プロローグ

 人生は、たった一言で全てが変わることがある。

 たとえそれが、計り知れない愛情のこもった言葉であろうと、これ以上ないほどの悪意と憎悪の底から生じたものであろうと。

 どこまでも熱や感情がこもっていない、適当な言葉であろうと。

 そのことを、魔術師ジェニエ・コースは痛感していた。



 少年を変えたのは、軽率な一言だった。


「――ああ……そうですね。目玉くらいの大きさでしょうか」


 ジェニエは困った。

 弟子である少年に、それをどう説明すればいいのか、と。

 少年は目が見えない。だから何もわからない。

 どれくらい大きいと言えばいいのか。

 球体の形状はわかるが、大きさまでは……。

 そんな彼女が悩んだ末に言ったこと。

 見えなくてもわかる、自分自身が持っているもの――少年の、人の目を比較として、例に挙げた。

 言った瞬間、後悔した。

 目の見えない者に、目に関わるものと絡めて伝えてしまった。

 他に比較対象が見つからなかったので、苦心の末の言葉だったが……明らかに自分の無配慮だったとすぐに悔いた。


「あ、ごめんなさい、そういう、意味じゃ……あ……」


 彼女の言葉が途切れる。

 少年を見て、言葉が止まる。

 少年は顔を上げていた。

 少年は、何も映さない銀色の瞳を見張っていた。

 いつも俯きがちで、控えめで、どこまでも己の意思が感じられず……もはや生きることがつらいとさえ思っていそうな態度しか見たことがなかった。

 ばしゃん、と、少年が維持していた「水球」が、制御を失い地面に弾けた。


「……目玉くらいの、水の、丸い、球? 目玉くらい? 目玉のように? そう……そうなんだ……」


 少年はうわ言のように何度も繰り返した。

 何度も、何度も。

 乾いた心に、水で刻みつけるように。

 弱冠七歳。

 盲目の魔術師クノン・グリオンが誕生したのは、この時だったのだろう。



 師の軽率な言葉から、弟子の急成長が始まって二年。

 離れの庭先で、今日も魔術の訓練が行われている。


「次! 渦巻!」

「はい!」


 号令に従い、小さな魔術師の前に浮かぶ大きな「水球」に水流が生まれる。

 二、三人なら難なく呑み込める大きさの渦は、人が入ったらきっと簡単に溺れるほど激しくうねる。


「次! 急停止から三十個に分離!」

「はい!」


 ドーナツ状の水が急停止し、今度は三十個の「水球」に形を変える。


「次! 十三個を赤、十一個を青、六個を緑に着色!」

「はい!」


 指示通りに色が付く。

 陽の光を浴びた「色付き水球」は宝石のように輝いている。


「次! 犬、猫、牛、猿、羊、猫、羊、牛、人!」

「はい!」


 一つに集まった「水球」が、指示通りの動物たちに形を変えていく。

 ジェニエは満足げに頷き、しみじみ思った。


 ――もう本当に教えることないな、と。

 追い抜かれるの早かったな、と。こんなん私一つもできないんだけど、と。師が一つもできないのにできて当然みたいな顔して弟子にやらせてる今って何、と。というかなんでこんなのできるの、と。結構無茶な課題として出したのは自分だけどなんで平然とできるようになってるの、と。


 いい加減この仕事もう本当に辞めた方がいいかも、と。

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