとう追尾弾スマートブレツトの演算なんてかなり簡略化したものだし」

つうそのへいれつ処理ができないって話だよ。何食べたらそんなぼうだいなタスクをこなせるようになるんだか」

 そう言うと、システィはくっつけた人差し指と中指とでフィリアの胸を下から持ち上げた。

 むに、とやわらかなそれは変形し、システィの指がもれる。

 それから彼女はにくたらしに手をはなすと、大きな反動をもっておわんがたぼうかいはたわわにれた。

「……本当、何を食べたらこんなに育つんだか」

 システィの頭を無言ではたいたのは言うまでもない。

「いったぁ……。そんな本気でたたかなくてもいいじゃん」

「ばか。本気で考えてあげてたのに」

 それからシスティはフィリアのまくらに顔面をめると、そう言えば、と言葉をつないで首を回す。

「それで? 今日はどうだったのよ。例のやつ

「例の、やつ……? 何のこと?」

 フィリアは友人のあいまいな言葉に首をかしげる。

 システィはもどかし気にベッドの上でりようあしをパタパタさせる。

「あれだよあれ。フィリアが非常にめずらしいことに、私以外の人間に感情しにしていた、例の案件」

 どうもまどろっこしい話し方をする。

 システィはしかも、話せば話すほどこの話題を持ち出したことをこうかいするように、笑いながらひやあせかべていた。

 すると、音もなく〈イヴ〉が二人の間にすべんでくる。

 そうして〈イヴ〉は一枚のホロウィンドウを宙空にとうえいした。

「……あ、〈イヴ〉のお馬鹿」

 となりでシスティが短くつぶやく。

 それは、しつこくひとみと顔がとくちようてきな少年がライフルをはなっている姿。

 戦略統合システムUTASちくせきされている敵兵のデータベースから引っ張ってきたものだろう。

 フィリアは両手でがしっ、と〈イヴ〉の機体をつかむと、満面の笑みをかべる。

「……ああ。あのこと。……そう、そのこと。……思い出しちゃった。せっかくいい感じにつかれとあいさつまわりのいそがしさで忘れていたのに」

「で、ですよねー……。私も聞いてからこうかいした」

「……ダメじゃない〈イヴ〉。この男のデータは、わたしがオフの時には可能な限りはいじよしなければならないって、ちゃんと学習しておかなくちゃ」

 フィリアの手の中で〈イヴ〉の機体がぶるぶると細かくふるえる。

「うわ……流石さすが専用機。ご主人様のいかりバロメーターがMAXなのを理解してる……っ」

「……あっ!」

 すると〈イヴ〉はフィリアのこうそくからするりとけ、〈カトレーヌ〉の載るテーブルの上に静かに着陸した。

 フィリアは息を吐いてうつむくが、しばらくして口からこぼれたのはじゆの念。

「あいつ、今日もまためいだんってこなかった。……一回も! 一回もよ!? そんなことってことある!?」

「あー……、相変わらず《血も無き兵ブラツドノート》はフィリアの神経をさかでするのがお上手で」

「本当に腹が立つ。ここは戦場よ? 一体何考えてるの!? そのくせこっちのたまは全然当たらないし、電子防壁CESもなかなかとつできないし、それで時間取られるし! おかげで今月もわたしの戦績、さんざんよ!」

「でも基地内ぶっちぎりの一位なのは変わらないでしょ?」

「そうだけど、そうなんだけど──!」

 むきー! とフィリアは頭をかかえる。

 このいかりの感情はなんなのだ。

 いらちの正体が分からない。

 思い出すのは、今日のせんとうで最後にあの男をった時に得た、指先に何かがねばりつくような異様なかんしよく

 そして、ひようひようと笑うあの表情と、トリガーに指をかける時に見せるひどくかなしそうでさびしそうな顔。

 どちらも全くの別人のようでいて、その実同じ人間が見せる顔なのだ。

 その二つの表情が、フィリアの心をどうにも波立たせる。

「……本当、なんなの、あいつ。考えるだけでおなかの辺りがムカムカする」

 結局フィリアはその感情の正体が分からず、にくにくつぶやいたのだった。

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