『フェリックス・アーガイルの呪縛』1


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 近衛騎士団とは、王国騎士ならば誰もがあこがれるいわば騎士の花形だ。

 二千からなる王国騎士団の中でも、りすぐられた精鋭だけが所属を許され、その役目は国王や王族の身辺警護──すなわち、王国の心臓を守る剣でありたてだ。

 近衛騎士団の現団長であるマーコス・ギルダークは、その肩書きに恥じない歴戦のつわものであり、近衛騎士団に配属されるにはマーコスのお眼鏡にかなわなくてはならない。

 かつては家柄や後ろ盾が大きく物を言ったこともあったそうだが、今日の近衛騎士団においてはそうではない。ゆえに近衛騎士団は、王国随一の精強さを守り続けているのだ。


「そんにゃ近衛騎士に配属にゃんて、フェリちゃんには荷が重いと思うんですけど~」

 テーブルに上体を投げ出して、フェリスは唇をとがらせながらそうぼやいていた。

 騎士団詰所の食堂には、ちょうど昼時ということもあって大勢の人間がごった返している。このほとんどの人間が騎士だというのだから、まったく壮観だ。

 個人ではなく、王国に仕える王国騎士は所属をマントの色で分類されている。第一軍から第四軍まで、赤・青・緑・黒といったあんばいだ。視界に入る範囲でも、大体はマントの色で固まっており、同じ騎士団同士でこんしんしている様子が多く見られる。

 食堂の座席にも暗黙の了解があるらしく、入口に近い席から順に第四軍が埋めていくのが習わしだ。基本的に入口から遠い方の座席は、位階の高い騎士たちに譲られる。

 そして、その騎士たちの習わしに従い、最奥の座席に座れるのは白いマントの装備を許された近衛騎士──つまり、フェリスたちのことだ。

「あまりそうしてだらしなくしているものではないよ、君」

「むー?」

 興味なさげに食堂を見回していると、ふいに正面から声をかけられた。相手はフェリスの前の席に腰を下ろすと、その切れ長のひとみを細めてこちらを見やる。

 色素の薄い紫の髪に、気品とせいかんさを併せ持った顔つき。フェリスがこの世で最も好きな顔にはおとるが、十分に整ったじようだった。

「ユリウス・ユークリウス……だっけ?」

「覚えてもらえていて光栄だ。私も君のことは聞き及んでいるよ、フェリックス・アーガイル。近衛騎士団に異例のだいばつてきだとうわさになっているからね」

「ふーん」

 薄く唇をゆるめる青年──ユリウスはそう言って、フェリスの頭部の猫耳に注目する。彼の黄色のひとみよぎる感情までは知れないが、珍しいもの扱いは慣れたものだ。

 とかく亜人への風当たりが強いルグニカ王国で、騎士団のかなめである近衛騎士団に自分のような、亜人とまがう外見の存在が入り込むのはさぞふうぶんが悪いだろう。

 フェリスのその内心が視線に出たのか、見返されるユリウスがまゆを寄せた。それから彼はせきばらいし、軽く目礼してみせる。

しつけな目を向けて申し訳ない。話には聞いていたのだが、どうにも自分の目で見ずには信じきれなくてね」

「その聞いた話がどんにゃだったのか話してくれたら許すかもネ。きんこつりゆうりゆうで毛むくじゃらの化け猫とでも聞いてた? こーんな可愛かわいいフェリちゃんを捕まえて、そんなうわさが流れてたんだったらひっどいんですけどー」

「私が団長から聞かされた話では、先祖に亜人の血が入った先祖返りの表れだと。確かに立派な耳だ。君がそうして、誰にでもみつきたくなる気持ちもわかる」

「……もしかして、フェリちゃんにケンカ売ってる?」

 あからさまなべつ以外で、フェリスの猫耳の話題に触れてくるものは少ない。ましてや相手は騎士団長から、こちらの背景の触りまで聞き出している。早々に貴族の跡取り息子の地位を捨てたフェリスには経験がないが、これが特権階級の洗礼というものか。

