『王選前日譚 剣聖と雷光の銀華乱舞』16

    16


「僕はね、『剣聖』殿に教えられたんですよ」

「教えられた?」

「そう。何もかも飛び抜けて最強を気取っていた僕は、強さという頂のてっぺんで孤独でいた僕は……それでも、決して一人ではなかったんだと」

 傷だらけの顔で晴れやかに笑い、セシルスは腰の二刀のつばを鳴らして言った。

「強いっていうのは孤独なんです。誰も周りにいないんですから。でも、どこにいっても一人なんてことはない。『剣聖』殿は帝国で、僕にそう教えてくれた」

 敗北した現実に打ちのめされ、それに腐らず、セシルスは意味をいだした。そしてそれをわかった上で、彼は自分とは別の頂にたたずむラインハルトの下へきた。

「だから、僕も『剣聖』殿に教えてやらなきゃいけないと思ったんです。そこは一人の居場所じゃない。僕がいる。他にも誰かいるかもしれない。それをわかるべきだ、とね」

 悠長に語らう時間は、ラインハルトとセシルスの間にはなかった。故にセシルスのその目的が、言葉ほどはっきりラインハルトに伝わったとは思えない。

 ただ、じんも伝わっていなかったかと言えば、決してそうとも思えない。

 ──『りゆうけん』を抜いて、セシルスと向かい合うラインハルトは、楽しそうだったから。

 念願の立ち合いを終えて、セシルスとチシャの二人は帝国へ堂々と帰っていった。

 ラインハルトとセシルス、両国最強の銀華乱舞の結果がどうであったのか、それを言葉にして語るのは無粋が過ぎるため、多くは語らない。

 しかし、突然の帝国一将の来訪から始まった一連の出来事は、その当事者の一人となったユリウス・ユークリウスの心に大きな影響を残していった。


「それで、色々と危ない橋まで渡って……満足できたの?」

 事が片付いたあとで、ユークリウス邸を訪れたフェリスにそんな風に聞かれた。

 私室で酒杯を傾けながら、ユリウスはその問いかけに考え込む。

 満足──そもそも、今回、自分は何を求めていたのか。危うい橋を渡り、親愛なる友人の一人を欺き、もう一人には敵と剣を交えさせ、その結果、何を。

「結局、しつだったのだろう」

「嫉妬……?」

 聞き返すフェリスの言葉に、ユリウスはゆっくりと首肯する。

 しつ、そう嫉妬だ。ユリウスの中にあったとげやしこりは全て、自分を置いてすでに道を決めているフェリスやラインハルトへの、どうしようもない羨望や嫉妬だった。

 そしてその始まりは、自分でもゾッとするほどずっと昔から──。

「ラインハルトを初めて見たとき……私は最初の最初で、彼と対等であることを諦めたのだと思う。口では友人でありたい、対等でありたいとうたっていながら、彼のいる高みには決して至れまいと、同じ景色は見られないものと半ば決めつけていた」

 そんな自分の弱さから目を背けて、物分かりのいいつもりで友人を気取ってきた。

 ラインハルトには並べない、そんな結論に甘んじておいて、己の嫉妬心にも気付かず。

「だから、敗北するとわかっていて彼に挑むセシルス殿の考えが不可思議だった。理解するのを頭から拒んでいたとも思う。──それも、今はわかる」

「……ふーん」

「対等という建前を免罪符に、私は自分で君たちから遠ざかろうとしていた。なのに、距離が開くことにせきりよう感を覚えるなど、恥知らずにも程がある。厚顔無恥の至りだ」

「で、そこを自覚できて……ユリウス・ユークリウスはこれからどうなるの?」

「対外的にはこれまでと変わらないよ。私は君たちと対等の友人であろうと思う。その意味をようやく、自分の中で理解しただけの話だ」

 これだけえんをして、得た結論はずいぶんと単純なものだ。

 フェリスもそう思ったのか、酒杯に唇を付けながらあきれたように目を細めている。

「ま、ユリウスがそう思えたんならそれでいいのかにゃ。こないだの帝国旅行以来、ずーっと眉間にしわ寄せて浮かない顔してたのもやめたみたいだし」

「……そんなに、おかしかったかな?」

「うん。だから、ラインハルトが帝国将軍ぶっ飛ばすの見てスッキリしたいのかにゃーぐらいに思ってた。ホント、子どもだよネ~って」

「さすがに、そこまで無鉄砲にはなれないな」

 フェリスの解釈に噴き出し、ユリウスは椅子の背もたれに体重を預けた。そのまま、窓から吹き込む風を浴び、二人は沈黙の時間を過ごす。

 それから、ふとユリウスは思い立って、

「ただ、スッキリしたというのは間違っていないかもしれない。実際、迷いは晴れた。あとは、今の気持ちを表すにはどうするのがいいか、だ」

「別に何ってことしなくても、ユリウスは十分、フェリちゃんとかラインハルトと対等以上だと思うけど」

「君のゆううれしいよ。だが、納得の問題なんだ」

 配慮の言葉を首を振って辞して、ユリウスは空になったグラスの底をのぞき込む。

「あるいは、同じ舞台上に上がれば対等を示せるだろうか」

「──! それ、フェリちゃんと一緒にクルシュ様の味方してくれるってこと?」

「それよりは、競い合う対立候補として名乗り出た方が面白いかもしれないな」

「ぶー、全然面白くにゃいと思いまーす」

「冗談だよ」

 酔いが回っているのか、普段は出ないような冗句が飛び出し、ユリウスは笑う。その笑みにフェリスもほおを赤くし、互いに空のグラスを打ち付け合った。


 ──このとき思いつきで口にした言葉は、やがて現実のものとなる。

 ユリウス・ユークリウスは『王選』に、フェリックス・アーガイルとは異なる陣営の騎士として参戦し、そこにはラインハルト・ヴァン・アストレアも加わることとなる。

 共に近衛このえ騎士として王国に仕え、互いを友であると認め合った三人。

 あるいは対等でありたいと一人が望んだときから、互いの道が重なりつつもたがえられることは運命であったのかもしれない。

 かつて、王国と帝国との争いの中で生まれた『ぎんらん』の伝承──その後年、限られた人々の心にのみ残った『第二次銀華乱舞』がもたらす変化は、目前に迫っていた。


 ただ、訪れる未来を知らぬこの夜ばかりは、単なる友人同士の酔い話。

 この後、赤毛の青年が合流し、会話は夜が更けるまで盛り上がるのだが──。

 今はここでしめるのが、物語として美しかろう夜であった。


《了》


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※「Re:ゼロから始める異世界生活 Ex4 最優紀行」収録

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