 フェリスと違い、ユリウスは見るからに剣術にも優れた騎士だ。もしもこのまま荒っぽい事態になれば、まともに剣も振れない自分に勝ち目などない。

「でも、だからってタダで負けてやるほど可愛げあるフェリちゃんじゃないもんネ」

「やけにてきがいしんを高めているところすまないが、おそらく誤解が生まれているようだ。そのあたり、話し合いを求めても構わないかな?」

「にゃにゃ?」

 しかし、挑発的に振る舞うフェリスを、ユリウスは逆にたしなめてきた。予想と違う反応にフェリスが首をひねると、同時にすぐ隣の座席のが引かれる。

「だから言ったじゃないか、ユリウス。ここは僕が先の方が話がこじれずに済むって。君は誤解されやすいんだ。初対面の人には特にね」

「忠告は感謝するよ。だが、私は判断を誤ったつもりはない。君が先に話しかけていても無用な混乱を生むのは避けられないだろう。現に彼を見たまえ」

 気安い口調でユリウスに話しかけていた青年が、彼の言葉にフェリスを見た。その青い瞳と燃えるような赤毛に、フェリスの背筋が思わず伸びる。

「ひょっとして……ラインハルト・ヴァン・アストレア?」

 見間違えるはずもない特徴的な容姿から、その名前が導き出される。

 フェリスに問いかけられて、赤毛の青年は人懐っこい笑みを浮かべると、

「ああ、名乗る必要はないみたいだね。確かにそれは僕の名前だ。付け加えると、君と同じく近衛騎士団に所属する騎士の一人でもある。そこのユリウスと同じくね」

「未熟な身としては、君と同列に語られることにまどいもあるのだが……団長からのお言葉もある。評価は評価として受け入れておくとしようか」

「あのー、話が見えてこにゃいんですけど?」

 ラインハルトとユリウスの二人は友人らしく、会話の端々に親しみがある。それでもユリウスは一線を引いている感があるが、置き去りのフェリスにはどうでもいいことだ。

 それよりもこの二人、特に『剣聖』ラインハルトに絡まれた原因の方が気にかかる。うわさに聞く『剣聖』の人柄なら、まさか新人いびりではないと信じたいが。

「みんな遠巻きにしてるフェリちゃんに何のご用? まさか、イジメじゃないよね?」

「本当にまさか、だね。騎士として近衛のしようぞくに身を包んでいながら、そのようないん湿しつな行いは誓ってしまいよ。私たちがこうしているのは団長の指示だ」

「マーコス団長の?」

 ややえんなユリウスの言い回しに、フェリスはいわおのような顔立ちの騎士団長を思い浮かべる。彼の指示で、二人はフェリスに何をしにきたのか。

「まぁ早い話、さっき君が心配していたようなことが起きないようにかな。僕とユリウスは君ととしが近いし、近衛騎士としては長いから相談にも乗れると思う」

「あー、なるほど」

 ラインハルトの説明に、フェリスはほおづえをつきながら納得する。

 要するに二人は団長命令で、フェリスのお目付け役に指名されたのだ。フェリスの立場は猫耳・コネ入団・剣技の実力不足と、問題を起こすには十分な要素が集まっている。こんな騎士を預けられた団長も、ひどく気が重いことだろう。

 期限は一年間で、試用期間付きとはいえ──やつかいなことこの上ない立場だ。

「その様子だと、自分の置かれた状況はあくできているようだね」

ごとなら笑い話だけど、当事者になると面倒臭いだろうなーってのはね。ちなみに団長のお言葉抜きだと、二人はフェリちゃんのことどう聞いてるの?」

 その言葉に二人は目を丸くし、顔を見合わせてしばし考え込んでから、

「第四王子のお気に入りで、そのまぐれとわがままで入団が決まったとか」

「それと王城お抱えの術師や、王立治療院から強力なすいせんがあったと聞いているね。団長が異例のばつてきと認めている以上、実力が誇張でないと信じたいところだが」

 ユリウスたちの答えに、なるほどおおよそ想像通りの前評判だなと自分であきれる。

 それと同時に、食堂の視線がさっきよりよっぽどフェリスたちに集まっていた。どうやら視線を集める理由は自分だけではないらしい。『剣聖』ラインハルトはともかく、この分だとユリウスにも何かしらあるのだろう。

「もしかして、問題児をまとめただけだったりしにゃいよね……?」

 そんな嫌な予感をひしひしと覚えながら、フェリスはこれから始まる近衛騎士団としての試用期間に思いをせるのだった。

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